平等を捨てた末路
はじめに:
「社会の決めごとをする人は、一般大衆のモラルと倫理を下回ってはいけない」。まず、この一番大事なことをはじめに記しておく。
今年、戦後80年節目の夏、「日本人ファースト」という政治スローガンにモーレツな嫌悪と違和感を感じたことをすでに書いた。
まだ、そんなことにこだわっているのか、と笑われてもいい…。
正直に言う。そう、そこまでこだわるほど気持ち悪い。自分も日本人でありながら、だ。はじめは、このモーレツ嫌悪感の根っこが何なのかよく分からなかった。
最近になって、ようやく腑に落ちた。「一般大衆モラルを下回っている不平等スローガン」。…問題はこれ。「発言の内容」だけ、ではなかった。
隣のおじさんが酔っぱらって「⚪︎⚪︎人ファースト!」と言うのなら「まあ、どうぞご勝手に…」ですむ。しかし、これを政治スローガンとして掲げるのは別の話。公的に「誰かを優先する」と言うことは、同時に誰かを後回しにすること。
つまり、共同体における「人としての平等」を放棄すること。これでは、初めから論理が成立しない。

これで、まず社会モラル基盤への打撃…、へと一歩ふみだすことになる。
まぁ、「言う方」もおそらくそれをわかっており、「何が悪いのか」と開き直るようだが。
しかし、それを許すと、次は、「もともと人権なんて重視しない」、「不平等スローガンを支持する者が、なぜ人道など語るのだ(やめてくれ)」、「祖国のために我慢して犠牲になれ」といった粗雑・横暴なウンチクも自然に出てくる。
そして、「⚪︎⚪︎人」つまり「選民思想」を前提としたスローガンは、「優生思想」という不気味な思想にもつながる。この二つの思想は、しばしばお互いに深く関連。
優生思想
国家や社会は、健康で優秀な者のみで構成されるべきとする考え方。現代では、劣ると判断された人の排除や「命の選別」につながるため、非人道的・差別的とされる。
こういった思い、考えをもとにして、今回は決定版としてまとめさせていただく(これがこのネタの最後!、約束する…、かも、汗)。
なんと言われようと、このプロセスは、自分にとって必要。ここ10年ほど、欧州では難民危機などの影響で右翼化が進み、「ドイツ・イギリス・フランス・ファースト」といったスローガンも広がっている。これには、単に外国人という単純な理由で、気分を害される(前ポスト)。

しかし、祖国日本でそれを耳にしたときの嫌悪感は、また別の意味を持っていた。その意味をどうしても突き止め、しっかりと「言語化」しておきたかった。加えて、普段とは違う視点で物事を考える機会にも。
はっきりいうと、低俗なスローガンが広まることで、社会の根にある倫理が崩れ始めるということ。これに、まじめにゾッとした。やっと言葉にはっきりできた。
今回、このポストで伝えたいのは、社会倫理の崩壊がもたらす危険。その一点に尽きる。
備考:ヨーロッパでの右翼ポピュリストについて
『西欧』での右翼化は、あくまで民主主義の枠内で一部で盛り上がっているにすぎない。実際に政権として極右傾化しているのは、暗黒感漂うオルバーン政権のハンガリー、欧州最後の独裁国家と呼ばれるルカシェンコ政権のベラルーシ、経済と人口問題が深刻なイタリア、そして古くから右翼色の強いオーストリアくらい。
EU離脱後の英国では、移民返還の権限を失い、第三国からの違法移民の流入が続いている。市民管理も十分とは言えず、こうした混乱が右翼化の背景の一つになっている。行政が冷静に管理し、常識に基づいた対応を取ることが重要だ。
右翼化が問題になるうちはまだ健全だが、課題は多い。今回のポストでは、『社会倫理のみ』に焦点をあてる。
オレンジおじさんの「大きくて美しい法案」:
さて、ここで、モラルが消える例をひとつ。「日本人ファースト」の前に、「アメリカ人ファースト」を挙げるオレンジおじさんがいる。

すでに、その言動はギャグの域にあり、ネットミームや職場のジョークネタになることも多い。特にドイツ、ヨーロッパでは、存在自体がジョーク扱いになっている。
ロンドン博物館の(アート作品?)保存ワークで、抗議デモで話題になった「ト⚪︎ンプ・ベイビー」の気球がふたたび。こう見ると、見事なオレンジ色、「可愛くないわけでもない…」?。笑
さて、すこし前、そのおじさんがまた変なニュースをやらかした。来年、その大統領おじさん自らが立ち上げるウェブサイト Tr⚪︎mpRx.gov で、米国民が格安医薬品を購入できるという。
「お金がなくても、メディケイド(低所得者向け医療保険)なんぞなくても、私のサイト『Tr⚪︎mpRx.gov』で格安の薬が買える!これで、革命的に人命が救える!」。
そして、その裏には…、ひっそりと、でも、どっしりと、同氏の「大きくて美しい法案(OBBB法案)※」がある。7月上旬には、米下院ですでに可決された。下、バークレー公衆衛生大学院による記事からの抜粋をみじかく下に。
「メディケイド削減は何を意味する?」:短い抜粋まとめ
「OBBB法案」※によるメディケイド削減(低所得者向け医療保険削減)は、連邦政府の支出を約15%減らし、今後10年間で約1兆ドルの削減につながる見込み。
2034年までに約1,180万人のアメリカ人が医療保険を失うと推定。
バークレー公衆衛生大学院は、この政策を「米国史上、最も逆行的、かつ非人道的な連邦医療給付削減」と酷評。
※「OBBB法案」= One Big Beautiful Bill「大きくて美しい法案」
トラ⚪︎プ大統領が提案した大規模・連邦支出削減法案のこと
この二つの情報をどう受け止めるかは、読んでくださる方々にお任せする。
ひとつ明らかなのは、この削減で命を落とすアメリカ人がたくさん現れるということ。メディケイドは低所得者や下層中間層が対象で、アメリカの医療費はとても高く、他の先進国と比べて数倍の差。
そんな状況で、カネ持ち政治家が貧しい人々に向けて自サイトで医薬品購入を呼びかけるとは…(アメリカ政府サイトだと謳っているが、全く信用していない、大汗)。…趣味が悪すぎる、と絶句したのは私だけだろうか。
命に直結する制度削減後に続くこうした行為は、「社会責任のなさ」のまるだし。
同時に、地位の低い低所得者などは「消えてもかまわん!」とする考えにもつながりかねない。これは、まさしく「優生思想」。
「アメリカ人ファースト」というスローガンから、なぜか、この「ビンボー・劣等アメリカ人撲滅」思想へ直結したよう。…倫理、は、まさしく消えつつある。
オレンジおじさん自身も、「俺は前科者だ。人道や倫理がないのは有権者も知っているはずだ!」とあっけらかん。
「ナチス」という不気味組織について:
「ナチス」という名前の意味とは:
では、社会の「決め事」をする者たちが倫理や人権、平等を捨てた行末、その国はどうなっていくか。これは、ドイツの歴史でも学べる。
前戦のファシズム、ナチス・ドイツ政権下では、社会的弱者、外国人や「役立たず」、「邪魔者」と見なされた人々が、国家のためにすべて容赦なく虐殺された。まさしく、「選民思想」に加え、弱肉強食「優生思想」もバリバリ。
まず、ことはじめにこのファシスト政権ナチス・ドイツの「ナチス」という名前の意味について。じつは、これは正式には「国家社会主義ドイツ労働者党」という。
これを英語では「National Socialism」、直訳すれば「国民社会主義」。その「国民(National)」のドイツ語読み「ナチオナール」の頭が「ナチ」となるため、省略形として「ナチス(Nazis)」と呼ばれるようになった。
つまり、日本語にすれば「クニ派」といったところ。
なぜここで名前の話をするかというと、ちょっとしたワケがある。ドイツに住んで間もない頃、英語で「国民社会主義」と聞き、すぐにナチスと結びつかなかった。そこで、この名もまた、市民を混乱させるためのプロパガンダではないか、と感じた。
…というのは、フツーの政治的な意味を全くなさないから。
この「クニ派」ナチスは、「社会主義」や「労働者」をその名に謳っているが、実際は社会主義とは正反対、極右翼的な独裁体制。平等や福祉国家を目指したのではまったくなく、「民族の純化」と「国家の強化」だけ。
さらに、「ドイツ人ファースト」、さらに国内では「純血アーリア人(のみ)ファースト!」を掲げる徹底した国粋・血統主義政党。
まるで、カンペキ独裁体制の北⚪︎鮮が正式名で「朝⚪︎民主主義人民共和国」と名乗っているのと同じくらいの倒錯ぶり、トンチンカンさ。ズバリ、言葉の欺瞞。
ナチス、ソ連と日本の危うい関係:
「日本は、その血統主義のナチスと前戦で同盟を組んでいたではないか」と言われるかもしれない。しかし、ドイツでは、それは、ほとんど忘れ去られている。…か、無視されている。こちらに住んでいても、ドイツ人からそれを聞いたことは一度もない。かなり、真面目に…。
ドイツの人々の関心は、完全にナチスの「悪行」に向けられており、共犯国のことなどスルー。「え?日本も?そうだったっけ?」と驚く人がほとんど。
そもそも、ドイツ人は、あの悪名高いナチスが、遠いアジアの日本と本気で共鳴していたとは思っていないようだ。
調べると、この「クニ派」ナチスが日本と同盟を結んだ理由は、日露戦争での日本の勝利にあったよう。どうやら、ロシアを牽制してくれる「安上がりな盾」として期待されていた。しかし日本は南方に進出し、ナチス総裁ヒトラーの思惑は外れた。
実際、ヒトラーは著書で日本人のことを「創造性に欠ける劣等人種」と繰り返し記し、同盟相手として尊重していたわけでは全くなかった。
やはり、当時の日本も含め、「自国ファースト」の血統主義的な政党同士。真の友人関係など、初めから存在しなかったと考えるほうが正しい。
さらに、独裁と恐怖による統治という点で、なぜかソ連・スターリン体制とナチス・ヒトラー政権に、多くの共通点がある。どちらも人命を軽視し、暴力で社会を支配した。この「同じ穴のむじな」関係性については、多くの歴史家が研究している(下、BBC:ナチス研究者、ローレンス・リースによる記事)。
終戦直前、日本と不侵攻協定を結びながらそれを一方的に破った「日本への裏切り者」ソ連のスターリンと、ナチスのヒトラーは、まさに「似た者同士」だった。

ちなみに、日本を裏切る前のスターリンは、1939年に当時の敵だったヒトラーと手を結び、世界を驚愕させ、独ソ不可侵条約を結んだ。
しかしヒトラーは1941年にこれを一方的に破棄し、おなじく「裏切り者」としてソ連に侵攻、この不可侵条約は無効となる。
いやはや、ドイツもソ連も、いや、どいつもこいつも…。よくそんな道徳を無視する、「ならず者国家同士」で怪しげな協定を結んだもの。裏切られて当然だろう。この点についても後でふれる。
「役立たずども」は消せ、『T4』作戦:
ナチス・ドイツはユダヤ人やジプシーを非人道的な殺戮収容キャンプで大量虐殺したことで悪名が高い。しかし、さらには「血統ドイツ人ファースト」政策で社会倫理が失われた後、特定の条件下で自国のドイツ人さえも大量虐殺した。
それは、政策に「人間の平等」という土台が欠けていたからにほかならない。
このナチスが1939年から始めたドイツ国内とヨーロッパの障害者「安楽死」と称した虐殺政策は、「T4」作戦と呼ばれる(NHKアーカイブ、関係者にいよる証言)。

公式記録だけで約7万人が殺され、のちに形を変えて続き、今日での犠牲者は最低でも30万人とされている。
ナチス・ドイツ政権下の障害者殺害・被害者数
ドイツ国内を含むヨーロッパ全体では、いわゆる「安楽死」計画の名のもとに、30万人以上が殺害(推定)。
ドイツ帝国領内の精神科施設にて、子どもを含む計20万人の患者が、ガス殺、薬物投与、飢餓などの秘密作戦によって殺害。
さらに、およそ40万人が強制不妊手術の被害者となった。
このナチスの虐殺政策については、みずからも障害者である藤井克徳氏(NPO日本障害者協議会代表)によって詳しく解説された記事を下に紹介。障害者差別の歴史に「深い思い」を込めて書かれており、学ぶべき内容がとても多い。一読をおすすめする。
この政策では、障害者や精神疾患をもつ人々の命の価値が公的制度で選別された。医師や裁判所、そして「遺伝子・衛生保健裁判所(Erbgesundheitsgericht)」という名の「底知れずうす気味悪い機関」が彼らの生死を決定。
こうして、病気や障害をもつ人々は「国家にとって価値がない」「役立たず」と分類され、人権剥奪への仕組みが整備。「ドイツ人ファースト」を旗印に、まさしく、人間の価値は「国益のみ」を基準に一方的に下された。
この考えは社会全体に広がり、やがて、弱者排除のためのあらゆる人権剥奪政策につながっていく。
参考:
下、米・独立系デジタル出版社“ATI”による英文記事はかなり生々しいファクトも記載している。
“All That’s Interesting”は、NYブルックリン拠点の独立系デジタル出版社で、歴史・科学・犯罪などを扱う。政治的影響を受けず編集の独立性を保持。
引きこもりで「処分」されたアンナ:
約10年くらい前、ドイツのシグリート・ファルケンシュタインは、叔母アンナ・レーンケリングの名前を上記「T4」の死亡記録(約30万人)で見つけた。これは、家族にとっても新事実だった(Berliner Morgenpost紙の記事)。

この叔母アンナは1915年、ドイツ西部ルール地方に生まれる。父は第一次世界大戦の悲惨な体験からアル中となり、肝硬変で死亡。家庭は不安定で、幼少期から神経症状や不安発作があり、学校に通えない時期もあった。
家にこもりがちで、外の世界ともうまく関われず、現代の日本でいえば「引きこもり」に近い状態だった。

この社会との関わりがうまく持てないアンナは「社会不適応」とみなされ、父のアル中死亡歴まで「遺伝的劣性の証拠」とされた。そのため、19歳でナチスの優生政策により強制的に不妊手術を受けさせられる。
その後、腎臓病を理由に施設へ送られ、劣悪な環境で暮らすことに。そして1940年、南ドイツのグラーフェネック安楽死センターに移送され、ガス室で殺害された。享年24。母には「腹膜炎で死亡」と偽った死亡通知が届いた。
姪のシグリートは写真や記録をもとにアンナの人生を再構成し、著書『アンナの足跡(Annas Spuren)』を出版。かつて「国家にとって不要」とされた叔母は、戦後70年以上経ったのち、やっと尊厳を取り戻した。
こうした酷い話は氷山の一角にすぎない。被害者30万人の規模は、もはや想像を絶する。
強者・弱者、薄氷の差:
この「優生思想」論理は非常に脆(あやう)い。今日の「強者」であっても、もし、明日にでも事故や病で倒れれば、切り捨てられるということ。
ここで少しフィクションにふれる。あの『ブレードランナー』原作者で、米70年代カウンターカルチャー代表作家フィリップ・K・ディックによる『高い城の男』が、少し前にアマゾンプライムでドラマ化された。
なぜ同氏の作品を取り上げるかというと、単純に個人的に好きな作家だからでもある。社会の外側から世界を眺め、独自性を貫いた「アウトサイダー」作家。若い頃、かなりハマった。とにかく、人間描写が鋭い。この『高い城の男』原作は、80年代にハヤカワ文庫からも邦訳出版。
この物語は、量子物理学のパラレルワールド理論を背景に、日本とドイツが第二次世界大戦で勝利していたら、という仮想世界を描くSF作品。ドラマは全4シリーズの壮大なスケールで展開される。ちなみに、量子物理学の理論上、パラレルワールドの存在は可能。
さて、この仮想のもと、「弱肉強食」のナチスドイツと帝国主義日本が共同で北米を制す。しかし、結局、両国はまったく相入れず核戦争へと向かうことになる。また、ナチスは白人・アーリア人以外すべての人種抹殺をも企む。
ここで、冒頭で触れたヒトラーとスターリンの、裏切りを重ねた姿を思い出す。「モラルの欠落」した体制では、これは「必然の展開」だろう。
物語の中心には、ニューヨークSS親衛隊本部に勤務するナチス高官ジョン・スミスがいる。弱肉強食のナチス組織内、冷酷でかなり問題のある人物。だが、同時に郊外で妻と子どもたちと暮らす家族思いの男、だったりもする。

ナチスは強者のみを称賛し、病気持ちや障害者などの弱者を冷酷に抹殺する組織。スミスもその思想に従い献身。しかしある日、息子トーマスが不治の難病にかかり、ナチスの「抹殺対象」となることを知る。


ネタバレを避けるため、内容はここまでとしておきたい。
スミス高官は息子を守るために奔走する。そのため、自ら違法者となり、隠れた反逆者として、「狩られる側」に追いやられる危険に。
人間はもともと脆(あやう)い。どんなに強い者でも、いつ障害や病に倒れるかわからない。それもまた自然の摂理。また、人の思想も同じく、経験によって変わる。それが、全く許されない社会とは一体どんなものか…。

なぜこのフィクションに触れたかというと、こうしたことは統計上、間違いなく起きていたと思うから。いや、ナチス関係者やその家族の数、人間の脆さを考えれば、なかったはずがない。
30万人もの虐殺が現実にあった。フィクションに頼らざるを得ないのは、人道のない政権下で、ナチス関係者間で起きたタブーなど、記録されるはずもないから。

追加(11月16日)
また、英国発の最新ニュースで、ヒトラー総統自身に遺伝性疾患の可能性があったことが、遺伝学者の検査でわかった。 生前の行動にも、その特徴と一致する点がかなりあったという。
中世イングランド王リチャード3世の遺骨確認で知られ、この研究にも参加した遺伝学者トゥリ・キング氏は、ヒトラーの遺伝子が、ナチスがガス室に送っていた人々の範囲に含まれる可能性があると述べた。
以下に、日本語訳の記事と遺伝学者(キング氏)のコメントを付す。
「ヒトラーの政策は完全に優生学に基づいている。もし彼が自身のDNAを見ることができたなら、まず間違いなく自分自身をガス室に送っていただろう。」
ただし、研究チームは、この疾患がヒトラーの好戦政策や人種差別政策を説明したり、正当化したりするものでは決してないと強調。
おわりに:
平等を失った社会は、ほとんどが恐怖による支配におちいる。歴史を学ぶと、これにほとんど例外がないことに気づく。強者と弱者、狩る者と狩られる者の差は、ほんの紙一重にすぎないから。
社会を導く立場にある人たちは、大衆のモラルを超えて、人間の尊厳と人権を守る存在であるべき。政治とはまったく無縁の凡人、一般市民である私は、「権威」にこそ、それを期待する。
完璧でなくていい。ただ、その方向を見失わず、少しずつでも歩み続けること。社会には、そうした倫理の基盤がどうしても必要だと思う。それを曖昧にするべきではない。
いま、多くの先進国が高齢化と財政負担の問題を抱えている。限られた税収の中で、どう福祉を維持し、弱者を支えていくのかが問われている。だが、大変だからといって、モラルや民度を下げるようなスローガンで人々を煽るのは、まったく違う。
いや、正直、けしからん…。そんな社会は、信頼できない。
今、本当に必要なのは、正直な「対話」だと思う。難しい仕事だが、それを果たすのが「権威の役割」だろう。

国家による正直な対話例(著者経験):
民主教育に定評のある旧西ドイツでは、戦後、ナチスの悪行に対する反省と教育が徹底的に行われた。そのため、自国の過去の醜い歴史の情報であっても、まったく検閲されることなく、誰もが自由にアクセスできる。
そうした国を挙げての取り組みのおかげで、外国人である私でさえ、事実にたくさん触れ、学ぶ機会を十分に得ることができる。
この国家の姿勢には心から感謝する。また、きちんと加害の事実を認め、向き合う姿を評価し、その正直さに深い敬意を抱く。
合掌。
戦争追悼八十年
〜 平和を願い、黙祷と合掌 〜

