<中編小説>『察してる顔で見るな、死ね』第二王子×第一王子BL小説
<中編小説>『最悪の朝に、死ね』第二王子×第一王子BL小説|なつめの続きです
朝食の席は、いつもより妙に整いすぎていた。
白いクロスは皺ひとつなく、銀器はやけに光り、カップの持ち手の向きまで完璧に揃っている。いつも通りの王城の朝なのに、どこかだけ空気が張りつめている。
原因は明白だった。
侍従たちが、何かを知っている顔をしている。
正確には、知っているふりをしていない顔で、でも確実に「察している」顔をしている。
最悪だ。
「パンが固い。死ね」
エドガーが言う。
「お前の舌が貧弱なだけだろ。くたばれ」
「焼きが甘い」
「普通だろ」
「お前は味覚も終わってる」
「お前よりはましだ」
言葉はいつも通りだ。
だが、その「いつも通り」がやけに大きく響く。
侍従の一人がパンを置く手を、ほんの一瞬だけ止めた。
別の侍女が、カップを置く角度を微妙に直した。
誰も何も言わないのに、「見ている」気配だけがじわじわと広がる。
リュシアンはそれを感じ取り、口の端を上げた。
「なあ」
「何だ」
「見られてるぞ」
「気のせいだ」
「嘘つけ。さっきから全員お前の顔見てる」
「お前のほうだろ」
「いや、お前だな」
「どこを見てそう言う」
「……」
「何だ」
「唇」
ぴし、と空気が固まった。
エドガーの指が一瞬だけ止まる。
銀のナイフが皿の上でわずかに鳴った。
そして次の瞬間、低く吐き捨てる。
「死ね」
「くたばれ」
リュシアンは平然と紅茶を口に運びながら、続ける。
「完全に残ってるぞ」
「黙れ」
「隠す努力しろよ」
「してない」
「してないのかよ」
「余計なことするなと言った」
「侍従に?」
「そうだ」
「は、最悪だな」
「お前ほどじゃない」
だが実際、隠しきれていなかった。
ほんのわずか。
ほんの浅い赤み。
だが知っている者が見れば分かる。
あれは傷ではない。
偶然でもない。
――「何か」だ。
侍従たちはそれを言葉にしない。
だが言葉にしないからこそ、余計に空気が重い。
「おい」
エドガーが低く言う。
「何だよ」
「さっきから楽しそうだな」
「楽しいぞ」
「何がだ」
「お前が困ってる顔」
「してない」
「してる」
「してない」
「してる。死ね」
「くたばれ」
そのやり取りの最中。
テーブルの下で、エドガーの足がわずかに動いた。
リュシアンの足に触れる。
わざとか、偶然か、分からない程度の動き。
だが次の瞬間には、明確に踏まれた。
「っ、」
「うるさい」
エドガーが平然と言う。
「足を引っ込めろ」
「お前が踏んでるんだろうが」
「邪魔だ」
「邪魔なのはお前だ、死ね」
「くたばれ」
しかし足は離れない。
むしろ、軽く押し返すと、さらに強く押し返される。
テーブルの上では優雅な朝食。
テーブルの下では無言の応酬。
そして周囲の侍従たちは――
それに気づいているかどうか、分からない顔をしている。
分からない顔で、絶対に分かっている距離感を保っている。
それがいちばん腹立たしい。
「なあ」
リュシアンが言う。
「何だ」
「完全に察されてるぞ」
「違う」
「違わねえよ」
「気のせいだ」
「侍従の顔見ろ」
「見ない」
「逃げるな」
「逃げてない」
「逃げてる。死ね」
「くたばれ」
エドガーは紅茶を飲む。
だが、その手はわずかに硬い。
完璧な王子の所作。
完璧な角度。
完璧な動き。
なのに、ほんの僅かだけ、普段より速い。
リュシアンはそれを見て、笑う。
「焦ってるな」
「焦ってない」
「焦ってる」
「してない」
「してる」
「死ね」
「お前が先に」
その返しの直後。
エドガーの手がテーブルの下で動いた。
今度は足ではなく、膝。
軽くぶつける。
抗議のように。
黙れの代わりに。
「痛えな」
「静かにしろ」
「命令か」
「そうだ」
「嫌だね」
「死ね」
「くたばれ」
そのやり取りを、侍従が静かに見ている。
正確には、「見ていないふりで見ている」。
銀のポットを傾けながら、視線は落としたまま。
だが角度が、ほんの少しだけこちらへ寄る。
エドガーはそれに気づいた。
そして、完全に不機嫌な顔になる。
「……おい」
「何だ」
「後でお前を殴る」
「は?」
「全部終わってからだ」
「やってみろよ」
「本気でやる」
「どうせできない」
「できる」
「できねえよ」
「死ね」
「くたばれ」
だが、そのやり取りの最中。
テーブルの下で、今度は足が軽く絡んだ。
一瞬だけ。
ほんの一瞬。
だが、その一瞬のほうがよほどまずい。
リュシアンはわざと何も言わない。
エドガーも何も言わない。
ただ、少しだけ呼吸がずれる。
それを誤魔化すように、リュシアンが言う。
「なあ」
「何だ」
「今夜」
「やめろ」
「まだ何も言ってない」
「言うな」
「図星か」
「違う」
「違わねえな」
「死ね」
「くたばれ」
その瞬間、侍従がカップを置く音が、やけに大きく響いた。
沈黙。
そして、完璧に整った声で一言。
「……おかわりは、いかがなさいますか」
何も知らない声。
何も見ていない声。
だが、その「完璧さ」自体がもう答えだった。
エドガーは一瞬だけ目を閉じる。
それから、いつもの声で言う。
「いらない」
「かしこまりました」
侍従は下がる。
静かに。
完璧に。
何も見なかった顔で。
その背中が扉の向こうへ消えた瞬間。
リュシアンが吹き出した。
「はは、最悪」
「笑うな」
「無理だろ」
「全部お前のせいだ」
「またそれか」
「事実だ」
「死ね」
「くたばれ」
だがその言葉のあと。
テーブルの下で、もう一度だけ、足が触れた。
今度は踏み合うでもなく、絡むでもなく。
ただ、そこにあることを確かめるみたいに。
ほんの一瞬だけ。
それから、何もなかった顔で離れる。
エドガーが立ち上がる。
「行くぞ」
「どこに」
「仕事だ」
「俺もか」
「当たり前だろ」
「拒否権は」
「ない」
「最悪」
「知ってる」
「死ね」
「お前が先にくたばれ」
そう言い合いながら、二人は席を立つ。
いつも通りの距離。
いつも通りの険悪さ。
いつも通りの毒舌。
ただし、いつもと違うのは一つだけ。
背を向けて歩き出しても、
どちらも、ほんの一瞬だけ振り返る。
そして、ちゃんといることを確認してから、
また「死ね」と言うのだった。
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