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noteって結局お金なの?|初心者が収益化するためにやること(続)

お金が欲しい|その先にあるもの、今の僕は考えている

お金が欲しい。

これは、たぶん僕の本音だ。

もっと稼ぎたいと思う。

今より余裕も欲しい。

やりたいことがあれば、できるだけ我慢したくない。

だから、noteを始めた理由の中に、

「ここでお金を稼げたらいいな」

という気持ちは、もちろんある。

そこは隠すつもりはない。

でも、

最近ちょっと思う。

本当に、お金が欲しいだけなんだろうか。



noteを始めて、

記事を書いて、

誰かに読んでもらって、

スキをもらって、

フォローしてもらって。

そして、

「これが売れたらいくらになるんだろう」

なんて考える。

数字を見る。

売上を見る。

そうすると、

いつの間にか、

note=お金

みたいになってくる。

でも、

それだけになると、

なんだか違う気がする。

じゃあ、

何が違うんだろう。

自分でもまだ、

はっきりとは分からない。



お金があれば、何が変わる?

欲しいものを買える。

困ったときにも、

少し余裕ができる。

やりたいことにも、

挑戦しやすくなる。

誰かに頼らなくても、

自分で決められることも増える。

そう考えると、

僕が欲しいのは、

お金そのものじゃないのかもしれない。

お金によって増える「選択肢」なのかもしれない。



例えば、

「これをやってみたい」

と思ったとする。

でも、

お金がなければ、

諦めることがある。

時間がなければ、

諦めることもある。

誰かの許可が必要なら、

また考える。

逆に、

自分で選べる余地が増えれば、

「やる」

「やらない」

を、

自分で決められる。

それは、

結構大きい。



お金=自由?

そんなことを考えていたら、

また一つ、

気になることが出てきた。

お金があれば、

自由になれるのか。

確かに、

お金があることで、

選べることは増える。

でも、

選べるようになったら、

それで終わりなのか。

自分で選んだ結果は、

誰が引き受けるんだろう。

誰かに決めてもらっていたときは、

「言われたから」

と言える。

でも、

自分で決めたら、

そうはいかない。

うまくいっても、

自分の選択。

失敗しても、

自分の選択。

そう考えると、

自由って、

思っていたより軽いものじゃない。



自由=責任

自由になりたい。

よく聞く言葉だ。

僕自身も、

自由になりたいと思う。

でも、

最近は、

自由の反対側にあるものも、

少し見えるようになってきた。

責任だ。

自分で選ぶ。

自分で決める。

その代わり、

自分で引き受ける。

自由って、

好き勝手にすることではなく、

自分の人生を自分で選ぶこと

なのかもしれない。

そして、

その選択に責任を持つ。



じゃあ、お金は何なんだ?

ここまで考えて、

最初の話に戻ってきた。

お金が欲しい。

でも、

本当に欲しいのは、

お金そのものだけじゃない。

お金があることで、

選択肢が増える。

選択肢が増えれば、

自分で決められることが増える。

自分で決められることが増えれば、

自由に近づく。

でも、

自由には、

責任がついてくる。

だから、

今の僕の中では、

こんなふうにつながっている。

お金



選択肢



自由



責任


最初は、

「お金が欲しい」

だけだった。

でも、

考えていくと、

最後に残ったのは、

お金の話だけじゃなかった。

「自分は、どう生きたいんだろう」

という話だった。



お金があれば幸せなのか?

ここも、

簡単には答えられない。

お金があれば、

幸せになるとは限らない。

お金がなくても、

幸せな人はいる。

それは分かっている。

でも、

お金がないことで、

諦めなければならないことがあるのも事実だ。

だから、

「お金なんて必要ない」

とも思わない。

逆に、

「お金さえあれば全部解決する」

とも思わない。

お金は、

幸せそのものではない。

でも、

人生の選択肢を増やす道具にはなる。

今の僕は、

そんなふうに考えている。



じゃあ、何のために稼ぐ?

ここまで来ると、

「もっと稼ぎたい」

という言葉も、

少し変わってくる。

ただ、

口座の数字を増やしたいわけじゃない。

何かを買いたいだけでもない。

人より裕福になりたい、

ということでもない。

もちろん、

欲がないわけじゃない。

良いものも欲しい。

楽もしたい。

余裕も欲しい。

でも、

それだけじゃない。

自分で選べる人生にしたい。

やりたいと思ったことを、

「お金がないから」

という理由だけで、

最初から諦める人生にはしたくない。

そのために、

稼ぐ力が欲しい。



だから、noteを始めた

noteを始めた理由を考えると、

ここにもつながってくる。

文章を書いて、

誰かに読んでもらう。

自分の経験や考えを、

誰かに届ける。

そして、

それに価値を感じてもらえたら、

お金をいただく。

最初は、

単純に、

「noteで稼いでみたい」

だった。

でも、

やっているうちに、

少しずつ面白くなってきた。

自分の経験が、

誰かの役に立つかもしれない。

自分が考えたことが、

誰かの考えるきっかけになるかもしれない。

そして、

そこに価値を感じてもらえたら、

お金になる。

そう考えると、

お金を稼ぐということ自体が、

少し違って見えてきた。



お金は「ありがとう」の形なのかもしれない

もちろん、

世の中のお金が全部、

そんな綺麗なものだとは思っていない。

商売には、

欲もある。

駆け引きもある。

損得もある。

人を騙すようなものだってある。

だから、

「お金=ありがとう」

と単純には言えない。

でも、

自分が誰かの困りごとを解決して、

「助かった」

と言ってもらい、

その対価としてお金をいただく。

これは、

なんでも屋の仕事をしていて、

何度も経験してきた。

そう考えると、

お金は、

価値と価値を交換するためのもの

でもある。

自分が持っているものを渡す。

相手が必要としているものを渡す。

その間に、

お金がある。

noteも、

もしかすると同じなのかもしれない。



まだ、僕は答えを出していない

「お金は自由のため」

と言い切るのも、

少し違う気がする。

「お金は幸せのため」

とも言い切れない。

「お金はただの道具」

と言うのも、

なんとなく違う。

今の僕は、

まだ考えている途中だ。

だから、

この記事で答えを出そうとは思わない。

ただ、

一つだけ、

前より分かったことがある。

**お金そのものを追いかけていると、

その先にあるものを見失うことがある。**

いくら欲しいのか。

ではなく、

何のために欲しいのか。

いくら稼ぎたいのか。

ではなく、

稼いだ先で何を選びたいのか。

そこを考えることの方が、

僕には大事な気がしてきた。



お金が欲しい。それだけじゃない。

最初に、

「お金が欲しい」

と言った。

今も、

その気持ちは変わっていない。

むしろ、

もっと欲しいと思うこともある。

でも、

今は少しだけ、

その先を見るようになった。

お金が欲しい。



選択肢が欲しい。



自分で決めたい。



自由になりたい。



その選択に責任を持ちたい。

そんなことを考えている。

そして、

ここまで考えていたら、

また別の疑問が出てきた。



**じゃあ、そのお金は、

どうやって自分のところに来るんだろう。**

誰かに何かを売る。

商品を売る。

サービスを売る。

技術を売る。

文章を売る。

noteで有料記事を売る。

形は違う。

でも、

お金を払うのは、

結局、

「人」だ。

だったら、

人は何を見て、

「これにお金を払おう」

と思うんだろう。

何を欲しがっているんだろう。

何に困っているんだろう。

何を求めているんだろう。



お金について考えていたはずなのに、

気づけば、

「売る」ということを考え始めていた。

そして、

「売る」を考え始めたら、

今度は、

「人」のことを考え始めた。

なんだか、

最初に考えていた場所から、

少し遠くまで来てしまった。

でも、

こういう寄り道は、

嫌いじゃない。

noteを始めたからこそ、

考えるようになったことなのかもしれない。



お金が欲しい。

それは、

これからも変わらないと思う。

でも、

それだけじゃない。

今の僕は、

そう思っている。

そして次は、

「人はなぜ、お金を払うのか」

について、

もう少し考えてみようと思う。

noteで売れるものは、実はnoteだけの話じゃない。

そこに、

今の僕が考えていることの、

もう一つの答えがある気がしている。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

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