故郷、アメリカを捨てる女性たち
「トランプ政権が耐えがたいという女性は多いと聞いてたけど、まさかここまで行動するとはね…」と、バルセロナで米国人女性向けにスペイン移住コーチをする(同じく)米国人女性、Cépéeさんがオロドキを隠さない。
「あっという間に、すごい数の女性たちが登録してくれて、本当にびっくり!」と語る。いまや人気が高まりすぎて、彼女のサービスへの新規登録は待ちリスト対応のみ(下)。


前のポストでもふれた独仏公共放送ARTEで、トランプ政権下のアメリカに広がる女性差別の現状と、そんな社会に見切りをつけて国を離れる女性たちを追った2つのドキュメンタリー番組が放映された(下、参照)。


自分の価値観と合わない環境から、迷わず行動に移すアメリカ女性の「潔さ」には感嘆。心の違和感に「フタ」をしない姿勢。


この番組を見て、まず感じた結論を、はじめにはっきりと書いておく。それは、もはや政治でさえ「ライフスタイルの選択肢」になりつつあるのかもしれない、ということ。
先進国では、人びとが海外移住する理由のほとんどは、命の危険ではない。それよりも、政治、生き方や価値観の違いといった「カルチャーの選択」によるもの。下の米国内の調査結果でも、その傾向が明らか。

「米国から移住を考える上で、どの要素が重要ですか?(とても/やや重要)」という質問に、1位は、生活費が安い場所に住みたい(86%)、2位:自分の価値観や信念に合う場所に住みたい(81%)、3位:自己成長や健康のため(80%)、 政治や社会の不安から逃れたい(78%)。出典:The Harris Poll ※2025年2月13日~15日、全米を代表する成人2,131人を対象に調査。
こちら欧州では、多くの若者や専門職層が、自分の「ライフスタイルに合った国」を意図的に選び、わりと気軽に移住していることに気づく。こう考えると、単なる「選択肢」だけでなく、もはや、コンシューマー、消費行動にさえ近いのかもしれない。

そう、「マーケティングや消費行動の視点」から見ても、これは、とても興味深い。
人びとの海外移住を消費行動になぞらえると「お気楽すぎる 笑」と批判されそうだが、あくまで個人的見解。重いテーマを少し軽くしたい気持ちもある。
だが、先進国では、「生き方志向」による移住が、「確か」に消費行動的な側面を持つ。私たち家族の経験、そして私自身の英独での30年にわたる観察からも、これは「個人的に断言」できる。…感情抜き、で。

英国EU離脱やトランプ政権一期目初期には人の出入りが激しく、トランプ政権一期目終了時、つまり、民主党バイデン政権勝利の時は(ドイツの都市で)周りの在独アメリカ人の大半が帰国…、汗 😅。子どもがインターナショナルスクールに通っているため、その動きは一目でわかる。正直、こちらでは海外移住はわりとシンプルで明快。
このポストは、あくまで個人的な視点を広げてみたもの、とお断りしておく。

さて、この視点から、(少し冒険的に)マーケティングの実例を。例えば、環境保護を掲げEV事業を展開しながら、なぜか矛盾した「気候変動否定派」のトランプ政権に関与し、差別的発言も絶えない、あの実業家ムスク氏が率いるテスラ社。
この「テスラ・ブランド」は、ここ5年ほどで欧米において大きく「ブランド価値」が暴落。これは、消費行動データとして、注目に値する。この暴落は、ほぼ100%が「ライフスタイル・価値観の崩壊によるもの」。

ブランドの価値観が揺らぐと、技術に問題がなくても消費者の信頼はポシャる。特に、若者や女性はブランドと価値観の結び付きに敏感で、「不誠実さ」には強く反感を示すという。

上:「テスラのブランド評価に大きな打撃」と題された米フォーチュン誌の記事。米国消費者が上述調査で、倫理イメージ、ブランド・パーソナリティーどちらも『最低』と酷評。写真は、ムスク氏がナチス敬礼を行いテスラ株価大幅下落した際のもの。
こう見ると、この消費行動は、「生き方の選択」にも直結している。まさにマーケティング用語「ライフスタイル・ブランド」論(用語解説リンク)そのもの。
ズバリ、ちかごろの先進国の消費者は、自分の政治感覚や価値観とマッチしない商品は買わない。いや、むしろ「徹底的に避ける」と言ったほうが正しい。

この車のためにローン? …絶対買わんわ、こんなもん(すまんけど)。「ライフスタイル」と相性悪すぎ。
…さらに、先進国では「住む国」さえも、個人のライフスタイル選択になりつつある。働き方の自由やデジタル・ノマド・ビザの普及もあり、若者にとっては「住む国さえ選べる」時代。欧州に住んでいると、その変化がよく見える。
そのうち「国」や各国の「カルチャー」さえ、人々にとっての「ライフスタイル・ブランド」として評価される時代になりつつある、ような…。(実際、こちらでは半分くらい、すでに、そうなってるっぽい)。


さて、こういったトレンドのなか、米国ではトランプ大統領勝利後、「海外移住」というキーワードでのネット検索は1500%増(前述)。2016年の勝利後も、オランダのアメリカ人移住者は1万5000人から2万4000人(60%以上増)に、ポルトガルでは5000人から1万5000人(300%以上増)に急増したそう。
Cépéeさんの住むスペインも、トランプ勝利後、アメリカからのビザ申請は70%増。下に番組からのチャートを引用。


(下、ロイターによる記事)先週のオランダ総選挙では、中道リベラル党が勝利。党首イェッテン氏は「極右運動に打ち勝てることを、オランダだけでなく世界に示した」とガッツ。さらに米国の若者や女性に人気が集まりそうな気配。


また、米社会が男尊女卑に傾く問題は、トランプ大統領など一部の権威者だけのせいだけではないという。奇妙な話だが、保守派の女性たちもそれを支持しているらしい(上)。
この背景には、近年、米国社会学で注目される「キリスト教ナショナリズム」という動き(日本語解説)がある。トランプらは、むしろこの動きの有権者を味方につけることに躍起になっているらしい。

定義については、この動きを長年研究しているアンドリュー・ホワイトヘッド教授の文献から抜粋意訳する。
キリスト教ナショナリズムと反民主的な不平等について:
これは、「キリスト教ナショナリズム」と呼ばれるが、「キリスト教」本来の福音が説く隣人愛・平等・弱者への配慮・奉仕とは大きく異なる。
むしろ、信仰を政治的・排他的な支配手段として利用し、平等を基盤とする民主主義を弱めようとする動き。下がそのイデオロジーのいくつか。
アメリカを「特定の人々(主に白人で文化的に保守的なキリスト教徒)」のための国のみと定義。それにより、他の人種・宗教・文化的少数者の市民権を制限する。
また、この思想は、多様性の平等参加を脅威とみなし、社会の既存の権力構造(男性優位・白人中心)を強化。さらに、女性やLGBTQ+などの性的マイノリティーの人権も否定。
結果、「キリスト教的国家を守る」という名目で不平等や差別を正当化する。
ちなみに上のリンク(英文)は、「反・キリスト教ナショナリズム」を掲げる真のキリスト教徒による運動。ややこしいが、キリストの名を反民主的な目的で利用する動きに対し、従来の信徒たちが「本来の教えに反する」と告発。
ドキュメンタリーによると、米国南部諸州のこのウルトラ保守ナショナリズム派と、カリフォルニアなど西部やニューヨーク、ボストンなど東部大都市圏のリベラル派は、はっきりと国内で「分断」。

深い「価値観レベル」で、互いにまったく「相容れない」両派を、実際に別国として「統治」すれば解決できるとの専門家の声も。文字通り「国を分断」するという極端な案まで議論されている。


「今後2年以内に、米国から移住したいと思いますか?」という質問に、Z世代(Gen Z・13〜28歳):ほぼ63%、ミレニアル世代(Millennials・29〜44歳):52%、 X世代(Gen X・45〜60歳):35%、 ベビーブーマー世代(Boomers・61〜79歳):26%。出典:The Harris Poll ※2025年2月13日~15日、全米を代表する成人2,131人を対象に調査(Z世代304人、ミレニアル世代576人、X世代665人、ベビーブーマー世代586人)。
さて、こうした傾向の中で、下はCépéeさんのオンライン・マスターコースに参加する若い米国人女性。この方は、アメリカ脱出の日が待ちきれない、という。

彼女は、フロリダ州在住。「もう、私の知っているアメリカじゃない」と嘆く。共和党支持の強い「赤い州」フロリダでは、街に赤い服を身にまとったトランプ支持者があふれ、その光景を見るだけで気分が悪くなる、という。

「もう、耐えられない…」。自由や多様性を好む自分の価値観と、故郷の現状とのギャップに心を痛めているよう。
番組には多くの女性が登場するが、下のバネッサさんの話も印象的。


彼女は、性的マイノリティー、レズビアン(LGBTQIA)。そのため、保守的な故郷、南部テキサス州では生きづらさを強く感じたという。トランプ勝利後、スペインへの移住をキッパリと決断、すぐに行動。
自分のアイデンティティに関わる問題で、妥協はできなかったという。
…とはいえ、すべてを置き去りにして国を離れるのは簡単ではなかったとも語る。「モノ(物)」だけの動きではなく、思い出も、人間関係もすべて手放すことになったから。

また、彼女の背景には皮肉な物語がある。両親は南米コロンビアから、自由を求めて命懸けでアメリカへ渡ってきた移民たち。「両親は自由を求めて必死にアメリカへ向かった」と彼女は語る。
「その移民の娘である私。その私が、今や自由を求めてアメリカを去り、スペインに移住することになるなんて…。本当に皮肉で、少し寂しい話。」

さらに、コロンビア人移民一世である母親は、なぜかトランプ支持者で、自分自身も移民でありながら、排他的な政策を支持。
(余談だが、個人的な経験として、欧州に住んでいてもこうした「自己ヘイト型」移民に出会うことがよくある。いっちゃ悪いが…。自分のことは棚に上げるタイプ)。
電話で、母親が「今の世の中はとんでもないのよ、怖いわ」と言うと、バネッサさんは「そうね…、とんでもないわよね、狂ってるわよね」とだけ笑いながら答える。反論はしない。本当に思っていることは、口にできない親子関係。

そんな母とは、「居心地が悪い」と淡々と語る。
このバネッサさんのエピソードを見ると、つい私自身と肉親(右翼・毒父)の経験が重なってしまう。もはやこれは政治の問題ではなく、相入れない価値観とアイデンティティの問題。
私も(LGBTQIAではないが)、この女性の苦しさに共感。
冒頭で結論として書いたが、先進国では、いまや政治さえ「ライフスタイルの選択肢」となりつつある。ここで、これをもう一度おさらいしつつ、バネッサさんのようなケース、つまり「アイデンティティの問題」も考えてみる。
ブランド論上のライフスタイル・ブランドは、人びとの価値観だけでなく、所属するコミュニティや「自己表現」といった「社会的アイデンティティ」とも、とても深く結びつく。

これを考慮すると、番組の女性たちにとって、価値観が相容れなくなった故郷では、自分たちの属せるコミュニティはもはや存在しない。さらに、真のアイデンティティも否定され、本来の自分でさえいられない状況。
この番組の女性たちは、自らのライフスタイルの選択を「心の祖国」や「本当の自分を受け入れてくれるコミュニティ」にまで広げた。海外移住という大きなハードルを越えてでも、それは彼女たちにとって欠かせない選択だった。

私たち家族も、こうした状況を目の当たりにしたことがある。
2016年の英国EU離脱(Brexit)国民投票では、ポピュリズムや極右翼による排他的ヘイト・スローガンで国が分断され、リベラル・中道系の若者や女性、知識層が海外へ流出。「Brexodus」と呼ばれたこの現象は、Brexit(EU離脱)とExodus(大量流出)を掛け合わせた造語。この言葉には離脱後に国外へ移った企業やビジネスも含まれる。



私のドイツの勤務先にも、その頃欧州に流れてきた英国人同僚がたくさんいる。話を聞くと、家族の分裂など、小さな悲劇を抱えるケースも少なくない。
普遍的な悲劇なのだな、とため息が出る。
このアイデンティティの問題は、私の心理セラピーでもよく話題になる。すぐに答えは出ないが、また色々考えてみようと思う。
最後に、詳細は省くが、未成年ブラック系混血の娘とともにカリフォルニア州からスペインに移住した母娘の写真を下に。やはり、トランプ政権を見切ってアメリカを去った。

この家族は、ベネッサさんのようなアイデンティティの分断はなく、微笑ましい関係のよう。
移住には大変な苦労があったようだが、家族の絆はしっかりしている。娘の将来のため、アメリカを捨てて欧州へ移る決断と行動、学校や地域選びなども含め、母親としての選択は並大抵ではない。
異国で娘のために全力を尽くす母親の姿には、同じ女性として、母として、心から応援したくなる。
幸せになってほしい、と願う。
