<中編小説>『見てないふりやめろ、死ね』第二王子×第一王子BL小説
<中編小説>『察してる顔で見るな、死ね』第二王子×第一王子BL小説|なつめの続きです。
評議会の間は、静かすぎるほど整っていた。
高い天井、長い卓、重厚な椅子。
壁に並ぶ旗と紋章は、まるで誰一人として私情を持ち込むことを許さないとでも言うように、冷たく整列している。
その中央に、第一王子エドガーが座っていた。
いつも通り、完璧な姿勢。
完璧な角度で置かれた書類。
無駄のない動き。
――の、はずだった。
「こちらが本日の議題の――」
宰相が言う。
その声が途切れたのは、ほんの一瞬だった。
理由は単純だ。
エドガーのすぐ隣に、第二王子リュシアンが妙に近い距離で立っているからだ。
近い。
いつもより明らかに、近い。
通常なら半歩、いや一歩分は空けるはずの距離が、今は肩が触れそうな位置にある。
リュシアンは腕を組んだまま、つまらなそうに書類を覗き込んでいる。
黒髪がわずかに揺れ、その影がエドガーの書類へ落ちる。
――近い。
誰の目にもそう見えた。
だが誰も何も言わない。
言わないが、全員気づいている顔をしている。
「……続けろ」
エドガーが低く言う。
「は、はい」
宰相は咳払いひとつで進行を戻す。
だが視線は、一瞬だけ確実に二人の間へ落ちた。
それをリュシアンは見逃さない。
「見てるぞ」
小さく言う。
「黙れ」
「完全に見てる」
「気のせいだ」
「違うな」
「違う」
「違わねえよ。死ね」
「くたばれ」
声は極力抑えている。
だがゼロではない。
隣にいる人間には、はっきり聞こえる程度には出ている。
つまり――
周囲にも薄く聞こえている。
最悪だ。
「……殿下?」
側近の一人が、控えめに声をかける。
エドガーは一瞬で表情を整えた。
「何だ」
「いえ、進行の確認を」
「問題ない」
「かしこまりました」
側近は一礼して下がる。
だがその目。
――完全に察している。
しかも、ただ察しているだけじゃない。
確信に近づいている顔だ。
リュシアンはそれを見て、口の端を上げた。
「ほらな」
「うるさい」
「完全にバレてる」
「バレてない」
「いやバレてる」
「死ね」
「お前が先にくたばれ」
その直後だった。
書類を取ろうとしたエドガーの手と、同じ書類を押さえたリュシアンの手がぶつかった。
一瞬。
だがその一瞬が長い。
どちらも引かない。
指先が重なる。
そのまま、わずかにずれる。
――触れたまま。
「……離せ」
エドガーが低く言う。
「お前が離せ」
「俺が先に触った」
「同時だろ」
「違う」
「違わねえよ」
「死ね」
「くたばれ」
だが、完全には離れない。
ほんの一拍。
ほんの少しだけ長く。
それを――
側近が見ていた。
完璧な無表情で。
だが確実に、見ていた。
終わりだ。
エドガーはその瞬間、心の中で本気で思った。
終わった。
だが表情は一切崩さない。
それが余計に最悪だった。
「……殿下」
別の側近が言う。
「こちらの資料ですが」
「そこへ置け」
「かしこまりました」
その声もまた、妙に丁寧すぎる。
丁寧すぎるときは、大抵、何かを見てしまったときだ。
リュシアンは完全に面白がっていた。
「なあ」
「黙れ」
「今の見られたな」
「黙れと言ってる」
「はは、最悪」
「笑うな」
「無理だろ」
「全部お前のせいだ」
「またそれか」
「事実だ」
「死ね」
「くたばれ」
そのやり取りの最中。
今度はエドガーの足が、机の下で動いた。
リュシアンの足を、思い切り踏む。
「っ……!」
「静かにしろ」
「痛えな!」
「黙れ」
「お前が踏んでるんだろうが!」
「邪魔だ」
「邪魔なのはお前だ、死ね」
「くたばれ」
だが――
踏んだまま、離さない。
むしろ、軽く押し込む。
逃がさないみたいに。
それがまた最悪だった。
「……殿下」
宰相が言う。
「何だ」
「次の案件に移りますが」
「進めろ」
「かしこまりました」
進行は続く。
だが空気は、もう元に戻らない。
誰もが気づいている。
言わないだけで、全員が同じことを思っている。
――近すぎる。
――おかしい。
――何かある。
そして、決定的だったのは。
会議の終盤。
エドガーが立ち上がった瞬間だった。
椅子が引かれ、音が鳴る。
その動きに合わせて、リュシアンも同時に動く。
――同時すぎた。
完全に、呼吸が合っていた。
偶然ではないレベルで。
その一瞬で、側近の一人の目が完全に確信に変わった。
見た。
分かった。
そういう顔。
エドガーはそれを正面から受け止めてしまった。
数秒。
ほんの数秒だけ、沈黙。
それから、何事もなかったように言う。
「以上だ。解散」
「……かしこまりました」
全員が一礼する。
だがその一礼の裏側で、空気は完全に変わっていた。
誰も何も言わない。
だが全員が、もう分かっている。
扉が閉まる。
最後の側近が去る。
完全に二人きりになった瞬間――
エドガーが机を叩いた。
「……最悪だ」
「はは、だな」
「笑うな!」
「無理だろ、あれは」
「全部お前のせいだ!」
「またそれかよ」
「完全にバレた!」
「いや、まだ“察し”だな」
「時間の問題だ!」
「へえ」
「へえじゃない!」
「死ね」
「くたばれ!」
言い合いながら、距離はまた近い。
さっきまで散々見られていたくせに、
もう無意識でその距離になる。
エドガーはそれに気づいて、さらに顔をしかめた。
「離れろ」
「嫌だね」
「今すぐ距離を取れ」
「取らねえよ」
「何でだ」
「お前がそういう顔するから」
「どんな顔だ」
「最悪な顔」
「死ね」
「お前が先に」
そのまま、ほんの一瞬だけ沈黙。
それからリュシアンが、少しだけ笑って言う。
「なあ」
「何だ」
「これ、もう隠せなくね?」
「……」
「諦めろよ」
「諦めるか」
「無理だって」
「無理でもやる」
「は、面倒くせえな」
「お前が言うな」
「死ね」
「くたばれ」
そう言いながら――
また、ほんの少しだけ距離が縮まる。
さっきまで「見られてる」と騒いでいたのに、
結局それをやめられない。
それがこの二人の一番の問題だった。
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