ヒロイン失格(2/7) 、蓮華11歳、花火大会デェト
(5200字)

ズドォンッ! ズドォンッ! バンッッ! バンッッ!
花火の煌めき、十重二十重
開いては消え、また、開いては消える。その一瞬を逃すまいと真剣に見つめる私のとなりに、
一言もしゃべらない君がいます。
「わぁ! きれーい。京くん、すっごい花火! ねえ! あの花火、“割れ茶碗”って言うんだって!何でかなぁ? お茶碗落して、パチンって割れた音に似てるからかなぁ?」
私は必死だった。
正直に言うと、花火を見上げながら花火の映像が何一つ記憶に残っていない。それは打ち上げられた花火が記憶に残らないほど質素なものだったからじゃない。花火はとても綺麗で凄かった。記憶に残らなかったのは別の理由。
「京くん、今の花火すごくなかった? ズバンってすごく大きく広がって、しばらくしてズドンってお腹に響くような音がして!」
対岸に設置された砲台からは、星の瞬きにすら負けてしまうような小さな小さな火珠がひゅるひゅると打ち上げられてゆく。しかし、それが煙に霞む中空に到達する頃、ズバンっと炎の傘が開くみたいに美しく炸裂するのだ。同時に、ズドンと凄まじい音が周囲に響き渡り、遠くの山々で木霊する。
「綺麗だなぁ。ねえ、京くんもそう思う?」
川縁の土手の上、隣に座っている彼の方を向く。でも相変わらずソッポを向いたまま。私と反対側の方向、屋台も人も花火もない暗い川の下流の方をずっと見つめている。そっちには何も無いのに……。その様子がまるで私を避けているみたいに思えて怖かった。
「京くん……花火みてる?」
そっと聞いてみる。
「見てるよさっきから。何回も言わなくても見てるって」
「……」
強い言葉が返ってきて、思わず身体が震えてしまう。
京君はまた川下の方をプイと向く。
「……わぁ、きれいだなぁ」
だから私は無理に感嘆してみせる。嫌われているのかもしれない。身体が震えていることを悟られないように意識してしまう。みるみるうちに身体が固くなってゆく。カチコチだ。私は天空を見上げながら、そこに咲き誇る美しい花火に心を奪われた“フリ”をし続けた。
「わぁ、大っきい……」
花火はとても鮮やかで煌びやかで美しい。
でも、夜空は辛かった。
ちりん、ちりん
ふと、耳にする可愛らしい音。
それは、終盤の仕掛け花火に差し掛かる頃のことだった。一瞬だけれど、花火を見上げる大勢の人達の声が止まり、沈黙が訪れた。そのとき、ふいに背後から可愛らしい音色が聞こえてきたのだ。
ちりん
「風鈴屋さんだ」
京君がそう告げた。
抑揚のない呟きだけど、花火の音に消されることなく私に届く。足元の浴衣の裾を摘まんだ私の右手が、きゅっと閉じられた。
フワリ。
夏の夜風が微かに香る。
「……」
京君の視線の先を追うと、暗がりの中に一軒の屋台がポツンと佇んでいる。他の屋台のように人で賑わっていない。
アレ?
さっきまで、あんな屋台あったかな? 煌々とした白色灯に照らされて、屋台の軒先には、沢山の風鈴が飾られている。京君はするりと立ち上がると、吸い寄せられるようにして屋台のほうへ歩いてゆく。
「あ……」
後を追う。
ちりん、ちりん
屋台の前では、色とりどりの可愛らしい風鈴達が、まだ青い若竹で組まれた竿に吊るされている。時折頬を撫でるように吹く静かな夜風に揺られて、ちりん、と可愛い音を鳴らす。京君は屋台の前に立っている。私はそっと京くんの背中に浴衣の袖を触れさせた。
ピトリ……。
京君は、風鈴の一つを指さす。
「この青いやつ、蓮華に買ってやるよ」
「……え?」
たくさん並んだ風鈴たちの中で、ひと際目立つ青い色の風鈴が揺れる。
ちりん
可愛らしい音。
ひとつ。
まるで、京君の指先に応えるかのように、小さな短冊が揺れている。風鈴の丸いガラスは、頂点に向かって青色がどんどんと濃くなる。その中を一羽の赤いヒヨドリが飛んでいる。とても綺麗。そして可愛らしい。
それを私に買ってくれるというコト?
「あ、ありがとう。でも、どうして……(買ってくれるの?)」
「……」
京君は私の問いかけには答えてくれない。その代わり、屋台のおじさんにこう告げた。
「おいちゃん、その青いやつ頂戴」
屋台のおじさんは、京君の顔を見ると目を細めた。
「あいよ坊主、400円ね」
それから、青竹の竿から青い風鈴を一つ、取り外す。
「蓮華……これ持ってろよ」
京君は私の顔を一度も見ることなく、ぶっきらぼうに風鈴を手渡す。それから、お代の400円をおじさんに渡すと、さっさと一人で川縁の方へ歩き出した。
スタスタスタ。
え?
あ、待って!
心の中で叫んだけれど、声には出せなかった。一人屋台に取り残された私は、京君の背中をぼーっと眺めている。そんな私の頭上で大輪の花火がキラキラと瞬いた。
ドドンっ!
ズバン、ズバン!
赤、青、緑の大輪が十重二十重に瞬き消えてゆく。終盤に差し掛かった大輪の花火達が、夜空に一斉に咲き誇る。
私の心臓はドキドキしている。花火の音に対してじゃない。頬は真っ赤になっていて、手の平は汗ばんでさえいる。
「お譲ちゃん、蓮華っていう名前なのかい?」
屋台の傍で立ち尽くす私に、おじさんが話しかけてきた。私はコクリと頷く。それから一泊置いて、口を開いた。
「うん……。あ、はい」
おじさんは真っ白で細身のシャツを着ていた。屋台の雰囲気に似合っていない。法被(はっぴ)にねじり鉢巻じゃあないし、髪の毛も長くて、耳の下までストンと落ちている。
「ハハ、蓮華ちゃん可愛いね。それも飛びっきり。さっきの坊主はお友達なのかい?」
「あ……その、近所に住んでるお友達……」
「そか、そか」
おじさんは微笑みながら、すぅと目を細める。
「さっきの彼のことが好きなのだね」
「え……あっ!」
突然の言葉に頬がカァーっと熱くなる。目を泳がせながら両手をブンブン振って”違う”と告げる。京くんはずっと先を歩いている。おじさんの声を聞かれた心配はない。
「おじさん、さっきの坊主の好きな女の子が誰なのか、分かるよ。なんとなくだけど」
「えっ! ホントっ?」
風船がパンって弾けた瞬間のように、私の心が破裂する。
ドクンッ!
「だれっ?!」
知りたい! 知りたい! 知りたい!
京君が好きな人が誰なのか知りたいっ!
「う~ん、教えない。蓮華ちゃん、自分で考えな」
「えぇっ?! なんでっ? ねぇなんでっ?」
あんまりだ! 好きな人を知っていると言いながら答えを教えてくれないなんて! とっても意地悪だと思います!
「そんなぁ。えぇ~。おじさんのケチっ、意地悪っ教えてよっ!」
本気でそう思ったから、非難の言葉が次々とあふれ出す。おじさんは身を乗り出す私の勢いに少しだけ驚いた顔をした。
「ハハハ、ごめんよ蓮華ちゃん。おじさんは、蓮華ちゃんに意地悪するつもりはないんだ。でもまぁ気になるよね? 好きな子が誰か知っている、なんて聞かされたらね」
「うぅ」
低い唸り声を出す。
「あ、そうだ蓮華ちゃん。おじさん、答えは言わないけれど、代わりに別のことを一つ、教えてあげる」
「別のコト?」
「そうだよ」
おじさんは微笑みながら屋台に頬杖をついた。私はなんとなくだけど、おじさんを深い森の奥に住んでいる猪だと思った。
え、猪?
何でかな?
分かんないや。
「蓮華ちゃんの持っている風鈴、それね……」
おじさんの視線が私の手元に移る。
すると涼しい風が吹いて、ちりん、と可愛い音を鳴らす。
「風鈴はね、ワンちゃんやネコちゃん、動物達じゃあ持てない人間だけに許された“愛”って心を最も簡単に、そして的確に表現したものなんだよ。愛……蓮華ちゃんにはまだ難しいかな?」
私はぷるぷると首を振って”いいえ”のサインを送る。
難しくなんかない。
私、知ってるもん。
「風鈴の大きな丸いガラス、それを“外見(そとみ)”っていってね、その中心からぶら下がっているガラスの棒を“舌(ぜつ)”というんだ」
ちりん
サヤサヤと風が吹く。
「“外見(そとみ)”と“舌(ぜつ)”、このふたつがあって初めて風鈴となる。どちらか一つじゃ音は鳴らない。永遠にね」
私はこくりと頷く。
「音を鳴らすためには、ふたつ必用なんだ。お互い離れ離れになっちゃいけない。それなのに、外見(そとみ)と舌(ぜつ)を繋ぐ絆の糸のなんと細く、結び目の頼りないことか。そうは思わないかい?」
私は改めて風鈴の姿を見つめる。たしかにガラス細工の外見からは一本のか細い、そして赤い糸で舌(ぜつ)がぶら下がっているだけだ。結び目は緩くて、今にもポトンって落ちちゃいそう。
でも、短冊に揺られて舌ぜつはよく動く。どんなに小さな風であってもフワリと揺れて、ちりん、と鳴らす。
「その心細さが、大切なんだよ」
おじさんは、風鈴を見つめる一字一句を心に溶かし込むように語りかける。
「絆は細い一本でいい。強かったり、たくさんあったりしちゃダメなんだ。絆が太くて何本もあると、きっと、外見(そとみ)はたくさんの絆に縛られて動けなくなる。だから、“音”は鳴らない。でも」
「絆の糸が細すぎれば、外見の重さに耐え切れず、舌(ぜつ)は地面に落ちて砕けてしまう」
ふいに、悲しげな顔をした。
私にはそう見えた。
「外見(そとみ)も舌(ぜつ)も不安なんだよ。いついかなることで二人を繋ぐ細い絆が千切れるかもしれない。互いが離れ離れになってしまうかもしれない」
ふわり、風が舞う。
ちりん、ちりん
可愛らしい音。
「だからこそ、不安に抗うようにして、舌は風を受ければ、例えどんなに僅かな風であっても、ちりん、と鳴らす。私はいるよ。ここにいるよって。それなのに……」
おじさんは話を止めると、再び悲しそうな顔をする。どうしてだろう? 悲し気な表情の中に一瞬だけど、チリっと炎が浮かんだ。
「神さまはあえて、風鈴をこんな不完全なカタチにお創りになった」
私の頬をそよぐ夜風と、手元から駆け上がる可愛い音色たち。
ちりん、ちりん
「じゃ、ここで蓮華ちゃんに質問。風鈴の外見と舌って何を意味していると思う? そして、そこから生み出される“ちりん”って音は何だと思う?」
「え?」
どこまでも深く優しい微笑みを浮かべ、問いかけてきた。私は人差し指の爪を噛みながら考える。
「外見と舌はぁ、男の人とぉ女の人?」
おじさんは“愛”と言っていた。
てことは、男の人と、女の人が出てくるはずだ。
「そうだね、正解。だとすると、音は何かな? “ちりん”って鳴る可愛い音は?」
「音? え……音、音、オト、おと、う~ん」
小首をかしげ、考えこんてしまう。人差し指の爪を噛んでいたけれど、短くて上手く噛めない。だから少しだけ伸びていた小指の爪を噛む。その瞬間、夜風が再び頬を撫でて抜けていく。
ちりん、ちりん
手元から駆け上がる小さく可愛い音色は、どこまでも澄んでいて、どこまでも淡くて、切なくて、涙の零れそうな感情が私の中をぐるぐると駆け巡る。ふと京くんのカオが浮かんだ。すると、もっともっと切なくなって、苦しくなって、堪らなくなった。
「わかった! おじさん、わかったよ!」
風船がパンって弾けたような気持ち!
「外見(そとみ)と舌(ぜつ)はお父さんとお母さん! そして、“ちりん”って鳴る音が“わたし”!」
二人の気持ちが交わり、私が生まれる。思わず大きな声で叫んだ私におじさんは笑顔をくれた。
「お、正解ぃ~。よく分ったねぇ蓮華ちゃん。なかなか聡明な子だ。音まで言い当てた子は蓮華ちゃんが初めてだよ」
おじさんは満面の笑みを浮かべながら、頬杖をついていた姿勢を元に戻す。背筋が伸びて、スラリとしている。気品に満ちた佇まいで、高いレストランとかにいるウェイターさんみたい。どうして私はさっき、おじさんのことを”猪”みたいなんて思ったんだろう?
変なの。
ドドン、ズバン、ズバン!
花火の大輪達が暗い川縁を、一面の美しい花畑に変えてゆく。気付けば京くんは一人川縁に腰掛けていた。
「おじさん、私もう行くね」
「おぅ蓮華ちゃん、じゃあね」
私は京くんの元へ駆けてゆく。
下駄が地面を鳴らす音が響く。
カラコロ、と。
カラコロ、と。
京くんの傍にいたい。
そして隣に座って最後の花火を観たい。
そんな私の耳に、何処からともなくおじさんの声が届く。私はその声がなぜかとても懐かしく思えて、ずっと聞いていた。
「蓮華……か」
おじさんは、私の名前をゆっくりと呟いた。
「主よ、岩戸に籠る我が主よ、御覧になっていますか? ようやく現れました。那由多の欠片、彼女が最後のあなたです」
ドドンっ、ズバンッ、ズバンっ!
十重二十重に重なり大輪の花が咲いている。
真夏の夜空を彩るパステルの花たちは、ただ一時すらもその姿を残すことなく、消えてはまた生み出され、そしてまた消えてゆく。今日は年に一度の七夕の日。そして、私が初めて京くんと花火を観た日。
ちりん、ちりん
風鈴が、風に揺られて可愛い音を鳴らす。
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「蓮華のステータス」
1,命の残り時間 :変化なし
2,主人公へ向けた想い :初恋レベル
3,希望 :★★★★★
4,絶望感 :☆☆☆☆☆
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つづく
