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5才からはじめるプリンセス入門⑥|第五章 持っていくもの、置いていくもの

初対面が、終わりました。

「ピーマン、きらい?」は、ちゃんと刺さりました。
王子は混乱しました。 だまって微笑みました。 情報を持って帰りました。

第一戦、勝利です。

5才のあなた、よくがんばりました。

しかし、政略結婚というのは、初対面で終わりません

初対面の数ヶ月後、あなたは相手の国に引っ越すことになります。

ここでは、まだ正式な結婚ではなく、

「お預け期間」

と呼ばれる、監視つき同居が始まります(5才には早すぎる単語が出てきましたが、気にせず進みます)。

ようするに、嫁入り前のお試し滞在です。


持っていく荷物の話

引っ越しの前夜、侍女たちが大騒ぎになります。

「お姫さま、ドレスは何着お持ちになりますか」 「リボンはどれを」
「お人形は」 「絵本は」 「ティアラは」

全部、持っていきません。

なぜか。

全部持っていくと、相手国に『この子、自分のものに執着するタイプだ』と見抜かれるからです。

5才で、これを見抜かれてはいけません。

プリンセスの引っ越しで持っていくべきものは、最小限です。

  • ドレス:3着まで(夏用・冬用・正装用)

  • 下着・寝間着:必要数

  • 歯ブラシ

  • イチゴ:ジャム瓶に1つ(絶対)

以上です。

「え、ぬいぐるみは?」 「絵本は?」 「お気に入りの櫛は?」

全部、置いていきます。

なぜか。

相手国は、あなたに『不足』を経験させたいからです。

5才のプリンセスが、ぬいぐるみと絵本と櫛を全部揃えた状態で乗り込んできたら、相手国はこう思います。

「あ、この子、まだ自分の世界で生きてる」

これは、負けです。

逆に、ドレス3着とイチゴ1瓶だけで乗り込んでくる5才がいたら、
相手国はこう思います。

「……え、この子、何者?」

これは、勝ちです。

つまり、政略結婚の引っ越しは、
「私はあなたの国に染まりにきました」と見せるための儀式です。

何を持っていくかより、
何を置いていけるかで、プリンセスの格が決まります。

5才で、ここまで考えるのは大変ですか。

大変です。

でも、大丈夫です。

イチゴは、持っていけます。


(ちなみに、この本を読んでいる24才で転職初日のあなた。

新しい会社に、前職のマグカップ、持っていこうと思っていませんか。

やめておいた方が、いいです。

「私はここに馴染む気があります」と見せる演出は、初日が一番効きます

マグカップは、3ヶ月後に、こっそり持ってきてください。

3ヶ月後に持ってきたマグカップは、「もうここに馴染んだ私の私物」になります。

初日に持ってきたマグカップは、「まだ前職を引きずってる人の物」です。

同じマグカップなのに、意味がまったく違います

これは、5才から学べる、けっこう重要なことです。)


置いていくもの、本当の話

さて、ここからが、第五章の本題です。

持っていく荷物の話を、いろいろしました。

でも、本当に置いていくものは、
ドレスでもぬいぐるみでも絵本でもありません。

何だと思いますか。

少し、考えてみてください。

……。

……。

答え:「お母さま」です。

え、と思いましたね。

でも、これが、現実です。

政略結婚で他国に嫁ぐということは、
お母さまに、もう会えなくなるということです。

正確に言うと、会えなくはないのですが、

  • 手紙は、検閲されます

  • 訪問は、年に1回まで

  • 危篤の知らせも、3ヶ月遅れで届きます

つまり、ほぼ、会えません。

5才のあなたが、お母さまと過ごす最後の数ヶ月が、
引っ越しの前なのです。

ここで、5才のあなたが、やるべきことが、ひとつ、あります。

お母さまの顔を、よく見ておくこと。

写真は、たぶん、ありません(この時代、写真はまだないことが多いです)。

肖像画は、あるかもしれませんが、実物とは違います

だから、

目で、覚えておきます。

お母さまが、笑った顔。 お母さまが、怒った顔。
お母さまが、お茶を飲むときに、ちょっと小指を立てる癖。
お母さまが、廊下を歩くときの、ドレスの裾の音。

全部、目と耳で、覚えます。

なぜか。

この先、何十年か経って、
あなたが、自分の子に何かを伝えたくなったとき

お母さまの顔と仕草が、あなたの中で、もう一度、立ち上がります。

そのとき初めて、お母さまは、あなたの中に、帰ってきます

これが、プリンセスの、本当の相続です。

5才のあなたは、たぶん、まだ、ピンと来ません。

それで、いいです。

ただ、引っ越しの前夜、
お母さまの顔だけは、ちゃんと見ておいてください。

ぬいぐるみは、置いていけます。 絵本は、置いていけます。
ティアラは、置いていけます。

でも、お母さまは、目と耳で持っていく以外、方法がありません。


(この本を読んでいる、38才のあなた。

実家のお母さま、最近、会いましたか。

会っていないなら、今度の週末、行ってあげてください。

写真は、撮らなくていいです。

ただ、お茶を飲んで、お母さまが小指を立てるかどうか、見てください。

そのほうが、写真より、ずっと長く、残ります。)


お目付役の話

さて、暗い話になりすぎたので、戻します。

引っ越し先には、お目付役(おめつけやく)、というおばあさんが、ついてきます。

これは、相手国から派遣された、監視役です。

5才のあなたの、

  • ごはんの食べ方

  • お辞儀の角度

  • 起きる時間

  • 寝る時間

  • だれと話したか

  • 何を読んだか

全部、報告されます

恐ろしいですね。

でも、大丈夫です。

お目付役は、操れます

操り方は、簡単です。

お目付役の好きなものを、把握します。

  • お茶(種類まで覚える)

  • お菓子(甘いのか、しょっぱいのか)

  • 編み物が好きか

  • ねこが好きか

  • 朝、起きるのが得意か

これを、3日で把握します。

第二章の「三方聞き」、覚えていますか。 お目付役にも、使えます。

侍女に聞きます。 料理人に聞きます。 庭師に聞きます。

「あのおばあさん、何が好きなの?」

3日後、お目付役の全プロファイルが、揃います。

そして、5才のあなたは、

お目付役が好きなものを、自然に提供します。

「おばあさま、ジャスミン茶、お好きですか。今日のお茶、ジャスミンですよ」 「おばあさま、その編み物、すてきですね」 「おばあさま、ねこ、お好きですか。お庭の白いねこ、おばあさまになつくんですよ」

3日もすれば、お目付役は、あなたの味方になります。

なぜか。

お目付役も、人間だからです。

監視される側より、監視する側のほうが、孤独です。

誰も、お目付役のお茶の好みなんて、気にしません。 誰も、お目付役の編み物を、ほめません。 誰も、お目付役が、ねこ好きだと、知りません。

5才のあなたが、それに気づくと、お目付役は、泣きます(こっそりです)。

そして、報告書に、こう書きます。

お預かりしておりますお姫さまは、たいへん、ご立派でございます

これで、政略結婚の第二戦、勝利です。


(この本を読んでいる、31才で姑問題に悩んでいるあなた

姑さんの好きなお茶、知っていますか。

知らないなら、それが、問題のすべてかもしれません。

これは、5才から学べる、けっこう重要なことです。)


第五章、まとめ

長くなりましたので、まとめます。

  1. 引っ越し荷物は、最小限

  2. 持っていけるイチゴは、ジャム瓶に1つ

  3. お母さまの顔は、目と耳で持っていく

  4. お目付役は、3日で操る

5才には、けっこう、忙しいですね。

でも、大丈夫です。

5才のプリンセスは、もう、第一章から第四章までを、生き抜いてきました。

第五章も、生き抜けます。

次の章では、いよいよ、「相手国での日常」が始まります。

朝起きてから夜寝るまで、監視されている生活。

その中で、

  • 自分の時間を、どう作るか

  • 王子と、どう仲良くなるか(あるいは、ならないか)

  • そして、手紙の検閲を、どうかいくぐるか

について、見ていきます。

イチゴ、まだ瓶に入っていますか。

え、もう食べた?

……。

困りましたね。

イチゴは、相手国に持っていく最後の自分です。

食べるのは、引っ越しのにしてください。

今夜は、まだです。

がまんできますか。

がまん、してください。

それも、プリンセスの修行です。

では、次の章で、会いましょう。

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