三十七日目 疎遠
来店のベルがカランコロンと鳴る。
カウンターから、入り口に移動をすると、そこには鮮やかな青色を纏った初老の女性が佇んでいた。
「いらっしゃいませ」
僕は女性を席へと案内すると、いつも通りの定型文を述べた。
「当店、狭間では、お客様の願いを叶える一杯をご提供いたします。あなたの願いは__?」
すると女性は迷いなく言った。
「あなたとお茶がしたいわ」
僕は動揺をした。
しかし「二人分のコーヒーを」とお客様に言われ、とりあえずカウンターへ向かう。
これまで僕はこの店で人間の願いを幾度となく叶えてきた。
意中の人と両思いになりたい、一歩を踏み出す勇気が欲しい、ファッションセンスを良くしたい、それはもう雑多な願いを。
しかし、今回の願いは__
僕はお客様の前でコーヒーを啜りながら思った。
つい普通のコーヒーを淹れてしまったが、トークが上手くなる効能でも付与しておけば良かったかもしれない。
僕は話すのがあまり上手くない。
しかし、女性はそのことを特段気にしていないようだった。
「美味しいわ」
「……ありがとうございます」
そして、お客様は飲み終わると颯爽と立ち上がった。
「最後にあなたに会えてよかった。私あれからずっと独身だったのよ」
すると、女性の輪郭がぼやけてゆっくりと姿形が変わる。
その姿には見覚えがあった。
昔、失恋で当店に立ち寄った若い女学生だった。
「……はやいものですね。貴方が当店を訪ねてからもうそんなに時間が経っていたとは」
「あなたはちっとも変わらないのね。私びっくりしちゃったわ。でも、またこれで元通り」
女性は自分の姿と僕を見比べて行った。
「だけど、残念。私はもう行かなくちゃ」
カランコロンと鳴るドアベル。
眩い光に溶けていく後ろ姿に、
僕は「ご来店ありがとうございました」 と頭を下げた。
