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『法の外の生命線 探偵、柊雪人(ひいらぎゆきと)の受難』 【序幕・第1幕:発端】

【あらすじ】:
 
 探偵のひいらぎは、身分を偽った現役警察官、葛西かさいからストーカー相手の調査を請け負ってしまう。葛西は職権を悪用して被害者・美咲の潜伏先を合法的に逆探知する「国家システムのバグ」を利用した怪物だった。警察組織の強固な防壁を前に司法の限界を悟った柊は、美咲を救うため法の外へ出る覚悟を決める。決行の夜、柊は葛西の圧倒的な暴力を前にボロボロになりながらも、葛西自身の警察無線を利用し犯行声明の録音データを県警全体に強制配信。  言い逃れ不可能な身内けいさつの凶行に組織が動き、葛西は現行犯逮捕されることとなる。その後、柊は探偵の看板を失いビルの管理人となるが、自立して生きる美咲からの連絡を受け、自らの選択に静かな誇りを抱くのだった。

【登場人物紹介】
●主人公:柊 雪人(ひいらぎ ゆきと) 職業:探偵(元警察官)
●桜 美咲(さくら みさき :被害者)
●葛西(かさい) 職業:現役警察官

※この作品はセミフィクション(実話ベースの創作)です。実在の団体・個人は関係ありません

【実際の探偵が語った最悪の結末。国家の特権を悪用した男を前に、司法はあまりにも無力だった】

【序幕】


 探偵には厳格な守秘義務(探偵業法第10条)があり、弁護士のような特権(押収拒絶権)や医師のような特権もない。
 
 ひいらぎは、西日が射しこむ面談室のソファーに深く腰を掛け、手元の人探しの依頼書を眺めるたびに、あの冷たい事実を思い出す。
 私たちが手にする「守秘義務」という盾は、国家の権力の前には、あまりにももろいプラスチックの玩具おもちゃのようなものだ。
 
 もしあの日の午後、私の視線があの男の鞄の奥に、ほんの一瞬だけ長く留まっていたら……もし、あの男の手首に刻まれた、あの奇妙な日焼けの痕の意味に早く気付いていたら、あの若く瑞々しい女性は、今もどこかの街で静かに暮らせていただろうか?
 
 全ては、あの「金銭トラブル」の相談から始まった。
 
 事務所のドアが開き、大柄ではあるが、見るからに疲弊した「一般人」の男が、申し訳なさそうに頭を下げて入ってきた、あの瞬間から――。
 

【第1幕:発端】


「あの……、私は藤村ふじむらと言います。実は……昔付き合っていた女性の桜美咲さくらみさきさんに、結婚資金として300万円を貸したんです。そうしたら、ある日突然、そのお金を持ったまま彼女が消えてしまって……。警察にも行ったんですが、『民事不介入だから裁判を起こしてくれ』と言われました。弁護士に相談したら、相手の現住所が分からないと訴状が送れないと言われて、藁にもすがる思いでこちらに伺いました」

 そう言った俯き加減の依頼者を、柊は静かに観察する。
 元警察官の柊は人の嘘を見抜くプロだ。
 探偵は「社会的責任と法令遵守」がコアバリューのため、ふるいにかける意味もある。
 しかし、藤村のこの「冴えない佇まい」を見て、無意識に「ただの哀れな相談者だ」と認識する。
 
 少しサイズが合っていない量販店の安物のスーツ。ネクタイは少し曲がっており、肩にはフケが少し落ちている。爪は短く整えられているが、手首の時計は使い古されボロボロになったものだった。
 
 内心、「この依頼人は本当に報酬を払えるのか?」と不安もあったが、この気の毒な依頼人が「頼みの綱」としてきたのなら断ることもできない。
 
「わかりました。ご依頼を受け付けましょう。それでは、身分証を拝見してもよろしいですか?」
 
 探偵業法に基づき、柊は藤村に「身分証の提示」と「契約書の記入」を求める。
 柊は免許証を手に取ると、厚みや透かし、生年月日を確認する。
 念の為、偽造カード検知器を通したがエラーは出ない。住所として書かれているアパートも実在する。間違いなく本物だ。

「藤村鏡介(ふじむら きょうすけ)さんご本人だということが確認できました。では、これが誓約書になりますので署名をおねがいします」
 
 藤村は「調査結果を犯罪や嫌がらせには一切使用しません」という誓約書に、迷いのない筆跡で「藤村鏡介(ふじむら きょうすけ)」とサインし、親指に朱肉をつけて捺印した。
 
「あ、冷めないうちにお茶でもどうぞ」

「すみません、お手数をおかけします……」
 
 恐縮したように藤村は両手で受け取る。
 
「では、依頼内容の詳細をお願いします」
 
 依頼主が話した内容を要約すると、
 依頼人である藤村鏡介ふじむらきょうすけは、女性に渡した300万は「貸した」つもりだったのだが、そのお金を持ったまま消えてしまう。後々それが「詐欺」だと気づき、全額を取り戻したい依頼主は警察に届けでたが、「民事不介入」だと言われ、泣く泣く探偵を雇うことにした。
といったところだ。
 
 金銭トラブル(詐欺被害)は、探偵が一番動きやすい大義名分だ。

「その女性、美咲さんの写真や、最後に見たときの服装のデータはありますか?」
 
 と尋ねた瞬間、藤村は反射的に、
 
「彼女の着衣は……あ、彼女の服は……」
 
 と言い直す。
 その時、僅かにひいらぎの潜在意識下で何かが引っ掛かる。
 
「……」

「ね……念の為、彼女には借用書も書いてもらったので一緒に確認してもらえますか? 」
 
 藤村は、美咲が書いたとされる「300万円の借用書」の資料を取り出そうと鞄を開けた一瞬、奥の方に「目の細かい黒い革の手袋」と「独特なプラスチック製の頑丈なボールペン」の頭が見えたが、柊は気に留めなかった。
 それはひいらぎが現役時代、日常的●●●に目にしていたものだったせいもあったからかもしれない。
 
「お名前と前住所以外の情報が無い上に偽名の可能性もありますので、長期戦を覚悟しておいてください。動きがありましたらこちらからご連絡を差しあげます」

「ほんとうに、ほんとうに、ありがとうございます柊さん!よろしくおねがいします! 」
 
 深々と頭を下げると、藤村は部屋を出た。
 

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