ネイチャー・アズ・ア・サービス:自然回復を「実行可能」に変えるプラットフォームを、考える
「ネイチャーポジティブ」という言葉は、この3年で徐々にビジネス用語になりつつあります。「2030年ネイチャーポジティブ」、これは秘密の言葉ではなく、普通に会話でも使えるようになりつつあります。しかし、「では、この数年で、いったいどれだけ自然が、検証可能なかたちで実際に回復したか」との問いに、すらすらと数字で答えられる企業は、驚くほど少ないはずです。約束の量と、実際に戻った自然の量とのあいだには、大きな、しかもなかなか埋まらない隔たりがあります。ケンブリッジ大学の研究者たちが「トランスフォーメーション・ギャップ」と呼んだこの現象は、意志の欠如が原因ではありません。ほとんどの企業も自治体も、本気で自然を回復させたいと思っています。それでも自然が戻らないのは、思いと成果とのあいだに横たわる「仕組み」が、あまりにも分断され、あまりにも高コストで、あまりにも信頼しにくいからです。この記事では、その分断された仕組みそのものを設計し直す、「ネイチャー・アズ・ア・サービス(Nature as a Service、以下NaaS)」を示します。グリーンインフラが主流化し、Nature As Infrastructureな世界がやってくるとした時、自然回復を「所有し、自前で運用するもの」から「必要なときに、サービスとして使うもの」へと転換する。企業や自治体が、自然回復プロジェクト、データによる計測・報告・検証、認証、クレジット、金融、地域の合意形成、そして維持管理までを、ばらばらのベンダーに頼ることなく、一つの窓口から使える。そんなプラットフォームの姿を、これから順を追って描いていきます。
今日も楽しんでいってくださいね!
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1.目指す約束は増えたが、実践が伴わない
ある地方自治体が、市内に劣化した湿地を抱えているとしましょう。そこを回復させれば、生物多様性が戻り、洪水緩和や水質浄化といった恵みが得られ、うまくすれば生物多様性クレジットとして収益化もできるかもしれない。理屈のうえでは、やらない理由がありません。けれど、その自治体の担当者が実際に動こうとした瞬間、目の前には気の遠くなるような作業の連なりが立ちはだかります。
まず、どこを、どう回復させれば効果的なのかを設計する専門家を探さなければなりません。次に、回復前の生態系の状態を科学的に測定するラボを見つける必要があります。工事を担う建設会社を選び、その効果を第三者に認証してもらう機関を探し、認証された成果をクレジットとして登録する台帳を用意し、それを買ってくれる企業を見つけ、初期費用をまかなう金融の担い手と交渉し、地元の漁協や地権者や住民との合意を取りつけ、さらに回復した自然が本当に持続するのかを何年も監視し続ける体制を組まなければならない。
これらの作業の一つひとつに、別々の事業者が関わります。しかも、それぞれが別々の言語を話し、別々の基準で動き、互いに連携する仕組みを持っていません。担当者は、いわば十社以上の登場人物を、自力で一つの物語に束ねなければならないのです。この束ねる作業に、途方もない時間とコストがかかります。あまりに高いその取引コストゆえに、本来なら実現できたはずの自然回復の大半が、机上の可能性のまま終わってしまう。
この状況を、たとえるなら、設計図も、共通の言葉も、標準化された部材もないまま、家を一軒建てようとするようなものです。腕のいい職人は、あちこちにいます。けれど、彼らを束ねる棟梁の役割を、その道の素人が、たった一人で担わなければならない。どの職人にどの順で頼めばよいのか、彼らの言葉をどう翻訳して橋渡しすればよいのか、全体をどう一つの形にまとめればよいのか——その膨大な調整を、毎回ゼロから背負わされる。これでは、家が建たないのも無理はありません。自然回復の現場で起きているのは、まさにこれと同じことなのです。
これは、意志の問題ではありません。市場の失敗です。より正確に言えば、「つなぐインフラの不在」という問題です。自然回復のバリューチェーンには、優れた「点」がいくつも存在します。世界最先端のeDNA分析技術を持つラボがあり、緻密な回復設計ができるコンサルタントがいて、確かな施工力を持つゼネコンがいて、志ある金融機関がいる。けれど、それらの点をつなぐ「面」が、決定的に欠けているのです。点は豊富にあるのに、面がない。これが、約束が溢れても自然が戻らない、根本の理由です。

実際に回復が進んでいる面積は、必要とされる規模のごく一部にとどまっているのが現実です。目標のグラフは右肩上がりに描かれるのに、実績のグラフはほとんど地を這っている。この二本の線の開き具合こそが、トランスフォーメーション・ギャップの正体です。
そして、この隔たりが構造的である、という点が肝心です。他の大きな環境の転換と比べてみましょう。再生可能エネルギーが急速に普及した背景には、固定価格買取制度という明確な価格の信号と、送電網という物理的なインフラの両方がありました。作れば買ってもらえるという保証と、作ったものを流す配管。この二つが揃ったからこそ、資金が流れ込み、爆発的に普及したのです。ひるがえって自然回復には、いまだ確かな価格の信号もなければ、成果を流す配管もありません。志ある人がどれだけ本気で動こうとしても、価格と配管の両方を自力で用意しなければならないのだとすれば、大半の試みが途中で力尽きるのは、むしろ当然のことなのです。
分断されたバリューチェーン
この「分断」を、もう少し具体的に、みてみましょう。自然回復を一つのプロジェクトとして成立させるには、大きく分けて十の工程が必要になります。

最初の工程は、用地の特定とプロジェクトの設計です。どこの土地や水域を対象にすれば、生態系の回復効果が最も高く、かつ実現可能なのか。ここには生態学の知見と、地域の実情の理解と、事業としての採算性の見極めが同時に求められます。
次の工程は施工です。植生の再生、水路の再自然化、藻場の造成といった、物理的な介入を行います。ここでは建設・エンジニアリングの技術が問われます。
三番目の工程が、この物語全体の要となる計測です。回復前のベースラインを測り、介入によってどれだけ状態が改善したのか、その改善は放っておいても起きたものではなく確かに人の手による「追加的」な成果なのか、そしてその成果は一時的ではなく「永続」するのかを、客観的なデータで示さなければなりません。
四番目が認証です。計測された成果を、独立した第三者が定められた方法論に照らして検証し、「たしかにこれだけの自然が回復した」とお墨付きを与えます。
五番目の工程で、認証された成果がはじめてクレジットという取引可能な単位に変換されます。
六番目に、そのクレジットを登録し、誰がどれだけ保有し、いつ誰に移転され、いつ償却されたのかを透明に記録する台帳(レジストリ)が必要になります。二重に数えられていないことを保証するのは、この台帳の役割です。
七番目が販売と流通。生み出されたクレジットを、それを必要とする企業へと届けます。
八番目が金融。回復プロジェクトには初期投資が要りますが、成果が出て収益化するまでには時間がかかる。この時間差を埋める資金の設計が欠かせません。
そして、しばしば最も軽視されながら、実は最も難しいのが九番目の工程、地域の合意形成です。回復の対象となる土地や水域には、必ず地権者がいて、漁協があり、自治体があり、そこで暮らす人々がいます。彼らの理解と同意なしに進むプロジェクトは、どれほど科学的に正しくても、どこかで必ず頓挫します。誰がどのように便益を分け合うのか、その設計を含めた合意のプロセスは、時間もかかれば知恵も要る、きわめて属人的な仕事です。
最後の十番目が維持管理です。回復した自然が本当に持続しているのかを継続的に監視し、必要なら再び手を入れる。この長い伴走こそが、クレジットの信頼を年月をかけて支えます。
ここまで読んで、気づかれたことがあると思います。これら十の工程は、それぞれがまったく異なる専門性を要求します。生態学、土木工学、分子生物学、会計、法務、金融、地域社会学——一人の人間、一つの組織がすべてを担うのは、ほぼ不可能です。にもかかわらず、これらをつなぐ標準化された仕組みが存在しないために、プロジェクトのたびに、担当者はこの十の工程をゼロから手作業で組み上げなければならない。オーダーメイドの一点物を、毎回ゼロから作っているようなものです。
自然回復が「規模化しない」最大の理由が、ここにあります。一件一件が特注品である限り、コストは下がらず、案件は増えず、市場は育ちません。裏を返せば、この十の工程を標準化し、モジュール化し、一つのプラットフォームの上でつなぐことができれば——つまり「面」を作ることができれば——自然回復は、はじめて規模の経済に乗るのです。
一つの情景を思い描いてみましょう。ある地方都市の環境担当の職員が、市の外れにある荒れた干潟を再生できないか、と考え始めたとします。かつては貝や小魚が豊かに育ち、渡り鳥が羽を休めた場所が、いまは見る影もありません。ここを回復させれば、生き物が戻り、水がきれいになり、うまくいけば市の新しい誇りにもなる。職員の思いは、まっすぐです。
けれど、その思いを実際の一歩に変えようとした瞬間、職員は途方に暮れます。まず、干潟の再生をどう設計すればよいのか、市役所の中に知っている者はいません。かつて盛んだった地域の自然系のNGOも、すでに高齢化で活動をやめてしまっています。専門のコンサルタントはたくさんいる中、予算に見合う事業者はどこに頼めばよいのか見当もつかない。運よく設計ができたとして、次は回復前の状態をどう測るのか。生き物を数える調査を委託しようとすれば、その調査見積もりは自治体の予算から考えると高く、しかも一度きりでは足りず、何年も続けなければ意味がないと言われる。工事を担う業者は見つかっても、その成果を「たしかに回復した」と認証してくれる仕組みが、どこにあるのか、誰も答えられません。
さらに難関は続きます。仮に大いに回復された成果を自然共生サイトや、貢献証書や自然の価値のクレジットにできたとしても、それを買ってくれる企業を、職員が自力で探し歩かなければなりません。そもそも、欲しがってももらえません。初期の費用をどうまかなうかも、頭の痛い問題です。そして何より、その干潟には地元の漁業権者がいて、周辺に暮らす住民がいる。彼らの理解を得るための説明会を何度も開き、便益の分け方を丁寧に詰めていく——この地道な合意形成だけで、何ヶ月も費やすことになります。
この一連の作業を、たった一人の職員が、通常の業務の合間に、ゼロから組み上げる。想像しただけで、ほとんどの人が「これは無理だ」と感じるはずです。そして実際、多くの自治体で、この「無理だ」という感覚が、貴重な自然回復の芽を、動き出す前に摘んでしまっているのです。問題は、職員のやる気でも能力でもありません。この十の工程を一人で束ねることを強いる、仕組みそのものの欠陥なのです。
この「特注品ばかりで規模化しない」という構図は、実は、多くの産業がかつて通ってきた道でもあります。どんな産業も、黎明期には、一つひとつが職人の手による一点物です。ところが、共通の規格が定まり、部品が標準化され、工程がつながって初めて、その産業は大量に、安く、安定して供給できるようになり、社会に広く行き渡っていきました。標準化とは、品質を落とすことではありません。むしろ、確かな品質を、誰もが手の届く形で、繰り返し届けられるようにする仕組みです。自然回復という営みも、いまだ職人の一点物の段階にとどまっています。これを、品質を保ったまま標準化し、規模の経済に乗せること——それは、自然回復が、一部の先進的な取り組みから、社会の当たり前へと育っていくための、避けて通れない一歩なのです。
2. Nature「アズ・ア・サービス」
この「面をつくる」という発想には、実は強力な先例があります。情報技術の世界で、すでに一度起きたことです。ほんの十数年前まで、企業が自前のITシステムを持つということは、途方もない負担を意味していました。サーバーという高価な機械を購入し、それを収めるデータセンターを建て、専門の技術者を雇い、電源と冷却と保守に絶えず気を配る。IT基盤を持つことは、巨額の設備投資と、希少な専門人材の確保と、終わりのない運用作業を引き受けることでした。だから、資本力と人材を持つ一部の大企業だけが、本格的なITを使えたのです。その景色を、クラウドコンピューティングが根底から変えました。アマゾンやマイクロソフトが提供するクラウドサービスの登場によって、企業はもはやサーバーを所有する必要がなくなりました。必要なときに、必要なだけ、計算能力を「サービスとして」利用し、使った分だけ支払えばよい。データセンターの複雑さも、保守の面倒も、すべてサービス提供者の側に隠されました。利用者はただ、簡単な画面の向こうにある、抽象化された「計算能力」を消費すればよくなったのです。同じことが、ソフトウェアでも起きました。かつては一本ずつパッケージを買い、自分のパソコンにインストールし、更新のたびに買い直していたソフトウェアが、いまではインターネット越しに、月額のサービスとして使えます。ソフトウェア・アズ・ア・サービス、いわゆるSaaSです。
ここで大切なのは、この転換を生んだのが技術そのものだけではなかった、という点です。もちろんクラウドの技術は不可欠でした。けれど、本当に世界を変えたのは、「集約」と「抽象化」という二つの原理です。集約とは、ばらばらだった需要を一箇所にまとめ、規模の経済を効かせること。抽象化とは、内側にある複雑さを利用者から隠し、シンプルな一つの窓口の向こうに畳み込むこと。この二つによって、かつては資本と専門性を持つ者だけのものだったIT基盤が、誰もが必要なだけ使える公共的なサービスへと生まれ変わったのです。
さて、ここで想像してみてください。もし、自然回復が、これと同じように働いたらどうなるでしょうか。
もし、ある企業や自治体が、サーバーを所有する代わりに計算能力を使うように、回復のための能力を自前で抱え込む代わりに、「計測され、認証された、回復した自然」を、必要なときにサービスとして使えるとしたら。あの気の遠くなる十の工程を、自力で組み上げる必要がなくなるとしたら。内側の複雑さはすべてプラットフォームの側に隠され、利用者はただ、シンプルな一つの窓口から、必要な自然の成果を注文すればよいとしたら。これが、ネイチャー・アズ・ア・サービスの核心にある発想です。自然回復に、この力学を持ち込むと、どうなるでしょうか。回復のプロジェクトがプラットフォーム上に増えれば、それを求める買い手が集まりやすくなります。買い手が集まれば、成果が確実に換金できるという安心が生まれ、新たなプロジェクトが立ち上がりやすくなる。案件が増え、買い手が増え、さらに案件が増える——この自然回復版の好循環こそが、NaaSが目指す姿です。
クラウドがITを民主化したように、NaaSは自然回復を民主化するのです。「Nature as a Service」(NaaS)は、「X as a Service」モデルの自然版として、複数の文脈で並行して使われ始めた表現です。すでにこの言葉を使っている動きを見てみましょう。

主な使い手と文脈
1. Naava(フィンランド企業)が最も早く・積極的に使っている
スマートグリーンウォール(AI・IoT搭載の植物壁)と室内植物を「Nature as a Service™(NaaS)」として月額サブスクリプションで提供。
製品+設置+メンテナンスを全部込みで提供するモデルで、オフィスの空気清浄・ウェルビーイングを「自然のサービス」として売る。
2017年頃から欧米・日本のメディア(例: IDEAS FOR GOOD)で「NaaS(Nature as a Service)」として紹介され、Naava自身も積極的にこの名称を使っています。
日本でも2017〜2018年にこの表現が注目され、GREEN×TECH 2018などのイベントで「NaaS領域」として議論されるきっかけになりました。
2. 自然再生・保全ファイナンスの文脈(より最近の用法)
Rebalance Earth(英国のネイチャー投資ファンド):洪水対策などの自然ベースのソリューション(Nature-based Solutions)を企業に「サービス」として提供し、年額料金で支払ってもらうモデルを「Nature-as-a-Service(NaaS)」と呼んで推進。
企業が自然の便益(リスク低減など)を「保険やリースのような安定収入源」として支払う形。2024年頃から白書や記事で強調されています。
3. その他の例
保全ファイナンスプラットフォーム(例: PiCparksなど)で、保護区のデジタル管理・資金調達を「Nature as a Service」として位置づけるケース。
conservation techの文脈では、Topher White(Rainforest Connection創業者、Squibbon創業者)が生物多様性モニタリングデータを「Nature-as-a-Service」として再定義する動きも見られます(2022年以降)。
NaaSとは何か——七つのレイヤーが積み上がる
では、そのプラットフォームは、具体的にどのような構造を持つのでしょうか。NaaSは、下から積み上がる七つのレイヤー(層)として設計されます。それぞれの層が、先ほど歩いた十の工程の、どの分断を解消するのかを見ていきましょう。ただし、これを単なる機能の一覧として読まないでください。大切なのは、一つひとつの層が「どんな困りごとを溶かすのか」という物語です。

一番下の土台となるのが、オリジネーションとプロジェクト設計の層です。ここでは、回復の対象となりうる土地や水域を選び出し、どう手を入れれば効果的かを設計します。この層が優れていれば、自治体の担当者は「どこから手をつければいいのか」という最初の途方に暮れから解放されます。そして、また、さまざまなナレッジデータの資産をここに接続できます。例えば、熊本でのNature Positive Summitのサイドイベント「スマート流域マネジメントを考える」では、流域を軸とした地域の課題を五百件、それに応えうる技術を持つ企業を百八十五社にわたって整理した「ソリューションマップ」というデータベースを作っています。これを、自然回復版の「課題と解決策のマッチング基盤」として展開すれば、どの地域のどんな困りごとに、どの技術が応えられるのかを、瞬時に引き当てられるようになるでしょう。
その上に載るのが、計測・データの層、いわゆるMRVです。MRVとは、測定(Measurement)、報告(Reporting)、検証(Verification)の頭文字です。ここが、この物語全体のエンジンにあたります。環境DNA、すなわちeDNAによる生物多様性の直接検出。衛星やドローンによる土地被覆や植生や水域変化の把握。地上に設置したセンサーによる水質や水位のリアルタイム監視。これらを統合し、回復前のベースラインから、追加性、永続性までを、時系列のデータとして追い続けます。この層があることで、「本当に自然は回復したのか」という、市場最大の疑念に、客観的な数字で答えられるようになります。こうしたサービスが充実され始めました。
三番目が、認証と方法論の層です。共通の評価フレームワークと、具体的な定量化の方法論を定め、成果を独立した第三者が検証する体制を整えます。熊本での、Nature Positive Summitでは、東北大学 Nature Positive拠点が、ANEMONE .BIZの考え方で、「藻場回復」のような実際の回復プロジェクトに環境DNAでの認証と方法論を検討し始めています。これらが、後に続く案件の参照テンプレートとなります。一件の成功が、次の百件の型になる。標準化とは、そういうことです。

四番目が、レジストリとクレジット発行の層です。回復の成果を「ネイチャーポジティブ・ユニット」とでも呼ぶべき単位に変換し、その発行、保有、移転、償却を、透明な台帳に記録します。誰かがすでに数えた成果を、別の誰かが二重に数えてしまう——クレジット市場の信頼を根底から揺るがすこの「二重計上」を、この層が構造的に防ぎます。日本においては環境省などが検討を始めています。
五番目が、金融とマーケットプレイスの層です。生み出されたクレジットの一次発行と二次流通を担い、初期投資と収益化の時間差を埋めるブレンデッド・ファイナンスを組成し、ブルーボンドや生物多様性ボンドの裏付け資産を提供します。かつて描いた「2030年ネイチャーファイナンス構想」が、そのままこの層の設計図になります。
六番目が、地域の合意形成とガバナンスの層です。地権者、漁協、自治体、住民との合意のプロセスを支援し、便益をどう分け合うかを設計し、紛争を未然に避けます。この層こそ、プラットフォームの中で最も模倣が難しく、そして最も軽んじられがちな部分です。技術は買えても、地域の信頼は買えません。だからこそ、ここを担えることが、決定的な強みになります。
そして一番上に載るのが、維持管理、O&Mの層です。回復した状態を継続的に監視し、必要に応じて再び介入し、成果の永続性を担保します。クレジットの信頼は、発行された瞬間に完成するのではなく、この長い伴走によって、年月をかけて支えられていくのです。
こうして七つの層を見渡すと、第二章で歩いた、あの分断された十の工程が、一つずつ、どこかの層に収まっていくことに気づきます。用地の特定と設計はオリジネーションの層へ、施工はその上で調整され、計測はMRVの層へ、認証は方法論の層へ、クレジット化とその記録はレジストリの層へ、販売と金融は金融とマーケットプレイスの層へ、地域の合意形成はガバナンスの層へ、そして維持管理はO&Mの層へ。ばらばらだった十の工程が、七つの層という秩序の中に、きれいに畳み込まれていく。この「畳み込み」こそが、NaaSがもたらす整理の本質です。利用者から見れば、かつて十社を相手に個別に交渉していた作業が、一つのプラットフォームとの対話へと束ねられる。混沌としていたものに、構造が与えられるのです。
NaaSの価値は、これら七つの層が一つのプラットフォームの上で「つながっている」こと、すなわち「ワンストップ」であることそのものにあります。優れたeDNAラボは他にもあります。腕のいいゼネコンも、志ある金融機関も存在します。けれど、それらを一つの窓口の向こうに束ね、利用者から複雑さを隠しきる——その統合こそが、NaaSが提供する、他に代えがたい価値なのです。もっとも、「ワンストップである」ということは、「すべてをまとめてしか使えない」ということではありません。むしろ、NaaSの設計思想の妙は、七つの層が、必要に応じて一つずつ切り離しても使える、というモジュール性にあります。開示に必要な計測のデータだけがほしい企業は、MRVの層だけを利用すればよい。すでに回復の設計は自前でできるが、認証と流通の仕組みだけがほしい事業者は、その層だけを差し込めばよい。単体でも役に立ち、束ねればさらに強くなる。この柔軟さが、多様な利用者を惹きつけます。そして、層と層とがつながっていることには、単なる利便性を超えた意味があります。たとえば、下の計測の層で蓄積された精緻なデータは、上の金融の層で、投資家に対する確かな裏付けとして働きます。地域の合意形成の層で築かれた信頼は、維持管理の層での長期のモニタリングを、格段にやりやすくします。一つの層で生まれた価値が、別の層へと流れ込み、全体としての価値を押し上げていく。ばらばらの十社に発注していたときには決して生まれなかった、この層をまたいだ相乗効果こそ、統合されたプラットフォームだけが生み出せるものなのです。

この章の締めくくりに、もう一度、あの干潟の再生を思い悩んでいた自治体の職員のもとへ、戻ってみましょう。今度は、NaaSという仕組みが存在する世界での話です。
職員は、まずNaaSのサイトを訪れ、市の干潟の情報を登録します。すると、オリジネーションの層が、その干潟の条件に照らして、どのような回復の設計が有望かを示し、過去の似た事例を引き当ててくれます。かつて途方に暮れた「どこから手をつければいいのか」という最初の壁は、ここで消えます。計測は、eDNAと衛星とセンサーを組み合わせたMRVの層が担い、職員は高額な調査を一件ずつ発注する必要がありません。回復前の状態が自動的に記録され、工事の後には、どれだけ自然が戻ったかが、客観的な数字として示されます。
認証は方法論の層が、クレジット化はレジストリの層が、それぞれ標準化された手順で進めます。生み出されたクレジットを買ってくれる企業は、すでにプラットフォーム上に集まっており、職員が自力で買い手を探し歩く必要はありません。初期の資金は、金融の層が組成する仕組みが埋め、地域の合意形成も、その経験を蓄えた層が支援します。そして回復した後も、維持管理の層が、その状態を静かに見守り続けます。
かつて「これは無理だ」と感じさせた十の工程が、一つの窓口の向こうに畳み込まれ、職員はただ、市の自然を良くしたいという最初の思いに、集中できるようになる。複雑さは、すべてプラットフォームの側に隠されました。これが、NaaSがもたらす体験の、最も具体的な姿です。無理だと諦められていた自然回復が、当たり前に着手できるものに変わる。その変化の積み重ねが、やがて、戻らなかった自然を、戻る自然へと変えていくのです。

おわりに——誰が、自然経済の水道を敷くのか
最後に、はじめの問いへと戻りましょう。約束は溢れているのに、なぜ自然は戻らないのか。
これまで見てきたとおり、その答えは、意志の欠如でも、技術の不足でもありませんでした。足りなかったのは、思いと成果とをつなぐ「インフラ」です。優れた点はいくつもあるのに、それらを束ねる面がない。一件ごとの特注品であるために、規模化しない。信頼の共通基盤がないために、市場が育たない。この構造的な欠落こそが、真の犯人でした。
考えてみれば、私たちの社会を支えるインフラは、たいてい目に見えません。蛇口をひねれば水が出るのは、地中に水道管が張り巡らされているからです。スイッチを入れれば明かりが灯るのは、電力網が国土を覆っているからです。世界中と瞬時につながれるのは、通信の基盤が海底を這っているからです。これらのインフラは、ふだん誰も意識しません。けれど、それがなければ、私たちの暮らしも経済も、一日として成り立ちません。インフラとは、あって当たり前になったときにこそ、その真価を発揮するものなのです。

ネイチャーポジティブという時代の大きな転換が、本当に成し遂げられるかどうかは、この見えないインフラが敷かれるかどうかにかかっています。どれだけ立派な約束を重ねても、どれだけ精緻な計測技術が生まれても、それらをつなぐ配管がなければ、自然への思いは、机上の可能性のまま乾いていきます。逆に、この配管さえ敷かれれば、いま各所に散らばっている善意と技術と資金が、一気に流れ出し、実際の自然の回復へと結実していくはずです。ネイチャー・アズ・ア・サービスとは、その配管です。自然経済の、水道であり、電力網であり、通信基盤です。そしてこの構想は、まったく新しい思いつきというよりも、これまで各所で作られてきたピースを——独自の計測、統一された単位、供給の目録、需要との関係、金融の設計、国際的な回路を——一つの事業体へと束ね直す、統合の設計にほかなりません。ばらばらだったものを、つなぐ。それだけのことが、これほど難しく、そしてこれほど大きな意味を持つのです。

