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【風まかせ文芸部】手帳【2000字小説】

「これを、あなたにと思っていたの」

住んでいる団地から、駅に向かう道に出ようとしたところで、見慣れない女性に紙袋を押し付けられた。
中身は何かわからない。押し付けられて咄嗟に手で押さえてしまったから、受け取るような形になってしまった。
紙袋越しに、手のひらサイズの四角くて固いものに触れる。

「え、あの」

女性は、私のことを見るとにっこりと笑った。
笑った、のだけれど、それはなんとなく直視するに耐えないものだった。なにがってわけじゃないのだけれど、どことなく異様な雰囲気なのだ。
咄嗟に視線を落とすと、彼女が裸足だということに気が付いた。

「よかった、これでまあくんも一安心」
と、満足そうな声がする。
誰のことだかわからない。というか、そもそも受け取ったつもりはない。
「あの…」
視線を上げられないまま紙袋を返そうとしたところに、
「あ!!」
と大きな声がして、咄嗟に身体がすくんだ。
大きな声は苦手だ。
「なつみさん! ダメよこんなところにいて、おうちに帰りましょう」
振り返ると、私に紙袋を押し付けてきた女性と、年代的には変わらない、けれど、見た目の雰囲気とか印象が真逆の、水色のエプロンをつけた骨格のしっかりした女性が、のしのしと団地のほうからやって来るところだった。

「ゆみちゃん、あのね、今、まあくんの手帳をね」
エプロンの女の人は、「なつみさん」の言葉を、
「はいはい、そうなんですねえ」
とおざなりな調子で遮っている。
「まさみちくんは、ここには来てないですからね」
「あのね、まあくんの手帳だったのね」
「あーあ、もう、裸足じゃないですか。あぶないって言ってるのにもー」

声の大きい、骨格のしっかりした女の人は、私は目に入らないようで、そのまま、来た時と同じようにのしのしと、なつみさんの手を引いて行ってしまった。

あとには、受け取りたくもなかった、中身が何なのかわからない紙袋を押し付けられた私だけが残されている。

『まさみちくん』
という言葉が、うっすらと記憶の端の何かに引っかかるけれど、何のことかは思い出せなかった。

団地の真ん中にある遊具付きの公園のほうから、遊んでいる子どもの声がしているけれど、姿は見えない。

平日の中途半端な時間帯、繁華なわけでもないエリアに立つ、古い団地の一画は、県道に面していようが栄えているわけでもない。
遠く、JRの高架が遠目に見えていて、その上を、この距離では小さなおもちゃみたいとしか思えない電車が走っているのがちらりと見えた。
動くものといえばそれだけ。
あとは、車一台、人ひとりいない道だというのに、律儀に切り替わる信号機くらい。

こんな誰もいないところで、得体の知れない紙袋の中身を、ひとりで開けるのはどうにも気分が悪い。かといって、これを持って駅までの道を歩いて行くのもなんだか嫌だった。

おそるおそる、紙袋を開ける。
「なにこれ……」
中から、私が通っているのと同じ学校の生徒手帳が出てきた。
誰のものかと思って開けると、
「え、わたしのじゃん……」
仏頂面をした私の写真。
私の生徒手帳だった。

「え、なに、どういうこと?」

私は、出かけるのを取りやめて、自分の家まで取って返す。
家族は出払って、家の中には誰もいない。
しんと静かな家は、なんだか自分の家じゃないかのようで、どことなく居心地が悪いことには見ない振りをして、私は自分の学校の荷物を置いている部屋へと向かった。

通学用の鞄、それに制服。
どこを探しても、私の生徒手帳はどこにもない。

「え、じゃあ、ほんとに私のってこと?」
誰も聞いてくれる相手がいないのに、私は思わずひとり言を呟いた。
「なんであの人が持ってるの?」

他人の手から戻って来たものは、たとえ自分のものだとしても、その理由や意図がわからないと気持ちが悪い。
私は、なんだか気味が悪くなってきて、生徒手帳と紙袋をもって表に飛び出した。

さっきの女の人、なつみさんだか、ゆみちゃんだか知らないけれど、あの人たちを見つけ出さないといけない。
私は団地の廊下を歩きながら、遊ぶ予定だったクラスメイトのカズミに、今の自分が置かれている状況を簡単に説明して、待ち合わせ時間をずらしてもらえるようにお願いした。

カズミからの返信はあっという間で、おまけに、そこには余計な情報まで書かれていた。

《まさみちって、二年の教室から落ちた先輩の名前じゃなかったっけ》


そういえばそんな事件があった。
いじめか自殺かと噂になって、週刊誌の取材も来ていた。

なんでその先輩が、いや、その先輩のお母さんぽい人が、私の生徒手帳を持ってて、しかもわざわざ返しにくるような状況になるんだろう。
手にした紙袋から、得体の知れないものが這い上がってくるような気がして、振り払った拍子に、生徒手帳を団地の廊下に取り落とした。
拾おうとした横から、すっと手が伸びてくる。視界に、薄汚れた裸足が見える。
「だめじゃない、落っことしちゃ」

顔を上げるのが嫌になった。


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風まかせ文芸部さん、お題は「手帳」でした。

手帳って何だろうなって思っていたら、「生徒手帳」という言葉が浮かんでこんなオカルトめいた話に。

ちなみにまさみち先輩は教室から落ちたけど生きてます。

久しぶりの風まかせ文芸部さんの参加なのに、こんなさわやかさのない話で面目ない。

夏って、夜道よりもどぴーかんに晴れ渡っている真昼間の誰もいない瞬間のほうが怖い、と思っている四四田です。
学校好きじゃなかったきもちと、夏怖えってきもちが織り込まれてこのようなものになったのではないだろうか。

前回参加がこちらです

だいぶテイストが違うぞ


※見出し画像はみんなのフォトギャラリーからお借りしました。

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