水素社会より、地熱社会
日本の環境対策にいち早く貢献した書籍に「地球白書」があります。このシリーズは、1984年に初版が発行されて以来、毎年地球環境の現状をデータに基づいて分析し、持続可能な未来への提言をまとめた出版物です。
著者の、レスター・R・ブラウン(Lester R. Brown)氏は、アメリカの環境問題の第一人者で、「地球の未来を警告する預言者」と呼ばれる人です。レスター・R・ブラウン氏は、1974年に設立したワールドウォッチ研究所(Worldwatch Institute)の創設者・所長として、この環境問題の年次報告書シリーズ「State of the World」(日本語訳:『地球白書』)を長年監督・編集し、このレポートはブラウン氏は、初版から2000年代半ばまで主編集者として全体を統括、気候変動、資源枯渇、人口問題、食料危機などのグローバルな課題を、政策立案者や一般読者向けにわかりやすく解説してきました。彼は、自身の経験(農業経済学者としてのバックグラウンド)を活かし、「エコ・エコノミー」や「持続可能な発展」の概念をシリーズの基調に据え、国連や各国政府の環境政策に引用され、SDGsの先駆け的な役割を果たしました。
そんなブラウン氏は、日本は「水素社会ではなく、地熱社会であるべき」と言い切ります。なぜでしょう?そして、今、地熱はどのような動向でしょうか?
今日は、地熱社会を見て参ります。今日も楽しんでいってくださいね!
1.日本の「エコウェルス」は、地熱である
生物多様性条約COP10開催5か月前にして、東日本大震災の1年前である、2010年5月29日、レスター・ブラウン氏(当時アースポリシー研究所所長)、内山田竹志氏(当時トヨタ自動車副社長)、濵口道成氏(当時名古屋大学総長)の鼎談「環境と経済の両立―エコ・エコノミーからエコ・ウェルスへ―」を一般公開で500名ほど参加する、名古屋大学の豊田講堂での満員御礼のイベントが開催が行われました。小生はちょうどこの年に、生物多様性条約のCOP10が日本で開催されることもあり、このイベントの仕掛人として、「エコウェルス」の概念を発信したいと考えておりました。
「エコエコノミー」とは、経済がフローとして環境配慮された環境を傷めない経済観を指しますが、「エコウェルス」とはいわゆる「自然資本」のことで、自然資本のストックの豊かさがおのずと経済を支え底上げをする社会を指しています。レスターブラウン氏をお招きし、産学ともに、あらたなエコ社会を創る方向にもっとふみこんだ自然資本を基盤とする社会「エコウェルス」の提言をしてもらいたい!そう思っていたわけでした。
このイベント、小生の思いとは別に、名古屋大学の学長としては、原子力をはじめとする新エネルギー産業の研究を話したく、トヨタ自動車の副社長としては、水素自動車「ミライ」をはじめ水素社会のエコシステムへの移行を話したく、そんな講演をそれぞれ行うわけなのですが、レスター氏が「「エコウェルス」というのであれば、日本は資源を輸入せねばならない水素社会ではなく、地面の下に眠る地熱を活用する社会であるべき」と主張をしはじめました。学長も副社長も聴衆も司会進行をする僕も、え?っとなったわけですが、イベントの間一貫して、ぶれずにこのメッセージを発信していたことが心に残っています。その時の根拠は以下のとおりです。
1.地質の優位と潜在量:日本は火山帯にあり、火山・温泉が多く、ブラウン氏は「日本は地熱をエネルギー経済の中心に据え得る」と述べています。地熱ポテンシャルは推計に幅があり、従来型だけでも約2.3万メガワット(資源エネルギー機構)、評価法を広げると8万メガワット超という見立てをしていました。
2.産業の強みと輸出機会:当時から富士電機・東芝・三菱は世界の地熱タービンを供給。ブラウンは「先進国で抜きん出た地熱大国はまだない。日本が主導できる」と指摘したわけです。火山帯諸国(インドネシア、フィリピン、チリ等)の需要拡大も見据え、日本産業の伸長余地が大きいという文脈です。
3.ベースロードに使える:地熱は天候に左右されにくく、ベースロード電源として使えるうえ可変再生可能電源の統合を助ける柔軟性もある。国際エネルギー機関は地熱が「低排出でディスパッチ可能」な電源として系統安定に寄与すると明記。彼が日本に地熱シフトを勧めた技術的根拠はここにあります。さらに、化石燃料とウランの輸入額が巨額で、国内資源の地熱に振ることで輸入依存と価格変動リスクを下げられる、というのが彼の一貫した主張でした。EPIは日本のエネルギー輸入額を年約1,600億ドル規模と試算し、地熱・風・太陽での代替を提案しました。
さらに、ブラウン氏は同時に、日本では国立公園規制や温泉地の反対、研究開発投資の偏りが地熱導入を抑えてきた点も指摘しました。これらは政策設計で緩和可能と見なしており、「地質的に恵まれ、装置産業の競争力もある国が、輸入依存と気候リスクを同時に減らしつつ、安定電源を確保できる」から日本に“地熱中心”を勧めた、ということになります。いざ、鼎談に入ると、レスター氏は、名古屋大学やトヨタに、なぜ、地熱を進めないのか?と問い、両者とも、答えあぐね、僕としてはレスターさんに生物多様性について宣伝してもらいたい目論見は外れて「地熱」がキーメッセージであったという、いろいろ記憶に鮮明に残るイベントでした。日本のエコウェルスとは地熱だぜ、と。温泉は、世界の観光資源でもありますし、、。ここで、ネイチャーとは、生態系サービスだけではないと学んだ、小生でした。 それから、15年、今は地熱はどんな様子でしょうか?
2. 日本の地熱発電のポテンシャル
日本は世界有数の火山国で、地下には莫大な地熱エネルギーが眠っています。その推定地熱資源量は約2,300万kW(約23GW)にも達し、これは日本全国の電力需要の1割以上をまかなえるポテンシャルに相当します。
技術的な可能性
日本の地熱エネルギー資源は東北地方や九州地方など火山帯に集中しており、地下深部に高温の地熱貯留層(熱水や蒸気のたまり)が存在しています。推計によれば、150℃以上の高温地熱資源だけでも約2,347万kW(約23.5GW)もの発電ポテンシャルがあるとされ、米国・インドネシアに次ぐ世界第3位の資源量です。さらに近年は、より深部の高温岩体や超臨界流体を利用する「次世代型地熱」の研究も進んでおり、これらを含めた理論上の潜在資源量は合計で100GWを超えるとも試算されていますenecho.meti.go.jp。これは原子力発電所数十基分に相当する莫大なエネルギーです。
日本の地熱資源がこれほど豊富にもかかわらず開発が進まなかった背景には、技術的・経済的なハードルがあります。まず、適切な地熱資源を見極める探査から発電所建設までに、多額の初期投資と10年以上にも及ぶ長いリードタイムが必要です。地下数千メートルまで掘削して蒸気を得るには、井戸1本あたり数億円(例えば5億円超)の費用がかかる上、掘ってみても期待どおりの蒸気が得られるとは限りません。実際、地熱井の掘削成功率は2~3割程度とも言われ、資源探しにはリスクが伴います。さらに、得られた蒸気の性質(温度・圧力・流量)は場所ごとに異なるため、発電設備は一つひとつオーダーメイドになりがちです。太陽光や風力のように規格化された設備を大量生産してコストダウンすることが難しく、結果として発電コストが高めになる傾向があります。
他国と比べても、日本の地熱開発コストは割高と指摘されています。例えばアイスランドでは、一箇所で90MW規模の大容量地熱プラントを開発できるのに対し、日本は30MW規模程度の分散した資源が多いため1MWあたりの設備費・掘削費が日本の半分以下という試算もありますgeothermal.jogmec.go.jp。このように、資源の分布特性や開発規模の違いが技術経済性に影響を与えており、日本では「掘ってみないと分からない」リスクと高コスト構造が開発を慎重にさせてきた面があります。
政策・制度の動向
日本政府は地熱発電を「ベースロード電源」(天候に左右されず安定供給できる再生可能エネルギー)として位置づけ、導入促進策を徐々に強化してきました。
政府もこうした状況を踏まえ、2050年カーボンニュートラルに向けた長期戦略の中で地熱の位置づけを高め始めました。経済産業省が2023年に策定した第7次エネルギー基本計画や関連会議では、「次世代型地熱」の開発加速が大きなテーマとなっています。具体的には、2035~2050年にかけて次世代型技術による地熱発電を約7.7GW導入するとの案が示されました。従来型地熱(既存の23GW資源)だけでなく、高温岩体や超臨界水といった追加77GWの潜在資源を活用することで、2050年までに合計118地域での開発を目指す計画ですfurusato-nd.co.jp。この実現には技術開発と投資促進が前提ですが、国を挙げて地熱開発への本格投資に舵を切ろうとする姿勢が見て取れます。「2050年には地熱が主要な国産エネルギー源の一つとなる」というビジョンのもと、官民協力の取り組みが進められています。
政策面では、経済的支援策と規制緩和策の両面から地熱発電の普及が図られています。経済的支援として大きかったのが再生可能エネルギー固定価格買取制度(FIT)の導入(2012年)です。地熱発電もFITの対象となり、特に出力の小さい発電所には1kWhあたり40円という高い買取価格が15年間保証されました。この優遇措置により、温泉地の事業者などによる小規模バイナリー地熱発電(数百kW級)の新設が相次ぐ結果となりました。地下深く大規模な蒸気井戸を掘らなくても、既存の温泉熱で発電できる手軽さから、小規模案件が各地で増えたのです。もっとも、これらの多くは出力数百kW程度と小さいため、国全体の導入量への寄与は限定的でした。それでも地熱への注目度を高め、裾野を広げた点でFITの果たした役割は大きいと言えます。
併せて、政府系機関による直接的な資金・技術支援も強化されています。独立行政法人である石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC)は地熱開発支援の中核を担い、以下のような施策を展開中です。」
潜在資源の広域調査:国費でJOGMECが全国の有望地熱資源を調査し、その成果データを民間事業者に提供。
資源量調査への補助:民間事業者が行う地表調査や試験掘削(ボーリング)に対し補助金を交付。
探査段階への出資:リスクの高い掘削初期段階でJOGMECが民間事業に出資し、資金面のリスクを分担。
債務保証の提供:本格的な生産井の掘削や発電所建設の際、事業者の銀行融資に対してJOGMECが保証人となり、資金調達を支援re.org.tw。
こうした官のサポートによって、民間企業にとっては初期リスクが軽減され、地熱事業に参入しやすい環境が整えられつつあります。実際、近年は大手商社やエネルギー企業も地熱プロジェクトに関心を示し始め、自治体や地域新電力と連携して調査に乗り出す例も見られます。規制する側だった環境省自らが地熱推進に舵を切ったことは大きな転換点であり、自治体も含めた調整の下で自然と共生した地熱開発を進める土壌が整いつつあります。
海外との比較
日本の地熱発電の状況を理解するため、地熱先進国との比較も有益です。ここでは、特に地熱利用が進んでいるアイスランド、インドネシア、アメリカ合衆国の例と日本を比べてみます。各国の地熱資源量や導入状況、コスト構造、政策支援には大きな違いがあり、日本への示唆も多く得られます。
まずアイスランドは、人口約37万人の小さな島国ながら地熱大国として知られます。アイスランドはプレートの裂け目に位置し、温泉や蒸気が湧出する地熱資源に恵まれています。既に1950年代から地熱利用が盛んで、現在では全国の電力の約30%を地熱発電でまかなうまでになりました。設備容量は約753MWと日本より少ないものの、その国に適した規模で資源を最大限活用しています。加えて、電力だけでなく温水暖房にも地熱が広く使われ、首都レイキャビクでは冬場の暖房や給湯の約90%が地熱由来の温水で賄われています。政府・自治体の強力な支援の下、国営電力会社や地元企業が地熱開発を推進し、国民の理解も高いのが特徴です。地熱発電所の排熱を利用した温室園芸や観光温泉施設の開発など、地熱を地域活性化に結び付ける取り組みも進んでおり、地熱資源と経済が好循環を生んでいますdr-eco.jp。開発コストも比較的低く、例えば大規模な地熱地帯では日本のような小規模分散開発に比べ1MWあたりの費用が半分以下と分析されていますgeothermal.jogmec.go.jp。これは豊富な蒸気が狭い範囲に集中し、大型プラントで効率よく発電できるためです。一言で言えば、アイスランドは「適材適所」で地熱を最大限に活かした成功例と言えるでしょう。
次にインドネシアは、東南アジア最大の地熱資源国です。インドネシアは多数の火山を抱え、「環太平洋火山帯」の要に位置するため地熱ポテンシャルが非常に高く、世界全体の地熱資源の約40%(約28,000MW)を有するとも言われます。実際の導入量も年々増加しており、1990年には144MWに過ぎなかった地熱発電容量が、2020年前後には約2,000MW(約200万kW)を超え、フィリピンを抜いて世界第2位となりましたdr-eco.jp。直近ではさらに約2,300MW規模(2023年時点)に達しているとも報じられています。代表的な地熱発電所としては、サルーラ地熱発電所(総出力330MW)が挙げられます。サルーラは世界最大級の地熱プラントで、日本企業(東芝)も設備供給に関わり2017年から稼働しています。このように大型プロジェクトが次々実現している点が、インドネシアの顕著な特徴です。ただし、インドネシアは国全体の電力需要も膨大で、石炭火力発電が依然主力を占めています。電源構成に占める地熱の比率は約5%程度(再生可能エネルギー全体でも15%未満)と、シェアとしてはまだ高くありません。それでも政府は地熱拡大に極めて意欲的で、「2023年までに米国を抜いて世界最大の地熱発電国になる」「2025年までに再エネ比率23%を達成する」といった明確な目標を掲げています。政策面では2003年の地熱法制定による開発手続きの整備、FIT制度の導入(かつて地域別の買取価格設定も)、国営企業(プルタミナ地熱会社)による積極投資、国際協力銀行による融資支援など、多角的な支援が展開されました。また環境規制の点でも、インドネシアには日本のような自然公園法の制約がなく、森林保護区でも地熱開発がしやすいと言われます。このような政府の後押しと法制度の違いが、インドネシアで地熱開発が比較的順調に進んでいる一因です。一方で、熱帯雨林での開発は自然破壊とのトレードオフもあり「豊富な地熱を開発することがかえって環境負荷になるのでは」との指摘も出ています。持続可能性に配慮しつつ資源を活かすという課題は、インドネシアでも共通です。
最後にアメリカ合衆国です。米国は現在、地熱発電設備容量約3,800MWと世界最大の地熱発電国です。開発は主に西部のカリフォルニア州やネバダ州で進んでおり、特にカリフォルニア州のガイザーズ(The Geysers)地熱地帯は世界最大の地熱発電所群を形成しています。ガイザーズだけで米国全体の地熱発電容量の半分以上(約1,900MW)を占め、70万世帯分もの電力を供給できる規模です。もっとも、米国は電力市場全体が巨大なため、全国ベースで見ると地熱が総発電量に占める割合は0.4%程度に過ぎませんenv.go.jp。つまり、局所的には大きな役割を果たしているものの、国全体では依然「ニッチな存在」という位置づけです。とはいえ、米国は技術革新や将来の潜在力に着目しており、政府の研究開発投資が活発です。米国エネルギー省(DOE)は地熱技術に継続的な資金拠出を行っており、近年公表された「GeoVision報告書」では「探査・掘削技術の改善によって従来型地熱の発電量を2倍に増やせる」と分析しています。さらに、地下の高温乾燥岩を人工的に利用する強化地熱システム(EGS)の実用化が進めば、2050年までに地熱発電容量を現在の数十倍、最大100GW規模まで拡大できる可能性があると試算されています。100GWというと米国の総発電容量のかなりの部分ですが、技術進歩次第では2050年頃に地熱で全米電力需要の8%強を賄えるとの見込みです。このビジョンに向け、DOEはEGSのパイロットプロジェクトや掘削コスト低減技術に資金を投じ、また地熱発電に対する生産税控除(PTC)や投資税控除(ITC)などのインセンティブも整備されています。米国の場合、自由競争の電力市場の中で民間企業が地熱開発をリードしていますが、それを政府の補助や規制緩和策(州レベルの再エネ義務づけなど)が側面支援している構図です。その結果、新技術の採用にも柔軟で、世界各国の地熱関連スタートアップ企業が米国のフィールドで実証を行うケースも出てきました。もっとも、地熱開発には地域住民の理解や環境影響評価も必要で、例えばネバダ州では先住民の聖地となっている温泉近くの地熱開発計画が議論を呼ぶなど、社会調整上の課題もあります。総じて米国は「スケールは大きいが割合は小さい」国であり、豊富な資金力と技術力を背景に将来への投資を惜しまない点が特色と言えるでしょうdr-eco.jp。
以上の海外事例を日本と比較すると、いくつかのポイントが浮かび上がります。まず、地熱資源の活用率ではアイスランドのように国全体のエネルギー戦略の中核に据えている例もあれば、米国のように資源量は多いが電力全体では周辺的な位置づけに留まる例もあります。日本は資源こそ世界有数ですが、活用率は極めて低く抑えられてきましたenergytracker.jp。次に、コスト構造を見ると、大規模開発でコストを下げている国(アイスランドやインドネシア)と、小規模分散ゆえにコスト高となっている日本の違いが明確ですgeothermal.jogmec.go.jp。技術やスケールメリットの差が、各国の地熱電力の競争力を左右しています。また、政策支援の在り方も様々で、アイスランドやインドネシアのように国策として地熱開発を強力に推し進めている国もあれば、米国のように市場主導ながら税制優遇やR&D投資で後押しする国もあります。
産業面・ビジネス機会
地熱発電の拡大は、日本産業界にとっても大きなビジネスチャンスを孕んでいます。日本企業は従来から地熱分野で高い技術力を持ち、世界市場で重要な地位を占めてきました。その一例が地熱発電用タービン製造です。地熱発電所の心臓部である蒸気タービンにおいて、日本のメーカー3社(東芝エネルギーシステムズ、三菱重工業、富士電機)が世界シェアの約7割を占めているとの統計がありますnedo.go.jp。これは1980年代から培ってきた日本の重工業技術が評価され、世界各地の地熱プラントで日本製タービンが採用されていることを意味します。実際、先述のインドネシア・サルーラ地熱発電所でも東芝製のタービンが使われていますし、米国やフィリピン、ケニアなど多くの地熱発電国に日本企業が設備を輸出していますnedo.go.jp。こうした実績から、日本は**「世界の地熱発電インフラを支える供給国」と言っても過言ではありません。
供給機器だけでなく、開発プロジェクトへの参画も日本企業の新たな機会となっています。近年、JICA(国際協力機構)やJBIC(国際協力銀行)の支援を通じて、日本企業が新興国の地熱発電事業に参画するケースが増えています。たとえば三菱商事や伊藤忠商事といった総合商社が、海外の地熱権益や発電事業に投資する動きを見せています。また、国内でも電力会社や資源開発企業が地熱分野に注力し始めました。九州電力は地熱発電の運営で長い経験を持ち、今後の新規案件開発にも積極的です。電源開発(Jパワー)は2019年に稼働した秋田県の山葵沢地熱発電所(出力46MW)の事業主体となり、国内地熱として久々の大規模開発を成し遂げました。さらに石油元売企業の出光興産も地熱に参入し、大分県での滝上発電所に出資するなどエネルギー企業の裾野も広がっています。このように、多様な企業が地熱開発のバリューチェーン(探査・掘削・建設・運営)に関わることで、地熱産業のエコシステムが形成されつつあります。
技術開発面でもビジネスチャンスが広がっています。近年注目される強化型地熱システム(EGS)やクローズド・ループ地熱(地下に閉じたループ管を通して熱を回収する方式)など、次世代技術の研究開発に国内ベンチャー企業や大学発のスタートアップが挑戦しています。例えば、東北大学発のベンチャー企業が東北地方で世界初の革新的探査技術を用いた地熱井掘削に挑むなど、新しいプレイヤーの活躍も見られます(※具体例:東北大学の研究者チームによるAIを活用した地熱資源可視化プロジェクト等)。こうした技術が実用化すれば、日本国内で眠っている膨大な未開発資源に光が当たるだけでなく、その技術自体を海外輸出するといったビジネスも期待できます。事実、欧米では油田サービス会社やスタートアップ企業が地熱開発に参入し始めており、「石油ガス産業から地熱産業へ」という流れも生まれつつあります。日本企業にとっても、自社の掘削技術や高温材料技術を地熱向けに展開することで、新たな市場を開拓する好機と捉えられています。
また、投資ファイナンスの観点からも地熱発電は長期安定ビジネスとして注目されています。地熱発電所は一度稼働すれば天候に左右されず年間を通じ高稼働率(70~80%以上)で運転でき、燃料費もかからないため、長期的に安定した収益が見込めます。30年以上運転が続く日本の既存地熱発電所もあり、その実績から「地熱は設備投資回収に時間はかかるが、運転開始後は堅実に稼ぐ」という評価が定着しつつありますjapan-energy-times.com。このため、国内外のインフラファンドやエネルギー投資家が地熱プロジェクトに関心を示し始めています。特にカーボンニュートラルに向けた世界的な追い風を受け、地熱への投資額は増加傾向にあります。国際エネルギー機関(IEA)の予測では、2035年までに次世代型地熱の発電コストが現在より80%低減し、年間投資額が1,400億ドル規模に達する可能性があるとされていますenergytracker.jp。これは世界中で地熱プロジェクトが本格化し、関連する設備・サービス市場が飛躍的に成長することを意味します。日本企業もこの流れに乗り、グローバルな地熱市場でさらなるビジネス展開が期待できます。
地熱産業の波及効果について触れます。地熱発電所の建設・運営には、掘削機械メーカー、セメント会社、配管・バルブ製造業者、計測機器メーカー、建設・土木業者、運輸業者など多くの産業が関わります。日本国内に目を向けても、地熱開発プロジェクトが増えれば関連するサプライチェーン全体にビジネスチャンスが生まれ、地域経済の活性化にもつながりますdr-eco.jp。例えば温泉地で地熱発電を行えば、その熱を利用した農業や観光業の新展開も考えられますし、発電所からの収入が地域振興に還元されるスキームが整えば地元企業の活力も増すでしょう。さらに、日本企業が国内案件で培ったノウハウを引っ提げて海外のプロジェクトに参加すれば、国際事業としての収益も期待できます。現にアジアやアフリカの地熱開発では、「メイド・イン・ジャパンの技術」への信頼は厚く、コンサルティングから運転管理までトータルに受注する事例も出てきました。地熱の国際市場は太陽光や風力ほど巨大ではないものの、確実に右肩上がりで成長していますdr-eco.jp。その中で日本企業が競争優位を維持・拡大していくことは、再生可能エネルギー分野における日本の存在感向上にもつながるでしょう。
3.次世代地熱発電の全体像
次世代地熱発電の3つの方式
「人工だまり」「閉じた管」「超高温」の3つの次世代発電の方式があります。それぞれを紹介します。
人工の地熱だまりをつくる方式(英語名:Enhanced Geothermal Systems/EGS):
人工的に亀裂をつくって地熱の“通り道”を増やす方法。既存の熱水が乏しい所でも発電をねらえます。深部の高温岩に細かな割れ目をつくり、注入井と生産井で循環回路を構成します。人工だまりは掘削と仕上げの進歩が成否を分けます。プラグ&パーフ+プロップ剤等で導通を高め、PDCビットなどで掘進を速める流れです。ここが進むほど、出力とコストの見通しが改善します。短中期の主役です。
既存油ガスのサプライチェーンが使え、規模拡大の実績が出てきました。米国の実証で、掘削・仕上げの改良により流体回収と導通が改善してきました。2023年、ネバダ州のプロジェクトRed(3.5MW)が送電網に電力を供給開始。さらにユタ州の「Cape Station」は500MW規模へ拡張し、SCE(320MW)やShell Energy(31MW)と長期契約を締結しています。米エネルギー省はEGSの発電コストを2035年までに90%下げて45ドル/MWhとする“エナジー・アースショット”を掲げ、Liftoff報告では2050年に90GW超の拡大余地を提示しました。
地下に閉じた“管のループ”を埋める方式(Closed‑loop/AGS、同軸二重管を含む)
地下に管の輪をつくり、流体を循環させて熱だけを取り出す方法。温泉系と切り離しやすい。社会受容性は高い設計になりやすく、熱併用(地域熱供給)で収益設計が組みやすいです。
地中の配管を通して熱だけを取り出す考え方で、天然の熱水を要りません。JOGMECは国内適用に向け、方式の定義や概算コスト評価(現時点では広い幅)を示しています。JOGMECの整理では、国内実装には長大掘削の学習効果・耐久材料の確立が鍵で、現時点の概算発電コストは幅が大きい(代表ケースで約58~224円/kWh)。ドイツ・バイエルン州Geretsriedは、電力約8.2MW+熱64MWを目標にクローズドループで建設が進み、欧州の資金支援も付いています。
超高温の領域を狙う方式(超臨界地熱/Superhot Rock):
500℃級の超高温(場所による)をねらう次世代。 深さ約4–5kmで400–500℃級の“臨界を超えた”熱水を使います。
どこを掘るかがカギ。1井の出力密度が高く、成功すれば導入ペースを押し上げますが、耐食材料・深掘り安全など未解決点が残ります。
1地点あたり10万キロワット規模を狙いうるとの前提で、NEDOは国内4地域で資源性・経済性の調査を進めてきました(八幡平/葛根田/湯沢南部/九重)。アイスランドの深掘りで427℃・34MPaの超臨界環境が確認され、1本の井戸で通常の5~10倍のエネルギーを得られる可能性が専門機関から示されています。
日本における地熱導入への動き
次世代地熱(人工だまり・閉じた管・超高温)を合わせた資源ポテンシャルは約77GW超と整理。経産省の「次世代型地熱推進官民協議会(9/26)」資料では、2035~2050年に合計約7.7GW導入の見通しが明記。内訳は、超臨界地熱を4地域から+14地域(計18)に、EGS・クローズドループを30地域→+70地域(計100)の合計118地域が追加で示されています。2040年時点の中間目標は約1.4GW、目指す発電コストは「将来的に12~19円/kWh」(2025年時点の他ベースロード電源との競争水準)とのこと。まずは「従来型地熱並み(13.8~36.8円/kWh)」の早期達成、その先に12~19円/kWhを狙う設計のようです。データセンター等の“止まらない電力”需要が、100MW級の先行案件に資金の背骨を与えており、需要家側の長期契約が初期案件を押し出す形となっています(米国のNV Energy×Google、SCE×Capeなどの事例)。データセンターや製造業の常時電源ニーズを起点に長期PPAを先に固め、金融を呼び込みます(海外はその形が主流)。
東大の新成果
東京大学は、9月25日に、(東京大学)のプレスリリースで、これまでは霧の中で勘に頼って掘るしかなかったのが、“上からの見取り図”を持って最短で掘れるようになった(弾性波探査+地震観測で“超臨界流体システム”を高解像度3D可視化した)ことを報じています。東京大学の成果は、「どこをどれだけ深く掘れば“超高温(超臨界)”に当たるかを、3次元で事前に示せるようになった」という点で、特に超高温型を一気に現実に近づける“起点技術”です。
超高温型は1井あたりの発電ポテンシャルが大きい代わりに、“掘ってみないと分からない”外れリスクと掘削費が最大の壁でした。今回の手法は、マグマ→超臨界水→シール層→割れ目の通路までを高解像度3Dで描き出し、掘削ターゲットを具体化します。外れ井の確率を下げ、事業の資金計画(CAPEX・掘削本数・井戸配置)を設計できるようにします。次に、日本は山岳・自然公園の制約の中で観測点が限られます。新手法は山岳でも弾性波探査を成立させる処理(共通反射面重合法の発展)を示し、日本型の現場条件に適合します。“地形制約下でも位置特定が進む”ことは、超高温だけでなくEGSや閉じた管でも、熱源・通路・高温帯の狙い撃ちに有効です。実務では、探査→設計→掘削→仕上げの前段で精密マップがあるほど、仕上げ(刺激・循環設計)や配管設計の最適化が効きます。結果として初号機の発電量の立ち上がりやPPA(長期売電契約)の説得力が増し、投資家の“最初の一歩”を後押しします。(東京大学)
日本は「どこを狙うかが見えた」ことで、政策が背中を押し、2030年代の商用化→2050年7.7GWへという筋道が具体化したと言えそうです。
「多数展開・学習効果」。政策は30+70地域の“数で攻める”設計で、掘進速度・導通改善・熱回収効率の学習曲線が勝負どころであるのに対して、超臨界は1地域あたり20万kWという高出力前提で、「少数精鋭・一井あたり大きい」ので東大の可視化は命中精度を上げる武器になるのです。官民ロードマップは12~19円/kWhを将来目標に据えており、「当たり」を増やす探査精度と、掘削・仕上げの生産性が両輪で縮まると、LNG並みの土俵に上がる筋書きに現実性が増します(段階:まず従来型並み→将来12~19円)。
4.日本企業の地熱に関するポジショニング
日本特許庁のGXTI(グリーン・トランスフォーメーション技術区分表)によるマクロ調査では、再エネの中区分「gxA04:地熱利用(=地熱発電)」の特許ファミリー件数は、2014〜2022年の合計で3,123件。日本の地熱関連ファミリーは274件で、中国が最多。件数の主導権は中国・欧米、装置と信頼性の知財は日本という分業の色合い。
年次は2014年「76件」→2021年「569件」→2022年「497件」と増勢が確認できます。国・地域別の累計では、中国が1,790件で最多、次いで欧州317、米国307、日本274、韓国352、その他83という構図です。太陽光(gxA01)の同期間合計108,012件に比べれば、地熱はまだ世界の知財の中でも、小規模というのが現実です(※いずれもDerwentデータを用いたGXTI集計)。日本は”タービン・材料・信頼性”の深い蓄積が強み。EGS/閉ループ/超臨界の「地下×新工法」では米・加・欧が先行出願を増やす傾向です。
日本企業の「世界的なポジショニング」
日本の地熱は、「装置・プラント(蒸気タービン/EPC)で世界級の強さ」「探査の先端研究が台頭」という攻め筋です。
発電設備(タービン)・EPCの競争力:富士電機は2000年以降の地熱タービン受注で世界シェア1位(36%)を自社実績として掲示。ThinkGeoEnergyは富士・三菱・東芝の直接蒸気タービンで67%(当時点)と紹介。日本勢は大規模蒸気系に強み。東芝・三菱パワーもインドネシア等で大規模案件を供給・改修してきた実績があります。例:インドネシアのサルーラ(世界有数規模)で東芝がフラッシュ系タービン、オルマットがバイナリー設備を担当。要するに、日本勢は「蒸気系の大物機器と総合エンジニアリング」に強いと言えそうです。
どこが弱いのか
一方で、「次世代型(拡張地熱システム=EGS、クローズドループ、超臨界)では商用化で“追う側”」「掘削人材と合意形成がボトルネック」が弱みです。
次世代型の商用化スピード:EGSは米フェルボ(Fervo)がNVエナジー/グーグル向け115MWやユタ州ケープ・ステーション500MWのPPAを積み上げ、商用化の先頭を走っています。日本勢は投資・協業は進む一方、国内での商用運転はまだ。
クローズドループ(閉鎖循環):国内でもJOGMECや電力・ゼネコンが取り組み、Eavor案件への出資・協業も進行。とはいえ、商用建設を本格化させたのはEavorが先行。
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