おかえり、そして、またね
「イトトンボ……」
母がベッドの上で指をさしている。
細い棒がカーテンにくっついている。
その日、私は、初めてイトトンボを見た。
田舎育ちのくせに、一度も見たことはないし、聞いたこともないような気がする。
慌ててスマホを取りに行き写メするも、いかんせん、映えない。撮ったところで、棒にしか見えないのだ。
外に逃がしてやろうと思い、カーテンをゆすった。
ほわほわほわ~
ふわわほわ〜
なんじゃこりゃー!!
この世のものとは思えない動き。
幽玄……
こ、こ、これは!人間国宝・坂東玉三郎?!
イトトンボだから、糸三郎?!
母と娘の間でしかウケない
いつもの私の一人漫才である。
その日の朝は、こうして始まった。
亡き愛犬アオちゃんは、晩年、この母の部屋で過ごし、ここから空へ旅立った。糸三郎が止まっていた場所は、アオちゃんの寝床が置いてあった付近だった。
「アオ三郎が帰ってきたのかな」
もう誰の何の名前なのかめちゃくちゃだ。
アオちゃんの「アオ」とは、本当は「地球」「光」「世界」などを意味するハワイ語だったが、獣医にも近所の人にも最後まで「青ちゃん」と思われたまま天国へ旅立った。
アオちゃんは、自分が人からどう思われようと、どう呼ばれようと、全く気にしなかった。
「アオ太郎」と呼んでも来るし、
「モモ太郎」と呼んでも振り返った。
この日、新たに「アオ三郎」の名前が加わった。
何だか、ちょっと格が上がったね。
アオ三郎、会いに来てくれてありがとう。
すぐ外に追い出しちゃったけど(笑)
またね。
ちなみに、アオ三郎は、女の子だ。
※未公開シーン
「体形はおじいちゃんよね?」
私の朝の1人漫才を聞き終えた母が言った。
そういえば、そうかも……
この棒みたいな体形は、祖父かも。
ま、どっちでもいいや。
2人とも、おかえり、そして、またね。
※見出し画像のあおちゃんのイラストは、かつて私の生徒さんだった方が描いて贈ってくださった大切な一枚です。私の方で若干加工し使用させていただきました。
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