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三日目 マジック

「こちら、タネも仕掛けもないただのシルクハット、私が魔法をかけますと、ワン・ツー・スリー!」

エイミーのカウントが終わると、シルクハットからは、美しい白銀の鳥が、雲ひとつない青空に飛び立った。

僕はエイミーのマジックが好きだ。

彼女のマジックには人を笑顔にする力がある。

彼女は週に一度、土曜日の午後に、小伊ヶ崎公園にやってくる。

だからここ最近、僕は中学三年生になるというのに、彼女に会うこと以外にさして興味のない隣町の公園へ、足繁く通っている。

「エイミー!」

僕が名前を呼ぶと、マジック道具を片していた彼女がその手を止めて振り返った。

「やぁ、少年。今日も来てくれたんだね」

エイミーの言葉には、少し呆れも含まれているようだった。

「ジュケンベンキョウというやらは大丈夫なのかい?」

「それは大丈夫」

僕は至極簡潔に答え、ここに来るために、平日は猛勉強をしているから、という言葉を飲み込んだ。

「それより今日も、お話しよう」

僕は、さっき広場で買ってきたタピオカミルクティーを差し出して言った。

エイミーはにっこり笑って受け取った。 



広場の噴水の縁に腰をかけ、飲み物を片手に歓談する。

これが、僕とエイミーの関係性だった。側から見れば僕はマジシャンエイミーの熱烈なファンに見えるのだろうか。

それとも……

「わっ」

僕は、驚いて声を上げた。

ポンっと、僕の顔の前で真っ赤な薔薇が咲いたのだ。

エイミーはニヤッと笑って言った。

「悩める少年に、プレゼントだ」

相変わらずタネの見破れない鮮やかなマジックの腕だ。

僕は差し出された一輪の薔薇を受け取ってから、言った。

「僕、別に悩んでないよ」

「いーや、人間なんてものはみな、悩みながら生きているものさ」

「急に深い話するじゃん」

僕は、もらった薔薇を手の中で弄んで、じっと見た。それから聞いた。

「エイミーも?」

「んあ」

タピオカミルクティーを飲んでいたエイミーは、噛んでいたストローを離してこちらを見た。

僕はもう一度聞き返した。

「エイミーも悩みながら生きてるの?」

「少年にはどう見える?」

僕はエイミーを見た。

僕には、エイミーは、いつも自分の心の思うままに生きているように映る。窮屈な枠に括られず、決められた選択肢を突っぱねて、いつだって自由に。

「ストレスフリー?」

「あははっ!」

僕の返答に、エイミーは満足そうに笑った。

「たしかに。そうかもしれないね。君から見たら私はフラフラと歩き回って、気が向いたところで自分の腕を披露する暇人! ストレスフリーに違いない」

「ごめん、そういう意味で言ったんじゃ」

「大丈夫、気にしてないよ」

口だけではなく、エイミーは本当に気にしていない風だった。

あぁ、

もしも悩みがあるのなら僕に話してよ、

エイミーの力になりたいんだ、

なんて、正直に言えたらどんなに良いことだろう。


……そう言ったらエイミー、君はどんな顔をするのかな。

「少年?」

「……ううん、何でもない」

その時、ちょうど、ボーンと街の大時計の鐘の音が聞こえた。6時の合図だった。

そして、これは僕たちのお別れのチャイム。

「そろそろ帰るね」

僕は立ち上がった。

しかし、届いた携帯の通知に顔を顰めることになる。

「どうした? 少年」

「電車、止まってるみたいだ。しばらく帰れない」

エイミーは、何も言わなかった。

僕が「でも、これでもう少しエイミーと一緒にいられる」と言いかけたときにやっと「私が送ろう」と口を開いた。

「え、でも電車止まってるんだよ?」

「家までの住所は思い浮かべられるか?」

「うん、それはできるけど」

「なら、上出来だ」

「え、ちょっ、待っ!」

エイミーは、僕の手を引き走った。

そのまま崖の方向に向かう。

僕は引き止めるつもりでエイミーに必死で抱きついた。

けれど、最後に見たのは、崖下に広がる住宅街。

目は怖くて、開けられなかった。

しかし、10秒、20秒、30秒過ぎても一向に痛みがない。僕は恐る恐る目を開けた。

「え? なんだ、これ」

僕が見たのは、自分の下いっぱいに広がる暗闇に灯り始めた温かい街の光だった。

「少年、どうだ? 綺麗だろう」

「どうだって、え? 空、飛んでる?」

いつのまにまたがったのか、僕とエイミーは箒で二人乗りをしていた。

風が強くて、エイミーの声は途切れ途切れしか聞こえない。

彼女はそのことを知っているのか知らないのか、いつもより大きな声で、僕に語りかけていた。

「うわぁ」

箒が急降下するたびに、僕が大声で叫ぶのでエイミーはクスクスと笑った。

何なんだ、この状況。

僕は必死に頭を回転させた。

現代に箒で空を飛ぶなんて、まさか。

信じられないけれど、エイミーならやってのけても不思議ではないと思う自分がいるのも確かだった。

「ねぇ、エイミー!」

僕は叫んだ。

「んー?」

「君はマジシャンなんだよね? これ一体どういう仕組みなんだい?」

「あはは」

大きな笑い声の後に、エイミーは言った。

「いつも言ってるじゃないか! タネも仕掛けもございませんってね」


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