八日目 兄弟
「双葉、おはよう」
信号を渡り、校門を通る手前で、後ろからポンと肩を叩かれる。
「あ?」
俺は、目を細め振り返った。小柄な少女はビクッとして身を縮めた。
「双葉だよね?」
「……あぁ」
こいつは、アイツの友達だ。確か名を戌井うららとか言った。
「それも役作り?」
遠慮がちに尋ねるうららに、俺はよく分からないが、適当に話を合わせた。
「そんなところ」
「そっか」
うららは、何か言いたそうに口を開けて、何も言わずに閉じた。
「なんだよ?」
「のめり込まないようにね、演劇部。双葉、演劇部に入ってからなんか少し変だよ」
「あぁ、そうだな」
それは俺も思っていることだった。
演劇部に入ってからだ。
アイツが俺を思い出すようになったのは。
*
「今日は、何ごっこする、双葉?」
「んー、ヒーローごっこも、刑事ごっこも、やり飽きたしなぁ」
双葉は、うーんと唸った。それからニヤッとした。
「取り替えごっこはどうかな?」
「取り替え?」
「僕たちがお互いを演じるんだ。そして今日一日、誰も気づかなかったら、僕たちの勝ち」
「ふーん、いいぜ」
「鏡を見るといいんだって。暗示がかけられる。この間、母さんがやってた」
「しょうがないな」
俺は双葉の後ろをついていった。
そして鏡の前で唱えたんだ。
「__」
「おい、双葉?」
「っ、」
「大丈夫か? 真っ青な顔して」
目が覚めて最初に飛び込んできたのは、椎名の心配そうな顔だった。
「ここは……部室」
どうやら僕は、部室の机に突っ伏して眠っていたらしい。
「寝不足か? お前、五限の授業サボっただろう」
椎名は、そういうと、荷物を机の上に置いて、自身も僕の向かいの席に腰掛けた。
「そうみたいだね」
「そうみたいって、お前」
椎名はやれやれとため息をついた。
椎名は二年生になって初めて同じクラスになった男だった。席が近いこともあって話しているうちに、自然と一緒にいることが多くなった。
「お前無理してないか」
「何が?」
僕は目を細めた。寝起きの頭に、ズキンとした痛みが走る。
「俺がお前の優しさに甘えて演劇部なんか誘ったから……」
「無理なんてしてないよ。カラマーゾフの兄弟だって、椎名と兄弟役やるの楽しみにして、っ」
部室の棚にある鏡に自分の顔が反射する。
青白く、まるで幽霊のような顔をした僕が__幽霊?
「あっ、おい!」
椎名の声を背中に僕は、部室を飛び出して、無我夢中で走った。
そんな、そんなはずはない。だってあのとき、僕は__
「あ、」
宙を舞う体。
階段手前でバランスを崩し、途端に全ては黒くなった。
*
「ねぇ、一葉、上履き交換しとこうよ」
「頭いいな、双葉。やるなら徹底的にてっか?」
泣いている、誰かが泣いている声が聞こえる。
「どうしてこんなことに」
「園内から飛び出したボールを追ってそのままなんて、……双葉はどうした?」
「あの子は、事故当時、室内でお絵描きしてたみたいで。でも、先生たちが騒いで、それで外に出てきた双葉は一葉を見て、その場で倒れたのよ。まだ起きないわ」
*
明るく無機質な照明。ここは__
「双葉? 目が覚めたのね!」
「うらら?」
「心配したんだからもう」
うららは、立ち上がると、先生を呼んでくると言って保健室を出ようとした。
俺は「待て」と、うららを引き留めた。思いのほか掠れた声が出る。
こちらを振り返ったうららに俺は言った。
「俺、たぶん双葉じゃない。俺は__」
「どうしたの?」
「え?」
俺は分からなかった。
零れ落ちた涙が、自分のものか、
それとも__
