【片想い文芸部】海風【2000字小説】
「海風が爽やかなわけねえだろうが、なめてんのか」
と、彼女は毒づいた。
見目麗しい顔に似合わない、乱暴な口調だ。もっとも、その美しい顔も今は机に伏せられて見えないのだけれど。
「海風なんて、塩害のもと。洗濯物は干せないし、窓のサッシも自転車も、ドアの鍵穴だって錆びるだけ。海沿い地元住民がどんだけ迷惑してると思ってんだ」
彼女の言ってることはおおむね正しい。
とはいえ。
「そうは言ってもねえ」
と、傍らの友人が、伏せられた頭をぽすぽすとはたく。
「そんなデメリットばかり挙げ連ねたところでだーれも幸せにならないでしょーが」
彼女は、友人の手を振り払うように勢いよく顔を上げると、唇を歪め、
「クソが」
と呟いた。
そんな表情も、彼女の容色をなんら貶めない。傲慢な女王然とした気迫に、拍車をかけるばかりだ。
私はというと。
彼女の頭に何の気兼ねもなく手を置ける友人が、ただただ羨ましかった。
学校からの帰り道。
「おーい」
という声と共に友人が追いかけてくる。
「追いついたー」
「追いつかれたー」
クスクスと笑い合う。
「今日用事なんかあんの?」
と友人に訊かれる。用事は特にない。
「じゃあさ、海行こうよ。なんか、今日が本番なんだって」
海に行くと、砂浜で大勢の大人に囲まれて私の女王様が立っていた。
カメラが回される中、薄いワンピースで彼女は歩いている。楽しそうな微笑みを浮かべて。
私と友人は、コートにマフラーをぐるぐるに巻いた、双子の雪だるまみたいな格好で、その様子をぼうっと見下ろした。
「寒そうな格好……」
「なんか、初夏のイメージなんだってさ。撮影は今だけど、これから編集とかしてぇ、なんか色んなことやって、そっから実際に人前に出るわけだから、まあ今から撮影しないと間に合わないんだろうけど」
いつも、世界のいろんなものに怒って、毒づいている姿が嘘のような、可憐な姿だ。大衆が喜びそうな清楚な少女。なんだか、彼女じゃないみたいだな、と思ったら無性に悲しくなった。
持ち前の美貌が人の目に止まってしまったのは、彼女にとって幸いだったのかどうか。
スカウトからとんとん拍子に芸能界入りを果たしてしまった彼女は、少し前から学業と並行して仕事を始めた。
彼女の信奉者である私に言わせれば、こんなのは当然の流れとしか言いようがない。彼女の美貌が広く伝わって評価されていくのを見るのは、奇妙に嬉しくすらあった。
絶対に手の届かない、学校の女王様。
それが、私にとっての彼女だった。
けれど、今、大人たちの前で無防備なワンピース姿で寒空の下に立つ彼女は、女王様とは言い難かった。
値踏みをするような視線の中、カメラに向かって無邪気に微笑む。あの高慢な女王様のような鋭い目の光は無い。
ゾッとする光景だった。
「なんか、やだな」
気づいた時には口走っていた。
友人が、きょとんとした顔をする。
「なにが?」
「なんか、らしくない気がする」
撮影現場なんて見るのは生まれて初めてだ。
らしいもらしくないも無い。
芸能人になった友だちなんて今までにいたこともないわけで、何が正解で何が違うのかを判断する材料は私たちには何もない。
けど。
彼女の美貌だけがクローズアップされ、消費されるのを見るのは、自分で思っていたよりもずっと、気分のいいものじゃなかった。
「なんか、すごいね。私らと学校いるときはさ、全然今までと変わらないのに、あんな撮影機材に囲まれてさ」
友人は、感心したように言った。
たしかに、それはすごいことだ。
私たちと変わらない学生で、つまりは子どもで。あんなふうにたくさんの大人に囲まれて、必要とされているのは、すごいことだ。
けど、それって本当に彼女である必要があったのだろうか。
あんな、ただ綺麗なだけで、どこにでもいる人形みたいな顔色の彼女が?
私の憧れた、絶対的な傲慢さで、世界を断罪していく強い女の子。そういう要素は、今あの場所にはかけらもない。冬の海で、夏の衣装を着させられて、ステレオタイプな少女としてカメラの前に立つ女の子は、一体誰なんだろう。
私たちは、今誰を見ているのだろう。
そう思っていた矢先。
彼女の目が不機嫌そうに歪んだ。
撮影が休憩に入るらしい。カメラの周りで慌ただしく人が動き始めた。
彼女は、震える華奢な肩にベンチコートをかけられると、奪い取るようにそれを身体に巻きつけた。世界を呪わんばかりの顔で、あたりにいる人間ひとりひとりを睨みつけていく。そうして、彼女は砂浜を上った先の階段に立つ、私と友人を見つけると、パッと顔を輝かせた。
そのまま、撮影をしている大人たちが止めるのも訊かずに、彼女は一足飛びに私たちのところまで駆け上がってきた。
「覗き見かよ!」
と叫んだ彼女の目は、キラキラと輝いていた。
私と友人は顔を見合わせると、冷え切った彼女に抱きついた。
彼女は、
「まじ最悪なんだけど、冬の海で爽やかもクソもないがな」
と毒づく。
私たち三人は抱き合ったまま大きく笑い声をあげた。
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#片想い文芸部
片想い文芸部さん、三回目の参加です。
相変わらず、
これは片想い、なのか……!?
という感じに「片想い文芸部」という企画に寄りかかって書いております。いつもありがとうございます。
今回のお題は、海風でした。
撮影を鵜呑みにしてはいけない。
夏の撮影はたいてい冬に行われているものである。
爽やかは演技力と演出力の賜物。
これまでの片想い文芸部さん参加提出物はこちら💁♀️
※見出し画像はみんなのフォトギャラリーからお借りしました。
