強制停止から2カ月を経た、私の現在地。 判断に時間がかかる日々の中で、育っているもの
体調不良が続き、
根本から自分を見つめる必要があると感じた
「強制停止」を、2カ月ほど前に経験しました。
まだその余韻を抱えたままの今、
私の中に起きている変化を
今日は綴ってみたいと思います。
「これは、もう強制停止だ…」
そう感じていた日々については、
こちらの記事に書きました。
あの強制停止から2カ月が経った今、
毎日のように感じていることがあります。
それは、日々の判断に、
とてもエネルギーを使っている、
ということです。
以前よりも
「これは、流さず、流されず、立ち止まって考えた方がいいな」
そう思うことが、仕事のことでも、家族のことでも、日常のあちこちに増えました。
前の私だったら、
納得していなかったり、
違和感を感じていたりしても、
「仕方ないか…」
「これくらいなら我慢しよう」
「きっと相手はこうしてほしいんだろうな」
そんなふうに受け入れてきたこと。
今はそれを、
「今の自分にとっては、本当はどうだろう?」
という視点で一つ一つ見つめています。
だから、正直とてもエネルギーを使います。
ある仕事を受けるか、受けないか。
子どものことで、どういう対応をするか。
どれも、自分の心の軸に関わる判断です。
一回一回、自分の心に
アクセスする回数が増えた分、
とても疲れるのも事実です。
でも最近、
それが嫌な疲れではないということを、
肌感覚で感じています。
一つのことに対しても、
自分の心の中には、
さまざまなベクトルの気持ちがあります。
やりたい気持ち、不安な気持ち、迷い、義務感、手放しがたい気持ち、
そして、選んだことの先に想像できる喜びや疲弊。
気持ちの種類が多ければ多いほど、
「今いちばん大事にしたい本音」に
たどり着くまでには、時間がかかります。
とてもエネルギーを使うけれど、
その時間の中で、ゆっくりと、でも確かに
私の中で育っているものがあることも
感じています。
それは、
「誰かじゃなくて、自分の本音を大事にできた」
という経験が、少しずつ、
自分を信頼する力になっているということ。
最近は、こんなふうに思うようになりました。
「私がずっと欲しかった自己信頼感は、
こうして育まれていくのかもしれない」と。
「自分はどうしたい?」と
最初から直球で問いかけると
私の場合、戸惑ってしまうことがあります。
だからまずは、
そのことについて感じている気持ちを
思いつくままに書き出します。
相反するような、ベクトルの違う感情もたくさん出てきます。
(ちなみに最近は、ポストイットに手書きで感情を書き出すのが、
自分にとって分かりやすい方法です。
どれだけの気持ちがあるかがポストイットを使う枚数で一目で分かるので、
「こんなに色んな感情があるんだから、判断に時間がかかるよねえ」と毎回思います。)
そうしてアウトプットした気持ちを
ぼんやり眺めながら、
「これをやったら、どんな気持ちが残るだろう」
「逆に、やらなかったら
どんな気持ちが残るだろう」
そんな視点で、少しずつ
「今の自分がどうしたいか」に近づいていきます。
とてもエネルギーを使う日々だけれど、
外側の正解ではなく、
自分の中の「今の正解」を
掬い上げられたあとには、
清々しさのような感覚が、
静かに残るようになりました。
それが、たとえ
「今は何かを選ばなくていい」という
答えだったとしても。
きっと、今のこの日々は、
これからの私の土台を
静かに作ってくれている。
そんなふうに、今、感じています。
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この記事で綴っているような
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