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八日目 兄弟

「双葉、おはよう」

信号を渡り、校門を通る手前で、後ろからポンと肩を叩かれる。

「あ?」

俺は、目を細め振り返った。小柄な少女はビクッとして身を縮めた。

「双葉だよね?」

「……あぁ」

こいつは、アイツの友達だ。確か名を戌井うららとか言った。

「それも役作り?」

遠慮がちに尋ねるうららに、俺はよく分からないが、適当に話を合わせた。

「そんなところ」

「そっか」

うららは、何か言いたそうに口を開けて、何も言わずに閉じた。

「なんだよ?」 

「のめり込まないようにね、演劇部。双葉、演劇部に入ってからなんか少し変だよ」

「あぁ、そうだな」

それは俺も思っていることだった。

演劇部に入ってからだ。

アイツが俺を思い出すようになったのは。



「今日は、何ごっこする、双葉?」

「んー、ヒーローごっこも、刑事ごっこも、やり飽きたしなぁ」

双葉は、うーんと唸った。それからニヤッとした。

「取り替えごっこはどうかな?」

「取り替え?」

「僕たちがお互いを演じるんだ。そして今日一日、誰も気づかなかったら、僕たちの勝ち」

「ふーん、いいぜ」

「鏡を見るといいんだって。暗示がかけられる。この間、母さんがやってた」

「しょうがないな」

俺は双葉の後ろをついていった。

そして鏡の前で唱えたんだ。

「__」

「おい、双葉?」

「っ、」

「大丈夫か? 真っ青な顔して」

目が覚めて最初に飛び込んできたのは、椎名の心配そうな顔だった。

「ここは……部室」
 
どうやら僕は、部室の机に突っ伏して眠っていたらしい。

「寝不足か? お前、五限の授業サボっただろう」

椎名は、そういうと、荷物を机の上に置いて、自身も僕の向かいの席に腰掛けた。

「そうみたいだね」

「そうみたいって、お前」

椎名はやれやれとため息をついた。

椎名は二年生になって初めて同じクラスになった男だった。席が近いこともあって話しているうちに、自然と一緒にいることが多くなった。

「お前無理してないか」

「何が?」

僕は目を細めた。寝起きの頭に、ズキンとした痛みが走る。

「俺がお前の優しさに甘えて演劇部なんか誘ったから……」

「無理なんてしてないよ。カラマーゾフの兄弟だって、椎名と兄弟役やるの楽しみにして、っ」

部室の棚にある鏡に自分の顔が反射する。

青白く、まるで幽霊のような顔をした僕が__幽霊?

「あっ、おい!」

椎名の声を背中に僕は、部室を飛び出して、無我夢中で走った。

そんな、そんなはずはない。だってあのとき、僕は__

「あ、」

宙を舞う体。

階段手前でバランスを崩し、途端に全ては黒くなった。



「ねぇ、一葉、上履き交換しとこうよ」

「頭いいな、双葉。やるなら徹底的にてっか?」

泣いている、誰かが泣いている声が聞こえる。

「どうしてこんなことに」

「園内から飛び出したボールを追ってそのままなんて、……双葉はどうした?」

「あの子は、事故当時、室内でお絵描きしてたみたいで。でも、先生たちが騒いで、それで外に出てきた双葉は一葉を見て、その場で倒れたのよ。まだ起きないわ」


 明るく無機質な照明。ここは__

「双葉? 目が覚めたのね!」

「うらら?」

「心配したんだからもう」

うららは、立ち上がると、先生を呼んでくると言って保健室を出ようとした。

俺は「待て」と、うららを引き留めた。思いのほか掠れた声が出る。 

こちらを振り返ったうららに俺は言った。

「俺、たぶん双葉じゃない。俺は__」

「どうしたの?」

「え?」

俺は分からなかった。

零れ落ちた涙が、自分のものか、

それとも__


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