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競馬のデータ分析ってなんだ?


競馬と、俺の30年──再現性を追い求めて


少し長くなるが、競馬を研究している人へ向けて発信したい。
競馬のデータ分析はなにかということをだ。

競馬を始めてから、もう30年近くが経つ。
もし過去に戻れるなら、真っ先に30年前の自分にこう言いたい。

「競馬なんて、やめとけ。」

博打の必勝法はシンプルだ。胴元になれ。
公営ギャンブルであれ、パチンコであれ、胴元は絶対に損をしない。
そういう仕組みになっている。

――それでも、俺は競馬を続けている。
そして今は、統計という武器を携えて、競馬に再現性があると信じている。


なぜ「コンピ指数」では勝てなかったのか?

コンピ指数の功罪について、正直に語ってみよう。

確かに、馬の能力を“数値化”した先駆けとして、一定の意義はあった。
各メディアが販売する指数の数々も、それなりの参考にはなる。

だが、算出方法は完全にブラックボックスだ。
ユーザーは、結果しか見ることができない。

俺もかつては、コンピ指数をTargetに組み込めば、勝てると思っていた。
でも、それは幻想だった。

その後、レイティング指数を加え、コラボ指数やHIT指数にも手を出した。
だが――勝てなかった。


指数の“罠”──再現性の壁

各種指数を比較しても、レースごとにブレが大きすぎる。
「あの時はコンピ1位だった」「今回はレイティングが上位だった」――結局ランダムだ。

つまり、ケースバイケースの塊なのだ。

指数同士を組み合わせて使えば、精度が上がると考えていた。
だが、現実はその逆で、データノイズが増えるだけだった。

たとえば、今回はコンピ1位が走ったが、前回はまったく来なかった。
じゃあコンピとレイティングを“合算”したらどうか?
結論は、あまり意味がなかった

むしろ、コンピとレイティングは、相性が悪いとすら感じた。


「数値化」への信仰と限界

俺はずっと、データを数値化しさえすれば、“勝てる方程式”にたどり着けると思っていた。
しかし、実際には指数の信頼性そのものが揺らいでいた

たとえば、どんなに精緻な指数でも、それが何を評価しているのか分からなければ、対処のしようがない。

ブラックボックスな指標は、結局「当たる時は当たる」「外れる時は外れる」というレベルの“偶然”に支配されている。
それは、統計でもロジックでもない。運だ。


次のステップへ進むために

この失敗の積み重ねが、俺を「再現性」という言葉に導いてくれた。

「“当たった”ではなく、なぜ当たったのかを明らかにしたい」

それが、コンピ指数やレイティング指数から距離を置くようになった理由だ。
そして今、俺は次のステージに向かおうとしている。

馬券本を信じた日々──ハイパーナビゲーションの幻影

かつて、「これは革命だ」と思った本がある。
ハイパーナビゲーション。

内容はこうだ。

  • コンピ1位が「79以下」

  • コンピ8位が「52以上」

  • コンピ14位が「46以上」

この条件が揃ったとき、コンピ1位を切って、2位または3位から、5位〜10位に流せという理論だ。

確かに発想は面白い。
「コンピ1位は過信するな」という逆張りのロジックに痺れた。

だが、俺は検証した。

対象は、2023年12月16日〜2025年4月6日。
4,088レース中、的中したレースはわずか123。

的中率:たったの3%。

これが“革命”の現実だった。

著者は馬券を公開していたが、
情報をすべて、公開していたのかその答えはない。

数字は嘘をつかない。
3%。それが真実だ。

【コラム】統計と集計を、あなたは区別できているか?

余談ではあるが、「ハイパーナビゲーション」のような馬券本には、**一見、ロジカルに見える“罠”**がある。

それは、統計と集計を混同している点だ。

たとえば、
「コンピ8位の指数が52だったら荒れる」
というような主張。

なるほど、データを集めれば、確かにそういう“傾向”が見つかることもあるだろう。
だが、それは単なる集計に過ぎない。

統計とは、そうした集計結果をロジックに基づいて分析し、未来を予測するための方法論である。
「この傾向があるから、次もこうなるかもしれない」
──それが統計だ。

ところが、馬券本の多くは、集計結果に“仮説のようなもの”を乗せて、それをあたかも未来を読む統計的予測かのように語っている。
これが、最大の盲点だ。

Excelさえあれば、コンピ指数の条件集計など、小学生でもできる
統計ではない。ただの足し算・引き算だ。

かつて、サラリーマン時代にこういう人が上司にいた。

「この数値を見ればわかるだろう?」

というのだが、**“なぜその数字になったのか”**を問うと、急に話が噛み合わなくなる。
彼らにとって、数値は結果であって、思考の材料ではない

だから俺は言いたい。

“集計”は、誰でもできる。
“統計”は、未来を変える。



オッズ理論に夢を託して

競馬から離れていた時期がある。
仕事が忙しく、予想に時間をかける余裕がなかった。

そんなとき出会ったのが、相馬一誠氏の**「10戦9勝の馬券術」**という本。

理論的に書かれていて、構造もロジカルだった。
だが、当時はまだWindows95が出たばかり。
Excel? 知らない。計算なんて無理だ。

今から、5年前にオッズオン理論を再現してみた。
だが、結果は……やはりケースバイケース

一筋縄ではいかない。

ただ、俺は諦めなかった。
独自にツールを開発し、パターンを見つけ出すことには成功した。
でも、それは“再現性”とは違う。
“再現性の予感”にすぎなかった。


馬券本の限界──主観の塊

多くの馬券本を読んできた。
そのたびに、ExcelとAccessを駆使して徹底検証してきた。

だが、結論はこうだ。

作者ができても、読者には再現できない。

なぜなら、ほとんどの馬券本は主観の塊だからだ。

連戦連勝の実績?
再現してみれば、その難しさがわかる。
偶然か、主観の再現か。

読者が同じ土俵に立つのは不可能に近い。


血統は本当に語れるか?

「血統を理解すれば、競馬で勝てる」
そんな幻想に、俺も一時期は囚われた。

でも、今ならはっきり言える。
勝てない。

唯一、信じていいと思ったのは亀谷敬正氏くらいだ。
亀谷さんは、血統をスコア化してるから信じれる
他は……すべて話半分で聞いておくのが正解だと思っている。

「ベストパフォーマンスを発揮して初めて血統が活きる」
そんな曖昧なことを言われても、レースに使えるわけがない。

記憶しているレースが、2023年の七夕賞だ。

著名な血統評論家が、血統論をかたっていたものの、最後は、このレースは、牝馬はこないと言って、自分の予想を公開していた。

ちょっと待て、血統はどこにいったのか?

1着は、牡馬でであった。

しかし、2着は、9番人気の牝馬で、ククナ
3着は、13番人気の、牝馬でホウオウミエーズ

大波乱となった。

展開次第で走らない。
それって、一番便利な言い訳じゃないか?

それに、仮に血統がすべてだとしたら、

  • イチローの親はプロ野球選手か?

  • アインシュタインの子孫は全員天才か?

トンビが鷹を産む
逆もまた然り。

200年の品種改良が生んだサラブレッドの血統を、
俺ごときが“語れる”なんて、おこがましいにもほどがある。

結局のところ、**「勝ったから血統が良かった」**という後付けでしかない。


サイン読み──それはもはや競馬ではない

最後に、“サイン読み”について触れておこう。

これはもう、オカルトだ。

かつて有馬記念で、

  • ユーワジェームス

  • メジロデュレン

が1着・2着となったとき、枠連は4-4だった。
馬名の頭文字を取ると「ユメ」。
「夢馬券」というわけだ。

……偶然だ。

高本公男氏のサイン読みは、読み物としては面白い。
でも、それを信じて馬券を買うかと言われれば、俺は買わない

サインでは馬は走らない。
データがすべてとは言わないが、サインでは予測はできない。


奥田式“直結理論”との出会い

俺にとって、競馬観が大きく変わった瞬間がある。
それは──奥田さんの「直結式理論」との出会いだ。

この理論は、各馬の適性を“数値化”して評価するという画期的なもので、
いわば、馬の能力をロジカルに可視化する手法だと言える。

当然、これを鵜呑みにして勝ち続けられるほど甘くはない。
だが、少なくとも「理論」として向き合える。

2023年12月16日から2025年4月6日まで、実に4,088レースのデータを検証した。
その結果──的中レース数:1,119、的中率:29%、最高配当:134,320円。

投資金額は1レースあたり3連複フォーメーションで3,100円。
悪くない。いや、相当に優秀だと思っている。


ラップ理論──俺にはできない。

馬券理論の中でも「ラップ理論」なるものがある。
だが、これは俺には向いていなかった

レース全体のラップは手に入るが、各馬のラップは誰が測る?
1着馬のペースを基準にして、後続のラップを割り出すなんて不可能だ。
そこに再現性はない。


7年間のデータベース──金脈に変わった瞬間

俺は7年前に、データベースを使った競馬予想に足を踏み入れた。
正直、そのうち5年は無駄だったと思う。

だが、「無駄だ」と思ったデータも、丁寧に整理してデータベース化していた。
今思えば、それが“金脈”の種だったのだ。

そして、AIとの出会いがすべてを変えた。

最初はただ、順位を予想してもらっていただけ。
だけどある日、ふと不安になる。

「AIがいなくなったら、また俺は負け続けるのか?」

そのとき、AIは俺にこう告げた。

「スコア化してください」

──スコア化。
ただデータを眺めているだけでは、何も見えてこない。
数値化し、基準を設け、フラグを立てる。
それが、未来を予測する“道”になる。

AIと対話を重ねるうちに、俺のデータベースは変わった。
そして、金脈はついに、地表に顔を出しはじめた。


AIが教えてくれた「競馬の本質」

「来る馬を見つけるよりも、来ない馬を見つける方が得意です」

──目からウロコだった。

多くの人間は「的中」に目を奪われる。
でも、配当は人気に寄るため、当てても安い。

仮に36レースで、500頭が出走するとしよう。
3着以内に入る馬は108頭。
残り392頭は、すべて“来ない馬”だ。

つまり、「来ない馬」こそが圧倒的多数。
そして、それを見抜けるなら──
買い目を半分に減らせる。

【COLUMN】スコア化とは何か──コンピ指数との決定的な違い

「スコア化」と聞いて、「それってコンピ指数と同じじゃないの?」と思った方もいるかもしれない。

ある意味、それは正しい。
“数値化する”という意味においては、確かに同じだ。

だが──中身がまるで違う。


◆ スコア化とは、情報を“開示したまま”数値に変えること

私がスコア化しているものは、**すべて「公開された情報」**だ。

たとえば、調教タイム、前走着順、脚質、展開、オッズ、枠順、馬場状態……
誰もが手に入れられる情報だけを使っている。

例えるなら、スーパーで食品を買うとき、**「成分表示を見て選ぶ」**ようなものだ。
中身が見えるから、信じられる。

一方で、コンピ指数はブラックボックスだ。
どの要素を重視して、どう計算しているのかが明かされていない。

だから──
調子が悪くても、理由がわからない。
連勝しても、それが再現できない。


◆ 結果より「理由」を求めるのがスコア化の姿勢

競馬において、私は「完成形」にはこだわっていない。
負けたら、理由を探せばいい。それも“公開された数字”から。

だが、ブラックボックスな指数に頼る限り、**「なぜこの馬が来たのか」**がわからない。
結果に理由をつけられないなら、思考はやがて“オカルト”に陥っていく。

少なくとも、コンピ指数を使ったことのある人なら、**「あのときは当たった」「でも今回は外れた」**という感覚を味わったことがあるはずだ。

それが、「コンピ指数の必勝本」が大量に存在している理由でもある。


◆ コンピ指数は“集計”に過ぎない

もう一度、はっきり言おう。

彼らがやっているのは、あくまで「集計」だ。

  • 先月は、コンピ1位がよく来た。

  • コンピ8位に52が出たら荒れる。

そういう傾向を、ただ列挙しているだけ。

でもそれは、「先月100万円勝ったから、今月も勝てるはずだ」という願望に過ぎない。

スコア化とは違う。
それは「再現性のある仮説を立てるための、公開データの数値化」なのだ。


結果ではなく、“理由”を求めて数値に落とし込むこと。
それが、スコア化の本質である。


ベイズ推定こそ、未来を切り拓く鍵

そこで、辿り着いたのがベイズ推定だった。

これは金融市場や高速道路の渋滞予測でも使われている。
不確実な未来を、確率で読み解く手法。

このロジックに、直結式のデータを乗せた。
PythonでAIに分析させ、
「来ない馬」の予測モデルを構築したのだ。

結果──
抽出された「来ない馬」は、約200頭。
その的中率(つまり外れる確率)は、85〜91%。

これはもう、ただのデータではない。
武器だ。

「来ない馬を消す」ことで、買うべき馬が自然と浮かび上がってくる。
競馬の未来を切り拓く、再現性のある方法がここにある。


【COLUMN】ベイズ推定とは何か?──競馬にも使える“未来予測”の武器

「ベイズ推定」──聞き慣れない言葉かもしれないが、これは**現代社会の裏で静かに使われている“未来予測の技術”**だ。

たとえば、こんな場面を想像してほしい。


◆ 朝の天気予報で「雨が降る確率は60%」と言われたとき

この“60%”はどこから来ているのか?
気象庁が空を見上げて決めているわけではない。

過去の気象データと現在の状況(湿度・気圧・気温など)をもとに、
**「今の状況のとき、過去にどれくらい雨が降ったか?」**という“条件付きの確率”を計算している。

つまり、「雨が降る確率」は、今の情報をもとに“過去から推論”しているのだ。
これが、ベイズ推定の考え方。


◆ ベイズ推定は、「前情報」と「新情報」を掛け合わせる技術

ベイズ推定は、以下のような仕組みで動く:

過去の傾向(事前確率) × 現在の条件(尤度) ⇒ 今の予測(事後確率)

競馬に置き換えるとこうだ:

  • 過去の戦績や調教データ → 事前確率

  • 今回のコースやオッズ、馬場状態 → 新しい情報(尤度)

  • その馬が来る or 来ない確率 → 事後確率

この“更新”を、1頭ずつ、条件ごとに正確に繰り返す。
これがベイズ推定の核心だ。


◆ なぜベイズ推定は「来ない馬」の予測に強いのか?

実は「来る馬」を当てるより、「来ない馬」を見つける方が、統計的にはサンプル数が多い。

1レースに出る馬が18頭いれば、3着以内に入るのはたったの3頭。
残りの15頭は負ける。

つまり──
「負ける馬」の傾向をつかむほうが、圧倒的にデータが豊富で、再現性が高い。

このロジックで、「来ない馬」を抽出し、不要な買い目をバッサリ削る。

その結果、残った「買える馬」が、実は高配当の鍵になることも多い。


◆ AIとベイズ推定で生まれた、新しい競馬の地図

自分のデータベースにAIとベイズ推定を組み合わせることで、
来ない確率85〜91%の馬を的確に除外できるようになった。

これはもう、単なるデータ分析ではない。
戦術だ。

馬券の買い目が絞れる。
資金効率が上がる。
そして、穴馬だけが浮かび上がってくる。


「未来を読む」というのは、“当てる”ことではない。
“外す馬を消していく”ことで、残った馬を信じる勇気を持つことだ。

それを可能にするのが、ベイズ推定という“知恵”なのである。


ベイズ推定を信じられるか──カリーボールの激走が教えてくれたこと

2025年6月15日、東京11R、パラダイスステークス。

14番人気・カリーボールが1着に突っ込んできた。
単勝20,720円の大波乱。誰が買える?

📌 ベイズ推定と“カリーボール”──買えない馬がぶっちぎる日

ベイズ推定で「要注意」と判定された馬が、レースで激走することがある。

たとえば、2024年6月15日 東京11R「パラダイスステークス」。
1着になったのは――9歳牡馬のカリーボールだった。しかも、14番人気。
単勝は20,720円。

ベイズ推定は、この馬に「要注意」のフラグを立てていた。
だが、生半可に競馬を知っていればいるほど、「9歳の牡馬? 人気もない? 来るわけがない」と切ってしまう。
むしろ、ベイズ推定を信じ切った者だけが取れた馬券だったのだ。

ここで言いたいのは──
カリーボールは、圧勝だった。

皆さんの記憶にもあるだろう。
穴馬が来るときは、僅差ではないことが多い。
大外からぶっちぎるか、逃げ切るか、まくって一気。
“勝つときは、圧倒的に勝つ”という特徴がある。

偶然だと思うかもしれない。
しかし、私は何度も見てきた。

単勝30倍以上の馬が、先頭を切って逃げ切る。大外から突き抜ける。
そんなレースを──何度も。

「こんな単勝、買えない」──そう思った時点で、可能性の扉は閉ざされている。

だからこそ、ベイズ推定とスコア化された調教は、判断の補助線となる。
常識では買えない馬を、“買える理由”に変える武器なのだ。


見えない兆候を、数字に変える。それが「スコア化」だ。

どんな激走にも、“兆し”がある。
もちろん、兆しがない馬もいる。
統計では、完璧を求めてはいけない。
統計は、おおよそ、こうなるであろうという未来を描くことである。
統計とは、そういう学問なのだ。

本当に無印の馬を買うには、その兆しを**「見える化」**しなければならない。

俺が最初に注目したのは、前走の調教データだった。
今回の調教が悪くても、前走で優秀なウッドや坂路の時計を出していた馬は、なぜか走る。

なぜだろう?

そう思って、ずっと追いかけた。
ある日、ふと気づいた。

競馬の陣営は、“サドンデス”の勝負をしていない。

これは、ストーリーなのだ。

  • 万全に仕上げた馬が、展開や出遅れで敗れる。

  • 次走は軽めの調教で“走らせる”。

そういう流れの中で、10頭中7頭が“反応”を見せた。

オッズオンの穴馬判定とベイズの「来ない馬」抽出で、
再現性のある“波乱”を組み立てることができた。

800円の投資で、馬連が50倍を超える──。
それが、再現できる波乱の正体だ。


ベイズ推定 × 調教データ × スコア化

前走着順や人気は、スコア化してもブレが大きすぎる。
ラップも、スコア化したくても自力では難しい。

唯一、私情が入らず、信じられる数値──それが「調教タイム」だ。

G1レースなら、昨年の勝ち馬と比較する。
2025年の皐月賞では、ミュージアムマイルの調教がまさにそれだった。

今走で凡走しても、次走で爆発する調教がある。


行き着いたのは「映像分析」だった

AIと共にテンプレートを作り、36レースを分析。
スタート良し、4角の位置も良し、なのに着順は14着──。

それは、「直線が向かない馬」なのかもしれない。
東京では惨敗していた馬が、小倉や福島で穴を開けていた。

そんな馬を、何頭見つけたことか。
再現性なんてないと思っていたが、陣営は、再現していたのだ。


データは、買っても意味がない。

買ったデータは、ただ画面に並ぶだけだ。

本当に価値があるのは、
正規化されたデータベースに、“自分の思考”を積み重ねること。

俺は、今日も明日も、死ぬまで、
データベースの最適化とスコア化に取り組み続ける。

競馬が教えてくれた。
データベースの操作も、Pythonも、予測も──すべては馬から学んだ。

100%の自信をもって、「あの馬が来る」と言えるその日まで。


最後に。

この先は、有料とさせていただく。

ただ、ここまで読んでくれた方には、きっと何かが届いたと思う。

そして、あなたにも、いつか来るだろう。

「あの馬が勝つ」と、自信をもって言える日が。

それまで、データと共に、闘い続けてほしい。

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漫才構成ライター × データ競馬研究家|伊川直助 よろしければサポートをお願いします。いただいたお金に関しては、書籍の購入に充て、より良い情報を皆様に提供します。