【展覧会レポ】川越市立美術館「勝田蕉琴展」「The 日本画ー橋本雅邦・小茂田青樹を中心に」ほか
【#293、約4,100文字、写真約60枚】
川越市立美術館に初めて行き「勝田蕉琴展」「The 日本画ー橋本雅邦・小茂田青樹を中心に」などを鑑賞しました。その感想・レビューを書きます。
※ 一部の展覧会の会期はすでに終了しています。
▶︎ 結論
川越の小江戸から徒歩約10分と、人気スポットから微妙に離れた場所にありますが、寄ってほしい美術館だと思いました。それは主に、コンパクトかつお安く、川越に関連するアートを見られるためです。私は、勝田蕉琴や小茂田青樹などを初めて知りました。また、近所にある「ヤオコー川越美術館」もオススメです!
おすすめ度:★★★☆☆
会話できる度:★★☆☆☆
混み具合:★★☆☆☆
展覧会名:①〈小江戸文化シリーズ〉6 勝田蕉琴展、②常設展第3期 The 日本画ー橋本雅邦・小茂田青樹を中心に、③相原求一朗記念室 第3期
場所:川越市立美術館
会期:①2025年10月25日(土曜日)から2025年12月7日(日曜日)まで、②③2025年9月18日(木曜日)から2025年12月14日(日曜日)まで
休館日:月曜日、年末年始
開館時間:午前9時から午後5時まで
住所:埼玉県川越市郭町2丁目30番地1
アクセス:川越駅からバスで約10分、そこから徒歩約10分
入場料(一般):800円
事前予約:ー
所要時間:約1時間半
撮影:約9割が撮影可能
巡回:ー
URL:①こちら、②こちら、③こちら
▶︎ アクセス

川越市立美術館へは、川越駅からバスで約10分の「札の辻」で下車。そこから約10分歩くと到着します。

この辺りは「The 川越」的な観光名所のど真ん中。私は、今まで何度か川越に来たことがありましたが、美術館があると知りませんでした。


川越市立美術館は、川越城址に位置します。近所には本丸御殿や川越市博物館もあります。



▶︎ 川越市立美術館とは?

川越市立美術館は、川越市市制施行80周年の事業として、2002年に開館。



川越市立美術館より12年前にオープンした川越市博物館と調和を図るため、蔵造り商家をイメージする外観で、川越らしさを表現しています。

方針は「川越ゆかりの作家の作品のほか、芸術上、学術上著しく価値の高い美術品で本市文化の信仰に資するものを計画的、系統的に収集する」。江戸時代以降の優れた日本画、重要な洋画、立体作品を含めた近代から現代の美術作品を2,000点以上収蔵しているそうです。
また、作品に触れられる「タッチアートコーナー」も特徴です。


これはタッチ不可
HPには、少なくとも「川越市立美術館とは」「館長の挨拶」は掲載してほしいと思いました。また、川越市立美術館協議会の議事録を見ても、枝葉末節な議論が多かったです。中長期を見据えた、川越市立美術館の存在意義について、本質的に議論すべきだと感じました。



▶︎ 「〈小江戸文化シリーズ〉6 勝田蕉琴展」感想

勝田蕉琴(1879-1963)は、現在の福島県東白川郡棚倉町出身の日本画家です。(略)文展・帝展に出品された代表作を中心に、作品やスケッチ、インド滞在時の資料など、約80点を紹介し、日本画壇の重鎮として一時代を担った画家の歩みをたどります。


勝田蕉琴のざっくりした経歴は以下。
川越藩・松平周防守家に仕えた父の縁で、川越の親族を頼って上京。
橋本雅邦に師事し、東京美術学校へ入学。
岡倉天心らの推薦によりインドの美術学校で日本画を教える。
文展での受賞を境に花鳥画へと転向。
「川越の親族を頼って上京」を理由に、収集方針とする「川越ゆかりの作家」に認定するのは、少し緩い気がしましたが…。
橋本雅邦は、川越藩のお抱え絵師・橋本晴園養邦の子どもでした。その橋本雅邦に師事したという事実も「川越ゆかりの作家」を補強しているようです。


勝田蕉琴は、もともと美人や動物の絵を描くのが好きでした。本格的に絵を習う前から十分な腕前だったみたいです。



上京後、橋本雅邦に師事した時の作品
館内には、写生帖が多く展示されていました。写生帖を見ると、勝田蕉琴の個性が身近に感じられる気がして、良い取り組みだと思いました。


絵本作家・ヨシタケシンスケや、建築家・藤本壮介もスケッチブックを持ち歩いていました。
現代では、いつでもスマホのカメラを使えば、ボタン1つで記録できます。しかし、ペンとスケッチブックを使うことで、記憶にもしっかり刻むことができます。





勝田蕉琴は、東京美術学校に入学後、2年生を飛び越して3年生になるほど、成績優秀なエリートでした。
日本画に西洋画の技法をうまくミックスしている作風が印象的でした(橋本雅邦にそっくり)。水墨画から日本画まで、何でも教科書的に上手いです。
ただし、逆を言えば、個性が薄いとも感じました。官展の審査員を務めるような大御所になると、突飛なチャレンジもしにくいのでしょうか。





1913年から花鳥画家として歩み始めました。そして、第13回帝展でゴタゴタがあったことから、勝田蕉琴は官展から距離を置くようになります。

どれも可愛い…
その後、作風は壮麗なものから身近な動植物にシフトします。年齢を重ねた心境の変化でしょうか。私はこの時代の作品が最も好きでした。

若い時は流行のイケイケファッションだった人が、歳を重ねるとユニクロなどの落ち着いた服を着るようになるようなものでしょうか。


私は生活感がある《干鰈》が好きでした。力まず、気負わず。好きな対象を楽しんで描いているように見えたのが心地よかったです。


ちなみに、個展の場合、キャプションに制作年に加え、当時の年齢も書いてもらえるとありがたいです。作者の遍歴がより明確にわかるためです。
▶︎ 「常設展第3期 The 日本画ー橋本雅邦・小茂田青樹を中心に」感想

常設展では、橋本雅邦、小茂田青樹(川越市出身)の作品をメインに展示しています。



中でも、以下の作品が印象に残りました。誰だと思いますか?大きな袋を持った、ヒゲモジャのおじさん。

聖尼格刺図と書いて「サンタクロース」と読みます!サンタを水墨画で描くとは!瞳だけ青色で彩色されています。差し出した手は、プレゼントを渡した後の様子なのでしょうか?中に入っているプレゼントが気になります。



▶︎ 「相原求一朗記念室 第3期」感想

洋画家・相原求一朗は、1918年に川越の商家に生まれ、(略)1948年、日本のモダニズム洋画を代表する画家・猪熊弦一郎に師事して本格的に絵を学びはじめ(略)1961年の北海道旅行で雄大な大地と風土に出会ったことをきっかけに自分の進むべき道を見出し(略)北の大地に取材した作品を発表するようになります。(略)1980年代に入ると、ライフワークとして、北の大地、北海道そのものを対象に、より精力的に制作を続け、(略)1999年に80歳で逝去するまで、多くの秀作を生み出しました。


1部屋の中に、約10作品が展示されています。相原求一朗は北海道が大好きで、それを描いた作品ばかり。亡くなる2年前には、帯広に「相原求一朗デッサン館」まで建てました(1997年)。

川越市名誉市民(1996年)になっても、やはり北海道に建てたかったのですね。丸亀市名誉市民の猪熊弦一郎は、生まれ故郷に、丸亀市猪熊源一郎現代美術館を建てましたが🤔

作品は全体的に暗かったです。寒かったり、日照時間の短いところで絵を描くと、どうしても暗くなりがちな気がします。

◾️ 学生と美術館

当日、川越にたくさんの学生が遠足で訪れていました。川越周辺でスタンプラリーを行っているようで、彼らは美術館にも入ってきました。
鑑賞方法を知らない学生たちは、慣れない様子で、静かに作品を見ていました。私は「もっと話しながら、楽しく見たらいいのになぁ」と思いました。
中には、作品の前で記念撮影をして(観覧者はほぼいないのに)看視員から注意を受けていた学生もいました。学生にとって、この時が人生初の美術館だった人もいるはずです。このような経験が「美術館=つまらない場所」と刷り込まれる原因になると思いました。
『美術館商売』(2004年)の著者で板橋区立美術館の学芸員・安村敏信は、写真撮影や記念撮影もすべて許可し、美術館を親しみやすい場所に変える努力を続けました。
美術館に親子で行くのは非常にレアケースです。学校の行事で強制的に入館した子どもたちには、大変貴重な機会だと思います。
そんな子どもにとって、1mmでも面白いと感じる要素があれば、めっけもんです。そのような経験の積み重ねが、豊かな価値観を育むきっかけになるでしょう。

川越市立美術館は、丁寧にルビを振ったり、「展示を楽しむワークシート」などの工夫がありました。それに加え、学芸員や看視員の方は、彼らに(NGリストではない)鑑賞方法や心構えを丁寧にサポートしてあげてほしいと思いました。


▼ 子どもと美術館について考えた滋賀県立美術館
▶︎ まとめ

いかがだったでしょうか?川越市立美術館では、安価かつコンパクトに、川越に所縁のあるアーティストに出会えました。川越は小江戸として有名な観光地ですが、美術館も寄ってほしいスポットだと思いました。なお、この近くにあるヤオコー川越美術館もオススメです!
▶︎ 今日の美術館飯

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