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環境省「地域トランジションモデル構築事業 中間とりまとめ」を読む

 3月末に、環境省から「地域トランジションモデル構築事業」の中間とりまとめが発行されました。この資料は、脱炭素を含む構造変化に直面する地域が、どのように「公正な移行」と「新たな成長」を両立させるかを体系的に整理したものです。地域が持続可能ではないと、多くのところ日本の現在の自然資本や生態系サービスは維持されない恐れがあるからです。
 本稿では、この資料の骨格を読み込みながら、ネイチャーポジティブ経済と地域資本の視点を織り交ぜ、EUの公正な移行基金の先行事例も参照します。EUはすでに約197億ユーロの専用基金と96地域の領域計画で先行しています。失敗から学べることもありそうです。日本は、今後急速に、地域の持続可能性のために意思決定が問われることになります。そのとき必要なのは、移行を設計する力です。この資料は、環境省的な理想論が散りばめられていますが、論点整理としては役立ちそうです。

 この記事では、とりまとめ中間資料の論点を踏まえながら、「地域トランジション」がどのような進め方になるかを、自然資本の持続可能性の側面からも整理します。
 今日も楽しんでいってくださいね!

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1. 地域が、持続不可能になってきている

 資料は出発点として、気候変動、生物多様性の損失、汚染などの環境危機が深刻化し、人類の活動が地球の環境収容力を超えつつあると述べています。そして、地下資源依存・大量生産大量消費・フロー重視・短期目線・中央集権という旧来の経済社会システムから、地上資源活用・循環利用・自然資本などのストック重視・長期目線・自立分散へと、「変え方を変える」必要があると整理しています。

 資料は第六次環境基本計画を踏まえ、「ウェルビーイング/高い生活の質」を最上位目的とし、市場価値と非市場価値の双方を引き上げる「新たな成長」を地域で実現する場として「地域循環共生圏」を位置づけています。そして、その新たな成長の基盤は自然資本と、それを維持・回復・充実させる資本・システムであるとしています。

 例えば、GXが進めば、地域の火力発電所が止まります。製油所が原油処理を終えます。たとえば、火力の跡地に別の工場を誘致した。雇用が一部戻った。税収も少し戻った。けれど、地域住民の生活の質は上がらず、若者も戻らず、自然資本も毀損し、外部依存だけが増えた。これでは、移行はしても、持続可能な成長にはなっていません。変化の観点からは、洋上風力が入ってきます。大規模な再エネ開発が土地利用を変えます。さらに、資料では本事業の直接対象外ながら、自然災害、半導体産業の新規参入、インフラ整備、人口動態の変化による商業構造の変化なども、同じように「地域の移行」を引き起こす要因として参照されています。

地域は、何かを選択しなくてはならないけど、公正と成長もと欲張ることは本当にできるものなのか?

 このとき、地域が問われるのは「変化を誰のために、どんな順番で、どのような痛みの配分で、どんな次の産業や暮らしにつなげるか」です。これが、環境省資料がいう「地域トランジション」の本質です。資料では、脱炭素の流れを踏まえ、多くの地域が経済社会構造の転換に直面するとしたうえで、「公正な移行」に加えて「新たな成長」を実現する観点から地域の移行が整理されています。ある地方都市で、地域の雇用の15%を支える大型火力発電所が2030年に閉鎖される予定だとします。直接雇用は数百人。しかし、関連する保守企業、部品供給、物流、食堂、宿泊、清掃といった間接的な雇用を含めると、影響範囲はその3倍から5倍に広がります。さらに、固定資産税と法人住民税の減少は自治体の投資余力を直撃し、学校の統廃合や福祉サービスの縮小に波及します。地元金融機関の融資残高も減少し、新規投資への姿勢が慎重になります。若者は「この地域に残っても仕事がない」と判断し、流出が加速します。地域全体の「移行の設計」が必要だというのは、まさにこういうことです。地域トランジションとは次のような営みです。

外部環境の変化によって避けられない産業・土地利用・雇用・社会構造の変化を、一部の主体だけの論理で処理せず、地域全体のウェルビーイングを目的に、公正性と成長性の両方を確保しながら、新しい地域の事業ポートフォリオへ組み替えていくこと。

地域全体のリスクと機会を見ながら、次の地域経営モデルに移行するための、設計・対話・実装の総体です。資料でも、地域トランジションは、地域のリスク及び機会と向き合い、ある程度のスピード感を持って経済社会構造を転換させる営みです。
「公正な移行(Just Transition)」という概念は、もともと2009年のUNFCCC COP15で国際労働組合総連合(ITUC)が提唱したもので、脱炭素社会への移行に伴って負の影響を受ける労働者や地域社会が、公正で平等な形で新たな機会を得られるようにするという考え方です。2015年のパリ協定の前文にも盛り込まれました。日本では2023年に制定されたGX推進法で、「公正な移行の観点」を踏まえることが法的に定められ、さらに2025年策定のGX2040ビジョンでは「公正な移行」が独立した章として位置づけられました。
 脱炭素戦略の影響を地域が被っているとして、さらに公正、地域循環共生圏など広げると、欲張りすぎで戦略が無さすぎるのじゃないか?論点をすり替えているだけではないか?と心配になります。この資料はこれに一定、答えを出そうとしています。


2. EUの先行事例から学べること

 では、実際に、EUの先行事例を見てみましょう。EUは2021年、「公正な移行基金(Just Transition Fund:JTF)」を設立しました。総額は約197億ユーロ(加盟国の拠出を含めると約270億ユーロ、日本円で約4兆円超)で、気候中立への移行で最も大きな影響を受ける地域を支援するための専用基金です。対象は、石炭・褐炭・泥炭・オイルシェールの採掘や、鉄鋼・セメント・化学など炭素集約型産業に依存する地域で、現在EU全体で96の地域が支援を受けています。JTFの特徴は、加盟国が「領域別公正移行計画(Territorial Just Transition Plan:TJTP)」を策定し、欧州委員会の承認を得ることを資金アクセスの条件としている点です。各計画には、地域の経済・社会プロファイルの分析、リスクセクターの特定、雇用喪失の見通し、そして新たな機会創出の戦略が含まれます。資金の使途は大きく3つに分かれます。第一に、約31億ユーロが職業訓練、求職支援、教育に充てられ、労働者に将来に通用するスキルを身につける機会を提供しています。第二に、中小企業への支援や新規事業の創出に投資されています。第三に、研究開発やクリーン技術の導入に充てられ、地域が将来性のあるグリーン産業に特化できるよう支援しています。

具体的な事例をいくつか見てみましょう。ルーマニアのジウ渓谷では1億5800万ユーロが投じられ、石炭産業に依存していた地域の経済多角化を進めています。元鉱山労働者を再生可能エネルギーやデジタル産業の人材に再訓練するプログラムが動き、1858年に開坑された国内最古のペトリラ鉱山は、草の根組織の手により文化・経済活動の拠点へと生まれ変わりつつあります。また、マウンテンバイクのトレイル建設など、観光産業への転換も進んでいます。スペインでは、包括的な公正移行戦略を策定し、アストゥリアスやガリシア、アンダルシアなど石炭依存度の高い地域で、地域経済の多角化と社会的包摂を同時に進めています。

 全方位戦には、たくさん罠があります。EUの2025年の中間評価と各種分析からは、いくつかの重要な教訓が浮かび上がっています。

計画が遅れる: イタリアのタラントでは、領域計画と実行計画の承認が2025年初頭まで遅れ、地域の制度的・経済的アクターが具体的なプロジェクトを策定する能力の不足が露呈しました。JTFの変革的な可能性は、計画の遅れにより大きく弱まっています。資料が「外部環境変化の発生前にフェーズ1を終えるのが望ましい」としているのは、まさにこの教訓を踏まえるべきポイントです。

結局、新味がない: 複数の地域で、JTFの資金が本来の変革的な投資ではなく、既存の施策の延長に使われてしまうケースが報告されています。真の産業構造転換ではなく、既存の力関係の中で資金が配分されるだけになると、基金の意味は半減します。

包摂の失敗: 一部の地域では、非現実的な期限設定やNGOの排除により、参加型ガバナンスが形式に終わったとの指摘があります。2025年9月には欧州議会が決議を採択し、JTFにおける「雇用喪失地域」への支援強化と、女性や若者、マイノリティへの訓練・見習いプログラムの拡充を求めました。

機能不全: JTFでは資金の70%を2026年までに配分するという期限設定がありますが、これが一部の地域では拙速な配分を招き、長期的な計画策定の時間を圧迫しました。スピードと丁寧さのバランスは、制度設計上の最大の難所です。

 理想を掲げて走ったEUの教訓は、日本の地域トランジションにとっても同様のことが容易に起こることが想定されます。同じことを望むのであれば、まず、EUの挑戦をベースにして、課題を解決する必要があります。
 日本の場合、さらに、政府セクターの巨大な赤字による、財務余力の少なさと、地域の少子高齢化による人材不足も重なっており、壮大な理想の前にまず、確実に失敗するだろうことが予期されます。そこで、ミニマムな成功に向けたトランジション、すなわち、9割を行わないことを決めた上(決める際に合意ができるか?)で、集中する部分を決めることが、第一歩にありそうです。この意味でのトランジションであると読み替えるのが良さそうです。


3.トランジションを支える5つの原則

 この資料の中で、トランジションの5つの原則が出てきます。

原則1:初期段階では、行政が逃げてはいけない

 本資料では、地域トランジションは地域全体の持続可能性に関わる課題であるため、特に初期段階では都道府県や基礎自治体が先頭に立ち、主体的・能動的に向き合うことが重要だとしています。日本では、行政はしばしば「企業の撤退は企業判断」「民間投資は民間判断」として、一歩引きがちです。しかし、地域の税収、土地利用、住民生活、関連産業、交通、教育、福祉まで波及する以上、それを「市場の結果」として受け止めるだけでは不十分です。

行政の役割は、すべてを決めることではありません。最初に危機感を共有し、論点を整理し、データを集め、コアチームを立ち上げ、対話の土台をつくることです。ここをやらないと、その後の議論は企業対住民、賛成対反対、短期雇用対長期環境のような、粗い対立構図に落ちます。

EUのTJTP策定プロセスでも、地方政府が主導的に計画を策定した地域と、中央政府に任せた地域では、計画の質と実行力に明確な差が出ています。地域の事情を最も知っているのは、その地域の行政です。

原則2:多様な主体の参画は「参加してもらうこと」ではなく、役割が変わることだ

 本資料では、地域トランジションの各プロセスで、早い段階から社会的対話を通じて多様な主体の参画を促し、順応的な協働ガバナンスを機能させることが重要であり、段階に応じて行政主導から官民連携、または民間主導に移行していくなど、役割の再設定・調整が必要だとしています。

ここは非常に実務的です。多くの地域会議が失敗する理由は、「誰を呼ぶか」ばかりに気を取られ、「誰がどのフェーズで何を担うか」を設計していないからです。

初期は行政が前に出る。次に金融機関と中間支援組織が翻訳と接続を担う。企業は受け身の説明対象ではなく、地域資本を使った新事業の主体になる。住民は意見を述べるだけでなく、望ましい将来像の共同設計者になる。つまり、参画とは席数の問題ではなく、機能配置の問題です。

ここで、企業の役割についてもう少し考えてみましょう。たとえば、火力発電所を運営していた電力会社は、撤退の「原因者」であると同時に、技術、人材、インフラ、資金を持つ最大の「資源保有者」でもあります。この二面性をどう扱うかが、地域トランジションの成否を分けます。撤退企業を「悪者」にして排除するのではなく、地域の次のフェーズへの最大の投資者・技術提供者として位置づけ直す。この転換が、資料のいう「役割変容」の核心です。

原則3:急ぐが、急ぎすぎない。公正性と包摂性を同時に見る

 急激な転換が進む中ではスピード感を持って対応する必要がある一方、急な変化に適応しにくい人々や領域・仕組みも取り残さないよう、プロセスの優先順位とバランスを考慮することが重要だと述べています。

だから必要なのは、「みんなが完全に納得するまで待つ」ことではなく、「何を先に決め、何を後で広げ、誰に先に配慮するか」を明確にすることです。たとえば、雇用や下請けへの影響把握は最優先。土地利用や景観の長期論点は並行議論。新規産業の詳細設計は次段階。こうした順番の設計がないと、公正性の名の下に停滞するか、スピードの名の下に分断するかのどちらかになります。

もう一つ、時間軸の問題もあります。地域トランジションには、短期(1〜3年)の危機対応と、中長期(5〜15年)の構造転換の両方が含まれます。短期的には雇用のセーフティネットや生活支援が必要です。しかし、それだけでは地域は衰退軌道に乗ったまま時間を稼ぐだけになります。中長期の産業転換を視野に入れた投資判断と、短期の生活安定策を、同時に設計する必要があるのです。

原則4:現状把握とビジョンは、感覚ではなく、客観データと複線的な時間軸で行う

 現状把握や将来予測に基づきリスクと機会を把握した上で、地域のありたい姿と、それを実現するための計画を検討し、共有することが重要であり、ビジョンはバックキャストとフォアキャストの両視点で考える必要があるとしています。

バックキャストとは、将来のありたい姿から逆算する考え方です。フォアキャストとは、現在の延長線上で起こりうる未来を読む考え方です。地域トランジションでは、この両方が必要です。バックキャストだけだと理想論に寄りがちです。「2040年に自然資本が充実し、循環経済が根付き、若者が集まるまち」と描いても、現在のインフラ制約、人材不足、財政状況との間に巨大な溝がある場合、それは絵に描いた餅になります。フォアキャストだけだと既存構造の延命に寄りがちです。「今のペースで人口が減り、税収が減り、インフラが老朽化すると、2040年には……」という予測は、危機感の醸成には使えますが、「じゃあどうするか」の答えは出ません。

理想の将来像と、現実の制約条件。その両方を同時に見ることが、計画を現実的にします。

原則5:地域資本を見る視点がないと、移行は単なる穴埋めになる

 地域資本、すなわち財務資本だけでなく、自然資本や社会関係資本などの非財務資本も含めて目を向け、それらを最大限統合的に活用し、好循環な状態を作ることで、地域課題の解決や新たな価値創造に資する事業を生み出すことが重要としています。

これは、地方創生との最大の違いです。従来型の地域振興は、空いた場所に何を入れるか、減った税収をどう補うか、という「穴埋め」の発想になりがちでした。

 しかし、地域資本を見る発想では、地域にすでにあるもの、眠っているもの、他地域とつなげれば価値になるものを見直します。自然資本、人的資本、製造資本、知的資本、社会・関係資本。これらを統合的に見て、「この地域は何を失うのか」だけではなく、「何を新しい競争力に変えられるのか」を考える。具体的に考えてみましょう。ある港湾都市で製油所が撤退するとします。従来型の発想では「跡地に何を誘致するか」が論点になります。しかし、地域資本の視点で見ると、製油所が持っていた石油化学のエンジニアリング人材、港湾のインフラ、タンクヤードの用地、冷却水を引くための水路、地元の下請け企業群の加工技術──これらは、たとえばSAF(持続可能な航空燃料)の製造拠点、バイオリファイナリー、水素貯蔵・輸送のハブとして再定義できるかもしれません。

 逆に言えば、この視点だけが地域を救います。移行は攻めにこのアイディアから変わり得るからです。ただし、アイディアの短冊を作ることではなく、アイディアを1点に絞ることです。


4. 地域トランジションの望ましいプロセス

 環境省の「地域循環共生圏づくりの手引き」にある火焔型土器モデルを基盤に、地域トランジションの望ましいプロセス案を提示しています。

 主要な節目は、次の6つです。 (a) 危機感が共有される。 (b) 検討体制、すなわちコアチームができる。 (c) 影響分析、地域資本の可視化、シナリオ検討が行われる。 (d) ビジョン・事業づくりに向けた体制が拡充する。 (e) ビジョンが作られ、共有される。 (f) 計画が作られ、KPIやOKRが設定される。

そしてその先に、順応的な協働ガバナンスが機能し、事業が持続可能な形で成長し、地域資本が蓄積され、地域外からの事業参画や提案が出てくる状態を目指します。資料は、外部環境変化の発生前にフェーズ1を終えるのが望ましいとも示しています。

このプロセスの優れている点は、いきなり事業に飛ばないことです。多くの地域プロジェクトは、補助金や誘致案件が見えた瞬間に、いきなり事業スキームの話に入ります。ですが、資料はその前に、危機感共有、コアチーム形成、影響分析、地域資本の可視化を置いています。このプロセスは次の三層で理解すると使いやすいです。

第一層は、認識の層です。 何が起きるのか。誰が影響を受けるのか。どこに機会があるのか。危機感と可能性の両方を共有する段階です。この段階で最も重要なのは、「同じ事実を見る」ことです。行政が見ている数字と、企業が見ている市場動向と、住民が感じている不安と、金融機関が持っている融資データ。これらを突き合わせて、はじめて「同じ問題を議論している」状態になります。

第二層は、設計の層です。 誰が議論を担うのか。何を可視化するのか。どの未来像を目指すのか。計画をどう置くのか。ここでコアチーム、ビジョン、ロードマップが出てきます。

第三層は、実装の層です。 実際の事業化、外部資本の呼び込み、地域資本の蓄積、ガバナンスの更新です。

この三層で見ると、地域トランジションは「会議体の話」ではなく、「認識→設計→実装」の経営プロセスそのものだと分かります。

 フェーズ1で何をやるべきか──ここが最重要

 特に力を入れているのは、初期段階、すなわちフェーズ1です。

 地域プロジェクトの成否は、実は最初の半年から1年でほとんど決まります。理由は単純で、そこで論点設定、関係者配置、データ収集の枠組みが決まるからです。後から修正しようとしても、最初のフレーミングに強く引っ張られます。

第1は、危機感を共有することです。 ただし、煽るのではなく、構造を見せることです。「このままだと危ない」だけでは、人は動きません。何が変わるのか、いつ変わるのか、誰にどう影響するのかを具体的に示す必要があります。資料が「当事者性」を最初に置いているのはこのためです。公正な移行という概念が十分浸透していない以上、まず「なぜ考える必要があるのか」を理解してもらう必要があるのです。

第2は、コアチームをつくることです。 資料では、行政機関、とくに基礎自治体と、移行のきっかけとなった企業が推進役の一つとして初期の検討体制を立ち上げることが示されています。さらに、民間団体、自治会、中間支援組織、地域金融機関、地域企業、商工会議所、地域住民、都道府県、国などが段階的に関わります。最初は少数でよい。ただし、行政、金融、産業、中間支援の機能は入れる。そして、住民や小規模事業者の声を後から聞くのではなく、初期から拾える設計にする。中間支援組織は、行政と地域企業・住民の橋渡し役として、議論を翻訳して伝え、声を吸い上げる重要な機能を持ちます。ここを欠くと、専門用語だけが先行し、現場から切れます。環境省も地域循環共生圏づくり支援体制構築事業を通じて、中間支援機能の育成を進めています。

第3は、影響の範囲と程度を把握することです。 資料では、移行に伴う影響を、ツールや専門家も活用し、可能な限り定量的かつ具体的に把握することが推奨されています。実務では、最低でも次を押さえるべきです。直接雇用への影響。関連企業、下請け、物流、保守、サービス業への波及。自治体税収への影響。土地利用転換の可能性。住民生活や景観、交通への影響。地域金融機関の与信構造への影響。既存の産業集積との補完・競合関係。数値が粗くてもよいので、見える形にすることが必要です。

第4は、検討体制を拡充することです。すなわち、地域資本を可視化して巻き込むことです。 ここでいう地域資本は、財務資本だけではありません。自然資本(森林、河川、海岸、農地、生態系サービス)、人的資本(技能者、研究者、若年人材、関係人口)、製造資本(工場、港湾、送電網、交通インフラ)、知的資本(特許、ノウハウ、研究機関、教育機関)、社会・関係資本(地域のネットワーク、信頼関係、協力の慣行、ブランド)。

この作業を怠ると、外から来た案件に地域が合わせるだけになります。逆に、この作業ができると、地域が自分の条件で交渉できるようになります。

第5は、ビジョンとシナリオを持つことです。 資料では、Xカーブを使ったシナリオ検討や、SWOT分析、シナリオ分析、フォースフィールド分析を、リスク・機会把握や影響分析の有効な手法として示しています。多くの自治体は、単一の「望ましい計画」を作りたがります。しかし、トランジション期は不確実性が高い。だから、楽観、中位、下振れの最低3シナリオを持ち、それぞれで雇用、税収、土地利用、必要投資、住民合意コストがどう変わるかを比較すべきです。また、ビジョンを抽象語で終わらせないことです。「持続可能なまち」「環境と経済の両立」では足りません。10年後、この地域で何人がどんな産業で働いているのか。どの資本が増えているのか。何がこの地域の外貨獲得源なのか。どの土地がどう使われ、どの自然が維持・回復されているのか。若者が帰ってくる理由は何か。ここまで具体化して、はじめてビジョンは行動を生みます。

第6は、計画と指標を置くことです。 ロードマップ、KGI、KPI、OKRを組み合わせ、進捗管理を行います。日本の地域計画は、理念が多く、指標が弱いことが多い。しかし、トランジションは進行管理が必要です。プロセス指標も含めて置かないと、立派なビジョンで止まります。

地域金融機関の役割

 資料が特に強調しているのが、地域金融機関の役割です。地域金融機関は地域の持続可能性が維持されていないと事業性が成り立たない組織であり、行政とともに初期段階から中心的役割を担うべきだとされています。

 地域金融機関は、地域経済の「血液循環」を担っています。融資先の産業構造が変われば、自らの与信ポートフォリオも変わります。主要融資先が撤退すれば、不良債権リスクが顕在化します。逆に、新しい産業が立ち上がれば、新しい融資機会が生まれます。つまり、地域金融機関にとって、地域トランジションは他人事ではなく、自らの存続に関わる問題です。

 2025年度には、環境省がEY新日本有限責任監査法人の支援を受け、「地域金融機関における移行計画策定実践ガイダンス 2025年度版」を公表しています。このプログラムでは、地域金融機関がファイナンスド・エミッション(FE)──融資先の温室効果ガス排出量──の分析を通じた移行計画を策定するモデルケースの創出が支援されています。これは、地域トランジションと金融の接続が制度化されつつあることを示しています。実務的には、地域金融機関がトランジションにおいて果たせる機能は少なくとも5つあります。

第一に、影響分析の共同実施です。地域金融機関は、融資先企業のデータを持っています。産業撤退がもたらす経済波及効果を、融資先の売上・雇用データから試算できます。これは行政にはない情報源です。

第二に、新規事業への融資判断を通じた事業の実現性評価です。ビジョンや計画は誰でも作れますが、「融資できるかどうか」は事業の実現性を測る厳しい物差しです。地域金融機関がコアチームに入ることで、計画の現実性が早期に検証されます。

第三に、地域内外の企業・投資家のマッチング機能です。地域金融機関は、地元企業のネットワークと、外部の投資家・企業への接点の両方を持っています。この橋渡し機能は、地域トランジションの実装段階で極めて重要です。

第四に、地域の統合報告書的な情報整理への貢献です。地域全体の資本構造を可視化する際に、金融機関が持つ融資残高、業種別構成、与信動向などのデータは、地域経済の「健康診断書」の基礎になります。

第五に、トランジションファイナンスの担い手です。GX推進法やトランジションファイナンスの基本指針では、「公正な移行」への取組みもトランジションの対象になりうるとされています。地域金融機関が、地域トランジションに特化した融資商品やファンドを組成することで、資金の呼び込み機能を果たせます。

地域金融機関がトランジションの「観客」ではなく「共同設計者」になれるかどうか。ここが、日本の地域トランジションの成否を大きく左右するポイントだと考えられます。


5. フレームワーク群──分析道具の使い分け

 資料では、企業が使っている既存の分析手法と、環境省が地域循環共生圏づくりのために提供しているツールを併せて紹介しています。

Xカーブ──何を畳み、何を立ち上げるかの同時視

Xカーブは、古い仕組みが縮小し、新しい仕組みが立ち上がる交差点を考えるための枠組みです。左側に縮小・退出するもの(化石燃料依存産業、単一大企業依存の雇用構造、外部資源依存、旧来のインフラ利用前提)、右側に立ち上げたいもの(GX関連産業、循環経済拠点、地域資本活用型の事業、再エネと地域経済の接続、学び直しと新雇用)を書きます。

Xカーブの本当の価値は、「縮小していく側」に人とお金と感情が乗っていることを可視化できる点です。新しい産業が魅力的に見えても、縮小する側で生計を立てている人にとっては、自分の人生が否定されるように感じるかもしれない。Xカーブは、この二つの動きを同じ絵の中で見ることで、「畳む側への手当て」と「立ち上げる側への投資」を同時に設計することを促します。

SWOT分析──地域版は投資仮説の入り口にする

地域でやる場合の注意点は、自治体の自己評価にしないことです。地域全体の強みと弱みを、産業、土地、交通、教育、人材、金融、自然、ブランドなどの単位で書き出す。機会には、政策動向(GX推進法、再エネ海域利用法、自然共生サイトなど)、技術変化、需要変化、企業投資潮流を入れる。脅威には、撤退、人口減、災害リスク、資源高、社会受容性の低下を入れる。

その上で、「この強みはどの機会と結びつくのか」「この弱みはどの脅威で致命傷になるのか」を見る。地域版SWOTは、単なる分析ではなく、投資仮説づくりの入り口です。

シナリオ分析とフォースフィールド分析

シナリオ分析は、「撤退後5年で新産業誘致が進む場合」「誘致が遅れる場合」「再エネ導入が進むが地域内経済への落ち方が弱い場合」など、複線で考える手法です。フォースフィールド分析は、貢献要因(港湾、電力系統、既存工業地、企業ネットワーク)と阻害要因(住民不安、熟練人材不足、行政の縦割り、土地利用規制、資金不足)を整理し、「なぜ進まないのか」を構造で見る手法です。

統合報告書──地域経営の戦略文書として

企業の統合報告書の考え方を自治体に応用する可能性は、資料でも示されています。瀬戸内市の実例も紹介されています。これは今後の地域経営でかなり重要になるはずです。自治体の総合計画や産業ビジョンはたくさんありますが、財務と非財務、行政と民間、現在価値と将来価値を一本で見せる文書は少ない。統合報告書型の地域経営資料があると、投資家、企業、地域金融、住民に対して、「この地域は何を資産と見て、どこへ向かうのか」を一つの言語で説明できます。

地域循環共生圏マンダラ、課題構造マップ、ロジックモデル

この3つは次のように使い分けるのがよいと思います。マンダラは、論点の広がりを見落とさないために使う。課題構造マップは、因果関係を整理するために使う。ロジックモデルは、事業と成果のつながりを明確にするために使う。広く拾う→構造化する→事業化する。この3段階です。有田市や薩摩川内市のモデル実証でも、これらのツールが活用されています。

参画の場づくりは、会議を増やすことではない

 資料の3.4節も実務的です。フェーズ1では、多くの主体が必要性を認識し、自分ごととして参画していく状態を意識的に作る必要があるとして、次の3つの場や機会を示しています。勉強会・ワークショップ。ステークホルダーの棚卸し・ヒアリング。先行・関連取組の視察・ヒアリング。

 そして、これらの積み重ねが、主体性ある様々な分野の人たちが協働する「地域プラットフォーム」の土台になるとしています。

 勉強会やワークショップは知識普及ではなく、共通言語形成の装置です。行政が使う「地域循環共生圏」「GX」「TNFD」といった用語と、商店主が感じている「客が減った」「後継者がいない」という現実。これを翻訳する場が勉強会です。ステークホルダーの棚卸し・ヒアリングは、関係者を漏れなく捉えるための装置です。特に、声が大きい人だけでなく、影響を受けるが声を上げにくい人々──小規模事業者、非正規雇用者、高齢者、若年層、移住者──を意図的に拾う設計が重要です。視察・ヒアリングは、「できるかもしれない」を具体化する装置です。有田市が新たな事業創出の参考に他地域を訪問し、薩摩川内市が米国の産業遺産活用事例を視察したことは、単なる見学ではありません。行政、企業、住民が一緒に他地域を見ることで、「どこまで可能か」の認識が揃い、帰ってからの議論のスタートラインが上がるのです。

 ただ、重要なことは、これを政府などの公的なお金で行わないことです。自腹です。自腹ではない学びは忘れてしまいます。


6. 3つのモデル地域から何を学ぶべきか

 資料では、モデル地域として山形県酒田市、和歌山県有田市、鹿児島県薩摩川内市が挙げられています。酒田市は洋上風力発電の誘致等、有田市は製油所の撤退からGX産業拠点へ、薩摩川内市は火力発電所の撤退から循環経済拠点へ、という文脈です。

酒田市:変化の予見段階で動き始める価値

 酒田市は、洋上風力発電の導入を背景に、外部環境変化の予見段階でフェーズ1を進めています。ローカルSDGs推進室を中心に検討体制を構築し、既存取組や地域資本の棚卸し、産業構造転換に伴う影響調査・分析を進めています。

ここから学ぶべきは、「外部変化が本格化する前に動き始める」ことの価値です。洋上風力は機会ですが、同時に地域の産業構造、土地利用、漁業との共存、サプライチェーン構築、メンテナンス人材の育成など、多くの論点を抱えています。それらを事前に整理しているかどうかで、実際に案件が動き出したときの対応力がまったく違ってきます。

とくに洋上風力は、建設期と運転期で地域への経済効果が大きく異なります。建設期は大量の雇用が生まれますが、多くは一時的で、地域外から来た専門業者が担うことが多い。運転期は安定した保守管理雇用が生まれますが、そのためには地元人材の育成が事前に必要です。この時間差を見越した計画がないと、建設ブームが終わった瞬間に地域から仕事が消えるという、新たなトランジション問題が発生します。酒田市が予見段階から動いているのは、こうしたリスクを先取りする意味もあるのです。

有田市:撤退を次世代産業構想に変える

 有田市は、ENEOS和歌山製油所の原油処理停止を受け、製油所跡を「未来環境供給基地」とする構想のもと、SAF(持続可能な航空燃料)製造拠点化や関連企業誘致の検討を進めています。

ここで大事なのは、跡地利用ではなく、地域の次の産業物語を描くことです。製油所が持っていた技術蓄積──石油化学のプロセスエンジニアリング、大規模プラント運営、安全管理、品質保証──は、SAFやバイオ燃料、化学品のグリーン化など、次世代のエネルギー・素材産業に直結するスキルです。港湾アクセス、タンクヤード、配管インフラ、冷却系統なども、新しいプラントにそのまま転用できる可能性があります。

つまり、撤退によって失われるものばかりに目を向けるのではなく、残されるもの──技術、人材、インフラ、土地──を棚卸しして、次の産業の種子として再定義する。これが、地域資本の視点から見た有田市の取組みの本質です。

薩摩川内市:循環経済拠点化のための学習と外部連携

 薩摩川内市は、火力発電所の撤退を契機に循環経済拠点へのトランジションを目指しています。サーキュラーパーク九州と連携し、国内の循環型まちづくり地域や、米国の産業遺産活用事例を視察し、資源循環を軸としたまちづくりのモデルを探索しています。

重要なのは、この視察が単なるアイデア探しではないということです。「この地域にどんな再定義が可能か」を、実例を見ることで具体化しようとしている。机上の議論だけでは発想が貧弱になりがちですが、他地域の失敗と成功を一緒に見ると、行政、企業、住民の間で「どこまで可能か」の認識が揃います。視察は合意形成コストを下げる投資でもあります。

3地域に共通するのは、「全く同じテンプレート」で動いていないことです。資料は、地域の実情に応じた伴走支援を行っているとし、令和8年度以降は多様な規模感や背景・特性に応じたモデル構築を進めるとしています。地域トランジションには共通方法論はあっても、共通解はありません。港湾がある地域とない地域では違う。単一工場依存の地域と観光混在地域では違う。住民規模、財政力、地元金融機関の強さ、大学の有無、自然資本の厚みでも違う。だから必要なのは「ひな型」ではなく「型」です。

「地域トランジション実装フレーム」10ステップ

 以上を振り返ると以下のようにまとめることができそうです。

ステップ1:変化の予兆を捉える。 政策動向、企業動向、投資動向、技術動向、地域人口動態を見て、「何が起きそうか」を早めに言語化する。ここで重要なのは、危機の告知ではなく、構造の提示です。「3つのシナリオと、それぞれで私たちの地域がどう変わるか」を示す。

ステップ2:小さく強いコアチームをつくる。 基礎自治体、地域金融、中間支援、主要企業の4機能を最低限入れる。必要に応じて都道府県と国を巻き込む。住民参加は大きな会議から始めず、まずヒアリングと翻訳機能でつなぐ。人数は5〜8人程度の実働部隊を目安に。

ステップ3:影響分析を行う。 直接雇用、間接雇用、税収、土地利用、生活影響、景観、教育、人材、金融波及まで見る。粗くても定量化する。「可能な限り定量的かつ具体的に把握する」を徹底する。

ステップ4:地域資本を棚卸しし、統合的に可視化する。 財務資本だけでなく、自然、人的、知的、製造、社会・関係資本を見る。できれば統合報告書型にまとめる。これは投資家や企業との対話にも効きます。

ステップ5:複数シナリオで未来を考える。 Xカーブ、SWOT、シナリオ分析、フォースフィールド分析を使い、何を畳み、何を立ち上げるか、その間の阻害要因と貢献要因は何かを見える化する。

ステップ6:バックキャストとフォアキャストでビジョンを作る。 理想だけでも、現状追認だけでもだめです。10年後のありたい姿と、今の制約の両方から、現実的で魅力あるビジョンを作る。具体的に、「何人が」「どの産業で」「どの資本が増えているか」まで描く。

ステップ7:ロードマップと指標を置く。 KGI、KPI、OKRを組み合わせ、危機感共有から事業化までの節目を管理する。3か月、1年、3年、10年の階層設計が必要です。

ステップ8:場を育てる。 勉強会、ワークショップ、ヒアリング、視察を意図的に重ね、地域プラットフォームの土台をつくる。会議体を作ることが目的ではなく、共通言語と協働の習慣をつくることが目的です。

ステップ9:行政主導から協働、必要に応じて民間主導へ移る。 段階に応じて役割の再設定が必要です。最初は行政が前に出る。しかし、いつまでも行政が全部持つのではなく、事業化段階では官民連携、さらに民間主導の部分を増やしていく。

ステップ10:地域資本が蓄積されるかを見続ける。 売上や件数だけでは不十分です。人材が増えたか。関係人口が増えたか。自然資本が維持・回復したか。地域外からの提案が増えたか。「事業の持続可能な成長と地域資本の蓄積」を、最後の評価軸に置くべきです。


▼参照資料 環境省「地域トランジションモデル構築事業 中間とりまとめ」 環境省「地域循環共生圏づくりの手引き」 EU Just Transition Fund Regulation (EU) 2021/1056 European Commission, Just Transition Platform 環境省「地域金融機関における移行計画策定実践ガイダンス 2025年度版」 GX2040ビジョン 第六次環境基本計画 日本総合研究所「わが国における公正な移行」JRIレビュー 2025


本記事は、ネイチャーポジティブ経済の実装と地域戦略をテーマに、note.com/nature_positiveで連載中のシリーズの一篇です。

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