見出し画像

5才からはじめるプリンセス入門⑨|第八章 お目付役の、ちょっとかわいい思惑

引っ越して、7ヶ月。

ある朝、お目付役のおばあさんが、5才のあなたに、こう言います。

お姫さま、編み物を、お教えしましょう

5才のあなたは、目を、丸くします。

なぜ、突然、編み物。

しかも、これまで、お目付役は、監視役だったはずです。

報告書を書き、ふるまいをチェックし、
「お姫さま、お辞儀の角度が、3度、浅うございます」などと
毎日、指摘してくる人でした。

そのおばあさんが、急に、優しい顔で、編み物を教えてくる

5才のあなたは、ここで、警戒します。

第二章の「三方聞き」、覚えていますね。

5才のあなたは、お目付役の好物(ジャスミン茶・編み物・ねこ)を、3日で把握済みです。

つまり、編み物は、お目付役の好物。

その好物の領域に、急に、招き入れられた。

これは、何かある、と、5才のプリンセスは、判断します。

罠か、贈り物か

5才のあなたは、考えます。

選択肢は、ふたつ。

選択肢①:罠  編み物を教えると見せかけて、しい監視の手段を仕掛けてくる可能性。

選択肢②:贈り物  お目付役が、本気で何かを伝えようとしている可能性。

5才のあなたは、この場では、判断しません

第三章の「初対面の準備」、覚えていますね。

期待値を、1割まで下げる

罠でも、贈り物でも、どちらでもいい。とりあえず、座る。

5才のあなたは、にっこり笑って、こう言います。

おばあさま、ぜひ、お教えくださいませ


編み物のはじまり

お目付役のおばあさんは、ねこの形のミトンを、編もうと言います。

「お姫さま、まずは、簡単なものから」

5才のあなたは、毛糸を、渡されます。

ピンクの毛糸です。

「お姫さま、お好きな色は、ピンクですよね」

ここで、5才のあなたは、ひそかに、震えます。

なぜか。

お目付役は、5才のあなたが、
本当はピンクが好きだということを、知っている

これ、誰にも言っていません。

第四章で、初対面のときに「ピンクのドレスが着たい」と思ったのは、
5才のあなたの、心の中だけです。

それを、お目付役は、見抜いている

……このおばあさま、できる

5才のあなたは、ここで、警戒を、もう一段、上げます。

編み物、開始

お目付役は、ゆっくり、編み物の手順を、教え始めます。

「お姫さま、針は、こう持ちます」 「毛糸は、こう、指にかけます」
「最初の輪を、こう作って、針を入れます」

5才のあなたは、真面目です。

3日で、お目付役の好みを把握した5才のあなたが、編み物の手順を、把握できないわけがありません。

3時間後、5才のあなたは、輪を10個、編むことに、成功しています。

お目付役は、それを見て、にっこり笑います。

「お姫さま、お上手ですね」

5才のあなたは、ここで、ひとつ、気づきます。

お目付役の笑顔が、いつもの笑顔と、ちがう

報告書を書いているときの、事務的な笑顔ではない。

お辞儀の角度を指摘するときの、訓練教官の笑顔でもない。

これは、本物の笑顔です。

なぜ。

5才のあなたが、編み物を覚えたから?

いや、ちがう。

5才のあなたは、ここで、直感します。

このおばあさま、わたくしを、本気で、褒めている


7日後

5才のあなたは、毎日、3時間、編み物を、続けます。

7日後、ねこのミトンが、半分、完成しました。

その日、お目付役のおばあさんは、
5才のあなたにぽつりと、こう言います。

わたくしも、若い頃、政略結婚で、他国に渡ったのです

5才のあなたは、編み物の手を、止めます。

おばあさんは、続けます。

「わたくしのお目付役は、こわい方でした」

「毎日、お辞儀の角度を、指摘されました」

「毛糸を、握りしめて、夜、こっそり、泣きました」

5才のあなたは、おばあさんを、見ます。

おばあさんは、編み物を、続けています。

ねこの形のミトンを、編んでいます。

手元しか、見ていません。

でも、声が、少しだけ、震えています。

「でも、わたくしは、ある日、気づいたのです」

「お目付役のあのこわい方は、本当は、わたくしを、応援していたのだと

「お辞儀の角度を、指摘するふりをして、わたくしが、相手国で、なめられないように、教えてくれていたのだと」

5才のあなたは、息を、のみます。

お姫さま

おばあさんは、編み物の手を、止めて、5才のあなたを、見ます。

「わたくしは、お姫さまの、お目付役で、ございます」

「毎日、報告書を、書きます」

「お辞儀の角度を、指摘します」

でも、わたくしは、お姫さまの、敵では、ございません

5才のあなたは、毛糸を、見ます。

ピンクの毛糸が、半分、ねこの形になっています。

おばあさんは、続けます。

この編み物は、お姫さまがご自分の手で何かを作り上げる、最初の経験です

監視されている毎日の中で、お姫さまが、ご自分だけのものを、ひとつ、持っていただきたかったのです

この国の中で、お姫さまの『心の自由な場所』を、ひとつ、お作りいただきたかったのです

5才のあなたは、編み物を、見ます。

そして、おばあさんを、見ます。

おばあさんの目に、涙が、ちょっとだけ、にじんでいます。

5才のあなたは、にっこり笑って、こう言います。

「おばあさま、ありがとうございます」

「わたくし、このミトン、おばあさまに、差し上げます」

おばあさんは、ぽろりと、涙を、こぼします。

「お姫さま、わたくしへの、ご褒美が、お姫さまのお作りになったミトンなのですか」

「でも、お姫さま、これは、お姫さまのために、お教えしているのですよ」

5才のあなたは、こう答えます。

「おばあさまが、わたくしに、自由な場所を、くださいました」

「だから、わたくしも、おばあさまに、わたくしの最初の自由を、お返しします」

おばあさんは、もう、何も言いません。

ただ、5才のあなたの編み物を、見ています。


お目付役の、本当の正体

ここで、5才のプリンセスは、重大な事実に、気づきます。

お目付役は、監視役ではなかった

正確には、「監視役のふりをした、先輩プリンセス」だった。

おばあさんは、若い頃、同じように、政略結婚で他国に渡り、同じように、お目付役にいじめられ、同じように、毛糸を握って泣いた、先輩でした。

そして、自分のお目付役が、本当は、優しい人だったことに、何十年もかけて、気づいた。

だから、今、自分が、お目付役になったときに、最初から、優しい顔をすることに、決めた。

ただし、いきなり優しくすると、若いプリンセスは、警戒する(5才のあなたが、そうだったように)。

だから、最初の半年は、こわいお目付役のふりをした

そして、5才のあなたが、ピーマンを埋葬し、王子の弱みを黙り続け、十分に、信頼できる子だと確信したところで、編み物を持ち出した。

これが、お目付役の、ちょっと、かわいい思惑でした。


大事なこと

ここで、5才のあなたに、伝えておきたいことがあります。

監視している人が、全員、敵では、ないということ。

第六章で、なすかは、こう書きました。

監視は、忘れる

これは、今でも、正しいです。

監視を意識しすぎると、自然に振る舞えなくなる。

でも、第八章で、もう一段、深いことが、わかります。

監視している人の中には、こっそり、応援している人が、いる

監視と、応援は、外から見ると、同じ姿をしています。

ずっと、見ている。 ずっと、評価している。 ずっと、指摘してくる。

でも、その目線の奥に、敵意があるのか、愛情があるのかは、見抜くしか、ありません。

5才のあなたは、どうやって見抜くか。

相手の、好物を、把握します

第二章の「三方聞き」、覚えていますね。

お目付役の好物(ジャスミン茶・編み物・ねこ)を、5才のあなたは、3日で把握しました。

好物を把握した相手は、敵にはなりません。

正確には、好物を把握された相手は、敵でいられなく、なります。

これが、5才のプリンセスの、最終的な人間関係術です。

監視者であろうと、敵対者であろうと、
好物を把握した時点で、味方になる可能性が出てくる


(ちなみに、この本を読んでいる、32才で、職場の先輩女性が、急に、優しくなって戸惑っているあなた。

その先輩、これまで、ずっと、こわい人でしたよね。

毎日、書類のミスを、指摘してきましたよね。

でも、ある日、急に、お菓子を、くれましたよね。

これ、お目付役の、ちょっとかわいい思惑、です。

その先輩、たぶん、若い頃、もっとこわい先輩に、いじめられました。

そして、何十年もかけて、そのこわい先輩が、実は、応援してくれていたことに、気づきました。

だから、今、あなたを、初から、応援したいと、思っている。

でも、いきなり、優しくすると、あなたが警戒する(5才のプリンセスが、警戒したように)。

だから、最初の数年は、こわい先輩のふりを、していた。

そして、今、ようやく、お菓子を、出してきた。

このお菓子は、ピンクの毛糸と、同じです。

「あなたを、応援していますよ」の、最初のサインです。

32才のあなたが、ここで、やるべきことは、警戒を、解くことではありません。

5才のプリンセスがやったように、にっこり笑って、こう言うことです。

「先輩、ありがとうございます。わたしも、いつか、先輩に、何か、お返しします」

これだけで、先輩との関係は、人生レベルで、変わります。)


編み物、完成

7日後の、お昼。

5才のあなたは、ねこの形のミトンを、完成させます。

ピンクの毛糸で、できた、ちょっと、いびつな、ねこの形。

5才のあなたは、それを、おばあさんに、渡します。

おばあさんは、それを、両手で、受け取ります。

そして、ミトンを、胸に、当てます。

「お姫さま、わたくし、このミトンを、一生、大切に、いたします」

5才のあなたは、こう答えます。

おばあさま、わたくしもおばあさまから、一生忘れない教えを、いただきました

おばあさんは、にっこり笑います。

そして、こう言います。

お姫さま、では、次のミトンは、お姫さまのためにお編みになりましょう

5才のあなたは、こう答えます。

おばあさま、次のミトンは、王子さまの、ぶんに、いたします

おばあさんは、ぽろぽろと、また、涙を、こぼします。

お姫さま、お姫さまは、すでに立派な女王様でございます


第八章、まとめ

  1. 監視者の中には、応援者が、いる

  2. 好物を把握すれば、敵は、敵でなくなる

  3. 急に優しくなった人には、過去の理由がある

  4. お返しは、自分の最初の作品

  5. 編み物は、心の自由な場所

5才のあなたは、ここまでで、

  • 情報を集め(第二章)

  • 妄想を制し(第三章)

  • 初対面に勝ち(第四章)

  • 引っ越しを乗り切り(第五章)

  • 暗号通信を始め(第六章)

  • 王子と通信を始め(第七章)

  • お目付役を、味方にしました(第八章)

5才、けっこう、忙しいですね。

でも、もう、忙しさに、慣れました。


(この本を読んでいる、38才で、若い後輩に、何も教えられないと、諦めかけているあなた。

若い後輩が、今、何を考えているか、わかりませんよね。

何を喜ぶか、何を嫌うか、ぜんぜん、わかりませんよね。

でも、大丈夫です。

5才のプリンセスは、お目付役の好物を、3日で把握しました。

38才のあなたが、若い後輩の好物を、3日で把握できないわけがありません。

ジャスミン茶か、紅茶か。

編み物か、ゲームか。

ねこか、犬か。

それを、知った時点で、あなたは、お目付役のおばあさんです。

若い後輩に、ねこの形のミトンを、編んであげる必要は、ありません。

でも、「あなたの好物を、わたしは知っていますよ」と、伝える方法を、考えてみてください。

それだけで、若い後輩は、あなたを、一生、忘れません

これは、5才のプリンセスが、お目付役のおばあさんに、教わったことです。)


イチゴ、その後

ところで、ジャム瓶のイチゴは、まだ、瓶の中ですね。

引っ越して、8ヶ月。

瓶の中のイチゴは、すっかり色が暗くなっています。
赤というより、くすんだルビー色。
甘い香りの奥に、少しだけ、時間の匂いが混じっています。

でも、ここで、5才のあなたは、ふと、思います。

「もしかして、このイチゴ、もう、食べなくていいのかもしれない」

なぜか。

5才のあなたは、もう、お母さまと、ピンクのリボンで、通信しています。

王子と、お皿の上で、通信しています。

お目付役と、編み物で、通信しています。

つまり、5才のあなたは、もう、ひとりでは、ありません

ジャム瓶のイチゴは、「ひとりぼっちの、お守り」でした。

でも、5才のあなたは、もう、ひとりぼっちでは、ない。

それでも、イチゴ瓶は、棚の奥に、しまっておきます。

「本当の試練の日」は、まだ、来ていない。

でも、来るかもしれない。

そのときのために、お守りは、まだ、必要です。

次の章では、5才のあなたが、いよいよ、「王子と、初めて、二人で、お庭を歩く日」を、迎えます。

距離3メートルの食卓から、並んで歩くまで、半年と、ちょっと。

なかなかの、進歩です。

イチゴ瓶は、棚の奥ですよ。

確認、しておきますね。

では、次の章で、会いましょう。


いいなと思ったら応援しよう!