プリキュア Max Heart(2005年)— 魔女っ子から”戦う少女”へ。プリキュアが変えた女児アニメの分岐点
プリキュア Max Heart(2005年)—
魔女っ子の系譜が「戦う少女」へと定着した年
2004年、女児向けアニメが静かに、
しかし決定的に変わり始めた。
昭和の少女アニメは長らく「魔法」「恋」「成長」を核にしてきた。
魔女っ子メグは魔法で日常をひっくり返し、
キャンディ・キャンディは涙と恋愛の物語を紡いだ。
そこに描かれる少女は
自ら困難を乗り越える主体ではあったが、
その力は魔法や知恵、
思いやりによるものであり、
拳を交えて敵と戦う存在ではなかった。
90年代に入りセーラームーンが登場すると、
魔法と戦闘が初めて同居する。
とはいえその戦いは依然として「魔法少女」という枠の中にあり、少女が拳を握って戦う姿は
まだ想像されていなかった。
90年代後半のカードキャプターさくらもまた、少女の内面や成長を丁寧に描く一方で、
戦いの手段はあくまで魔法のカードであり、
この枠組みを踏襲していた。
少女が敵を打ち倒す手段は不思議な力であって、身体そのものではなかったのである。
一方で
仮面ライダーや戦隊シリーズといった
少年向け特撮では、変身と肉弾戦はすでに何十年も続く定番の文法だった。
その文法が性別の壁を越えて女児向け番組に
移植されるまでには長い時間差があり、
それだけ少女が拳で戦うという表現には目に見えない抵抗が存在していたということでもある。
その枠組みを打ち破ったのが
2004年に始まったふたりはプリキュアであり、続く2005年放送のプリキュア Max Heartにおいてその価値観は完全に定着した。
第1作は放送開始当初こそ手探りの企画だったとされるが、想定を超える人気を獲得し、
続編としてMax Heartの制作が決まった。
ここで初めて、
一過性の企画ではなく、女児向けアニメの新しい主流として「戦う少女」が根を張ることになる。この企画を立ち上げたのは東映アニメーションの鷲尾天プロデューサーで、シリーズディレクターには『ドラゴンボール』などを手がけた西尾大介が起用された。
前番組にあたる明日のナージャが商業的に苦戦した後を任されたこともあり、鷲尾は従来の女児向けアニメの型に頼らない企画を模索し、その結果生まれたのが誰にも頼らず自分の力で立ち向かうヒロイン像だった。
企画書には「女の子だって暴れたい」という言葉が記され、これがのちにシリーズ全体を象徴する合言葉となっていく。
Max Heartでは、
シリーズディレクター西尾大介をはじめ
主要スタッフの多くが初代から継続する一方で、初代で確立されたアクション性とヒロイン像が
さらに拡張され、独自の作風が定着していった。物語は、前作でジャアクキングを倒し平和な日々を送っていたなぎさとほのかの前に、
ジャアクキングの復活を目論む新たな敵が現れるところから始まり、その戦いの中で光の園の
クイーンが分裂して姿を消してしまうという構成で、新キャラクター九条ひかりの加入によって
三人での連携が物語の軸となった。
変身、
そして肉弾戦、
そして必殺技という、
それまで少年向け作品の専売特許だった戦闘の
文法が、そのまま女児向け番組に移植されたのである。
なぎさは行動力を、ほのかは知性を、
そして新たに登場したひかりは新しい力の象徴を担い、少女の強さが一色ではなく多様な形で描かれるようになった。
強さが一種類の型に収まらず、
性格の異なる三人それぞれの持ち味として描かれたことは、視聴する女児にとって
「強くなるための唯一の正解」がひとつではないと示すことにもつながった。
運動が得意な子も、頭で考えるのが得意な子も、それぞれのやり方で戦いに参加できるという構図は、単純な強さ比べとは異なるメッセージを
含んでいたとも言える。
二人から三人へと仲間が増えたことで、
強さは一人のヒロインが背負うものではなく、
互いに支え合う関係の中で育まれるものとしても描かれるようになった。
前作からの人気を受け継いだ
Max Heartは2005年を通して高い支持を保ち、同年には劇場版も2本公開された。
4月には『映画 ふたりはプリキュア Max Heart』が公開され、初回興行成績は4位、
興行収入8億5000万円、
観客動員数76万5000人を記録し、
プリキュアのスクリーンデビュー作となった。
12月には続く
『映画 ふたりはプリキュア マックスハート2
雪空のともだち』も公開され、
テレビの枠を超えた広がりを見せた1年だった。
この変化は単なる作品内の演出変更にとどまらなかった。
それまで女児向け番組の主人公が涙や優しさで
物語を解決してきたのに対し、
Max Heartのヒロインたちは葛藤を抱えながらも自分の意志で立ち向かうという描写が繰り返され、視聴する側の女児にも
「泣いて済ませる」以外の選択肢が示された。
幼稚園や保育園ではプリキュアごっこが流行し、女児たちが自ら進んで「戦う役」を選ぶ姿が見られるようになった。
「プリキュアごっこ」という遊びが広がったことは、作品がテレビ画面の外へ進出した象徴だった。
玩具店やグッズ売り場でも、
変身アイテムや対決を模したおもちゃが女児向け商品として並ぶようになり、それまで男児向け
商品の棚に置かれていたような遊びの道具立てが、性別を問わない形で提供され始めた。
親世代にとっても、
この変化は決して唐突なものではなかった。
昭和の魔女っ子文化を知る親たちは、
むしろ「戦う少女」を肯定的に受け止め、
家族でプリキュアを観るという習慣が新たに
根付いていった。
企画段階で語られていた
「自分の足で凛々しく立つ」という理念は、
テレビの中だけでなく、
それを見て育つ子どもたちの遊び方そのものにも静かに浸透していった。
2005年という年そのものが、
こうした少女像の転換を後押しする社会的な空気をまとっていたことも見逃せない。
この年の3月には愛知万博が開幕し、
自立や共生といった言葉が社会の様々な場面で
語られるようになっていた。
2000年代前半には、「自立」や「自己決定」が社会全体で重視される価値観となりつつあった。
組織や制度に守られることを前提とした従来の
生き方が問い直され、個人が自らの力で選択し
行動することの価値が、働き方や家族のあり方をめぐる議論の中で繰り返し強調される時代だったのである。
子ども向けの作品は、
こうした大人の社会が抱える価値観の変化を、
しばしば大人自身よりも早く、
無自覚な形で映し出す鏡になることがある。
若者文化の領域でも、
矢沢あいの漫画を原作とする映画NANAが公開され、自分の人生を自分で選ぶ女性像が大きな共感を呼んだ。
一方で労働市場においては
女性の非正規雇用が増加し、
家庭に頼らず自分の収入で生活を組み立てる
働き方が現実の選択肢として広がり、
経済的な自立をめぐる議論が社会的な課題として意識され始めてもいた。
こうした流れを重ね合わせると、
当時の日本社会に広がっていた自立や自己決定の価値観と、プリキュア Max Heartが提示した
「戦う少女」の姿は、結果として同じ方向を向いていたと見ることができる。
もちろん、
企画者たちが社会情勢を意識してこのヒロイン像を設計したという直接の証拠があるわけではない。
むしろ、
子ども自身の遊び方をよく観察した結果として
生まれた企画が、たまたま同時代の空気と共鳴したと見るほうが実情に近いだろう。
それでも、
作品と社会が互いに影響を与え合いながら
同じ方向を向いていたという事実そのものは、
文化史として十分に意味を持つ。
振り返れば、
セーラームーンは「戦う魔法少女」を成立させ、プリキュアはそこから「身体で戦う少女」へと
重心を移した存在だった。
プリキュアが魔法少女を否定したわけではない。魔法少女の系譜を受け継ぎながら、
そこに「身体性」という新しい文法を持ち込んだのである。
魔法少女、
戦う魔法少女、
身体そのものを武器にする少女、
そして「自分の足で立つ」ヒロインという段階を経て、この転換によって女児向けアニメの文法は根本から書き換えられた。
ここで見落としてはならないのは、
「強い女の子」が単に男の子のように強くなることを意味しなかった点である。
なぎさは身体能力を、ほのかは知性を、
ひかりはまた別の個性を担った。
強さを男児向けヒーローの型から借りながら、
その中身は女児向け作品として再構成された。
単純な「女の子も戦える」という話ではなく、
戦うことそのものを女の子の物語にしたところに、この転換の本質がある。
翌2006年に放送が始まったふたりはプリキュア Splash Starにもこの路線は引き継がれ、
以後のプリキュアシリーズは現在に至るまで戦うヒロイン像を基本の型として続いている。
2005年当時、
この路線がここまで長く定着するとは、
制作陣自身も確信を持てていなかったとされる。それでも一度定着した「戦う少女」という型は、その後の女児向けコンテンツ全体の前提条件に
なっていった。
プリキュア Max Heartは、
人気シリーズの続編というだけではない。 2004年が「発明」だったとすれば、
2005年は「定着」だった。
魔法で問題を解決する少女から、
自ら立ち上がり、拳を握って未来を切り開く少女へ。
その転換は、女児向けアニメの表現だけでなく、子どもたちが思い描く「強さ」の意味そのものを書き換えた。
「魔法を使う少女」から
「自分の身体で立つ少女」へ。
2005年は、
その転換が
女児文化の中心的なヒロイン像として
定着した年だったのである。
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