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【シロクマ文芸部】金魚玉【2000字小説】

「金魚玉に入れても入れても金魚がいなくなるらしいんだよ」
と、人様の家の軒下に立って、駆け出しの噺家はなしか萬来亭小坊主ばんらいていこぼうずは語った。

小坊主の頭上では、金魚玉に入った金魚が涼しげに泳いでいる。隣家の屋根の隙間から差し込んだ日に照らされて、時折金魚の鱗がきらりと光る。
金魚の影も、縁側に落ちて泳いでいるのが、当たり前なのにどうにも面白く感じて、小坊主はきょろきょろと忙しなく目を動かしている。
さして大きな家ではないけれど、この縁側と坪庭は狭いながらも美しく整えられていて気持ちがいい。

「猫にでも狙われたんじゃねえか」
元火消しの用心棒で、何かといえば小坊主に連れ回されている男、藤三郎とうざぶろうはそっけなく言った。
こんな暑い昼日中に、わざわざ小さなガラス玉に入れた金魚を、軒下に吊るすのが、藤三郎にはどうにも気に入らないのだ。
こんな風に見せ物にして、見ている人間のほうはそれは涼しげかもしれないけれど、金魚のほうでは居心地も悪かろうと思うとかわいそうで、見ていられない。
大きな図体とは裏腹に、小さなものを愛でる、気持ちの優しい男である。

「だいたい、入れても入れてもいなくなるってんなら、もう諦めて入れなきゃいいだろうが。次から次に代わりを用意するなんざ、気が知れねえ」
「藤三郎の旦那、声がでけえよ。狭え家なんだから家主やぬしに聞こえちまう」
小坊主は藤三郎に向かって、しーと指を一本立てて見せる。
「家主に聞こえるってんなら、狭えとか言うのも無しだろうが」
藤三郎が呆れたように言ってやると、
「おっと、いけねえ」
にししと悪びれない様子で笑った。笑うと小さな子どもみたいに見える。
おかしな出来事が起きると、目の色を変えて首を突っ込みに行ってしまう悪癖のある小坊主の元には、時には小坊主が探しに行く前に、おかしな話のほうから舞い込んでくる事がある。
今回などがまさにそれ。
小坊主の師匠を贔屓にしているというさる御仁ごじんから、不可思議な話が舞い込んだ。
なんでも、家の軒下に吊るした金魚玉から、金魚がいなくなるのだという。
金魚玉は無傷のまま、ガラスが割れた形跡もなし。家主がちょっと目を離した隙に、物音ひとつせずに金魚だけがいなくなっている。

これまでにいなくなった金魚は三匹。
今吊るしている金魚は、四匹目。
これがいなくなってしまったら、いよいよ金魚玉はよそうと思っているそうだが、それにしても理由がわからないのが気に入らないとは、家主の談だ。
小坊主にしろ藤三郎にしろ、来いと言われて来たものの、何をどうしたものか。ひとまず事件現場の縁側で、金魚玉を眺めている。
「暑かねえのかな」
「旦那、さっきからそればっかだ。大丈夫だって言ってたよ? 冷たい水が入ってるんだって」
「冷たかろうが、こんな日に当たってちゃあ。なあ、さっきよりか様子が違くないか? 大丈夫かな」
「ええ? 大丈夫だって、さっきとなんも変わっちゃいないよ。なあ」
金魚玉を見上げながら、金魚に向かって声をかけた小坊主の額に、ぽつりと一粒水滴が落ちた。
「冷てっ、なんだ……水?」
「おいおい、金魚玉にヒビでも入ってるんじゃねえだろうな」
慌てた藤三郎は、金魚玉を覗き込み、ギョッとして後ずさった。
「おい、なんだこれ?」
つい今し方まで優雅に泳いでいたはずの金魚がどこにもいない。代わりに、玉の中には小さな蛇がとぐろを巻いている。
そして、その頭には、小さな一揃いの角が。
「蛇だ! いつの間に、金魚はどこ行ったんだ」
慌てふためく藤三郎の腕を捕まえて、小坊主は低い声を出す。
「ちげえよ、藤三郎の旦那。蛇じゃねえ。これって……」
途端、小坊主の声を掻き消すように雷鳴が響き渡った。あんなに晴れ渡っていた空が、みるみる内に暗くなっていく。
雷の光を受けるように、金魚玉の中が光り輝いたかと思ううち、一筋の光が勢いよく飛び出した。飛び出した何かは、縁側に水を撒き散らしながら、立ち尽くしている小坊主と藤三郎の周りをぐるりと飛び回ると、あっという間に坪庭から空へと駆け上った。
二人が見たのは一揃いの角に、美しいたてがみをたなびかせた、

「……龍?」

金魚玉を飛び出した龍は、空を駆け上り、そのまま雲間へと突っ込んで行く。最後の雷鳴が響いたあと、ざあと強い風が吹いて、雲が吹き散らされていく。

風がやんだ後に残るのは、何事もなかったかのような静かな青空と、空の金魚玉だけ。
縁側に飛び散った水滴が、今起きたことを現実だと知らせている。

「大陸では、金魚は龍が天に昇る前に、下界で臥している姿って言われてるらしいけど、本当だったんだな」
小坊主はぽつりと言った。
「本当だとして、家主にどう説明するんだよ」
「見たまま言うしかねえよ。しかし凄いや、この家には良い事がある。何しろ龍を四匹も出してるんだ、龍にとっちゃ実家も同然。きっと空の水神様が、この家についててくださるだろうよ」

小坊主の言葉に応えるように、晴れた空からは小さく雷の音がした。



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#シロクマ文芸部

今週もシロクマ文芸部さんにお邪魔しております。

今週は「金魚玉」でした!


シロクマ文芸部さんに参加させていただくのは、今回で11回目。ゾロ目です!


前回のシロクマ文芸部提出物と同じ登場人物たちになりました。

今回も楽しく参加させていただきました。感謝です。

お題見てすぐに書いたので、ワンライ……までは行かないけど。2時間半くらいですかね。
思いついた展開ですぐ書きたかったので、書けて楽しかったな〜。

※見出し画像はみんなのフォトギャラリーからお借りしました。
歌川国芳の金魚づくし、が元ですよね。可愛くてあの絵大好きです。

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