「静かなる華」#灯火杯5th
商店街を入ってすぐ右側に、古い喫茶店がある。
窓は装飾ガラス。夜になると、店内からの明かりが漏れて、不思議な光を放っていた。
ー喫茶あかりー
マスターである五十嵐五郎は、光る看板を拭いていた。冷たい風が半袖シャツの肌に堪える。
開業当初は長袖だった。料理するときに、腕まくりするなら最初から袖はない方がいいだろうと、誰かが言ってから半袖を着るようになったのだ。
今日は、12月1日。
隣の八百屋の装飾が変わったのを皮切りに、先月半ばには商店街中がクリスマス仕様になっていた。
ハロウィーンの時期、八百屋には魔女の置物が飾ってあった。それはその店の看板娘・みぃという名の猫くらいの大きさで、あまり気にすることはなかった。
それがどうしたことだろう。今年は、サンタクロースの置物が大きい。八百屋の主人は高校でラグビーをやっていたはずだが、その体格に劣らないくらいだ。まあまあの圧がある。みぃが警戒して寄りつかないと主人は嘆いていたが、特に交換する様子はない。
それに比べて、五郎の喫茶店は何も変わらない。
毎年早よ飾れこれがいいあれがいいと、みつ子とその友人達がせっついてくるのだが、この飾り窓で雰囲気出てるからいいんだよと返している。
しかし、実はクリスマス飾りを置いているのだ。1年中飾ってあるから、あまりにも馴染みすぎてみんな気がついていないのだろう。
昔、隣の隣にあった佐々木手芸店には、”ことばぁちゃん”という女主人がいた。ことばぁちゃんは、毎年11月になると小さな白い雪だるまを毛糸で編んでいた。それを商店街に来た子供達に配るのだ。
配り方が面白かった。手芸店前のハンガーラックに、蓋にたくさんの穴が空いている箱を引っ掛けてある。その穴から雪だるまの帽子が見えるようになっていた。帽子に付いた毛糸の輪っかを引っ張ると、雪だるまをGETできるのだ。
多分、近所で知らない人はいなかったんじゃないだろうか。
五郎が10歳の時には、この雪だるま集めが流行っていた。
下校時刻になると、友達のたけちゃんと商店街まで競争したもんだった。
赤青黄色の帽子を被った雪だるま。笑った顔、怒った顔、泣いた顔。毎日1つ取って、集めるのが楽しかった。
五郎が開業した年、ことばぁちゃんは佐々木手芸店をたたむことを決めた。
前日に初雪が降り、光る看板にうっすらと雪が残っていた。
ことばぁちゃんがゆっくりこっちに歩いてきて言った。
「五郎坊や、店を終いにするよ」
「…そうですか」
「おまえさんは、愛想がないの。コロコロと表情が変わる子だったのに」
「もう大人ですからね」
「そうかいそうかい、私にはいつまでも子供だよ。なんせ90だからね」
「…まだ、元気じゃないですか」
「そうだねぇ、120まで生きられそうだよ。でも、孫に店を譲るんだ。急かされたわけではないよ。今、花屋で働いてる。自分のお店を持ちたいって、小さい頃に言ってたんだ。どうだい?って聞いたら、何度も何度も頷いてくれた。おまえさんと同い年。よろしく頼むよ」
「わかりました」
「それから、これをあげようね」
黄色い帽子。笑った顔。白い丸々とした体。
潰れたランドセルを背負って、走り回っていた日々。どうしてもこの色と顔の雪だるまがGETできなかった。
たけちゃんが持っていて、羨ましかった。
「ありがとう、ございます。…ありがとうございました」
ーカランコロン
「いらっしゃいませ」
「「「こっんにっちは〜!」」」
「いつものでいいか?」
「もう!クリスマスよ、もっと華やかにしましょうよ。あ!サンタクロースの服を着るのはどうかしら?」
今日もマダムたちは、人生を謳歌している。
そうねいいわねという声を、コーヒーのドリップ音が後押ししているように聞こえた。五郎はナポリタンでも作るかと、冷蔵庫からピーマンを取り出す。
みつ子はチラッと扉を見る。あれは、私のコレクションの中にもなかったわ。五郎くんもああ見えて、可愛いもの、好きなのよね。
「ねぇ、みつ子さんもそう思うわよね」
「ええ、えぇ、本当にそうよ!」
喫茶あかりの灯火が、雪だるまの黄色い帽子を照らしていた。
このお話の続編です。
あとがき
読んでくださり、ありがとうございます!
花邑 灯火様の灯火杯5th Re:クリスマスに参加いたします。
日常で感じたことや出来事を、お話としてお伝えしています。
それではまた、お会いしましょう(^^)
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