ヒロイン失格(3/7) 蓮華11歳、運動会の選抜リレーに選ばれる
さん、……げさん、……蓮華さん
5年2組、学級委員長の琴野蓮華さん?
ん……?
「はいっ?!」
パチン。
シャボン玉が弾け飛ぶ。
突然、夢の中から引き揚げられた感じがして、大きな声で返事する。此処は教室。5年2組のいつもの授業時間。
「どうしたの? ぼーっとして。あなたの号令がないと学級会が始まらないのだけど」
飯野先生(クラス担任)が困った顔で立っている。
先生はまだ若い女の人。
学校でも優しい先生として人気が高い。
「す、すみません。えと、起立、礼(おねがいしま~す)、着席」
9月22日 午後1時20分。黒板の上に掛けられた壁時計を目にする。すでに午後の授業の開始時刻になっていた。
全開にした窓の外から、涼し気な風がサラサラと流れてくる。ジリジリとした真夏の太陽は、もうその勢いを失っている。空気は澄んで、朝晩は長袖が必要なくらいに涼しい。
真夏の主役に代わり訪れたのは、涙が出そうなくらいに透き通った秋の青空だ。私は雲ひとつない青空のてっぺんを見つめていた。瞳の中の青の純度がどんどん高まって、心の中まで青で満たされてゆく。
私は、この空を言葉で伝えるためには“青”だけじゃ足りないって思った。その言葉を探り当てようとして、始業ベルが鳴っているのに、ぼーっと教室の窓から空を眺めていた。私は5年2組のクラス委員長を任されている。
私の号令の後に、飯野先生の爽やかな声が教室に響く。
「はぁーい、じゃぁ始めるわよー。みんな静かにね。今日は再来週に開催される秋の大運動会のクラス対抗リレー選抜メンバーを決めまーす」
カツカツ。
軽快な音で黒板に文字が板書されていく。
クラス対抗リレーは、運動会の中でも一番の見せ場種目。なんたって全校生徒がグラウンドの中央トラックに集まり、白線に沿って駆けてゆく選抜メンバーに注目するからだ。選抜された脚の速い男子はいつもより格好よく、女子は綺麗に見える。飯野先生はまず立候補を募った。
「男女それぞれ3人ずつの計6人よ。いい? 基本的には立候補を優先します。もし立候補者が多くて6人以上になったら、脚の早い順に選別。少なければ皆からの推薦順で決めまーす」
先生はクラスの隅々までを見渡している。
「走る順番はこうね」
チョークの音がカツカツ響く。
女子1
→男子1
→女子2
→男子2
→女子アンカー
→男子アンカー
選抜メンバーは男子3名、女子3名の混合チームだ。先生の良く通る声が教室に響く。
「はぁい、じゃぁ出たい人は手を上げて~」
「……」
教室の中はしぃ~んと静まり返る。
「ありゃま、誰も手を上げないか、やっぱ」
先生は腕を組んだまま、仕方ないなぁという顔をする。こういう場面で自分から手を挙げて立候補する人はいない。
「う~ん、どうしよう。ほんとに誰もいないの~?」
しぃ~ん。
「やっぱダメか。う~ん、じゃぁ推薦順に切り替えます。選抜リレーに出て欲しい人の名前を言ってください。誰でもいいわよ、出て欲しい人がいたら手を挙げて教えて頂戴」
「ハイハイっ! ハイっ!」
先生がそう口にした途端、クラスのあちこちで手が挙がる。
「え?」
みんなの勢いにびっくり。
先生も呆れた顔をしている。
「おいおい、アンタ達ほんとにもう……。はいじゃあ、梶原さん」
先生は教室の後方に座る女子児童を指さした。するとおかっぱ頭の梶原さんが、すっと立ち上がる。
「女子のアンカーは琴野さんがいいと思いまーす」
浅黒く日焼けした梶原さんが、私を見ながらニヤリとした。
「ね? 蓮華いいでしょ?」
目配せしてくる。
げ、もう……。
まさか最初に名前が挙がるなんて……。
私の名前は琴野蓮華。
琴野さんとは私の事。
リレーのアンカーに選ばれるのはいつものこと。
まあいいけどさ。
「まぁ、琴野さんが出るのは当然よね、だって学年の女子で一番脚が速いんだから」
隣に座っている河野さんが私の太ももをツンツンしながら呟く。そう、私は脚が速かった。それも、かなり。
「はぁ~い、じゃあ女子のアンカーは琴野さんね。他に推薦はある?」
「ないでーす」
「ありませーん」
「女子のアンカーは琴野さんしかいませーん」
皆口々にそう言う。
「はい、琴野さんは出場でいい?」
飯野先生が念のために確認してくる。
「はい」
私はジタバタしない。目立つことは好きじゃないけれど、脚が速いんだし断っちゃだめだと思った。
「じゃ他の人、推薦は? ほら男子、あんたたち選抜メンバーは放課後一緒に練習できるのよ? ”姫”と仲良くなれるチャンス。立候補でもいいから手をあげなさい」
指し棒で教壇をカンカン鳴らす。
姫……。
姫といえば、織姫星。
私は、夜空に輝く美しい星に自分の姿を重ねてみた。
「先生ぇ、そんなこと言ったら誰も手ぇあげないってー。なんかー手ぇあげたら告白と一緒じゃん、それってー」
教室の後ろから大きな声が飛ぶ。
「アハハハ、そうだよ手を挙げたら琴野さんへの告白と一緒一緒!」
その声に同調するように教室のあちこちから囃し立てる声がする。
「あぁら~竹野君、もしかして、あなた出たいの~?」
囃し立てていた背の高い男子児童の名を、先生は意地悪に告げる。ニヤリ。口元が意地悪く吊り上がっている。
「なっ! ちょっ、ちがうよ! 出たい訳じゃないって!」
顔を真っ赤にしながら竹野君は必死に弁解する。
「ひゅーっひゅーっ、竹野と琴野さんのアッチッチぃ、アッチッチぃ」
クラスのあちこちで囃し立てる声が飛ぶ。
私はなんとなく俯いてしまう。
竹野君には悪いけれど、アナタは彦星じゃない。
クラスの仲間達の興味を一身に集めている私はというと、さっきからぼーっとしていた。午後の学級会が始まる前のぼんやりとした空想を今も引きずっているのだ。私の気持ちを占めているのは、どこまでも高く澄んだ秋の青空と、最近あった出来事。
今朝は久しぶりに京くんと一緒に登校した。私が京君のおうちの前を通りかかったら、偶然京くんのお父さんが出てきた。
「おう京一、蓮華ちゃんが今から登校みたいだから、お前も一緒に連れてってもらえ」
一緒に登校する理由が出来たみたいで、私は嬉しかった。でも、しばらくして玄関から出てきた京くんは眠そうな目をして不機嫌顔。
……。
チラッと私を見た後、テクテク一人で歩いていく。
もう!
仕方がないので、私は京くんのちょっと後ろを同じ速度でついてゆくことにした。
秋の心地よい風がさらさらと吹き抜けてゆく。空を仰ぐ。まだらの雲がふわふわ浮いている。京くんの髪もふわふわしている。寝癖だろうか? お風呂に入って髪を乾かさないまま寝たんだな、きっと。
「京一、髪の毛くらいちゃんと乾かして寝なさいよ」
お姉さんぽく、“心の中”で言ってやる。
きっと、声をかけても振り返らないだろう。
何をしたってダメ。
きっと、ぜったい。
……。
……。
とりあえず、ベロを出してみる。
それから心の中で叫ぶ。
「(こけろっ!)」
でも京君は変わらずテクテク歩く。
う~ん、足りないみたい。無視、無視、シカト、きっと明日もシカトであさっても無視。そうなんでしょ? 京君。
そんな彼に私の心が納得しない。ベロを出したポーズをそのままに、右手中指で鼻頭を上に引っ張る。ブタの鼻の真似。
ブヒ、ブヒ。
心で伝える「ちぃび! ハニワ顔!」
私のほうが手のひら一つくらい背が高い。並んで歩けば姉弟みたいに見えて嫌だから、後ろを付いていくのがちょうどいい。私はそう思っているんだぞ。
あぁあ~……。
寂しいなぁ。
一緒に手を繋いで歩きたいのになぁ……。
私は叶わぬ願いを頭の中で空想した。
「琴野さん? どうしたの?」
「え? あ、はい……」
今朝の出来事を思い返していたら、再びボーっとしていたようだ。先生に名前を呼ばれて戻って来る。気付けばリレーのメンバーはほとんど決まっていた。黒板に書かれた選手の名前はこう。
女子1番手:梶原早苗
男子1番手:竹野真一
女子2番手:藤田紀子
男子2番手:飯山和利
女子3番手:琴野蓮華(←私)
男子アンカー:
残りは男子アンカーのみ。
最後を走る人、か……。
私は誰にバトンを手渡したいのだろう? 少しだけ想像してみる。でも、そんなの初めから決まっていた。私だけの主人公。駆けっこにはあまり向かない低身長の君だよ。
私は京くんの姿を思い浮かべる。彼は背も低いし、駆けっこも速くない。たまに一緒に登校することがあるけれど、いつも不機嫌そうにしている。近所のおばさんに挨拶されても、返事すらしない。そんな時、「挨拶くらいしようよ」とお姉さんっぽく言ってやる。
「ちっ、うっせぇよ」
返す言葉はいつもこう。
「あいさつすら出来ないなんて、“子供みたい”」
だから言ってやる。
ピタリ。
京君の足が止まる。
フフン。
私は京くんが一番気にしていることを知っている。それは、自分の背丈が低いことを“気にしている”って他人に気付かれてしまうこと。カチンときたので、そこをチクリと突いてやる。
「……」
京くんはしばらく黙って私を睨んだ後、ちょっぴり泣きそうな顔をした。でもその理由が私には分らなかった。ただ京くんの深いところに触れてしまった気がして、なんだか心がモヤモヤした。
私は自分の容姿にコンプレックスなど何一つなかった。
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「蓮華のステータス」
1,命の残り時間 :5年間と9か月
2,主人公へ向けた想い :初恋レベル
3,希望 :★★★★★
4,得意分野 :かけっこ
5,不得意分野 :人の気持ち
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つづく
