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5才からはじめるプリンセス入門⑩|第九章 6歳の誕生日

引っ越して、11ヶ月。

明日は、あなたの誕生日です。

5才のあなたは、夜、ベッドの中で、目を開けたまま、天井を見ています。

明日で、6才。

誕生日というのは、本来、うれしいものです。

去年の誕生日は、自分のお城で、お母さまがケーキを焼いてくれて、お父さまが王冠の形のクッキーをくれて、侍女たちが歌を歌ってくれました。

今年は、誰もいません

お母さまは、いません。 お父さまも、いません。 侍女たちも、いません。

ここにいるのは、

  • お目付役のおばあさん(味方になったが、立場上、祝えない)

  • 王子(6才半。誕生日を祝う文化が、この国にあるかどうか、不明)

  • 料理人(スープは作ってくれるが、ケーキは頼んでいない)

  • ねこ(何も知らない)

5才のあなたは、天井を見ながら、こう思います。

べつに、祝ってもらわなくても、いい

これは、5才のあなたの、本心です。

第五章で、お母さまと離れました。
第六章で、暗号通信を覚えました。
第七章で、王子と通信を始めました。
第八章で、お目付役が味方になりました。

5才のあなたは、もう、ひとりで立てます。

誕生日を、ひとりで迎えることくらい、できます。

でも。

できる」と「さみしくない」は、別のことです。

5才のあなたは、天井を見ながら、もう一度、思います。

……べつに、さみしくない

嘘です。


誕生日の朝

朝です。

6才になりました。

パンケーキは、いつもどおり出ます。
イチゴは、いつもどおり、のっていません。
小鳥は、いつもどおり、絶叫しています。

6才のあなたは、いつもどおり、食卓に座ります。

3メートル先に、王子がいます。

王子は、いつもどおり、ごはんを食べています。

距離、3メートル。

会話、いつもどおり、3往復くらい。

「おはようございます、おにいさま」
「おはよう」
「今日のスープ、おいしいですね」
「うん」

いつもどおり、です。

誕生日だということは、誰にも言っていません。

朝食のあと、6才のあなたは、自分の部屋に戻ります。

ベッドに座って、窓の外を見ます。

お庭の木に、小鳥がとまっています。


6才のあなたは、ふと、棚の奥を見ます。

ジャム瓶が、あります。

11ヶ月前に、自分の国から持ってきた、最後のイチゴ

瓶の中のイチゴは、もう、あの頃の赤ではありません。

宝石というより、古い薬みたい。

甘い香りの奥に、時間の匂いが混じっています。

6才のあなたは、瓶を手に取ります。

「……今日、食べようかな」

誕生日に、ひとりで、しなびた──いいえ、色の変わったイチゴを、食べる。

それは、ちょっと、さみしいです。

でも、5才の自分が、ここまで持ってきたイチゴです。

お母さまが作ってくれた、あの味が、まだ、この瓶の中にある(たぶん)。

6才のあなたは、瓶のふたに、手をかけます。

そのとき。

部屋の扉を、こんこん、と叩く音がします。

こんこん

6才のあなたは、瓶を棚に戻します。

「はい」

扉が開きます。

お目付役のおばあさんが、立っています。

いつもの、きっちりした顔です。

お姫さま、お庭に出なさいませ

6才のあなたは、不思議に思います。

お庭?

今日は、お庭に出る予定はありません。

「おばあさま、なにか、ありましたか」

「なにも、ございません。ただ、お庭に出なさいませ」

お目付役の表情は、いつもどおりです。

でも、目が、ちょっとだけ、やさしい。

6才のあなたは、靴を履いて、お庭に出ます。


お庭

お庭は、いつもどおりです。

薔薇が咲いています。
ねこが寝ています。
小鳥が、木の上で、絶叫しています。

そして、お庭の真ん中に、王子が、立っています。

王子は、6才半です。

いつもの食卓では、3メートル先に座って、うつむいて、ごはんを食べている王子が、

お庭の真ん中に、立っています

王子の手には、何かが、あります。

小さな、かごのようなもの

6才のあなたは、近づきます。

距離が、3メートルになります。

2メートルになります。

1メートルになります。

王子は、うつむいています。

耳が、真っ赤です。

6才のあなたは、王子の前に、立ちます。

距離、ゼロ

王子は、かごを、差し出します。

中を見ると、小さな鉢植えが、入っています。

鉢植えの中には、緑の葉っぱと、白い花

6才のあなたは、それを見て、息を、のみます。

イチゴの苗です。

「……おにいさま、これ」

王子は、うつむいたまま、こう言います。

「……きみの国のやつが、よかったんだけど」

「……料理人に聞いたら、この国でも育つやつが、あるって」

「……だから」

王子は、そこで、止まります。

6才半の男の子には、これ以上の言葉は、出ません。

6才のあなたは、鉢植えを、受け取ります。

イチゴの苗。白い花。まだ実はなっていない。

でも、育てれば、赤い実が、なる

この国では、朝食に、イチゴはのりません。

でも、自分で育てれば、毎朝、イチゴが、食べられる

6才のあなたは、王子を見ます。

王子は、まだ、うつむいています。

耳が、まだ、真っ赤です。

6才のあなたは、にっこり笑って、こう言います。

「おにいさま、一緒に、育てませんか」

王子は、顔を上げます。

初めて、まっすぐ、6才のあなたを、見ます。

「……いいの?」

「もちろんです。おにいさまが、くださったものですから」

王子は、何も言いません。

でも、うなずきます

お庭を、歩く

6才のあなたと6才半の王子は、
イチゴの苗を植える場所を探しに、お庭を歩き始めます。

並んで、歩いています。

距離、ゼロ

食卓の3メートルではなく、お庭で、隣どうし

イチゴの苗を、ふたりで持って、歩いています。

会話は、こうです。

「おにいさま、ここは日当たりがいいですね」
「うん。でも、ねこが来るかも」
「ねこは、イチゴ、食べますか」
「……たぶん、食べない」
「じゃあ、ここにしましょう」

6才のあなたと、王子は、穴を掘り始めます。

と、ふと、木の上で、小鳥が、こちらを見ています。

6才のあなたは、手を止めます。

「……おにいさま、鳥は、イチゴ、食べますか」

王子は、木の上の小鳥を、見ます。

「……食べる。たぶん」
「……柵を、作りましょうか」
「うん」

イチゴの苗を植えて、小さな柵を、ふたりで作ります。
木の枝を集めて、紐で結んで、苗のまわりに、立てます。
ちょっと、いびつな柵です(ねこのミトンくらい、いびつです)。

でも、ふたりで作った、最初の建築物です。


(ちなみに、この本を読んでいる、33才で、誰にも祝ってもらえないと思っていた誕生日のあなた

今日、会社で、誰にも「おめでとう」と言われませんでしたか。

SNSにも、去年より、メッセージが少なかったですか。

大丈夫です。

6才のプリンセスも、誰にも言わなかったのです。

でも、王子は、知っていました。

誰かが、あなたの誕生日を、知っているかもしれません

ただ、王子と同じで、言えないだけかもしれません。

耳が真っ赤なまま、イチゴの苗を持って、立っているだけかもしれません。

もし今日、誰にも祝ってもらえなかったら、

イチゴを、ひとつ、買って帰ってください。

自分で自分に、「おめでとう」。

これは、6才のプリンセスが、今日、自分で学んだことです。)


イチゴの苗を、植える

6才のあなたと、王子は、お庭の隅に、穴を掘ります。

そこは、ピーマンが、たくさん、埋葬された場所の、すぐ隣です。

……お庭の隅には、もう、ピーマンが、何十個も、埋まっています。

あまり、考えないようにしましょう。

イチゴの苗を、ふたりで、植えます。

土をかぶせます。

水をあげます。

白い花が、風に揺れています。

6才のあなたは、こう思います。

このイチゴが、赤い実をつけたら

そのとき、ジャム瓶のイチゴを、食べよう

まだ、食べません。

でも、もう、「いつ食べるか」が、決まりました。

新しいイチゴが実る日。

それが、古いイチゴを食べる日。

5才のお守りは、もう少しだけ、棚の奥で、待ちます。


第九章、まとめ

  1. 誕生日は、自分から言わなくていい

  2. 知っている人は、知っている

  3. 距離ゼロは、劇的ではなく、自然に起きる

  4. イチゴの苗は、未来

  5. ジャム瓶は、もう少しだけ、待つ

5才からはじめるプリンセス入門、おしまい

6才のあなたは、お庭の隅に、イチゴの苗を植えました。

ピーマンの墓場の、すぐ隣に。

5才で始まった物語は、ここで、いったん、区切りです。

政略結婚を知らされた朝から、ちょうど、1年。

パンケーキと、イチゴと、ピーマンと、小鳥と、侍女と、お目付役と、王子。

5才のあなたは、全部、自分で、通しました。

ここから先は、7才からのプリンセス中級編

でも、その前に、ちょっとだけ。

聞きたいことが、あるんです。

次回、閑話「お姫様に聞いてみました」

インタビュアーは、ちょっと、意外な人物です。

ヒント:「しゃべれません」と、言われていた、あの方


イチゴ、ちゃんと食べましたか?

え、まだ?

大丈夫です。

新しいイチゴが、もうすぐ、実りますから。

では、閑話で、会いましょう。

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