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キャリアチェンジ|知財の仕事と私③(わかるって面白い)

おはにゃちは〜!なぁです。

今回は、仕事が全く上手くいかずダークサイドに墜ちた私が、特許の仕事楽しいかもと思えるようになるまでの話を書きたいと思います。


■前回のあらすじ

ざっくりまとめると、

運よくメーカーの特許担当として入社することになったものの、知識も経験も勢いもなかった私は入社した1年後には、心がポッキリと折れてしまいました😭

入社1年目〜3年目あたりの気持ちをまとめると下の3つでした。

・私には特許の仕事は向いていない
・何をやっても報われない
・会社に居場所がなく精神的に孤立している

このときのネガティブな気持ちは、新しい環境に慣れていないときや、仕事や家、自分のことが上手くできていないときに、今でも登場します😔




1.特許の仕事はクリエイティブなのかも

特許の仕事が自分に向いていないと感じるたびに、企画・開発・製造・営業の人たちが一つのチームになって製品を創り上げていく様子を見ては、「私も、何かを“作る(創る)仕事”がしたかった」と、後悔していました。

そんな思いから、別の職業に憧れを抱き、グラフィックデザイナーの養成講座に通っていた時期があります。(現実逃避…😅)
授業を受けつつ課題を作っているとき、ふと、あることに気づきました。

ーーこれ、今の仕事でもやっていることじゃない?

特許の仕事では、
「このアイデアは5年後、会社にとって価値のある特許になる」ことを上司にプレゼンし、弁理士※1と一緒に特許出願書類を作り上げます。

そして、特許庁から拒絶理由通知※2(審査官からの“お手紙”のようなもの)が届けば、どうすれば「価値のある特許」になるのかを考え抜き、内容を修正(補正)していく。

そうして、最終的に特許権という「形のない財産(資産)」として完成させていきます。
(※特許権は「無形資産」に含まれます。)

――特許の仕事って、何かを創る仕事なのではないか。

グラフィックデザイナーが商品・サービスの売りとなる部分を文字や画像を使って構図で表現するように、特許担当者は発明の売りとなるポイントを「言葉(特許請求の範囲)」で表現する。
アウトプットの方法は違っても、製品(商品)・サービスの価値を見つけて、考えて、形にしていくという点では、その本質は同じ“クリエイティブな仕事”なのだと気づきました。

結局、グラフィックデザイナーにはなりませんでしたが、学んだことは特許の仕事に活きることになりました。

2.反論していいんだ!!

そんなこんなで、入社から3年半ほど経ち、色んなことをやりつつも、相変わらず自分に自信はなく、でも、少しずつできることが増えていったある日、転機が訪れます。

直属の先輩が、他部署へ異動することになりました。
その先輩はチームのムードメーカー的存在で、周囲からも一目置かれている方でした。
先輩が異動すると知り、私なりに「このままじゃいけない」と危機感を抱きました。

もっとしっかりしなければ、と気を引き締めて仕事に向き合っていた矢先のことです。

同じチームの別の先輩から、こんな趣旨のメールが届きました。

もっと危機感を持って仕事に取り組みなさい。
〇〇さん(異動する先輩)は、残業や土曜出勤をして引き継ぎ作業をしているよ。


…はぁ???ふざけんな。
土曜出勤?知らねえよ。
(というか、しなくてよくない?)
そもそも、「異動前に終わらせる」と自分で宣言した仕事をやるのは当たり前じゃない?
(無理なら無理で、とっとと引き継げばえーやん😤)

…ダークサイドでてますね。失礼しました😅
ちなみに送られてきたメールは、体感で15cmくらいの長さでした。
(フォントサイズ10.5ptだった気がします🤔)

この先輩は、以前から就業時間後に小言のようなメールを送ってくる人で、そのたびに謝罪メールを送っていました😅
でも、このときばかりは、さすがに「違う」と思い、感情のままに、反論のメールを送りました。

私は〇〇さんが異動することを聞いてから、危機感を持って仕事に取り組んでいる。
そもそも、△△さん(メールを送ってきた先輩)の指摘は、上司が話していたことなのか?
私は上司から直接言われていないし、必要なら直接言ってくるはずだ。
あと、こういうことは、メールではなく直接言ってほしい。

たしか、こんなことを感情のままに書いたので、おそらく30cmくらいの長さになったと思います。
(細かい文面は覚えていませんが…ふざけんなーの気持ちが強かったのを覚えています😅)

これまでの私は、上司や先輩に対して自分の考えをストレートに伝えることができませんでした。
「自分の考えていることが正しいことなのか分からない」と思っていたからです。

でも、この一件をきっかけに、自分の考えが正しいかどうかは別として、上司や先輩であっても「違う」と思ったことは、きちんと伝えていいんだと。
それが、自分の自信に繋がる。と気づきました。


【特許用語のざっくり補足】
※1 弁理士:
知的財産権の専門家。
それぞれに得意とする技術分野や知的財産法があり、出願などの対象となる技術や相談内容に応じて適切な方に依頼します。
(事業部門の人には、「知財版の弁護士さん」と説明していました)

※2  拒絶理由通知:
「このままの特許請求の範囲では、特許法xx条…の理由で特許にならないよ!」という特許庁からの事前予告通知。
特許法では、審査の過程で特許NGの理由(=拒絶理由)がある場合は、必ず1回は拒絶理由を通知しないといけないと定められています。
拒絶理由通知がきたあと、法律で定められた期限内にNGと指摘された部分を修正(補正)する、または反論するための書面(意見書・手続補正書)を提出することが可能です。
(私は、審査官の出願に対する心証や思考過程を読み取る“お手紙”のようなものだと捉えていました)


3.わかるようになるって面白い

1つ自信がついてくると、自分のできている部分が少しずつ見えてきて、そこにまた自信を持つことができるようになりました。

そんななか、制御部門の特許担当を任されることになりました。
当時勤めていた会社で使用していたプログラム言語のうち2種類について、コードを追わないといけませんでしたが、共に全く読めないところからスタートしました😭

製品のプログラム設計仕様書、製品に使われるICチップの取扱説明書、そしてプログラム言語の教科書を並べて、プログラマーの書いたコメントを頼りにしながら、このプログラムに何が書かれているのかを必死に解読していました。

言語Aを使うプログラマーの方は、大先輩と後輩にお世話になりました。
お二人ともシンプルでとても読みやすいコードを書く方で、分からない所があれば、すぐに聞きに行きました。
(他の人に途中で引き継いでも、設計思想が理解できるようにしていたようで、コメントの位置が秀逸でした🥹)

プログラムの設計仕様書はExcelで作られていて、シンプルかつ理解しやすいもので、そういった点も尊敬していました。

言語Bのプログラマーさんは、めちゃめちゃ忙しいのに、私が理解するまで、「ちがう!そうじゃない」と時間をかけて教えてくれました。
その方のプログラムも書き方がシンプルで、読みやすくて大好きでした🥰
言語Bのプログラムは、モジュール毎にテキストファイルが分かれていたので、最初は困惑していました。
しかし、別モジュールを呼び出す命令を発見して、モジュール間のつながりを理解するたびに、面白さを感じていました。
(パズルをやっている感覚でしょうか🤔)

また、同じ処理でも、プログラマーの技量とセンスで使う命令やコードの長さが変わるのを知りました。
(あるプログラマーさんの書いたコードがコメントアウトされていて、指摘事項が鬼のように書かれたのを見かけたな…ココロガイタカッタ🥲)

設計仕様書とコード、コメントを参考にしながら、このモジュールはこの処理をしていると理解できたとき、回路図とコード、設計仕様書を比較しながら、この信号でここのLEDが点灯すると理解できたとき、この命令が走ると、このモーターを動かすから機械が動くと理解できたとき…

「わかるようになるって面白い」

ことなのだなと改めて気づきます。
(言語Aも言語Bも、今は読めないと思う!)

このように、わからないなりに努力することで、少しずつわかることが増えてきて、仕事が楽しいと思えるようになってきました。
5年、6年と経つと、仕事のやり方も自分なりに確立してきて、自分の想定通りに特許査定(登録料を払ったら特許権になるよ!という審査結果の連絡)をもらえるようになりました。

自分に対する自信のなさは0にはなりませんでしたが、「会社にとって有益な特許を生み出した」という事実は、自分の思考過程を信じる気持ちに繋がっていきました。

4.そのとき、どんな気持ちだったか?

このときの私の気持ちを整理すると、

辛いこともあるけど、毎日楽しい!!!

に尽きると思います😅
楽しそうでいいね!(そして、社畜となっていったな…)


ここまで、がっつり特許の話をしてきましたが、社会福祉士というか福祉の「ふ」の字も出てきていませんね😅

私自身もこの時点で福祉の仕事には全く興味がなく、縁もない世界だと思っていました。
しかし、あることがキッカケで、少しずつ福祉に興味を持つことになります。

もう少しお付き合いいただけると嬉しいです😊


ここまで読んでいただき、ありがとうございます😊
それではまた🙌

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