見出し画像

やめる=何もしない、ではなく「考えることをやめる」だった、わたしの直近のやめたこと

はしもっさんとXでやり取りをして、めっちゃ大事だなと思ったので宣言通りでnoteにする。

やめることが、すこぶる苦手な自覚がある。

そんなわたしが敢えて自らと向き合ってnoteにすることで、小さくて見逃していたかもしれない「やめたこと」に気づいたり、自覚してもっとやめることを増やせたりしたらいいなと、そう思った。

掃除をやめて外注にした

これは声を大にして言える。
掃除をやめたのだ。(別の意味で、大きな声で言うことか?という視点もあるが。)

計画的に、この春から復職することを見据えて、アウトソース化を進めてきた。掃除を週末にアウトソースすることにして、「あぁ掃除できていない」と自分に幻滅することをやめた。

これは、今のところ、うまくいっている気がする。一旦このまま継続していて、固定化されつつある。

もちろん、立てたスケジュールにやや変更があって「そうか、今週は来てもらう週なんだな、、」と思ったり、掃除用具の調達など細かいところを挙げたらいろいろと気を遣うことがプラスにはなっている。

ただ、
幻滅 < 気遣い 
という力関係というか、自分の中での「大したことない度」なので、こうしてnoteにしながら改めて、やめてよかったことだと自覚できた。ナイスわたし。


週に2回の買い物をやめた

厳密には、1回は微調整で買い物に行っている。

ただ、宅配サービスを始めてみて、我が家で欠かせない牛乳や納豆など固定のものをアプリでの「注文」を忘れなければ、切らさずに冷蔵庫がうるおっている状態にできている。

とは言え、まだばっちりな感覚がつかめているわけではない。様子見という段階。

それでも、確実に2回行っていた買い物が、1回の微調整(この1回の量が本当に微調整の時もあれば、けっこうガッツリなこともある、ここが今後の伸びしろ)で済ませられるようになった。これはなかなかに大きな事実。

リモートワークでお昼休みに買い物には行けるし、娘も買い物に付き合ってくれる(自分がほしいものを買って!とならない)し、と宅配サービスは検討してこなかった。

ただ、復職して、そして息子の離乳食が順調で爆食いboyがいることで、「あ、牛乳ない」となることが増えた。

そのたびにいつ買い物に行くか、冷蔵庫の他の食材の残数を計算したり、買い物に行くそのタイミングを調整したり。その時間がもったいないというか、プチストレスなことに気づいた。

それを1週のうちに2回もやっているなんて。

自動化させて毎週◎曜日にはこれとこれとこれが届く、としたほうが脳みその「考える時間」を少しでも減らせるなと思った。結果、それは正解だった。ナイス。


乾燥機を使うかどうかを考えることをやめた

乾燥機を使うと、1階の設置場所的に、2階が必然的にモワっとなってしまう。それと、乾いたかどうか確認して、仮に乾いてなかったとしたら乾燥時間を追加しないといけないとか、そういう地味に拘束される感じがあった。

そして、逆に、天気のいい日にいい感じに干して最短で乾かせられること(これを洗濯物マネジメントと自分で名付けていた)は、とても気持ちがいいものでもあった。

なので、天気次第で乾燥機を使うか使わないかを決める、というような2年くらい(に、二年か。今書いて驚愕した)を過ごしていた。

それをいよいよやめた。「乾燥機は使う」ことにした。

子どもたちの洗濯物がほんとおったまげなくらい、量が多い。これはもう乾燥機一択。数も多くてそして細かい。ちまちまサイズも可愛くて、私は洗濯物干しは嫌いじゃないのだけど、その時間は確実に、洗濯物×大人 という構図になる。

1回干すのにまぁ10分とかだったとしても、それが何度も積み重ねていくと、、、と思うと、子どもたちとの時間が削られている自覚があった。

使うか使わないか考えずに、「使う」。そう決めてからめっちゃ楽になった。そして量と乾燥時間の関係性もだいたい読めるようになったので、拘束感もなくなった。

土曜日の午前中の時点で、翌週の荷物や保育園ようの着替えの補充がすでに完了させられるという、とても気持ちのいい状態が生み出せている。ナイス、乾燥機。改めて買ってよかった。


ということで、やめたことを振り返ってみた。ちゃんと、やめれていたことに気づけた。

そして、これは二児の母の復職ver. だったんだな。

また生活のモードや仕事のモードが変わったときに、ちゃんとやめれる自分でいるぞ。

このnoteがまた次に活きるよう、残しておくんだ。
そうだそうだ。


いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集