<中編小説>『言わせるな、死ね』第二王子×第一王子BL小説
<中編小説>『見てないふりやめろ、死ね』第二王子×第一王子BL小説|なつめの続き。
呼び出しは、あまりにも「それらしく」来た。
午後の光が廊下に斜めに落ちる時間帯。人の出入りが一番落ち着く頃合いを選んで、第一王子付きの側近――ユリウス・ハインツは、いつも通りの無機質な声音で言った。
「殿下、少々お時間をいただいてもよろしいでしょうか」
“少々”。
その言葉が、妙に重かった。
エドガーは書類から目を上げる。
「今か」
「今でなくとも構いませんが、本日中が望ましいかと」
「……いいだろう。行く」
廊下へ出る。
リュシアンは壁にもたれてそれを見ていた。
「どこ行く」
「用事だ」
「何の」
「お前に説明する義理はない」
「へえ」
「死ね」
「くたばれ」
だが、去り際にエドガーの袖をほんの一瞬だけ掴んだ。
軽く。
誰にも見えない角度で。
「……戻ってくるよな」
リュシアンが小さく言う。
エドガーは一瞬だけ視線を落とし、
何事もなかった顔で振り払った。
「当たり前だ。馬鹿か」
「ならいい」
「余計なこと言うな」
「死ね」
「お前が先にくたばれ」
そのまま、側近とともに歩き出す。
案内されたのは、小さな書記室だった。
窓は高く、光は控えめ。
机と椅子だけの、余計なものが一切ない空間。
逃げ場がない。
扉が閉まる。
音が、やけに重い。
「……で」
エドガーが先に口を開く。
「何の用だ」
ユリウスは一礼したまま、少しだけ間を置いた。
その“間”がすでに異常だった。
それから、ゆっくり顔を上げる。
「本日の評議会の件について、確認がございます」
形式は、あくまで“業務”。
だが内容は違う。
エドガーは即座に理解した。
「確認?」
「はい」
ユリウスは一歩も近づかない。
距離を保ったまま、淡々と続ける。
「殿下と第二王子殿下の距離について」
「……」
一拍。
空気が凍る。
エドガーは瞬きひとつしなかった。
「どういう意味だ」
「そのままの意味でございます」
丁寧すぎる。
この男は普段から無駄がないが、今日はそれ以上に整いすぎている。
つまり――
全部分かっている。
「公務の場において、あの距離は不適切と判断されます」
「お前の判断か」
「いいえ」
「なら誰だ」
「……見た者すべて、でございます」
逃げ場がない。
エドガーは舌打ちを飲み込む。
「偶然だ」
「そうであれば問題ございません」
「問題あるような言い方だな」
「ございません」
即答。
だが、その“ございません”は完全に嘘だ。
エドガーは低く言う。
「回りくどい。結論を言え」
「承知いたしました」
ユリウスは、ほんのわずかだけ目線を下げた。
礼儀として。
だが同時に、逃がさないために。
「――殿下方の関係性について、確認させていただきたく存じます」
直球ではない。
だが、完全に核心だ。
エドガーの目が細くなる。
「関係性?」
「はい」
沈黙。
数秒。
長い。
エドガーはゆっくり言う。
「お前は何を言っている」
「申し上げておりません」
「……」
「ただ、確認をお願いしております」
逃げ道は残している。
だがその逃げ道は、踏み込めば崩れる砂の上だ。
エドガーは鼻で笑う。
「気のせいだ」
「そうであれば、それが最も望ましいかと」
「……」
望ましい、か。
つまり――
違うなら困る、ということだ。
「殿下」
ユリウスが言う。
「一つだけ、申し上げます」
「何だ」
「“隠すのであれば、徹底を”」
その一言が、すべてだった。
エドガーの指がわずかに動く。
机も何もない空間で、
掴むものがないまま、拳だけが僅かに固まる。
「……誰までだ」
低く問う。
ユリウスは一拍だけ間を置いた。
「現時点では」
「言え」
「……“数名”にて」
完全ではない。
だが、もう時間の問題だ。
エドガーは短く息を吐いた。
「最悪だ」
「否定はいたしません」
「お前は」
「はい」
「見たのか」
「……」
ユリウスは、答えない。
だが答えないこと自体が、答えだ。
エドガーは目を閉じる。
「……死ね」
「申し訳ございません」
その“申し訳ございません”に、感情は一切ない。
ただ、職務としての誠実さだけがある。
それが余計に腹立たしい。
「他に何かあるか」
エドガーが言う。
「ございません」
「なら下がれ」
「かしこまりました」
ユリウスは一礼し、扉へ向かう。
だが出る直前、足を止めた。
「殿下」
「何だ」
「第二王子殿下は」
一瞬。
言葉が揺れる。
それから、元に戻る。
「――あまり隠すことに向いておられません」
エドガーの眉がぴくりと動いた。
「知ってる」
「……」
ユリウスは何も言わず、扉を開けて出ていった。
廊下に戻る。
数歩歩いたところで、壁にもたれている黒髪が視界に入った。
「遅えな」
リュシアンが言う。
「待ってたのか」
「別に」
「嘘つけ」
「死ね」
「くたばれ」
エドガーはそのまま歩き出す。
リュシアンも横に並ぶ。
――また近い。
だが今度は、ほんのわずかに距離を取った。
それでも、近い。
「何だった」
リュシアンが聞く。
「確認だ」
「何の」
「お前のせいで起きた問題の確認」
「は?」
「察しがいい奴がいる」
「へえ」
「笑うな」
「無理だろ」
「最悪だ」
「だな」
一拍。
リュシアンが少しだけ声を落とす。
「で」
「何だ」
「どこまでバレてる」
「……“数名”」
「はは」
「笑うな」
「面白えな」
「面白くない」
「死ね」
「お前が先に」
そのまま歩く。
距離は、やっぱり近い。
エドガーは舌打ちした。
「少し離れろ」
「嫌だね」
「今言われたばかりだろうが」
「知るか」
「お前な」
「隠すのやめるか?」
「やめるか、馬鹿」
「無理だって」
「やる」
「へえ」
「死ね」
「くたばれ」
それでも。
ほんの一瞬だけ、袖が触れる。
意識していないみたいに。
でも確実に、触れる。
エドガーは小さく息を吐いた。
「……本当に」
「何だ」
「お前は」
「何だよ」
「面倒だな」
「褒めてる?」
「違う。死ね」
「お前が先にくたばれ」
言い合いながら。
それでも、歩幅は完全に揃っていた。
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