人生とドライブは似ている -前編-
数ある記事の中から見つけていただき
ありがとうございます。
今回は、人生とドライブ。
特に人間関係と運転の仕方や姿勢に
共通点があると感じた内容について
綴っていきます。
気付いたら、長くなってしまったので
前編にすることにしました。
後編は最後にリンク貼っていますので
合わせてよろしくお願いします。
「かもしれない運転」と「だろう運転」
「かもしれない運転」
これは免許を持っている人なら
教習所で教わることだ。
「人が飛び出してくるかもしれない」
「死角に人やバイクがいるかもしれない」
「前の車がスピードを緩めたり、急ブレーキを踏むかもしれない」など
ドライブしている中で起こり得る危険や可能性を想定しながら運転することで事故やトラブルを予防するができる。
これは自分の身はもちろんのこと、
歩行者や他のドライバーの身を守るために
必要なことだ。
そして、対義語となるのが「だろう運転」。
「この道で人は出てこないだろう」
「対向車が譲ってくれるだろう、止まってくれるだろう」
「車線変更、右左折してこないだろう」など
周囲の状況を把握せず、
自分の都合だけを考えて楽観的に
危険を軽視した運転をすること。
思い込みや慢心から生まれる運転だが、
加えて「ながら運転」も
危険を軽視した運転の1つだ。
急に運転マナーの話をし始めて、
よく分からないと思った人も
いるかもしれない。
だが、この説明が前提にあってこそ、
この後の人間関係やコミュニケーションの話に移行しやすくなるのだ。
「運転マナー」と「対人関係」
ここまでに書いてきた「運転マナー」だが、
対人関係に置き換えて考えてみると
気付くことがあった。
「かもしれない運転」の
想定や予測、視野の広さの重要性と
「だろう運転」の
経験や日常の慣れから生まれる
思い込みや慢心、自己都合の危険性。
これらは
人間関係にも当てはめられるのでは?
人間関係の衝突やトラブルも「だろう運転」が原因で引き起こるのでは?と感じた。
「この人なら頼みを聞いてくれるだろう」
「断らないから無理言っても許してくれるだろう」
「怒らないから馬鹿にしても良いだろう」
「この人は何も言わないから何も考えてないだろう」など
自分都合の決めつけ、思い込みによって
「人物像」が都合良く作り上げられてしまう
ことがある。
そして、
そういったやり取りや様子を見て、周囲も
「この人にはこういう扱いしても良いんだ」
という空気感が生まれてしまった時が
危険である。
この空気感が「いじめ」や「ハラスメント」に
なっていく可能性を秘めているからだ。
運転中での「大丈夫だろう、行けるだろう」という気の緩みから
衝突事故や不慮の事故を引き起こす
可能性があるように
対人関係に置いても
「大丈夫だろう、みんなやってるし平気だろう」といった慢心・思い込みによって、
トラブルや事件を引き起こす可能性がある
ということだ。
最悪の場合、命を奪いかねない行為である。
大袈裟すぎると思う人もいるかもしれない。
誇張して想像しすぎてて草
と思う人もいるかもしれない。
どう思うかは人の勝手だ。
だが、言葉は車以上に扱いが難しい代物であることを認識することは必要だと
僕は感じている。
自覚と責任
言葉は何にでも姿を変える。
ナイフ、マシンガン、ライフル、毒…殺傷能力の高い凶器になる。
何気なく放った言葉で切りつけ、
四方八方から浴びせられたら
火だるま状態となり、
残り続ける古傷や火傷跡のように
心に傷跡を残す。
「みんなやってる」「私は悪くない」
「○○が始めたことだ」「弱いお前が悪い」…
そうやって自分を正当化して、
過ちから目を逸らしてはならない。
全てを受け入れられなかったとしても
一因になっていた「かもしれない」
ここは悪かった「かもしれない」と
出来事に対して
自覚を持って見れる人間か否か。
発言も行動も選択したのは自分で
責任は自身にあることを自覚せよ。
自分が発した言葉や書き込んだ言葉
行動が誰かを傷つけている「かもしれない」と起こり得る危険や可能性を想定する。
発する前に書き込む前に一呼吸、間を置いて
自問自答で整理。
それだけでも変わるはずだ。
他人事でなく、言葉の持つ危険性や重みを
自覚し、当事者意識と責任を持って過ごすことが大切な気がしている。
言葉の持つ温もり
さて、前述で言葉は何にでも姿を変える。
と書いた。
これは、凶器にもなるが、
癒しを与えるポーション(回復薬)や
防具にすることもできるということ。
痛みに寄り添う言葉。
相手を思いやる言葉。
労いや感謝の言葉。
こういった言葉たちは
「だろう」ではなく「かもしれない」から
生まれる気がしている。
「疲れてるかもしれない」
「頑張りすぎてるかもしれない」
「無理してるかもしれない」
こうした気持ちから生まれる言葉や行動は
温もりや安心感を帯びているように感じる。
人によっては、お節介、お人好し、偽善者と思う人もいるだろう。
しかし、その優しさや温もりが
誰かにとっての灯火や支えとなっていることを忘れないでほしい。
無下に扱う人に分け与えなくて大丈夫。
そして、こういった優しさや温もりを
自分に向ければ強固な防具となる。
自分自身に対して
寄り添う言葉、思いやる言葉
労う言葉、感謝する言葉を掛ける。
そうすることで防具を身に着けることができる気がしている。
無防備でいる必要はない。
至るところで言葉と文字が蠢いている。
自分を守るために
守りたい人を守るために
「自分自身を大切に」
「相手を想う気持ちを大切に」
慢心せずに「心の防具」を育てていく
そう想いつつ、流れる今の時間を大切に味わいながら過ごす。
おわりに
最後まで読んでいただきありがとうございました!
毒気のある強めの言葉も入り交じり、
読みにくい点、分かりにくい点もあったかもしれません。
気になったことや、分かりにくかったこと
ありましたらコメントください。
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少しでも良かったよと思って頂けた方も
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後編はこちらになります!
前編とは違う視点から書いていますので
良ければ読んでみてくれると嬉しいです。
「優しさや温もりを自分に向けて
強固な心の防具を作る」術として
こちらの記事も参考になると思いますので
興味があれば読んでみてください!
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