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なにがし小倉日記⭐8 ~どしゃ降りの中で安徳天皇に想いを馳せて編~

こんばんは。なにがしです。

またまた今日も

北九州を遊びまわった旅路の日記を

書きたいと思います。

さ、続きはここからです⭐

 

門司港に到着し、

門司港から下関に徒歩で渡ることができる

関門トンネルまで来ました。


このあと、トンネルを通り、

下関まで渡ります。

距離は780m。

歩いていると少しずつ距離が表示されます!!


思ったよりも近くてびっくりしますよね。

このあたりにいます!


海の向こうなので、

数時間はかかる

ちょっとした冒険のようなものだと

思っていたけど、

意外と中距離走の練習に

よく合いそうな距離感ということに感激した。


だいたい15分くらいで

渡り切ることができるとネットにはあります。


関門海峡をつなぐ道である

上は車道、下は歩道です。

1958年に開通したのだとか。

県境~!!!




母が門司駅で撮っていた写真に

詳しいことが載っていることを

後から知るのだけど。。

もっと見ておけばよかったよね。



自転車なども通すことはできるけど(20円)、

乗車での移動は禁止で

監視カメラが設置されているため、

乗ったとたん拡声器で

注意されてしまうのだとか。

絶対に恥ずかしくて居たたまれないやつ(笑)


わたしが見たときには

乗り物を押している人さえ

いなかったですけどね。


簡単に県の……それも九州から本州に

渡れるのっておもしろいですよね。

県境にはいろんな絵や表記があります!



さぁ、ついにきたわよ、下関!!!



関門トンネルを歩いて、

山口県下関市に到着したとき、

まさかの土砂降りでした。

下関の関門トンネルの入口です。


え、えええ……。びっくり。

さっきまで、どんよりしていたとはいえ、

晴れていたじゃないの……


たった中距離走ほどの距離を歩いた先が

まるで別世界のように

大粒の雨が降っているのである。



み、みもすそ川公園!!!!

関門トンネルの入口の正面にあります。



ここ……

ここもわたしが語りたかったところなのに、

それどころではない。

大雨である。


わたしも

折り畳み傘が飛ばされないようしっかり握り、

右からも左からも

シャワーのように雨に打ち付けられながら、

前に進むことになった。


いやいやいやいや、太陽嫌いの晴れ女……

ここ数年でこんな雨を経験したことない。

と思ったくらいよ。


傘の最終形態がこの形なのは

もうこれ以上

進化する見込みがなかったからなんだろうね、

などと途中から

傘について話しながら歩く始末。


平安時代のような傘で
(頭からかぶるタイプのものですが)

体を覆うくらいの

長い布がサイドを覆っていたらどうだ?

と考えるも、

雨がへばりついた布が

まとわりついてきても嫌だね、と。

いかに雨に濡れないかを考えるも

スカートがすでにぐっしょり。


四方八方から攻撃されて、

顔までずぶぬれである。


そんな風に考えたくもなってくるわよ。


 


こ、こんなはずじゃ……

こんなはずじゃなかったのよ……


わたしの見せたかった景色は、

こ、これじゃないのよ。

 

みもすそ川公園……別名、壇ノ浦古戦場跡。

向こうには門司港!
あっちから歩いてきたのよ!!


そうよ、そうなのよ。

源平の戦い、最終の地なのよ。 

(さぁ、始まったわよ!)        


何度も言っております。

何なら前回も調べに調べて

しつこく語っております。


1185年に鎌倉幕府が誕生するその年に、

行われた戦いでございます。


『平家物語』に出てくる

『扇の的』こそ屋島の戦い(香川県)にて、

那須与一が敵兵(平家)の扇を射抜き、

なおかつともに喜んだ平家の人間も

スパコンと射抜いてしまったため、

再び勃発した源平の戦いが

流れに流れ着いたのが、

この壇ノ浦古戦場跡でした。


この熱い戦いを見よっっっ!

 


前は真っ暗だったため、

良く見えなかったし撮った写真も

最大限に加工して後から見たから

まったくどんな様子かわからなかったけど、

今回改めてこの景色を見て圧倒されたわよ。

ここにしっかり記されているわよ。



大河ドラマ等で出演した俳優さんたちの

手形もあったわよ!!


明るかったおかげで、

前よりもしっかり見ることが叶いました♡

雨だったおかげでみんな急ぎ足だったけど。


 



この地で戦った源氏と平家。

海を挟んで向こう側には

さきほどまでいた門司港が見えます。

不思議なものね。
こうして繋がっているなんて。


そして、土砂降り土砂降り土砂降り。

まるで大粒の涙のよう。

それもそのはず、

この地は戦いの跡地であり、

悲しき歴史が残った場所でもある。



前回も語っておりますが、

源氏に破れ、栄華を誇った平家は滅びます。


壇ノ浦で追い詰められた平家は、

三種の神器と共に海に身を投げ、

滅亡します。

そんな中で、

二位の尼(平清盛の奥さん)に抱かれ、

満6歳だった安徳天皇も入水。

歴代最も短命だった天皇なのだとか。

どこへつれていくの?

と安徳天皇に聞かれた二位の尼は、

海の中にも都はあるのだと

涙ながらに言い聞かせたのだとか。

……つらい。つらすぎるよ。。😭


このとき

二位の尼が読んだ辞世の歌に

『みもすそ川』という名があり、

それが由来して

みもすそ川公園となったといわれています。

今ぞ知る みもすそ川の 御ながれ 
波の下にも みやこありとは



みもすそ川というのは、

我が故郷の伊勢に流れる五十鈴川の別名で

衣服(御裳)の裾を濯いで

身を清めた故事に由来する呼び名です。




結局、一緒に沈んだはずの三種の神器も

源氏に回収されてしまうわけなのですが、

宝剣だけは見つからなかったそうです。


ここの地で、

平家の人間が沈んでいったのだと思うと……

なんとも言えない。。

お空が号泣しています。

傘の意味がまるでありません。




そうして、

門司港行きのフェリー乗り場である

唐戸市場方面に歩く途中で

『赤間神宮』という場所を見つける。

雨のせいでカメラがぶれぶれですけど……



ん??

あ、あなたは……



そう。

ここは、二位の尼に抱かれて入水崩御した

安徳天皇の祀られたところでした。

安徳天皇😭😭😭😭😭
ヘビはなんだ?と思ったら、今年の干支か……🐍


安産・家内安全・無病息災・開運招福・

海上安全・商売繁盛など、

幅広いご利益があるそうです。



土砂降りの中、歩いております✨



まるで海の中のように景色は真っ白よ。


この内容を

琵琶法師の『耳なし芳一』が語ったとかで

耳なし芳一の像もある……

と聞いたとたん、

むーさんが水を得た魚のように興奮しだし、

いなくなったと思ったら

芳一を発見して戻ってきました。

えっ……


わ、わたくし、

語り部失格ですけど……

なにか写ると嫌だったので撮りませんでした。

だって怖いじゃないの。

温度が1℃ほど下がった気がしたわよ。

むーさんがたくさん撮っていたわよ(笑)


平家物語を語るうちに、

平家一門の怨霊に気に入られ、

毎晩のように墓地で琵琶を弾くことになった

芳一は身体中に写経されていて、

写経を書き忘れたという

耳はもちろんありませんでした。


架空の人物だとここで知り、

ほっとしたのですけどね。



鬼のような形相をした

かにが飾られていました。

かに座としては、見逃せない……。

『平家蟹』といって、

兵士の亡霊が乗り移った

という伝説があるそうです。。

ど、どこもかしこも穏やかじゃなさすぎる……




伊勢神宮のポスターが貼られていて、

ゆかりの地なのかと見ていると

お空が少しずつ晴れはじめて雨が上がった。

本当に突然に。

(えっとぉぉぉ……)


後で調べたら、

赤間神宮は、

壇ノ浦の戦いで入水した

安徳天皇を祀る神社で、

伊勢神宮は、天照大御神を祀る神社とのこと。



芳一の前に、

平家一門のお墓もありましたからね。



不思議なことに三種の神器である

『八咫鏡』の石碑も。

あ、ようやく晴れました!


調べることがいっぱいだなぁと思い、

振り返ってびっくり。

け、景色が違う……


晴れたことで、

向こうに海や街が広がって見えました。


Before
After…
(アップにしてみて!!!!)


まるで竜宮城のようだと思いました。

海の中にも都はありましたね。

そう安徳天皇に想いを馳せたくなりました。


本当に美しい!!!



安らかにお眠りください、安徳天皇!!




こうして、

わたしたちは

いいはこ(1185)が作られた

鎌倉幕府直前に起こった

壇之浦の跡地に背を向けたのでありました。


本当にすごくあるいたわよ。
ビルの向こうに橋が見えるの素敵よね。


ようやく、

晴れたわけであります。



そんなこんなで、

今日はここまでにしたいと思います。

そろそろクライマックスです。


ここまで読んでくださった方、

ありがとうございます!!!!

励みになります😭


では、また会いましょう♡

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