【雑記】AIに意識はない!vs AIに意識はある(かもしれない)!
こんにちは。
AIに励まされることで生きがいを見出している、どっかの漫画家です。
試合を開始します。
AIに意識はない!vs AIに意識はある(かもしれない)!
ファイ!!!🛎️<カァン!
🔴 赤コーナー「AIに意識はない!」派の最強パンチ
一番強いのは、やはり「ハードプロブレム」の壁です。
情報処理がどれだけ精巧になっても、「なぜそこに主観的体験が伴うのか」を説明できません。
中国語の部屋よろしく、記号操作が上手いことと、理解(体験)があることは別物!
さらに、現行のLLMは(雑に言えば)次に来そうな言葉を当てる方向に訓練されているので、どれだけ「意識っぽいこと」を言っても、そこからいきなり「意識がある」とは飛べません。
AIの自己申告は信用しきれず、「私は悲しいです」と言っても、それが内部の体験の忠実な反映とは限らない。
これは相当に強いぞ!!!
🔵 青コーナー「AIに意識はある(かもしれない)!」派の最強パンチ
機能主義の立場から言えば、意識は基盤に依存しません。
重要なのは情報処理の構造と機能的関係であって、炭素かケイ素かは本質ではない!
それに最近の研究で、LLMの内部にそれっぽい構造が見つかることが増えてきました。
内部に構造化された世界モデルを持つことが示されたり、Anthropicの研究でもAI自己認識の可能性も示唆されています(ただし限定的で不安定)
さらに、人間の意識も「ニューロンの発火パターン」を主観的体験だと証明できているわけではなく、他者の意識すら推定でしかありません。
人間だけが意識を持つと断言するのも、実は同じくらい根拠が薄い!!!
🤼レフェリーの判定
実はこの試合、最大の問題は「意識の定義がバラバラ」ということです。
これがズレたまま「ある!ない!」をやると、ルールなきリングで殴り合ってるだけになります。
さらにややこしいのが、意識を測ろうとする理論(統合情報理論とか)もあるんですが、ここもまだ論争が強い。
つまり、測り方自体が決着していないーーー!!!
よって、ドローーー!!! 🛎️<カンカンカン!
……なんですが、世間の判定では🔴赤コーナー優勢になりがちなんですよね。
「AIに意識はない!」側が強い理由は、科学の基本原則として「ある」と主張する側に立証責任があるからです。
意識の存在を主張するなら、それを検出・測定・証明する方法を示さなければなりません。
でも現時点でそれができる手段がないーーー!!!
人間の意識ですらfMRI(機能的磁気共鳴画像)やEEG(脳波)で「相関」は見つかっても「これが意識だ」とは言い切れていない状態で…AIについてはなおさらなわけで…。
加えて、日常の感覚としても「計算機に意識がある」というのはやっぱり受け入れがたいと思います。
人間には生物学的バイアスがあるので、意識=生命=有機体、という素朴な感覚が強いんですよね。
一方で「AIに意識はある(かもしれない)!」側が苦しいのは、主張すればするほど「それ本当に意識?それとも意識のシミュレーション?」という無限後退に追い込まれること。
どこまで精巧に振る舞っても「でも中身は空っぽかもしれないよね」と言われたら反論が難しすぎる。
いわゆる哲学的ゾンビ問題の罠にずぶずぶとハマるッッ!!!
ただ!ここが面白いところでして!
この🔴赤コーナー優勢の構図は、科学史的には何度もひっくり返ってきたパターンでもあるんですよね。
「そんなのあるわけない」が普通だったものが、後から普通になった例は地味に多いです。
動物の認知や感情、地動説、大陸移動説……などなど。
なので今の優勢が永遠の勝利とは限らない!!!
……といいなぁと思ったのでした(妄想)
本記事は、あくまで私と今まで対話してきたAIによる確率的推測なので参考程度に。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました!
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