「土壌汚染のある土地=対策すべき土地」ではない。東京都による、土壌汚染対策のパラダイムシフト
今日は、東京都環境局が発行している「環境・経済・社会に配慮した持続可能な土壌汚染対策ガイドブック」(令和4年3月初版、令和6年3月更新、第1.02版)を取り上げます。このガイドブックは、日本の土壌汚染対策において抽象的な理念ではなく、12の具体的な事例と、12の実践ポイントと、無償公開されている環境負荷定量評価ツールという「実装可能な形」で提示しています。ネイチャーポジティブという言葉が広がる中で、私たちは森林や海洋、生物多様性といったマクロなテーマに目を奪われがちです。しかし、足元の土壌——私たちが建物を建て、道路を通し、子どもたちが遊ぶ公園を作るその「地面」の管理方法が、持続可能かどうかを問うている文書は、驚くほど少ない。東京都のこのガイドブックは、まさにその空白を埋める、極めて重要な政策文書です。少し長い記事ですが、ぜひ最後までお付き合いください。今日も楽しんでいってくださいね。
▽今回の記事は、以下の記事の続編になります。

ガイドブックの冒頭は、こう始まります。「世界は、SDGsの取組など、脱炭素に代表される持続可能な社会システムの構築へとその歩みを加速させています。東京都では、2050年CO2排出実質ゼロに向けて、脱炭素行動の加速を後押しするマイルストーンとして『2030年カーボンハーフ』を表明するとともに、『ゼロエミッション東京戦略2020 Update & Report』を策定し、国内外のあらゆる主体に行動の加速を呼びかけています」。そして、土壌汚染対策においては「搬出する基準不適合土壌の運搬・処理に大量のエネルギーが使用されるとともに、埋戻し土壌に山砂が使用されることで自然環境に影響を与えている事例も見られます」と、土壌汚染対策自体が環境負荷の発生源であるという問題提起を行っています。さらに、「環境に負荷がかかるだけでなく、土地取引の中で掘削除去を求められることなどにより、対策費用がかさむことで、企業会計に影響を与えるばかりか、土地の利活用が阻害され、ブラウンフィールドの発生につながる可能性も懸念されています」と、経済面・社会面の問題にも踏み込んでいます。
このように、ガイドブックは「環境面」「経済面」「社会面」の三側面を一体的に問題提起し、サステナブル・レメディエーション(SR)の基本的な発想を示しています。
「基準不適合土壌のある土地≠対策すべき土地=管理を要する土地」という転換
このガイドブックの最も重要ななメッセージは、一言で表現することができます。
「基準不適合土壌のある土地≠対策すべき土地=管理を要する土地」
これまで日本では、土壌汚染が見つかると、「本来は存在しないもの」「存在してはいけないもの」として認識されてきました。そのため、基準不適合土壌を確認した場合には、「区域指定されていないこと」「基準適合であること」という状態にすることが求められていました。要するに、「汚染は全部掘り出して、きれいにしなければならない」という暗黙の前提があったのです。
しかし、ガイドブックはデータに基づいて、この前提を問い直します。
東京都内では、平成25年から28年の4年間で、法と条例に基づく区域指定は合計503件でした。そのうち、措置が必要な土地(要措置区域・要対策区域)は47件。一定濃度を超える汚染がある土地(地下水汚染拡大防止区域を含む)が104件。そして残りの352件——つまり全体の約70%——は、法令上の措置が不要な土地(形質変更時要届出区域・要管理区域)だったのです。
にもかかわらず、現状ではそのような「措置が不要な土地」においても過剰な対策——つまり全量掘削除去——が実施されている。ガイドブックはこの状況を「環境面・経済面・社会面から見て持続可能とは言えない」と明確に断じています。
法や条例の考え方は、実は非常に合理的にできています。ガイドブックは信号機の比喩を使って説明しています。赤信号は「健康リスクがある土地」で措置が必要。黄信号は「一定濃度を超える汚染がある土地」でやはり対策が必要。しかし、青信号——「それ以外の土地」——に対しては、「必ずしも基準不適合土壌の除去等の措置を求めていません」。つまり、法は最初から全量掘削除去を要求していないのです。
ここに、日本の土壌汚染対策における最大のパラドックスがあります。法は合理的な選択肢を認めているのに、現場では掘削除去が約80%を占めている。なぜか。ガイドブックはその構造的原因にも踏み込んでいます。
さらに興味深いデータがあります。形質変更時要届出区域の累計指定件数は、平成15年にはわずか0件だったものが、平成22年の法改正(法第4条の運用開始による調査機会の増加)を契機に急増し、平成31年には494件に達しています。一方で、全部解除率(当該年度に土地全域の区域指定を解除した割合)は、平成16年の90%から、平成31年にはわずか28%にまで低下しています。この数字が意味するのは、「区域指定された状態で土地を利活用している事例が増えている」ということです。区域指定を受けた土地の現在の用途を見ると、事業所23%、分譲共同住宅15%、小中学校・児童施設15%、戸建・共同住宅19%、公共施設・公園4%、事務所・商業施設等10%、その他14%と、実に多様な用途で利用されています。そしてそのうち30~50%は区域指定された状態で活用されています。分譲共同住宅でさえ約30%が区域指定を受けた状態で土地を利活用しているという事実は、「区域指定=土地の利活用不可」という固定観念を打ち破るものです。平成25~28年で法第12条(形質変更時要届出区域内での土地の形質変更の届出)をした件数のうち、約60%が区域指定の解除を直接の目的としない建設工事等です。区域指定されている状態であっても、実際に土地の利活用が行われているのです。しかも、形質変更時要届出区域内で新築工事が完了すると、それ以降は掘削等を行う機会はそう多くは訪れないため、実際には法や条例の手続は頻繁に行われてはいません。
なぜ掘削除去ばかりが選ばれるのか:構造的要因を読み解く
ガイドブックのコラム「措置手法とその傾向」は、非常に興味深いデータを示しています。平成19年と平成25~28年を比較すると、掘削除去の実施率は約80%で変化がありません。しかし、その内訳は大きく変わっています。「全量掘削除去」は平成19年の約78%から平成25~28年は約50~64%に減少し、減少分は「改変部分のみ掘削除去」に置き換わっています。
つまり、少しずつではあるものの、「全部掘り出す」から「必要な部分だけ掘り出す」への転換が始まっているのです。しかし、原位置浄化はわずか2~3%、舗装・盛土・封じ込めも10~27%にとどまっています。
なぜ掘削除去が選ばれ続けるのか。ガイドブックはいくつかの要因を示唆しています。
第一に、不動産取引における慣行です。土地売買において、買い手から「全量掘削除去」を条件として求められるケースが多い。売り手も、汚染土壌が残存していると土地の価格が下がると懸念し、全量除去に走る。
第二に、法制度に対する理解不足です。形質変更時要届出区域に指定されること自体を「忌避すべきこと」と捉え、指定を解除するために全量掘削除去を選択してしまう。しかし実際には、区域指定を受けたまま土地を利活用している事例が増えており、分譲共同住宅でも約30%は区域指定を受けた状態で利活用されているのです。
第三に、代替工法に関する知識不足です。土壌汚染対策法は11種類もの措置手法を認めています。地下水の水質測定、原位置封じ込め、遮水工封じ込め、地下水汚染の拡大防止(揚水や透過性地下水浄化壁)、土壌汚染の除去(掘削除去や原位置浄化——土壌ガス吸引、地下水揚水、生物的分解、化学的分解、原位置土壌洗浄)、遮断工封じ込め、不溶化、舗装、立入禁止、土壌入換え、盛土。これだけの選択肢がありながら、ほとんどの現場で掘削除去のみが検討されている。
そして第四に、コミュニケーション不足です。土地所有者、開発事業者、不動産仲介事業者、専門技術者、地域住民——これらの関係者間の連携が不十分なため、それぞれが個別最適を追求し、結果として全体として過剰な対策に陥ってしまう。
ガイドブックは、これらの構造的要因に対して、具体的な解決策を提示しています。それが「土壌の3R」であり、「12のポイント」であり、そして「12の事例」なのです。
「土壌の3R」:ネイチャーポジティブの実装原則
ガイドブックの核心的コンセプトが「土壌の3R」です。一般的な廃棄物の3R(Reduce, Reuse, Recycle)を土壌汚染対策に転用した、東京都独自の概念です。
Reduce(リデュース)は、土壌の場外搬出入量の削減です。掘削範囲の最小化、基準適合土壌の分別管理などが含まれます。これが最も重要な第一段階です。そもそも掘削しなければ、CO2も出ない、トラックも走らない、山砂も採取しない。
Reuse(リユース)は、土壌の資源活用です。適正な管理の下での盛土利用などが含まれます。掘削した基準不適合土壌を敷地内で埋戻しに使ったり、同一地層間での区域間移動により他の現場で盛土材として活用したりすることを意味します。
Remediation(レメディエーション)は、原位置浄化や現場内浄化です。土壌を掘り出すのではなく、その場で浄化する。生物的分解、化学的分解、土壌ガス吸引、地下水揚水による浄化などの工法です。
ガイドブックはこのように述べています。「土壌の3Rを意識して建設等工事を計画的に進めることは、措置費用を低減(経済面)できるとともに、地域コミュニティ等(社会面)への配慮、CO2排出や大気汚染等(環境面)への配慮がかなった対策、すなわち持続可能な土壌汚染対策と言えます」。
この三側面同時最適化の発想は、SuRF-UK(英国サステナブル・レメディエーション・フォーラム)が提唱し、ISO 18504で国際規格化されたサステナブル・レメディエーションの概念と完全に合致しています。ガイドブック自体もコラム「より進んだ取組を目指す方へ(SRの紹介)」でSRを詳しく紹介しています。
ガイドブックのSRコラムでは、一般的な場合とSRに取り組む場合の意思決定プロセスの違いが図解されています。一般的には、土壌汚染が発覚すると「プロセスが見えない」「選択肢が見えていない」「負荷が見えていない」状態で、事業者が選択・決定し、全量掘削除去に至る。一方、SRに取り組むと、土壌汚染発覚後に「措置選択に用いる評価指標の選定」を関係者と一緒に行い、環境・経済・社会の三側面で対策による負荷・影響を評価し、「措置方法を評価・比較検討し選択」する。これにより「プロセスが明らかに」「負荷の比較が可能に」「より良い選択が可能に」なるとしています。
ISO 18504における定義——「受け入れ難いリスクを、適切な時期に安全に削減管理をしながら、作業に関する環境、社会および経済価値を最適化すること」——も引用されています。
さらに、産総研が2016年に設立した「Sustainable Remediationコンソーシアム」のWhite Paperからの引用として、「SRは、ブラウンフィールドの再開発のように土壌汚染地を含めて地域を再開発する場合に非常に有効な手段」であること、日本の場合は「一つ一つの土地ごとに調査や対策が行われるのがほとんどで、土地利用が既に決まっている中で土壌汚染対策が行われるケースが多い」ため、「土地利用方法の違いが影響する評価指標や評価基準を取り上げないかたちで、土壌汚染対策による影響に絞ってSR評価を進めることが重要」という実践的な指摘も紹介されています。
現在、世界10カ国以上にSRを検討する組織(Sustainable Remediation Forum)が設立され、それを取りまとめる国際団体としてISRA(International Sustainable Remediation Alliance)が2016年に設立されています。日本では産総研がSuRF Japanを設立し、日本を代表してISRAに参画しているとのことです。東京都のガイドブックは、このような国際的なSRの動向を踏まえた上で、日本の法制度と実務に最適化された独自のフレームワークとして位置づけられているのです。
事例が語る「持続可能な土壌汚染対策」の具体像
ガイドブックの真価は、その事例集にあります。措置が不要な土地で8事例、措置が必要な土地で4事例、合計12の事例が、それぞれの関係者の対応、意思決定のプロセス、3Rのどの要素が活用されたかとともに、詳細に紹介されています。いくつか特に印象的な事例を見てみましょう。
措置が不要な土地事例
事例1は、「土壌の搬出入をせずに解体・新築工事を実施」したケースです。工場廃止に伴い、東京都の土壌汚染対策アドバイザー制度を活用して専門技術者の助言を受け、不動産業者を通じて買主に法令制度を説明。買主は基準不適合土壌を残置したまま、賃貸共同住宅として跡地利用しました。建物配置を工夫し、掘削範囲を最小限にとどめ、場内の適合土壌を埋戻しに利用。ガイドブックの試算では、基準適合土壌を全量除去・搬出しないことで、3,000平方メートル×5mの敷地でCO2換算で約800トンの削減につながるとしています。この事例で注目すべきは、アドバイザー制度という公的支援を活用したこと、買主への丁寧な法制度の説明によって基準不適合土壌の残置への理解を得たこと、そして建物配置の工夫という設計段階での対応が鍵となったことです。
事例2は「将来的な設備等の維持管理を考慮し、除去対象とする基準不適合土壌の範囲を選択」した事例です。分譲住宅として利用する予定の土地で予期せず基準不適合土壌が確認されましたが、建物共用時の保守の際の工事負荷の低減のため、設備の維持管理等に伴い掘削する可能性のある範囲のみを事前に基準不適合土壌の入替えを行い、最小限の土壌搬出量に抑制しました。新築工事の発生土壌を埋戻しに利用し、上部を舗装。管理上の留意点について分譲住宅購入者への引き継ぎも行っています。この事例のポイントは、「将来的な設備の維持管理等の工事まで見据えた計画をすることで、再掘削時の土壌汚染対策が不要となり、土地運用後の工事負荷・費用を低減させることができた」点です。目先の対策だけでなく、建物のライフサイクル全体を見据えた意思決定をしている好例と言えます。
事例3は、「土壌汚染調査の早期実施による設計見直しと効率的な施工の実施」です。工場跡地に学校を建設するケースで、建設事業の計画当初から土壌汚染への対策について関係者間でコミュニケーションを取り、早期に調査を実施しました。工期遵守が最も優先する事項であることを確認した上で、改築建物配置位置に汚染のおそれがあることが判明し、建物配置位置の代替案を検討。実際に基準不適合土壌が確認されましたが、設計の初期段階であったため建物配置位置を変更することができ、基準不適合が確認されなかった範囲に建物を建設。土壌汚染対策は舗装のみで済み、対策に要する工期及び費用を最小限に留めています。舗装の維持管理マニュアルも作成し、関係者(保護者等)へのリスクコミュニケーションも実施しています。この事例は、「早期の調査」がいかに選択肢を広げるかを如実に示しています。工場廃止後に調査するのではなく、計画段階から土壌汚染の可能性を意識し、早めに調査することで、設計変更という最も効率的な対策が可能になるのです。これはTNFDのLEAPプロセスにおける「Locate(特定)」の段階を早期に実施することの重要性と重なります。早期に自然との接点を特定することで、リスクを回避し、対策コストを最小化できるのです。
事例5は、「土壌汚染のある工場跡地をマッチングにより開発」した事例です。形質変更時要届出区域の指定を受けることで健康リスクの有無を明確化し、不動産仲介事業者が、区域指定された土地での開発実績のある開発事業者を紹介(マッチング)。開発事業者は、基準不適合土壌の存在よりも利便性を重視する消費者にターゲットを絞り(ターゲティング)、周辺に商業施設を併設することで利便性を向上させ、分譲共同住宅としての需要増加を実現しました。この事例は極めて示唆的です。「マッチング」と「ターゲティング」という、まさにマーケティングの概念を土壌汚染対策に持ち込んでいるのです。汚染がある土地を忌避するのではなく、その土地の特性を理解した上で、適切な開発事業者と適切な消費者を結びつける。これはブラウンフィールドの再生を、コストではなく価値創造として捉え直すパラダイムシフトです。
事例4「基準不適合土壌を集約し、維持管理の合理化」も実務的に非常に参考になります。商業施設建設のための土地購入を検討する段階で、事前に専門技術者や工事施工者等と協議した上で、基準不適合土壌が点在する土地を購入。基準不適合土壌を建築範囲外(駐車場予定場所)に集約し、遮水シート等で区分することで、建築の根切工事による基準不適合土壌の場外搬出量を抑制。集約することで供用時のメンテナンスも容易になりました。ただし、ガイドブックは「集約前より汚染拡散リスクが低減される場合に限る」として、集約する深度は地下水面より浅い深度まで、汚染拡散防止のため仕切り板や遮水シート等を活用する、という条件を付しています。
事例6「措置対象とする基準不適合土壌を選別し、場外搬出土量を削減」では、埋立地特例区域を含む形質変更時要届出区域に指定された土地で、土地所有者が埋立由来特例区域を含めた全量除去(区域指定解除)を要求したのに対し、専門技術者及び不動産事業者が土壌汚染対策を相談し、原状復旧の条件を人為由来による基準不適合土壌のみを対象とすることで合意に至りました。人為由来と埋立・自然由来の基準不適合土壌の判別が鍵であり、地層の状況や有害物質の濃度分布等から総合的に判断することの重要性が強調されています。近傍の埋立地特例区域で発生した基準不適合土壌を埋戻しに使用(区域間移動)するという、Reduce(搬出削減)とReuse(資源活用)の両方を組み合わせた好例です。
措置が必要な土地の事例
措置が必要な土地の事例も印象的です。ガイドブックは、措置が必要な場合においても「土壌の3R」を踏まえた対策が重要であるとし、複数の措置を比較・検討し、その土地・状況に合った対策を選択することの重要性を強調しています。具体的な措置の比較として、含有量基準不適合土壌への対応では「掘削除去」と「舗装・盛土」を比較し、溶出量基準不適合土壌への対応では「掘削除去」と「地下水モニタリング」「原位置浄化(生物的分解)」を比較しています。
事例1は「比較的濃度の高い基準不適合土壌のみを掘削・搬出」したケースです。工場廃止と土地の売却を検討し、土壌調査を実施。敷地のほぼ全域で溶出量基準不適合、一部では第二溶出量基準不適合を確認しましたが、近くに飲用井戸がなかったため、第二溶出量基準不適合土壌のみを全量掘削除去。不動産仲介業者の紹介(マッチング)により、基準不適合土壌の残る土地の開発実績がある開発事業者に売却しました。新築工事で発生する掘削土壌は、掘削した箇所の埋戻し材として利用し(Reuse)、溶出量の基準不適合土壌の場外搬出を抑制しています。措置目標を明確にしたこと(「全部きれいにする」ではなく「高濃度のものだけ除去する」)が、搬出量抑制の鍵でした。
事例2は「対策工事を早期に実施し、汚染浄化後に土地を売却」したケースです。工場廃止を見据えて操業中に自主的に土壌調査を実施し、工場廃止までの期間と措置費用等を総合的に判断。工場内の水処理設備を活用した原位置土壌洗浄を採用しました。工場内で有害物質を使用する施設には地下浸透防止措置も実施。工場廃止前に措置が完了し、地下浸透防止措置を実施していたため新たな調査も不要に。借地で事業を営んでいた場合にはスムーズな土地の返却(原状回復義務の履行)にもつながりました。
事例3は「原位置浄化しながら駐車場として土地活用後、土地を売却」したケースです。措置が必要な土地であることが分かったものの資金力不足。専門技術者に相談し、時間を要するが比較的安価な生物的分解法と地下水揚水法の併用工法を採用。措置実施中の敷地は駐車場として有効活用し、その収益を措置費用に充当しました。措置方針の検討では目標濃度を設定し、地下水流向下流側に観測井戸を設置して地下水水質を測定。5年間地下水基準への適合を確認した後、不動産事業者に相談し、土地を売却しました。この事例は、「時間」を味方につける発想です。掘削除去は速いが高コスト・高環境負荷。原位置浄化は時間がかかるが低コスト・低環境負荷。その間、土地を駐車場として活用することで収益を得ながら浄化を進める。これは、ネイチャーポジティブにおける「自然の回復力を活用する」という発想と通底するものがあります。
事例4は「地域要望を踏まえた健康リスクの低減措置の実施」です。公園の改修で含有量基準不適合土壌が広範囲に見つかり、当初は全量掘削除去を計画。しかし地域住民への説明会で「樹木を残してほしい」「公園を早く使えるようにしてほしい」という要望を受け、措置方法を再検討。舗装・盛土措置を選択し、樹木の保存と早期開放を実現しました。
この事例は、リスクコミュニケーションが対策の質を高める好例です。行政が「最も安全な」対策を一方的に実施するのではなく、地域住民の声を聞くことで、環境面(搬出土壌の削減)、社会面(樹木保存、早期開放)、経済面(対策費用の削減)のすべてにおいてより良い結果を生み出しています。
不動産鑑定評価の変化:制度が変われば行動が変わる
ガイドブックのコラム「土壌汚染と不動産鑑定評価」は、制度変化が実務を動かす好例を示しています。平成26年5月の不動産鑑定評価基準の改正以前は、土壌汚染が存在する土地の評価では、汚染土壌の除去等の費用、土地利用の制約、心理的嫌悪感等が減価要因とされ、完全浄化費用分が差し引かれていました。これは、土地所有者にとって「全量掘削除去して区域指定を解除する」インセンティブを生みます。しかし改正後は、一定条件の下で土壌汚染を「評価対象外」とすることが可能になりました。たとえば、売買当事者同士で対策費用を協議し、売買後の建築工事時の基準不適合土壌処理費用のみを減価するという方法が認められるようになったのです。ガイドブックによれば、この改正も後押しとなり、全量掘削除去のケースは減少傾向にあり、敷地内での盛土等による自ら利用で対策費用を削減するケースが増えてきています。これは、ネイチャーポジティブの政策設計における重要な教訓です。行動を変えたければ、制度(ルール)を変える。不動産鑑定評価基準という一つの制度変更が、土壌汚染対策の実務を確実に動かしている。
12のポイント:実務者のための行動指針
ガイドブックの事例集「共通事項」には、「持続可能な土壌汚染対策を実現するためのポイント」として12項目が整理されています。各ポイントには主体(土地所有者、不動産仲介事業者、開発事業者、専門技術者)が明示されており、「誰が何をすべきか」が明確です。
ポイント1「事業目的の明確化」では、土壌汚染を意識し過ぎるあまり過剰な対策が行われてしまうことへの警鐘を鳴らしています。「速やかに土地を売却したい」「遊休地を活用したい」「可能な限り高額で土地を売却したい」「分譲住宅を建設したい」——事業目的に応じた対策を選択することが重要だとしています。事業目的を明確にすることで、土壌汚染を過度に意識しない、事業計画に合った対策を検討・選択できるのです。
ポイント2「土壌調査のタイミング」では、早期の調査が選択肢を広げることを強調しています。事業開始前に土壌汚染が存在する可能性の検証や、実際の汚染状況を確認することは、事業リスクを把握するために非常に重要です。事業計画の掘削深度を意識した調査深度の設定など、事前に事業計画を専門技術者に相談し、助言を受けることも有効です。
ポイント3「法・条例の届出タイミング」は、意外にも「早期に区域指定を受けること」が土地所有者にとってもメリットになることを指摘しています。措置の要否や工事の施工方法を確定させるには、法令に基づく調査報告を行い、区域の指定を受けることが必要です。区域指定を避けることで、かえって開発事業者がリスクを最大限見込んだ低い価格で土地を評価してしまう可能性があるのです。
ポイント4「土地の売却方式の選択」では、基準不適合土壌が広範囲で確認されている土地の場合、事業計画に合わせた詳細な協議が可能な相対方式(又は事業者数を限定した入札方式)が望ましい場合があるとしています。開発事業者の事業リスクの低減が、結果的に土地所有者のメリットにつながるという関係です。
ポイント5「情報開示内容の検討」では、汚染状況だけでなく地質や地下水等の情報も含めた適切な質と量の情報開示が、開発事業者の事業リスク低減と、ひいては土地所有者のメリットにつながることを示しています。
ポイント6「事業者間のマッチング」では、東京都が提供する「土壌汚染情報公開システム」を活用して、汚染土壌を取り扱った経験のある開発事業者を検索できることも紹介されています。基準不適合土壌が存在する土地の購入に対する姿勢は事業者により異なりますが、「積極的に検討する」事業者、「軽微な汚染なら検討する」事業者、「自然由来なら検討する」事業者——それぞれのニーズに合致するマッチングが重要です。
ポイント7「土壌汚染対策の検討」では、「セカンドオピニオン」の重要性が指摘されています。建設等工事に関わる全ての事業者が、開発工事完了後の汚染状況をイメージした上で対策を検討することが重要であり、複数の相談先を確保することが望まれます。特に基準不適合土壌の場外搬出は、運搬及び処理に費用が必要になるほか、環境面や社会面に対しても大きな影響を及ぼすため、事業目的に沿った搬出計画の検討が必要です。搬出量は、設計の工夫(建物位置変更、掘削深度変更等)による直接的削減や、場内盛土や土壌入替のように基準不適合土壌を資源として有効利用するなど、様々な方法で削減できることも示されています。
ポイント8「事業者間のコーディネート」は、不動産仲介事業者に期待される重要な役割です。土地所有者及び開発事業者の両者が同一の土地で順番に建設等工事を実施する場合、土壌汚染対策や掘削範囲の埋戻し方針等を調整した上で実施しなければ、ガイドブックの事例1で示されたような「建物解体時に全量除去・埋戻し→新築時に再度掘削」という二重の無駄が生じます。この調整は、両者の事業目的や土壌汚染対策等の事業概要を把握している不動産仲介事業者が率先して行うことが期待されています。
ポイント9「近隣とのコミュニケーション」では、工事前の説明で特に健康リスクについては丁寧に説明することの重要性が強調されています。開発後に地下水の定期モニタリングを住民参加で実施し、結果を常に公表するという管理の枠組みを作った事例も紹介されています。これはまさにTNFDが求める「ステークホルダー・エンゲージメント」の実践です。
ポイント10「基準不適合土壌の維持管理」では、区域指定を受けた土地での土壌掘削等に関する届出義務や施工制限について、土地運用後の管理者への周知と管理規約等での管理方法の明確化が重要だとしています。
ポイント11「法制度の理解・活用」は、法改正によって生まれた新たな制度を活用する具体例を示しています。飛び地間(区域間)移動、法第14条による施工の合理化、認定調査等は、法制度を正しく理解した活用例です。
ポイント12「専門技術者の活用」では、専門技術者ごとに専門分野(調査、措置、建設等工事、不動産取引等)が異なるため、事業目的に合った複数の相談先を確保することの重要性が強調されています。専門技術者が適切な判断を下すには、十分な情報とコミュニケーションが必要であり、事業目的を踏まえた相談を行うことが重要です。
これら12のポイントは、一つひとつは当たり前に見えるかもしれません。しかし、すべてを体系的に整理し、各ポイントに主体を明示し、ポイント間の相互関係も示している点が極めて実践的です。
自然由来等基準不適合土壌:東京の地形と法改正
ガイドブックが丁寧に解説しているもう一つの重要なテーマが、自然由来等基準不適合土壌です。東京都の地形は、西部の山地、中央部の丘陵地と台地、東部の低地と埋立地に大別されます。この地形的特徴ゆえに、砒素、鉛、ふっ素などの自然界にもともと存在する物質が基準値を上回る土壌が広範囲に分布しています。基準不適合項目の検出割合を見ると、埋立地でも埋立地以外でも、鉛・砒素・ふっ素の3項目で80~90%を占めています。
これは非常に重要な事実です。東京都内で検出される基準不適合土壌の大部分は、工場の操業に伴う人為的汚染ではなく、自然界にもともと存在する物質に由来している可能性が高いのです。こうした自然由来の基準不適合土壌を全量掘削除去することは、環境的にも経済的にも合理的とは言えません。
法や条例でもこの点は認識されており、自然由来による基準不適合土壌については、その土地にある限り措置が必要ないものと規定されています。規制対象となっているのは、当該土壌の搬出による汚染の拡散のおそれへの対策を目的としたものです。
平成31年の法改正により、自然由来基準不適合土壌の取り扱いがさらに大きく緩和されました。自然由来特例区域から発生する自然由来基準不適合土壌は、汚染土壌処理施設での処理のほか、同一の特例区域(同一地層の区域に限る)への区域間移動や、自然由来等土壌構造物利用施設(道路等)の構造物としての有効利用が可能になりました。また、埋立地特例区域の場合は、同一港湾内の別の埋立地特例区域で盛土等として利用することも可能です。
ガイドブックの事例7「自然由来基準不適合土壌を土木構造物の盛土材料に利用」は、まさにこの制度を活用したケースです。新築工事で発生した自然由来基準不適合土壌を、まず敷地内の盛土として利用し(Reuse)、場外搬出が必要な分については自然由来等土壌構造物利用施設(道路の盛土材料)として搬出しています。場内で有効利用することを第一に検討し、場外搬出する場合は同一地層の分布する現場等への搬出を検討することで、基準不適合土壌の処理量を大幅に削減(Reduce)しています。
事例8「自然由来等土壌の区域間移動による有効活用」はさらに創造的な事例です。道路の建設工事で水面埋立土砂由来の基準不適合土壌が見つかりましたが、同一港湾内の未利用地に埋立地特例区域の指定を申請して仮置き場とし、区域間移動により基準不適合土壌を仮置き。その後、仮置きした土壌の一部を再度区域間移動して道路建設に再利用し、残った土壌も同一港湾内の開発事業で盛土として有効活用しています。道路の基盤材料や地下トンネルの被覆材料として再利用したことで、処理費用の大幅な削減を実現しました。
これらの事例が示しているのは、「自然由来の土壌は、適切に管理すれば資源である」という発想の転換です。この転換は、循環経済やネイチャーポジティブの基本理念——「廃棄物を資源として再定義する」——と完全に一致しています。
操業中からの対策:時間を味方につけるということ
ガイドブックの解説編2章「法令による措置が必要な土地における持続可能な土壌汚染対策」の中で、「早期の調査・措置の重要性」は特に注目すべきセクションです。ガイドブックは、操業中から計画的に取り組んだ場合と、取り組まなかった場合を対比しています。
取り組まなかった場合は、汚染の拡大に気がつかないまま工場の操業を継続し、廃止時にはじめて汚染が発覚。基準不適合土壌の分布範囲が広がっており、対策方法の選択肢が少なく、対策費用を一度に支払う必要が生じます。
一方、操業中から取り組んだ場合は、早期に自主調査を実施して汚染状況を把握し、地下浸透防止措置を講じて汚染の拡大を防止。対策費用を計画的に分散して支払うことができ、原位置浄化のような時間を要する工法(低コスト・低環境負荷)も選択肢に入ります。さらに重要なポイントとして、自主調査後に地下浸透防止措置を実施し、点検記録が適切に保管されていれば、廃止後の法や条例による新たな調査の実施が不要になる場合もあるのです。自主調査の結果を条例の規定に基づき届け出ることも可能です。
この「操業中からの対策」は、企業のサステナビリティ経営と直結しています。TNFDの移行計画の文脈で言えば、自社の保有地における自然関連リスクを早期に特定し、計画的に管理・対処していくプロセスそのものです。SBTNのAR3Tフレームワーク(Avoid, Reduce, Restore, Transform)の「Avoid」——そもそも悪影響を発生させない——という原則にも、地下浸透防止措置は対応しています。
法改正により、地下水の水質の測定についても、法に定められた頻度・条件で5年以上継続して測定し、今後地下水汚染が生じるおそれがないと判断された場合は、措置を完了できるようになりました。また、目標濃度(目標土壌溶出量と目標地下水濃度)の設定も可能になり、敷地境界の評価地点で地下水基準に適合する濃度までの浄化を目標とすることで、措置方法の選択肢がさらに広がっています。
条例における「措置等の選択理由の記載」:制度による行動変容
東京都土壌汚染対策指針では、「土壌汚染の除去等の措置の方法の選択に当たっては、措置の実施に伴う環境面、経済面及び社会面への影響を考慮するよう努め、必要に応じて関係者とも検討した上で、選定した措置の方法の選択理由を対策計画書に記載するものとする」と定めています。
つまり、東京都では制度上、「なぜその措置を選んだのか」を環境・経済・社会の三側面から説明することが求められているのです。これは、全量掘削除去を安易に選択することへの抑止力として機能しうる、極めて重要な制度設計です。
ガイドブックは土壌の3Rに沿った具体的な記載例も提示しています。Reduce(リデュース)では「基準不適合土壌の全量掘削除去と比較して、必要最低限の掘削と舗装を組み合わせる方法が、環境・経済・社会への負荷が軽減するため」。Reuse(リユース)では「自然由来による基準不適合土壌を敷地内で盛土として使用し、基準不適合土壌の搬出・処理量を削減することで負荷が軽減するため」。Remediation(レメディエーション)では「基準不適合土壌が地下水面より浅い深度に分布していることから、土壌ガス吸引による原位置での浄化対策を行うことで負荷が軽減するため」。
この制度は、国際的に見ても先進的です。自治体の条例レベルで措置選択理由の三側面記載を制度化している例は、世界的にも稀でしょう。
GR評価ツールと周辺環境保全チェックリスト
ガイドブックのコラム「グリーン・レメディエーション(GR)の紹介」では、東京都が産業技術総合研究所と共同で開発した環境負荷の定量評価ツールが紹介されています。このツールは東京都環境局のウェブサイトから無償でダウンロードでき、エクセルベースで入力画面と出力画面が整備されています。参考資料では実際にこの定量評価ツールを使って各事例の環境面の負荷の計算が行われており、たとえば10,000平方メートル×5mを全量掘削する場合は約2,600トンのCO2が排出されることが具体的に示されています。
さらに、ガイドブックは措置を実施する際の周辺環境保全対策として、10項目のチェックリストも提供しています。掲示板の設置、発生ガス・排出ガスの管理、汚水・濁水の管理、飛散・拡散の防止、モニタリング、騒音・振動の管理、エネルギー消費の抑制、廃棄物の発生抑制、使用薬剤の材料への配慮、地盤沈下の防止——これらを一つずつチェックし、対策の実施有無を記録する仕組みです。
特にエネルギー消費の項目では「燃費性能の良い機材及び車両の使用、運搬距離及び運搬手段の最適化」が求められており、これはUS-EPAのGreen Remediationが掲げるBMP(ベスト・マネジメント・プラクティス)と同じ発想です。土壌改変時の環境負荷低減として、埋戻し土壌の調達時には「山林の自然環境の破壊につながる場合がある」ことへの配慮や、緑地がある場合には「掘削をできるだけ減らして緑地の保全を図ること」も求められています。これらはまさに、ネイチャーポジティブの精神を現場レベルで実装するための具体的な指針です。
関係者間コミュニケーションとリスクコミュニケーション
ガイドブックが繰り返し強調しているのが、関係者間のコミュニケーションの重要性です。持続可能な対策を実現するには、工場主、売主、買主、開発事業者等、各事業者の個別の都合ではなく、計画地で予定されている事業全体を見据えた対策が重要だとしています。
具体的には、不動産仲介事業者に「マッチング・コーディネート」の役割が期待されています。「ウチの土地に土壌汚染が見つかってしまった!買い手はつくかなぁ」という土地所有者と、「どこかに事業用地に適した土地はないかなぁ」という開発事業者を、「土地活用ですね?仲介いたします!それぞれのニーズについても、御相談に乗ります」という不動産仲介事業者がつなぐ。そして専門技術者が「土壌汚染対策についてアドバイスします」とコーディネートする。ガイドブックは、イラスト入りでこの連携の姿を分かりやすく描いています。
リスクコミュニケーションについても具体的な指針が示されています。情報提供の対象者(地域住民、施設利用者、施設管理者)の特定、地域のキーパーソンとなる住民・団体(町内会長・自治会長、商工会長、農協、漁協等)の把握、情報提供の方法(説明会実施、アンケート調査、HP等による広報、チラシ配布、お知らせ看板等)の選択、そして「なるべく早く正確な情報提供を心がけておくこと」が大切であるとしています。
また、管理を要する土地であることは将来にわたり続くため、「どのように管理していくのかということ等はしっかり関係者と共有していくことが大切」であり、開発後に地下水の定期モニタリングを行い、住民も参加でき、結果は常に公表するという管理の枠組みを作った事例も紹介されています。
なぜこのガイドブックは全国のロールモデルとなるべきなのか
改めて、このガイドブックの先進性を整理します。
第一に、「認識の転換」を明確に打ち出していることです。「基準不適合土壌のある土地≠対策すべき土地=管理を要する土地」——この一行は、日本の土壌汚染対策の歴史を変える力を持っています。
第二に、「具体性」が圧倒的であることです。12の事例は、それぞれが異なる状況設定(工場跡地の住宅転用、学校建設、商業施設開発、公園改修、借地返還など)で、異なるプレイヤー構成で、異なる3Rの要素を活用しています。
第三に、「制度との連動」が設計されていることです。条例の対策計画書における措置選択理由の記載制度、不動産鑑定評価基準の改正、法改正による区域間移動の緩和——これらと有機的に連動しています。
第四に、「誰でも使えるツール」の提供です。GR評価ツールの無償公開は、環境負荷の「見える化」を民主化する取り組みです。
第五に、SRの国際動向を意識した設計です。ISO 18504を引用し、産総研のSuRF Japan設立にも言及。国際規格との整合性を意識しつつ、日本の法制度に適合した独自フレームワークを構築しています。
ネイチャーポジティブとの接続:足元の土壌から始まる
このガイドブックの内容は、現代のサステナビリティの主要テーマすべてと交差しています。土壌は自然資本の中でも最も基盤的な存在です。食料生産、水質浄化、地下水涵養、炭素固定、生物多様性の基盤——健全な土壌はこれらすべてを支えています。しかし、土壌汚染対策が環境負荷を生んでいるという逆説的な状況は、ネイチャーポジティブの観点から看過できません。全量掘削除去によるCO2排出、トラック運搬による大気汚染と交通負荷、埋戻し用山砂採取による自然環境の破壊——これらは、土壌汚染対策という「実装プロセス」自体が別の環境問題を引き起こしているということです。TNFDのLEAPプロセスとの親和性も高い。Locate(特定)は土壌調査に、Evaluate(評価)は環境負荷評価に、Assess(評価)は代替工法の比較検討に、Prepare(準備)は最適な措置の選定に対応します。企業がTNFD開示において、自社の保有地における土壌汚染管理をサステナブル・レメディエーションの方法論で行っていることを報告できれば、それは極めて具体的で説得力のある開示となるでしょう。SBTNのAR3Tフレームワーク(Avoid, Reduce, Restore, Transform)と東京都の「土壌の3R」も、その発想において驚くほど類似しています。Avoidは地下浸透防止措置に、Reduceは掘削搬出量の削減に、Restoreは原位置浄化に、それぞれ対応させることができます。
東京都が掲げる「2030年カーボンハーフ」に対しても、土壌汚染対策のCO2削減は確実に貢献します。しかもこの削減は、追加投資ではなく対策費用の低減と同時に実現できる「win-win」の構造を持っています。
変えるべきは、意識と慣行
このガイドブックが訴えていることは、実はシンプルです。
「法は全量掘削除去を求めていない。データは区域指定を受けたままの土地活用が増えていることを示している。不動産鑑定評価基準も変わった。国際的にもサステナブル・レメディエーションが主流化しつつある。変えるべきは、制度ではなく、私たちの意識と慣行である。」
ガイドブックは、中小事業者への配慮も忘れていません。冒頭に「中小事業者の皆様への御案内」として、「中小事業者のための土壌汚染対策ガイドライン」の存在を紹介し、土壌汚染による健康リスクや調査に関する基本的な知識を学べるリソースを案内しています。東京都は別途、土壌汚染対策アドバイザー派遣制度、被覆盛土支援、地下水汚染拡大防止支援、土地利用転換アドバイザー派遣といった、多層的な支援事業も運営しています。資源の限られた中小事業者でもSRの恩恵を受けられるようにする——この姿勢は、SRの「経済面」と「社会面」の配慮を制度設計レベルで具現化したものです。
もう一つ注目すべきは、情報公開の充実です。東京都は、「土壌汚染情報公開システム」をウェブ上で公開しており、法に基づく区域指定台帳、区域指定解除台帳を誰でも閲覧・検索できるようにしています。令和6年4月からは、汚染状況調査の結果汚染が確認されなかった土地や、土地利用の履歴等調査結果、搬出時の調査等により確認された自然由来等基準不適合土壌についても公開対象が拡大されています。このような透明性の高い情報公開は、土壌汚染に関するリスクコミュニケーションの基盤となるものです。
もし、あなたが建設事業に関わる方であれば、次のプロジェクトで「土壌の3R」を意識してみてください。掘削範囲は本当にその範囲で必要なのか。場内の土壌を埋戻しに使えないか。原位置浄化という選択肢は検討したか。GR評価ツールでCO2排出量を計算してみたか。
もし、あなたが不動産取引に関わる方であれば、「マッチング」と「コーディネート」の発想を取り入れてみてください。基準不適合土壌のある土地を、その特性を理解した開発事業者につなげることで、土地所有者にとっても開発事業者にとっても、そして環境にとっても、より良い結果を生み出すことができます。
もし、あなたが企業のサステナビリティ担当者であれば、このガイドブックをTNFD移行計画の参考資料として手元に置いてください。自社の保有地における土壌汚染管理を、「土壌の3R」やGR評価ツールを用いてサステナブル・レメディエーションの方法論で行っていることは、TNFD開示において極めて具体的かつ説得力のあるストーリーになります。
もし、あなたが他の自治体の環境部門の方であれば、東京都のモデルを参考に、地域の実情に合ったガイドラインの策定を検討してみてください。東京都の事例は首都圏特有のものもありますが、「土壌の3R」「関係者間コミュニケーション」「操業中からの対策」「条例における措置選択理由の記載」といった枠組みは、全国どの自治体でも応用可能な普遍性を持っています。
足元の土壌の管理方法を変えることは、ネイチャーポジティブの最も地道で、最も確実な実践です。その第一歩を踏み出すための、素晴らしいリソースが東京都から提供されています。
▼参照リソース 東京都環境局「持続可能な土壌汚染対策の促進(SRガイドブック)」 https://www.kankyo.metro.tokyo.lg.jp/chemical/soil/information/grsr
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