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🫠 ロエル式キャリア逆走録 第三話:漆黒のプレイヤー時代、誰より走ったのに、昇進できなかった理由と、それでも得たもの

▼第二話


全部自分で背負って、気づけば仲間と走っていた


「誰のための仕事か」が決め手だった

某コンビニ大手を辞めたのは、「オーナーのために働いているつもりなのに、最終的にプライベートブランドを売らせることが評価される」という構造に、どうしても納得できなかったからだった。

本部の意向と、現場のリアル。
その間に立つ中間管理職の宿命だとは思っていたけれど──やっぱり、自分は「本当に相手のためになる仕事がしたい」と思っていた。

コンビニの時の役職はマネージャーだったが、
つまり、またプレイヤーからスタートすることになった。

次の舞台は、“漆黒のドベンチャー”

次に選んだのは、今でこそ誰もが知る某大手デジタル広告代理店。
でも当時は、完全に“ド・ベンチャー”の状態だった。

入社してすぐに感じたのは、「これは戦場だ」ということ。

寝袋で会社に泊まり、1日2〜3時間しか寝られない日も当たり前。
土日も出社してコンペ資料を作る。担当するクライアント数は
一時期50社を超えていた。

今の労働基準なら完全にアウト。
でも当時は、そんな空気すら“当然”だった。

「ブラック」なんて生易しい言葉じゃない。漆黒だった。

“広告ワンオペ工場”という生き方

そして何より──すべてを自分でやらなければいけない時代だった。

アポの電話も自分。資料作成も自分。スケジュール調整も、広告アカウントの立ち上げも、運用も、レポート作成も、請求書も、発注書も──何から何まで、全部自分。

「営業職」というよりも、“広告という事業を一人で
請け負うワンオペ工場”みたいな働き方だった。

朝から晩まで、いや、朝から翌朝までずっと働く。
今で言う完全な労働集約型。でも、その極みを生きていた。

心はすり減らなかった理由

ただ、不思議と──コンビニ時代のような“心をすり減らすストレス”は、
そこまでなかった。
身体は血尿が出るぐらいボロボロだったが、、

なぜなら、「お客さんにとって本当に価値があるものを提案できる」という、当たり前のことがちゃんとできていたからだ。

コンビニのときは、「この商品を売ってほしい」という本部の都合があった。それがオーナーにとって良いかどうかは関係なかった。

“お客さんのためにならないこと”が、評価に直結する構造に、
どうしても納得ができなかった。

でも、広告代理店での仕事は違った。

もちろん自社媒体を持っている事情もあったけれど、
基本的には「クライアントにとって一番いいもの」を自由に選んで提案できた。

「目の前の人のために働く」ことが、ちゃんと評価にもつながった。

だからこそ、体力的にはしんどくても、心がすり減ることはなかった。
「ちゃんと誰かの役に立ててる」という実感が、毎日の支えになっていた。

変わりはじめた環境、見えてきた人の価値

そして少しずつ、環境も変わっていった。

アシスタントがついてくれたり、広告運用に特化した子会社ができたり。
すべてを一人で抱えなくてもよくなった分、“考える時間”が持てるようになった。

そして何よりも──「手伝ってもらえるありがたさ」を
強く感じるようになった。

どんなに忙しくても、「自分のために動いてくれる人がいる」ことが、
心からうれしかった。
その頃から、「仕事って、人と一緒にやるものなんだな」と
思えるようになっていた。

数字は出た。でも評価されなかった

一方で、成果が出始めたのは、けっこう時間が経ってからだった。

最初はまったく結果が出なかった。提案しても通らない。
運用しても成果が出ない。
「やってもやっても、何も返ってこない」──そんな時期が続いた。

それでも、自分なりに「お客さんのために何ができるか」を考えて、
広告以外の相談にも乗ったり、社内調整を手伝ったり──とにかく尽くした。

すると、ある日を境に、少しずつ数字が上がってくるようになった。
気づけば、周りよりも大きな案件を取れるようになっていた。

だけど、不思議と出世はしなかった。

「こんなに数字を出してるのに、なぜ?」
正直、当時は納得できなかった。周りも「お前が次だろ」と言ってくれていた。

「愚痴がチームを蝕む」と言われた日

そして数年後、ある上司から言われたことがある。

「たしかに、お前はトップクラスの実績を出してた。でもな──
あのときのお前は“悪い空気を引っ張るタイプ”に見えてたんだよ」

「愚痴ばっか言ってたじゃん。“やってらんねーよな”って、あれが周囲に伝染してた。
上に上げたら、もっと組織が不安定になると思ったから、見送ったんだ」

そのときは何も言い返せなかった。

たしかにあの頃、自分は環境に不満を持っていたし、
それを口に出してもいた。
気づかぬうちに、“チームの空気を悪くする人間”に
なっていたのかもしれない。

「数字だけじゃない」という学び

でも、それも一つの学びだった。

「数字だけじゃない」
「人に与える空気感も、ちゃんと評価される」

それを、少しずつ実感していった。

自然と“チームを引っ張る人”になっていた

そしてあるとき、自分の中で大きな転機が訪れた。

もともと、横のつながりを大事にするタイプだった。
仲間と話したり、手伝ったり、困っている人を助けたりするのが好きだった。

気づけば、自然とチームをまとめるような立場になっていた。
「リーダー的な存在」として、仲間に声をかけて、全体を引っ張っていた。

そうやって動いていたら──チームとして成果が出るようになってきた。

「チームで動く方が、楽しい」
「みんなで勝つ方が、うれしい」

いつの間にか、そんなふうに思えるようになっていた。

そして、次のステージへ

そしてある日、上司から言われた。

「このチーム、まるごとお前に任せてみたい。マネージャーとして」

あのとき、自分の中で何かが切り替わった。

「もう一度、ちゃんと組織の中で勝負してみよう」
そう思った。


次回──
第4話:「謝罪と火消しの人生史上最もキツイ日々」──マネージャー編へつづく。


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