四日目 映画
僕には他人の感情が分からない。
だから、今まで映画なんてものには興味がなかった。でも、最近は少し違うんだ。
「今日は何したい?」
「映画」
翠さんの問いに、僕は迷いなく答えた。
すると、翠さんは僕のことを見て微笑を漏らした。僕はその意味が分からなくて、彼女の顔を凝視した。
「ふふっ、ごめんなさい。賢斗くんは、すっかり映画が好きになったなと思って」
「映画……好き」
でも、本当に気になっているのは、映画じゃなかった。
翠さんは、母さんが連れてきた僕のオトモダチだ。
翠さんは、月に2回、土曜日にやってきては、僕を外に連れ出すひと。
はじめは彼女が怖かった。外に連れ出そうとする彼女が憎くさえあった。
けれど、次第に彼女との時間は、嫌じゃなくなった。
翠さんは、決して僕を叱ったり、嫌な気持ちにさせたりすることはない。
むしろ、僕が何を言ってもニコニコしている。彼女は、僕の知っている人間とはかけ離れていた。
でも、そんな翠さんも映画の時は違うんだ。
真剣にスクリーンに注がれる視線。
眉を寄せ心配そうな表情になったかと思うと、悲しそうに顔を歪めて涙を流すこともある。
そして何よりも僕は、翠さんが映画をみて、目をキラキラと輝かせて嬉しそうに微笑んでいる顔を見るのが好きだった。
翠さんの目に、あの映画はどのように映っているのだろうか。
残念ながら僕には、あの映画が面白いのかさえ分からない。
ただ、街ゆく他人のアルバムを見ている気分になるだけで、そこに僕は全く興味を持つことはできない。
あぁ、でも、あなたがそんな顔で見るのならきっと、この作品は素敵に違いない。
「賢斗くん、今日の映画とても、とても良かったわね」
「僕も……そう、思います」
あぁ、この気持ちは何だろう。
あなたのためなら、僕は、自分を偽っても平気みたいだ。
