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心と言葉の日本語文法(16)日本語文の分析(7)【例題5-2】「ほら、川の向こう岸にはきれいなひなげしの花がたくさん咲いているよ。」

(↓のつづきです)

次の
「きれいなひなげしの花がたくさん咲いている」
の部分は、①の事象に対する「認識」を表明する機能を担っている。

簡単にいえば、話し手/書き手が「川の向こう岸)きれいなひなげしの花がたくさん咲いている」という事象を心のなかで認識理解したということである。

「きれいなひなげしの花がたくさん咲いている」

認識=命題(事象を思考として認識)

なお、モダリティについては西欧言語学では「認識」を補助するものとしてしか扱われていない。

なぜ西欧の言語学や文法学が②の「判断」と③の「伝達」を補助的なものとしてしか扱わないかというと、実際のところ、西欧の言語では「判断」や「伝達」の機能は言語において補助的な役割しか果たしていないからである。

しかし、日本語はそうではない。

日本語の世界では、相手に対する「伝達」の表明と自己認識に対する「判断」の表明(一般に「陳述」と呼ばれる)は決定的に重要である。

特に「判断」の表明は、日本語構文にとって省略不可能な要素である。

日本語にとって用言(動詞、他)は特別な存在

「川の向こう岸にきれいなひなげしの花がたくさん咲いている」
のなかの「咲いている」の部分であるが、
この用言(動詞、他)の部分は、日本語文において特別な存在といえる。

まず「咲いている」は、
①の「事象に対する認識」の機能を担うのであるが、
その「担い方」が、
それまでの「川の向こう岸にきれいなひなげしの花がたくさん」までの部分とは本質的に異なっている。

前の「川の向こう岸にきれいなひなげしの花がたくさん」の部分は、
「Xに、Yが、Z」といったかたちで
話し手/書き手の思考を後ろへ後ろへと展開させていく。
これを渡辺実は「展叙」の機能と呼んでいる。

この機能は、おもに助詞(「~が」「~を」「~に」など)や用言の連体形や連用形(「~する○○」「~して」など)、一部副詞(「昨日」「たくさん」など)が担っている。

いっぽう、「咲いている」(用言)の部分は、次々と展開(展叙)されてきた思考を、すべて一挙に「統合化」させる機能を持っている。

これを渡辺は「統叙」の機能と名づけた。文のなかでこうした「統叙」(思考の統合化)の機能を持っている成分は、用言(動詞、他)以外にはない。

さらに、「咲いている」(用言)の部分は、②の「事象に対する判断」(ここでは「断定」の判断)の機能も同時に担っている。

したがって、「咲いている」という表現には、
①「川の向こう岸にきれいなひなげしの花がたくさん」までの認識をすべて受けとめてひとつの思考にまとめる「統叙」の機能、
②「咲いている」という事象そのものを「認識」する機能、
③「咲いている」という事象に対する主体的な「判断」の機能、
という、「統叙」「認識」「判断」の3つの機能が同時に含まれているということになる。

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