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<中編小説>『お前、バレてるぞ。死ね』第二王子×第一王子BL小説

<中編小説>『言わせるな、死ね』第二王子×第一王子BL小説|なつめの続き。
呼び出しは、エドガーのときより露骨だった。
 夕刻前。
 西塔へ続く回廊の途中で、リュシアンの進路をふさいだのは、第二王子付きの側近筆頭、カイル・ヴェルナーだった。長身で、癖のない灰褐色の髪をきっちり撫でつけ、いつも通り無表情に近い顔をしている。だがその目だけが、今日は妙に静かだった。
「殿下」
「何だよ」
「少々お時間を」
「嫌だね」
「では、重要案件として扱います」
「脅しか?」
「事実です」
 即答。
 リュシアンはそこで、うっすら嫌な予感がした。
 この男はエドガー付きのユリウスほど回りくどくない。普段から必要以上に喋らないくせに、踏み込むと決めた時だけ、やたら一直線だ。
 つまり。
 面倒くさい。
「……どこだ」
「こちらへ」
 案内されたのは、訓練棟脇の小さな応接室だった。王家の公式空間というより、側近たちが簡単な打ち合わせに使う部屋だ。飾り気はほとんどなく、机と椅子、壁際に書棚、窓辺に小さな花瓶が一つあるだけ。実務だけの匂いがする。
 扉が閉まる。
 リュシアンは即座に壁へもたれた。
「で?」
「単刀直入に申し上げます」
「へえ、珍しいな」
「珍しくせざるを得ません」
 カイルは一礼もせず、まっすぐリュシアンを見た。
「第一王子殿下との距離感を改めてください」
「……は?」
 あまりにも直球で、リュシアンは一瞬だけ素で聞き返した。
 カイルはまばたき一つしない。
「公務中」
「待て待て待て」
「私的空間」
「おい」
「廊下」
「死ね」
「後ほど検討します」
 返しまで淡々としているのが腹立たしい。
「何だそれ」
 リュシアンが言う。
「何の話してんだ」
「殿下は理解が早いほうかと存じておりましたが」
「喧嘩売ってる?」
「いえ、危機管理の話です」
「危機管理ぃ?」
「はい」
 カイルはそこで、机の上へ一枚の紙を置いた。
 予定表だった。
 ここ三日の、第一王子と第二王子の行動予定が並んでいる。公務、評議会、朝餐、視察、執務、休憩。そこへ赤い小さな印がいくつもついていた。
「何だよこれ」
「距離が不自然だった時間帯です」
「気持ち悪っ」
「否定はいたしません」
「お前、暇なの?」
「暇ではありません。必要でしたので」
「死ね」
「今はまだ遠慮します」
 リュシアンは紙を見下ろし、鼻で笑った。
「は、馬鹿みたいだな」
「はい」
「で、それで?」
「殿下」
 カイルの声が一段低くなる。
「もう“うっすら”ではありません」
「……」
「見ている者は見ています」
「見せつけてねえよ」
「見せつけていなくても、漏れています」
「何が」
「空気が」
 一瞬、言葉に詰まる。
 リュシアンは顔をしかめた。
「ふざけたこと抜かすな」
「ふざけておりません」
「空気で分かるとか言い出したら末期だろ」
「末期です」
「即答すんな、くたばれ」
「善処します」
 全然善処する顔ではない。
 カイルはさらに続ける。
「朝食時の応酬」
「普通だろ」
「評議会での距離」
「偶然だ」
「廊下での袖」
「知らねえ」
「先ほどの別れ際」
「……」
「完全に触れておられました」
「見てたのかよ」
「視界に入りました」
「死ね」
「殿下も少し静かになさってください」
 リュシアンは舌打ちした。
 まずい。
 思ったより、まずい。
 エドガーのところにも当然何か行っているだろうと思っていたが、自分の側までここまで来ているとなると、本当にごまかしが利かなくなりつつある。
 だが、それを顔に出すのも癪だ。
「で?」
 リュシアンが言う。
「お前は何が言いたい」
「二つです」
「言ってみろ」
「一つ」
 カイルが指を立てる。
「第一王子殿下に触れる回数を減らしてください」
「は?」
「足りなければ視線から」
「何言ってんだお前」
「可能であれば呼吸も」
「馬鹿か!?」
「冗談です」
「今のは笑うとこか!?」
「少なくとも私は笑っておりません」
 本当に笑っていない。
 だから余計に腹が立つ。
「二つ目」
 カイルが続ける。
「隠す気がないなら、せめて私には先に言ってください」
「……」
「対処を考えます」
「は?」
「私は殿下の側近ですので」
「待て」
「はい」
「今、何て?」
「隠す気がないなら」
「そこじゃねえ」
「先に言ってください」
「もっと前」
「対処を考えます」
「……お前」
 リュシアンの目が細くなる。
「知ってんのか」
「はい」
「どこまで」
「言葉にする必要はありますか」
「ある」
「では申し上げます」
 カイルはわずかに息を吸う。
「第一王子殿下に対する殿下の執着は、もはや王城内で“兄弟仲が悪い”の範疇を越えております」
「死ね」
「まだ途中です」
「聞きたくない」
「第一王子殿下もまた、殿下を突き放す気があるようには見えません」
「……」
「ゆえに」
「やめろ」
「すでに双方向です」
「くたばれ」
「ご要望が強いですね」
 リュシアンは本気で顔をしかめた。
 冗談ではない。
 ここまで言われると思っていなかった。
 うっすら察される程度ならまだ笑えた。だが“双方向”などと冷静に断定されると、さすがに笑えない。
 というか。
 少しだけ、むかつくくらい図星だ。
「お前」
 リュシアンが低く言う。
「余計なこと、他に漏らしてねえだろうな」
「漏らしておりません」
「本当か」
「はい」
「何で」
「殿下が望まれないからです」
「……」
 その返しだけ、少しだけまっすぐだった。
 カイルは続ける。
「私は殿下の側です」
「気色悪いこと言うな」
「職務です」
「それを今言うな」
「では簡潔に」
「やめろ」
「守る気はあります」
「……」
 リュシアンはそこで、ようやく壁から背を離した。
 部屋の真ん中まで歩き、机の紙を指で弾く。
「守る?」
「はい」
「俺を?」
「殿下を」
「それと」
「必要であれば、第一王子殿下も」
 その一言に、リュシアンの目が変わった。
「……へえ」
「問題でも」
「いや」
 口元がゆっくり上がる。
「そこまで分かってるなら、話は早いな」
「早くありません」
「何でだ」
「殿下が面倒を増やすからです」
「お前、たまに失礼だよな」
「存じております」
「死ね」
「前向きに検討します」
 そこでようやく、少しだけ空気が緩む。
 だが緩んだところで、カイルは最後の一撃を入れてきた。
「ただし」
「何だ」
「寝起きで第一王子殿下の部屋から出てくるのは、次からもう少し時間差をつけてください」
「……………………は?」
「侍従同士の連携を甘く見ないでください」
「見てたのか!?」
「直接は」
「直接じゃないなら何で分かる」
「寝癖」
「死ね」
「あと寝衣の皺」
「くたばれ!」
「それから」
「まだあるのかよ!」
「第一王子殿下がその朝だけ妙に機嫌が悪い」
「……」
「殿下は妙に機嫌がいい」
「…………」
「分かりやすいです」
「殺す」
「困ります」
 リュシアンは額を押さえた。
 終わりだ。
 完全に終わっている。
 しかもこれ、自分たちが思っている以上に色々拾われている。
 しばらくしてから、低く吐き出す。
「……エドガーも知ってんのか」
「第一王子殿下の側には、第一王子殿下の側の側近がおりますので」
「回りくどいな」
「察してください」
「知ってるってことか」
「はい」
「最悪」
「同意します」
 沈黙。
 リュシアンはしばらく天井を睨んでいたが、やがて深く息をついた。
「で」
「はい」
「お前は、どうしろって?」
「できれば距離を」
「無理だな」
「でしょうね」
「即答かよ」
「分かっておりましたので」
「じゃあ何で呼んだ」
「自覚していただくためです」
「余計なお世話だ」
「知っております」
「死ね」
「ありがとうございます」
 全然ありがとうの顔じゃない。
 その無表情さに、リュシアンは逆に笑えてきた。
「は、ほんと可愛げねえなお前」
「殿下ほどでは」
「そうかよ」
「はい」
 それから、扉へ向かいながらリュシアンは最後に言った。
「カイル」
「はい」
「誰にも言うなよ」
「申し上げません」
「エドガーのほうにも」
「必要以上には」
「必要以上って何だ」
「殿下がまた明らかにやらかした時です」
「お前、マジで死ね」
「長生きしたいです」
 扉を開ける。
 廊下の空気は少し冷たかった。
 その冷たさの向こうに、金の髪が見えた。
 エドガーがいた。
 窓辺に立ち、腕を組み、いかにも不機嫌そうな顔でこちらを見ている。待っていたのが丸分かりのくせに、それを絶対認めない顔だ。
「……何してる」
 リュシアンが言う。
「別に」
「待ってただろ」
「待ってない」
「嘘つけ」
「死ね」
「くたばれ」
 その声に、カイルが背後でごく小さく咳払いした。
 リュシアンが振り向く。
「何だよ」
「距離」
「うるさい」
「今すぐ実践を」
「黙れ」
「死ね」
 エドガーが横から言う。
「お前が先に」
 リュシアンが返す。
 そして、気づけばもう、エドガーのすぐ隣まで歩いていた。
 肩が触れそうな距離。
 いつも通りの、バカみたいに近い距離。
 カイルが無言になる。
 その沈黙だけで、全部伝わった。
 リュシアンは鼻で笑う。
「無理だろ」
「……そうですね」
「諦めろ」
「諦めたくはありません」
 そのやり取りを聞いて、エドガーが眉を寄せる。
「何だ、その会話」
「お前には関係ない」
「あるだろ」
「ない」
「死ね」
「くたばれ」
 そう言い合いながら、二人は並んで歩き出す。
 後ろでは、側近が二人そろって、たぶん同じ顔をしている。
 頭が痛い、という顔だ。
 だが当の王子たちは、そんなことより先に、隣にいることのほうが当たり前すぎて、もう直し方が分からない。


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