「食べられる街」エディブルシティ:都市の緑を食のインフラへ
公園の木は、きれいに見えるために植えられる。街路樹は、日陰をつくるために植えられる。花壇は、景観を整えるために設けられる。多くの都市では、それが普通です。しかし、もし同じ公共空間が、食べ物を生み、地域の人が関わり、子どもの学びの場になり、暑さを和らげ、生きものを呼び戻し、地域のケアや福祉にもつながるとしたらどうでしょうか。
「食べられる都市づくり」、英語では「エディブルシティ(Edible City)」は、まさにその問いに対する都市側の答えです。都市の緑を「見るもの」から、「育て、食べ、分け合い、学ぶもの」へ変えようとする考え方です。
世界ではすでに、いくつもの実践が動いています。ドイツのアンデルナハ市は、2010年に中心市街地へ101品種のトマトを植え、「収穫してよい」と市民に呼びかけました。その後は豆、タマネギ、果樹、レタス、ズッキーニ、ベリー、ハーブへと広がり、今では「食べられる街」として知られています。米国では、フィラデルフィアのPhiladelphia Orchard Projectが、主に低所得地域でコミュニティ果樹園を支え、2024年時点で70のパートナーと連携しています。シアトルではCity Fruitが毎年数万ポンドの果実を収穫し、地域の食支援団体へ配っています。世界の実践と研究を並べてみると、エディブルシティが広がらない理由もかなり明確です。問題の中心は、野菜や果樹を育てる技術ではありません。公共空間を、食べ物を生み分け合う場として、誰が、どの予算で、どのルールで、何年も運営するのかという都市運営の問題です。言い換えると、食べられる都市づくりは園芸ではなく、ガバナンス、つまり都市をどう動かすかの設計です。
この記事では、まずエディブルシティの輪郭を整理し、そのうえで世界の実態を見ます。次に、実際に解くべき課題トップ10を示し、現時点での進捗を評価します。
では、本日も楽しんでいってくださいね!
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1.エディブルシティとは何か:定義と概念枠組み
1-1.エディブルシティの基本定義
食べられる都市づくり、英語では「Edible City Solutions(ECS)」とは、都市の土地、緑地、屋上、壁面、水、廃棄物の循環まで含めて、食べ物を生みながら、生態系、健康、地域経済、社会的なつながりを同時に高めようとする取り組みです。

欧州のEdiCitNetや関連研究では、都市農業、食用樹木、食べられる森型の公園(フードフォレスト)、食用屋上・壁面、資源循環型の生産システムなどを含む、かなり広い概念として整理されています。単なる家庭菜園や一部の市民農園だけではなく、都市のインフラや公共空間の使い方そのものを見直す発想です。
EUの研究プロジェクトEdiCitNetの定義では、エディブルシティの実装単位は「都市での食の生産・分配・利用を持続可能にする多様な取り組み(Edible City Solutions)」で、近隣菜園から都市養蜂、流通の工夫、調理・食の場づくりまでを含むと整理されています。研究では、エディブルシティや都市農業の価値は、食料生産量だけでなく、気候適応、生物多様性、教育、健康、コミュニティ形成、雇用、地域福祉など、複数の効果を同時に生む点にあると整理されています。
国連欧州経済委員会(UNECE)が2025年に公表した「The Edible City: Why Food Trees Matter」でも、食用樹木は食料安全保障、地域の健康、気候変動対策、生物多様性、美観の面で価値があると位置づけられています。
1-2.概念を整理する2軸:空間と機能
概念を曖昧にしやすいポイントは、「植える場所の所有」と「食の流れ(生産・分配・利用)」が混同されることです。以下の2軸で切ると、対象範囲が明確になります。

土地・空間の区分
公共空間:公園・街路・公共施設
準公共:学校・病院・宗教施設・団地の共用部等
私有地:個人宅・企業敷地
機能の区分
生産:植える
分配:集めて配る
利用:食べる・学ぶ・交流する
この空間×機能のマトリクスで見ると、エディブルシティの多様な形態が整理できます。
公共空間×生産の代表例は、食べられる花壇、公共果樹、フードフォレストです。主な管理論点は、事故(落果・滑り)と清掃、害獣、収穫ルールになります。
公共空間×分配の代表例は、行政主導の都市型収穫(登録木を収穫しフードバンクへ)です。主な管理論点は、立入許可、責任分担、衛生基準、物流になります。
準公共×生産の代表例は、学校果樹園、教会・NPO敷地の共同果樹園です。主な管理論点は、管理主体が複線化しやすいこと(鍵・時間帯)です。
私有地×分配の代表例は、余剰果実の寄付・収穫ボランティア(グリーニング)です。主な管理論点は、同意取得、個人情報、保険、作業安全です。
利用(横断)の代表例は、料理会・食育・剪定講習・フェアです。主な管理論点は、継続参加をどう作るか(疲弊対策)です。
この枠組みは、都市の食の取り組みを「自然を使った都市課題解決(Nature-based solutions)」の一類型として扱い、食を媒介に社会参加や地域経済まで含めて評価する近年の研究整理とも整合します。
1-3.エディブルシティの本質とネイチャーポジティブとの関係
つまり、エディブルシティの本質は「農地を都市へ持ち込むこと」ではありません。都市の緑を、景観装置から生活インフラへ変えることです。さらに言えば、都市の自然を、守る対象であるだけでなく、日常の中で使い、育て、循環させる対象に変えることです。

この点で、エディブルシティはネイチャーポジティブ、つまり自然を減らさないだけでなく、回復させる方向へ都市を進める実装手法の一つと考えると理解しやすいです。
EdiCitNetのECS(エディブルシティ・ソリューションズ)概念は、従来のNature-based Solutions(NbS)が提供する生態系サービス(冷却、空気・水の浄化、生息地サービス、レクリエーション効果など)を増幅し、食料供給サービスを追加することで、都市における食料安全保障、貧困緩和、不平等の是正にまで踏み込む設計になっています。
言い換えれば、エディブルシティは都市のネイチャーポジティブを具体化する、かなり有力な方法の一つです。
2.なぜ今、エディブルシティなのか:時代の要請
2-1.複合化する都市課題
いま多くの都市がエディブルシティに注目する理由は、都市の課題が一つではなく、しかも相互に絡み合っているからです。
食へのアクセス格差、気候変動による暑熱、空き地や遊休地の増加、生物多様性の低下、コミュニティの弱体化、福祉の担い手不足、健康格差。従来は別々の部局が扱っていたこれらの課題が、実際には一つの場所で重なって起きています。
エディブルシティは、その重なりに対して、一つの空間で複数の価値を返せる点が評価されています。
米国アトランタでは、住民の4分の1がフードデザート(新鮮な食品にアクセスしにくい地域)に住んでいると報告されています。エモリー大学の2023年報告では、アトランタ住民の4分の1が生鮮食品を販売する店舗から0.5マイル以上離れた場所に住んでいることが明らかになりました。そして、そうした地域は同時に肥満、糖尿病、心臓病、微量栄養素欠乏症の発生率が高い地域でもあります。
米国農務省の最新データでは、5,300万人のアメリカ人がフードデザートに住んでいます。エディブルシティは、こうした複合的な都市課題に対する統合的なアプローチとして注目を集めています。
2-2.EUの大型投資:EdiCitNetプロジェクト
欧州では、2018年から2024年まで、EUの大型プロジェクトEdiCitNetが進められました。目的は、都市の景観を食料生産や循環型経済に結びつけ、グリーンビジネスや雇用、社会的な結びつきを生むことでした。
EUがかなり大きな資金を入れたこと自体、エディブルシティが「面白い市民活動」ではなく、都市政策として検討する価値があると見なされたことを示しています。
EdiCitNetは世界6都市でリビングラボを展開し、300を超える候補指標から約70指標を優先化するなど、実装のための知見を蓄積しました。また、ガイドブックやツールボックスを整備し、都市間での手順移植を支援する思想を具体化しています。
2-3.都市緑地政策の限界と新たな可能性
もう一つ大きいのは、都市の緑地政策の限界が見え始めたことです。見た目が整った芝地や観賞用植栽は、景観価値はありますが、食のアクセス改善、学び、地域参加、資源循環、福祉就労にはつながりにくい面があります。
これに対して、食べられる景観は、緑地を「利用される公共財」に変える可能性があります。MDPIに掲載された研究では、従来のNbSは「滞在して利用する」ことを促すものの、「継続的に能動的に関わる」ことを促す力は弱いと指摘されています。エディブルシティ・ソリューションズは、NbSの社会的次元を深め、より持続可能なライフスタイルへのパラダイムシフトを誘発する点で一歩先を行くとされています。
もちろん、だからといってすべての公園を畑にすればよい、という話ではありません。大事なのは、都市のどこを、どの目的で、どう食べられる空間に変えるのかという設計です。
2-4.国際的な政策潮流との連動
エディブルシティへの注目は、国際的な政策潮流とも連動しています。
持続可能な開発目標(SDGs)のゴール2(飢餓ゼロ)、ゴール11(持続可能な都市)、ゴール13(気候変動対策)、ゴール15(陸上生態系の保護)は、いずれもエディブルシティの実践と関連します。
また、2022年のCOP15で採択された昆明・モントリオール生物多様性枠組み(GBF)は、2030年までに生物多様性の損失を止め反転させることを目指しています。都市における生物多様性の回復は、この目標達成の重要な要素です。エディブルシティは、都市の緑地に多様な食用植物を導入することで、単一種の観賞用植栽よりも生物多様性を高める可能性があります。
UNECEが2025年に食用樹木に関するガイドを公表したことは、こうした国際的な政策潮流の中でエディブルシティが位置づけられつつあることを示しています。
3.世界で何が起きているのか:実装類型と代表事例
世界のエディブルシティの実践は、一つの形ではありません。ここでは、6つの類型に整理して代表事例を見ていきます。

3-1.アンデルナハ型:公共景観を食べられる空間に変える
もっとも象徴的な事例が、ドイツのアンデルナハ市です。市は2010年に中心部へ101種類のトマトを植え、翌2011年に豆、2012年にタマネギを加え、その後も果樹、レタス、ズッキーニ、ベリー、ハーブへと広げました。合言葉は「Pflücken erlaubt」、つまり「収穫してよい」です。公共の緑地を、市民が自由に収穫できる食の景観へ変えたわけです。しかも、これは一時的なイベントではなく、市の緑地管理の一部として継続されています。
さらに重要なのは、アンデルナハが見た目だけの成功例ではないことです。この都市では、長期失業者の就労支援を行うPerspektive gGmbHと連携し、栽培や管理を通じて就労機会や技能形成も組み込んでいます。栽培では混植、マルチ、学校菜園、オーガニックな管理を採り入れ、除草剤や鉱物肥料に依存しない方針も示しています。
つまり、アンデルナハは「かわいい食べられる花壇」ではなく、緑地、雇用、教育、持続可能性を束ねた都市モデルです。
英国トッドモーデンも同様の系譜に位置します。2008年に住民グループが始めた「Incredible Edible Todmorden」は、公共空間に食べられる植栽を「見える場所に植える」アプローチで、小口寄付・地域協力中心で運営されています。課題は継続運営(担い手)と許可取得の積み上げですが、世界中に「Incredible Edible」運動を広げるきっかけとなりました。

3-2.シアトル型・ボルチモア型:収穫と配分の仕組みを持つ
シアトルのCity Fruitは、2008年以降、公共・民間の果樹を管理し、収穫し、地域の食支援につなぐ仕組みを育ててきました。公式情報では、住宅の庭木や公共果樹園を含め、年間30,000から45,000ポンドの果実を収穫し、50を超える地域パートナーに配っています。2023年には44,829lbの収穫を報告し、2024年には28,500ポンド超を収穫し、およそ90,000食分を配布したとしています。

2020年の年次報告では、総収穫23,711lb、ボランティア255人・746.5時間、歳出242,141ドルなどが示されるため、例えば「運営コスト/収穫量」という粗い効率指標も計算できます(242,141÷23,711≒約10.2ドル/lb)。この値は食の市場価格ではなく「都市型収穫を成立させる社会コスト」の目安として使えます。
ここで重要なのは、木があることより、収穫、仕分け、運搬、配布、余剰活用まで含む運営機能があることです。
一方、道路植樹帯(planting strip)への果樹は「落果による滑り」を理由に禁止と明記されており、街路空間での果樹化にはリスク設計が不可欠であることも示しています。
ボルチモアのBaltimore Orchard Projectも、近い発想で動いています。公式サイトでは、市民の4人に1人がフードデザートに住むとされ、その改善のために、公園、学校、宗教施設、地域拠点へ果樹を植え、街路樹や許可を得た私有地の果樹も収穫対象にしています。
2012年に始まり、果樹・ナッツを約100拠点へ展開し、累計で約25,000lbを収穫したとされます。2015年に就労系団体のプログラムに統合されたと明記されており、分散拠点型でも「雇用・研修(オーチャード・スチュワード制度)」で運営能力を作る設計が読み取れます。
ボルチモアはまた、安全性研究でも重要な事例です。104拠点の土壌・灌漑水・作物を測定したSafe Urban Harvests Studyでは、土壌96%、灌漑水95%が金属の基準に適合したと報告され、同時に、土壌スクリーニング(検査)が重要なベストプラクティスとされています。
3-3.フィラデルフィア型:コミュニティ果樹園を支える
米国のフィラデルフィアでは、Philadelphia Orchard Project(POP)が2007年からコミュニティ果樹園づくりを支えてきました。POPの特徴は、ほぼすべての果樹園が、低所得地域や新鮮な果物へのアクセスが限られた地域にあることです。

2024年時点で70のパートナーと連携し、うち54カ所から回答を得た調査では、日常的に果樹園管理に関わる人が約245人、少なくとも一度は関わった人が約2,170人いました。2024年の報告収量は8,634ポンドでした。2025年の総収穫は12,044lb(樹木10,304lb+ベリー等1,740lb)で、品目別にアジア梨1,870lb、ポーポー1,793lbなどの内訳まで公開されています。
ここで見えてくるのは、エディブルシティが単に「木を植えること」ではないという点です。POPの果樹園は、地域団体、学校、宗教施設、コミュニティ組織と結びついています。しかも、2024年の収量は、前年の11,733ポンドより減っており、その背景として、4月の遅霜、干ばつ、猛暑、菌類病(火傷病、褐色腐敗など)の影響が報告されています。
つまり、現場は理想論だけではなく、天候、病害、担い手、収量変動と常に向き合っています。ここに、エディブルシティの現実がよく表れています。フィラデルフィアはKPI設計の教材価値が高い事例です。
3-4.ボストン・アシュビル・アトランタ型:食べられる公園を制度化する
ボストンでは、Boston Food Forest Coalition(BFFC)と市が連携し、空いた市有地を地域運営の公共フードフォレストへ変える取り組みを進めています。2026年1月時点で13のフードフォレスト・パークが公開されており、2030年までに30カ所を目指しています。
特徴は、単に植えるだけでなく、コミュニティ土地信託(Community Land Trust)の考え方を使い、土地を恒久的に守ろうとしている点です。つまり、食べられる公園を一時的な実験で終わらせず、将来の土地転用圧力から守ろうとしているわけです。BFFCは2015年設立とされ、強みは「土地の恒久確保」を最初から設計要素に組み込んだ点です。
ノースカロライナ州アシュビルでは、市が「Asheville Edibles Map」を持ち、2026年1月時点で300を超える食用・花粉媒介者向けの地点を地図化しています。その3分の2超は市有地です。また、Dr. George Washington Carver Edible Parkは、40種類を超える果樹・ナッツ類などを持つ公共の食べられる公園として紹介されています。つまり、食べられる場所を市民が見つけられる仕組みまで行政が担っているわけです。
アトランタのBrowns Mill Urban Food Forestは、7.1エーカーの市有地を活用した、公開型の都市フードフォレストです。市はこれを、フードデザート地域にある、市が所有し管理する最初のコミュニティ都市フードフォレストと位置づけています。米森林局のCommunity Forest Program助成を活用し、土地取得と公園モデル化を同時に進めています。
累計1,000人超のボランティア参加が示されていますが、果樹の成熟までの年数を埋める「管理への投資」が必要になります。植栽2,500+、高床畑30等が整備されていますが、造成初期(成熟前)の段階です。
3-5.バルセロナ型・ニューヨーク型:政策に埋め込む
スペインのバルセロナは、2019年から2030年を対象にした都市農業戦略を持っています。市は学校菜園、コミュニティ菜園、社会的包摂のための菜園を含めて都市農業を整理し、2021年時点で349の学校菜園、189のコミュニティ/社会的菜園を把握しています。
また、都市農業観測所では、生産量、生物多様性、健康、コミュニティへの効果を測ろうとしています。これは、エディブルシティをイベントではなく、都市政策の対象として測定しようとする例です。
ニューヨーク市では、2021年にLocal Law 121と123が可決され、Mayor's Office of Urban Agriculture、つまり市長直轄の都市農業室とアドバイザリーボードが設置されました。役割は、ポータルの運営、レポート作成、教育普及、研究支援、各部局への提言です。
ここで重要なのは、都市農業や食べられる都市の話が、善意の市民活動ではなく、市の通常業務に近づいたことです。制度があることで、担当部局の不在という根本問題に一歩踏み込んだ形です。
3-6.ロサリオ型・キト型:都市圏の食システムへ広げる
アルゼンチンのロサリオは、エディブルシティをより広い都市圏の食システムとして考える上で参考になります。WRIとFAOが紹介するところでは、この都市は都市計画や環境計画にアグロエコロジー(生態系に配慮した農の考え方)を組み込み、75ヘクタールの都市農地と800ヘクタールの周辺農地を守り、2,400以上の家族が菜園を始め、年間2,500トンの果物・野菜を生産し、常設市場も整備しています。
都市農業を景観ではなく、気候対応、空き地活用、仕事、販路まで含む都市戦略として扱った例です。
エクアドルのキトでも、自治体のAGRUPARが、都市・周辺部の農により、脆弱な人々の自家消費と余剰販売を支えてきました。紹介資料では、数千の菜園、1万人を超える担い手、数十万キログラム規模の生産、バイオフェリア(有機農産物市場)と呼ばれる販売機会の積み重ねが報告されています。キトは、エディブルシティが福祉、所得、食、女性のエンパワーメントまでつながりうることを示しています。
3-7.その他の注目事例
サンフランシスコは、市の公共事業部門が2010年4月に都市型収穫(Urban Gleaning)を立ち上げ、登録木の果実やコミュニティガーデンの余剰を回収し、フードバンク等へ配布するという「行政が分配機能を担う」型です。申請書類レベルで、登録・同意・供給物資・配布先種別までが具体化されています。
英国のThe Orchard Projectは、2009年開始のチャリティで、助成金・寄付・企業連携を通じて英国各地でコミュニティ果樹園の新設・再生を支援しています。累計32トンの果実救出等の実績があります。
シンガポールのEdible Garden Cityは、2012年設立の社会的企業で、屋上・施設での食べられる都市農園を展開しています。土地利用期限、許認可の調整が課題ですが、アジアにおける都市農業の先進事例です。
ソウルは、2012年を「都市農業元年」と位置づけ、市政府が条例等を整備し、屋上・遊休地・公園等で都市農業の場を拡大しています。多拠点の質担保、制度の分かりやすさが課題です。
メルボルン周辺(CERES Fruit Squad)は、2013年から余剰果実の収穫・再配分を行う都市の既存果樹を資源化するモデルです。2018-19年に2,356kgを収穫しましたが、コロナ後の体制再構築が課題となっています。

ここまでの事例を並べると、世界のエディブルシティは一つの形ではないことが分かります。公共景観を食べられる空間に変える型、地域果樹園を支える型、収穫と配分の仕組みを持つ型、食べられる公園を制度化する型、政策へ埋め込む型、都市圏の食システムへ広げる型。成功例に共通するのは、単に植えることではなく、運営の仕組みを持っていることです。
4.ここまでで事実として確認できること:4つの重要な知見
世界の事例と研究を整理すると、以下の4点が事実として確認できます。
4-1.エディブルシティの効果は本物である
最近のレビューでは、食べられる森型の公園や食用樹木を含むエディブルシティは、食のアクセス、生物多様性、暑熱緩和、土壌や水の改善、教育、コミュニティ形成、雇用など、複数の便益を同時にもたらしうると整理されています。

EdiCitNetの研究では、ECSは従来のNature-based Solutionsが提供する生態系サービス(冷却、空気・水の浄化、生息地サービス、レクリエーション効果など)を増幅し、食料供給サービスを追加することで、都市における食料安全保障、貧困緩和、不平等の是正に寄与すると整理されています。
多くの都市が関心を持つのは、この多機能性があるからです。
4-2.エディブルシティだけで都市の食料問題は解決しない
だからといって、エディブルシティだけで都市の食料問題が解決するわけではありません。2018年の系統的レビューでは、都市農業が低所得層の食料安全保障をどれだけ改善したかを強く示す研究はまだ少なく、アクセスや配分の障壁理解が不足しているとされています。
つまり、育つことと、必要な人に届くことは別問題です。フィラデルフィアの収量データが示すように、気象変動や病害によって収量は大きく変動します。都市の食料供給を安定させる手段としてのみエディブルシティを位置づけると、期待値が高すぎて失敗しやすくなります。
4-3.本当の中心課題はガバナンスである
2023年のカナダ研究では、公共の食用樹木は政策や規制への統合がまだ弱く、実務はコミュニティ組織や、その場所を支える中心人物に強く依存していると整理されています。議論も、便益よりリスクに偏りがちだと指摘されています。

これは多くの都市で当てはまる重要な観察です。2026年に発表されたリビングラボの研究でも、エディブルシティの共創における課題として、権力の非対称性、「プロジェクト化」効果(持続的な変化よりも成果物を優先する傾向)、代表性のギャップが指摘されています。
「エディブルシティは人が動かすか止めるか」という研究タイトルが示すように、成否を分けるのは植物ではなく人と制度です。
4-4.研究と評価の仕組みはまだ不十分である
2025年と2026年のレビューでは、地方制度への統合、設計指針、応用研究、食品安全や環境効果の定量分析が不足しているとされています。EdiCitNetは300を超える候補指標から約70指標を優先化しましたが、それでも「学術的に欲しい評価」と「都市が実務で回せる評価」の間には大きな差があると整理しています。
この4点は、かなり重要です。効果はある。だが、過大評価も禁物。鍵は運営。しかも、まだ標準化されていない。ここを押さえずに事例だけをまねると、見た目は似ても、実態は続かない取り組みになりやすいです。
5.本当の問題点は何か:解くべき課題トップ10
世界の事例と研究を踏まえ、都市実装の観点から見た優先順位です。順位は、「都市全体に広げようとしたときに失敗要因になりやすい順」に近いと考えてください。

課題1:運営主体と責任分担が曖昧なこと
エディブルシティは、普通の緑化より関係者が多いです。誰が植えるかだけでは足りず、誰が剪定し、病害虫を管理し、落果を掃除し、収穫ルールを決め、近隣苦情に対応し、事故時の責任を負うかまで決めないと回りません。2023年のカナダ研究では、公共の食用樹木は政策・規制への統合がまだ弱く、実務はコミュニティ団体や「その場を支える中心人物」に強く依存していると整理されています。EdiCitNetが各都市にCity Teamを置いたのも、この調整機能が中核課題だからです。方法論はかなり見えてきましたが、都市の標準業務にはまだなっていません。
ニューヨーク市が2021年に都市農業室を置いたのは、この曖昧さを少しでも減らすための制度化と見るべきです。
現時点の進捗:中。担当組織を置く都市は出てきましたが、まだ例外です。
課題2:維持管理費と財源が続かないこと
植える時の費用は見えやすいですが、本当に重いのは毎年の維持管理費です。剪定、更新植栽、病害虫対策、灌水、保険、ボランティア調整、収穫後の配布まで含めると、通常の緑地管理より手間が増えます。都市農業の系統的レビューでは、生活賃金の支払い、低所得層への食アクセス、事業採算を同時に満たすのは「同時達成が難しい三条件」とされ、かなりの外部投資がないと両立しにくいと整理されています。多くの事業体は助成金、寄付、補助金に依存しており、売上だけで回るモデルは例外です。進捗評価は低です。ビジネス支援や資金情報の整備は進みましたが、持続的な標準財源はまだ弱いです。
現時点の進捗:低。仕組み化の工夫は増えていますが、標準的な安定財源はまだ弱いままです。
課題3:土地を長期で確保できないこと
一年草中心の菜園でも土地の不安定さは問題ですが、果樹やフードフォレストではさらに深刻です。数年単位で育つ樹木に投資するには、十年以上の時間軸が必要です。土地利用の不安定さがあると、土づくりや多年生の設計に投資しにくくなります。カリフォルニアの調査では、都市農場のうち所有地は25パーセントにとどまり、土地が安定している農場ほど財政面・制度面の支援が厚い傾向がありました。ボストンがコミュニティ土地信託の考え方を採るのは、この問題に正面から向き合っているからです。土地が安定している農場ほど、資金面・制度面の支援が厚いという結果も出ています。進捗評価は低から中です。ゾーニングの緩和や公有地活用は広がっていますが、地価上昇と再開発圧力の前では、まだ脆弱です。
現時点の進捗:低から中。成功例はありますが、再開発圧力の強い都市では依然として脆弱です。
課題4:都市計画や規制に十分組み込まれていないこと
食べられる都市づくりは、今もなお、多くの都市で「市民活動」や「緑化の一種」として扱われています。しかし本来は、都市計画、道路、公園、教育、健康、福祉、廃棄物、地域経済と関わる横断課題です。最近のレビューでも、都市の食システムは長らく都市計画の中心課題として扱われず、食用樹木は政策・規制に最小限しか統合されていないとされています。とはいえ前進もあり、EdiCitNetは7都市でマスタープラン化を進め、ニューヨーク市は2021年のローカル法でMayor’s Office of Urban Agricultureを制度化し、バルセロナも2019–2030年の都市農業戦略を持っています。レビューでは、食用樹木やエディブルシティは地方制度や法制度への統合が不十分だと指摘されています。一方で、バルセロナの戦略、ニューヨークの都市農業室、ロサリオの都市計画統合など、前進もあります。
現時点の進捗:中。方向は見えていますが、まだ一般化していません。
課題5:食品安全、土壌、水、責任の管理が重いこと
公共空間で育てたものを食べる以上、景観管理ではなく食品管理の視点が必要です。米EPAは、都市農業用地では汚染履歴の確認と土壌・地下水の評価を求め、必要に応じて高床式、コンテナ、ハイドロポニクスなどの代替方法を推奨しています。米USDAも、土壌・水質検査、衛生教育、収穫物のトレーサビリティ、ボランティア保険まで求めています。ボルチモアのSafe Urban Harvests Studyでは、104拠点の土壌・灌漑水・作物を測り、土壌96%、灌漑水95%が金属の基準に適合したと報告されています。同時に、土壌スクリーニング(検査)が重要なベストプラクティスとされています。
その一方で、2026年レビューでは、都市フードフォレスト研究のうち環境分析は8.5%、食品安全や品質分析は6.3%しかありません。現場は動いているのに、科学的蓄積が十分ではありません。
現時点の進捗:中の下。実務手順は増えていますが、標準化にはまだ距離があります。
課題6:収穫後の流れ、つまり誰にどう届けるかが弱いこと
食べ物は、育てただけでは価値になりません。収穫し、仕分けし、運び、配るか加工するかを決め、余剰を減らすところまで設計しないと、結局は落果や廃棄が増えます。2018年の系統的レビューでも、都市農業が低所得層の食料安全を実際にどれだけ改善したかを強く測定した研究は少なく、アクセスと配分の障壁理解が不足していると整理されています。シアトルのCity Fruitは、毎年数万ポンド規模の果実を収穫し、数十の地域パートナーに配分しており、フィラデルフィアのPOPも低所得地域を中心にオーチャードを支えています。つまり、植えるだけでは足りず、収穫・選果・保管・寄贈・加工・廃棄を含む「最後の一マイル」が必要です。シアトルのCity FruitやボルチモアのBaltimore Orchard Projectが強いのは、収穫と配分の仕組みを持っているからです。2018年のレビューも、低所得層への効果を測るうえで、アクセスと配分の理解不足を課題として挙げています。
現時点の進捗:中。モデルはあるが、多くの都市ではまだ「植えるところ」で止まっています。
課題7:担い手、技能、継承の仕組みが弱いこと
エディブルシティは、年1回のイベントでは回りません。剪定、除草、マルチ、摘果、防鳥・防虫、収穫、清掃まで、通年の作業が必要です。City Fruitのボランティア募集だけ見ても、冬の剪定から秋の収穫まで年間を通じて作業が組まれています。しかも研究では、公共の食用樹木は「site champions」への依存が大きいとされます。個人の熱意に依存するモデルは、立ち上がりは速い一方で、継承に弱いです。進捗評価は中の下です。研修やネットワーク、MOOCは整いつつありますが、半プロ人材の常設雇用までは進んでいません。POPのパートナー調査でも、日常的に関わる人数(約245人)と、単発参加者(約2,170人)の差が見えます。City Fruitも、剪定や収穫を毎年継続して支える仕組みを持っています。にもかかわらず、多くの都市では担い手育成がボランティア頼みです。
現時点の進捗:中の下。研修やネットワークは増えていますが、半専門職としての継続雇用はまだ限定的です。
課題8:公平性を組み込まないと、恩恵より排除が強まること
緑が増え、治安が改善し、地域の魅力が高まること自体は良いことです。しかし、それが地価上昇や住民の押し出しにつながる場合があります。研究では、都市農業や緑化が、緑の価値上昇を通じて既存住民の排除と結びつく危険(「グリーン・ジェントリフィケーション」)が指摘されています。フィラデルフィアのPOPが低所得地域を重視し、ボストンのFood Forest Coalitionが歴史的にサービスが不足してきた地域で土地保全と地域主導を重視するのは、その反省の上にあります。
現時点の進捗:低。問題認識は広がりましたが、反排除を制度として入れている都市はまだ少ないです。
課題9:樹種選定、設計、気候適応、病害虫管理が難しいこと
どの木でも植えればよいわけではありません。地域の気候、土壌、降雨、病害虫、管理能力、住民の食文化、収穫期の重なり、落果や鳥獣被害まで考えて設計しないと、うまく回りません。
2025年レビューは、地域の嗜好と用途に合った樹種選定が重要で、地方の法制度への統合も必要だとしています。2026年レビューは、設計指針と応用研究がまだ不足していると指摘しています。一方、UNECEは2025年に樹種選択、植栽、維持管理、参加設計の実務ガイドを公開しました。進捗評価は中です。知識基盤は厚くなっていますが、各都市の気候・汚染・病害虫条件に合わせたローカル実装はまだこれからです。
現時点の進捗:中。知識は増えているが、実装の標準解は少ないという段階です。
9. 樹種選定、設計、気候適応、病害虫管理が難しいこと
エディブルシティは、単に果樹を増やせばよい話ではありません。 (サイエンスダイレクト)
10. 効果測定が弱く、期待値が先行していること
広げるうえで最後に効いてくるのは、実は評価です。何 (Wageningen University & Research)
課題10:成果を測る仕組みが弱く、期待値だけが先に走りやすいこと
最後に見落とされがちなのが、評価です。何キログラム収穫できたかだけでは足りません。誰に届いたか、どれだけ廃棄を減らしたか、教育や健康にどう効いたか、地域参加がどう変わったか、生物多様性や暑熱緩和にどう寄与したかまで測れないと、予算化も拡大も難しくなります。
EdiCitNetは300超の候補指標を約70に絞り、2024年時点で約500のECSプロファイルと90超の都市フードイニシアチブを載せるプラットフォームを整えましたが、2025年論文でも標準化と比較可能なモニタリングの不足が指摘されています。進捗評価は低から中です。道具はでき始めましたが、まだ「市の通常評価指標」にはなっていません。バルセロナの観測所やアシュビルの地図のような試みは前進ですが、まだ標準行政の水準には達していません。
現時点の進捗:低から中。
6.成功要因とKPI設計:実務向けの整理
6-1.成功要因の本質
成功要因は、コミュニティの熱量よりも「運営の意思決定と責任分担(ガバナンス)」と「維持管理の予算化」で説明できる部分が大きいです。
EdiCitNetのガイドブックは、ECSを生産・分配・利用まで含む仕組みとして捉え、運営モデルに経済的持続性を組み込む必要を強調します。
成功例に共通するのは以下の要素です。
責任の明確化:誰が日常管理を担い、誰が意思決定するか 資金の構造化:初期整備だけでなく維持管理の財源 担い手の制度化:ボランティア依存ではなく、研修と継続雇用 土地の恒久化:短期利用ではなく長期保全のメカニズム 配分の設計:収穫後の流れを最初から組み込む
6-2.KPIの基本セット
KPIは、少なくとも「量」「参加」「安全」「社会便益」「財務」の5群で設計すると、現場運営と政策評価がつながります。

量(供給)
年間収量(kg/年、品目別)
収量密度(kg/100㎡、kg/本など。可能なら成熟度別)
廃棄削減量(未収穫ロスの回収量)
参加(担い手)
参加者数(ユニーク、のべ)
作業時間(ボランティア時間、職員時間)
技能育成数(剪定講習修了、スチュワード認定など)
安全(リスク)
土壌検査実施率、是正率(高床土化等)
事故件数(転倒、蜂、道具)
苦情件数(害獣・臭気・落果)
社会便益(アウトカム)
配布先数、配布食数(フードバンク等)
低所得地区への配分比率(公平性)
熱環境・緑被・水管理の指標(可能なら)
財務(持続性)
維持コスト/年(人件費、資材、保険、委託)
コスト効率(例:コスト/kg、コスト/参加者)
資金源の分散度(公費・助成・寄付・事業収入)
6-3.数値例(公開データから)
フィラデルフィア:2025年の総収穫が12,044lb(樹木10,304lb+ベリー等1,740lb)で、品目別にアジア梨1,870lb、ポーポー1,793lbなどの内訳まで公開されています。これはKPIを「総量」だけでなく「品目別・気象要因付き」で説明できる好例です。
シアトルCity Fruit:2023年に44,829lbの収穫を報告。2020年の年次報告では、総収穫23,711lb、ボランティア255人・746.5時間、歳出242,141ドルなどが示されるため、「運営コスト/収穫量」(242,141÷23,711≒約10.2ドル/lb)という粗い効率指標も計算できます。
ボルチモア:植栽規模(1,000本超、約100拠点)と累計収穫(約25,000lb)、組織形態(2015年に就労系団体プログラムへ移行)を明示しており、「拠点拡大と運営体制の移行」をKPIで追う発想が可能です。
衛生面のKPIは、ボルチモアの安全性調査が参考になります。104拠点の測定で大半が基準適合だった事実に加え、「検査を標準化すること」が重要と示されているため、都市実装では「検査の実施率」と「是正の実施率」がKPIになります。
7.実装戦略の7原則
私は、エディブルシティをめぐる議論の多くが、表面を見すぎていると感じます。多くの人が見ているのは、野菜が植わった花壇や果樹が実った公園です。しかし、本当に都市を動かしているのは、その裏側にある運営システムです。
予算、担当部局、協働相手、土地契約、収穫ルール、清掃体制、食品安全、配分先、データ管理。成功都市は、見える部分より見えない部分を先に作っています。

以下に、実装のための7原則を示します。
原則1:目的を「増産」ではなく「複合公共価値」に置く
最初に変えるべきは目標設定です。エディブルシティを、都市全体の食料自給率を急に上げる政策として置くと、期待値が高すぎて失敗しやすくなります。
そうではなく、食アクセスの改善、教育、地域参加、暑熱緩和、生物多様性、福祉就労、景観改善を同時に返す公共投資として位置づけるべきです。UNECEや最近のレビューが評価しているのも、まさにこの多機能性です。
原則2:土地を時間軸で分ける
短期利用の空き地と、数十年単位で守るべき場所を分けて考える必要があります。一年草中心の実証は、暫定利用地でも可能です。しかし、果樹やフードフォレストは、長期利用が見込める公園、学校、公共施設、コミュニティ土地信託などに置くべきです。
ボストンの取り組みは、この時間軸の分離の重要性を示しています。
原則3:行政、地域、事業体の三層で運営する
行政だけでも、地域ボランティアだけでも難しいです。必要なのは、行政が土地と制度と最低限の予算を持ち、地域が参加と見守りを担い、事業体や非営利組織が専門運営を担う三層構造です。

アンデルナハの就労支援連携、シアトルのCity Fruit、フィラデルフィアのPOPは、形は違ってもこの構造を持っています。
原則4:収穫後の設計を先に行う
実装の順番として、植える前に、収穫後の行き先を決めるべきです。自由収穫にする場所、学校や福祉施設へ届ける場所、地域の食支援へ寄付する場所、加工して価値を付ける場所を分けて設計する必要があります。
City FruitやBaltimore Orchard Projectが機能しているのは、ここがあるからです。
原則5:安全は「事後対応」ではなく「設計条件」にする
土壌履歴の確認、汚染検査、食べる部位に応じた植物選定、収穫動線、手洗い、道具管理、落果清掃、アレルギーや衛生の配慮。これらは後から足すのではなく、最初から設計に入れるべきです。

EPAが示しているように、遊休地や過去利用が複雑な土地では、特に重要です。
原則6:公平性は「配慮事項」ではなく「設計原理」にする
対象地区の選定、運営の意思決定、収穫物の配分、雇用機会、土地保全のあり方まで含めて、公平性を最初から入れるべきです。低所得地域や歴史的に投資が薄かった地域を優先し、地域主導の仕組みを作り、土地の長期保全策を組み込むことが重要です。
POPやボストンの実践は、その方向を示しています。
原則7:データを取る。ただし現場で回る形にする
収穫量、参加者数、寄付先、廃棄率、管理コスト、温度、生物種数、教育参加、健康指標。理想を言えば全部取りたいですが、現場では回りません。だからこそ、EdiCitNetが示したように、少数の優先指標から始めるべきです。
最初の段階では、場所、樹種、収穫量、配分先、ボランティア時間、苦情件数、落果対応、参加者属性くらいでも十分に意味があります。アシュビルの地図やバルセロナの観測所は、その入り口として参考になります。
8.5年でどこまで行けるか:現実的なロードマップ
ここまでの議論を、実装の時間軸に落とすと、次のようになります。

初年度:場所の棚卸しとガバナンス設計
公園、道路、学校、福祉施設、空き地、民有地協力の可能性を洗い出し、土壌や管理条件を見ます。同時に、担当部局、地域団体、専門運営者、配分先を整理します。
この段階で「誰が責任を持つか」を決められないなら、面積を広げるべきではありません。ニューヨークのような担当組織や、アシュビルのような地図整備は、この最初の段階に近い仕事です。
2年目から3年目:地区単位での実証
駅、学校、公園、福祉施設、コミュニティ拠点をつなぐ小さな「食べられる回廊」をつくり、果樹、ハーブ、ベリー、菜園を組み合わせます。このとき、自由収穫型、管理収穫型、教育型、寄付型を混在させるのがよいです。すべてを同じルールで運営しようとすると破綻しやすいからです。
シアトルやフィラデルフィアのように、複数の運営モデルを並行させる方が現実的です。
4年目から5年目:制度化と財源化
都市計画や公園計画への明記、学校や福祉との連携、保全土地の確保、外部委託の標準化、成果指標の定着が必要です。
バルセロナの戦略、ボストンの土地保全、ロサリオの都市計画統合が示すのは、ここまで行って初めて「事例」ではなく「都市の仕組み」になるということです。
9.企業と自治体にとって何が意味を持つのか
エディブルシティは、自治体だけのテーマではありません。欧州のEdiCitNetが最初からグリーンビジネスや雇用の創出を視野に入れていたことが示すように、これは新しい都市インフラ市場でもあります。

造園会社:維持管理の高度化、食用植物の専門知識、剪定・収穫・配布の一体サービス
食品関連事業者:地域循環の新しい調達や加工、地産地消ブランド
物流事業者:小口配分、フードバンクとの連携物流
デジタル事業者:地図や管理プラットフォーム、IoT活用の生育監視
保険・不動産:新しいリスク設計、地域価値設計
ただし、企業が入るときに注意すべきことも明確です。地域価値を高めることと、地域を高価格化することは違います。地域の食と自然へのアクセスを増やすことと、イメージ向上のために見える部分だけを整えることも違います。
企業が関わるなら、土地の長期性、地域の意思決定、配分の公平性、維持管理の持続性を条件に入れる必要があります。ここを外すと、エディブルシティはすぐに「良い話に見えるだけの開発装置」になってしまいます。
10.日本への示唆と推奨アクション
10-1.日本導入の考え方
日本でエディブルシティを広げる場合、私はいきなり「都市全体」で考えない方がよいと思います。先にやるべきは、地区単位で、公共空間と地域サービスをつなぐことです。

たとえば、公園、学校、福祉施設、駅前空間、団地、河川沿い、公共施設の余白などを結び、小さな食べられる公共空間のネットワークをつくる。そのうえで、教育、ケア、地域交流、防災、暑熱対策、生きものの場づくりを重ねる。日本では、この「多目的に使う小さな空間の連結」の方が、広い一枚岩の面積確保より現実的だと考えます。
また、日本では、見た目の整然さや清掃、近隣合意、安全配慮への期待が比較的高くなりやすいので、自由収穫型だけでなく、管理収穫型や教育型を組み合わせる方が無理がありません。すべてを「好きに取ってください」にすると、現場が苦しくなる場合があります。逆に、場所ごとにルールを分ければ、実装の幅は広がります。
アンデルナハ型をそのまま移植するのではなく、日本の管理文化に合わせて設計を変えるべきです。これは制約ではなく、設計条件です。
10-2.法制度上の要点
事実として、都市公園で公園施設以外の物件等を設けて占用する場合は、公園管理者の許可が必要です(都市公園法)。同様に、道路に工作物等を設けて占用する場合、道路管理者の許可が必要です(道路法)。さらに、公共施設の設置・管理に欠陥があり損害が生じた場合、国または公共団体が賠償責任を負う枠組みがあります(国家賠償法2条)。
このため日本の実装では、次の3点を最初に文書化する必要があります。
管理主体:誰が日常管理(剪定・清掃・害獣対策)を担うか(自治体直営/委託/協定)
責任分担:事故・食中毒・アレルギー等の責任範囲(免責の限界を含む)
許可の型:公園占用・道路占用・イベント使用・物販等をどの枠で処理するか
ここを曖昧にすると、後で「落果」「滑り」「害獣」「苦情」で止まります。シアトルが滑りリスクで果樹を禁止するように、公共の安全基準は最優先の制約です。
10-3.気候・作物選定の実務ポイント
分析として、作物選定は「収量最大化」より「管理容易性×事故リスク最小化」で始める方が成功率が高いです。
街路沿いは、落果で滑りやすい果実(熟すと潰れる果実)は避け、まずはハーブ類や、落果しても危険性が比較的小さいものから始める
公園内でも通路直近は避け、収穫区画を少し奥に設ける(転倒事故と清掃コストを下げる)
土壌は必ず検査し、高リスクなら高床土・被覆で隔離する(都市農の安全性研究・行政ガイドラインの基本動作)
10-4.保険・責任問題の現実解
実務では「ゼロリスク」は不可能なので、次の組み合わせでリスクを下げます。
設計で避ける:通路から距離を取る、落果しやすい場所に植えない
運用で避ける:収穫期の巡回、落果の即時回収、注意表示
制度で避ける:協定書(管理責任、作業手順、連絡体制)、作業者の安全教育
衛生で避ける:洗浄・選別・配布の手順、必要なら加工・加熱用途へ回す(根菜は皮むき等、EPA等が推奨する基本策)
11.おわりに:エディブルシティの本質とネイチャーポジティブへの道
エディブルシティは、見方を誤ると、野菜や果樹を植える楽しい話に見えます。ですが、世界の実践と研究を追うほど、それは都市の思想と運営の話だと分かります。

何を植えるかより、誰が支えるか。どれだけ収穫できるかより、誰に届くか。どれだけ緑が増えるかより、誰が恩恵を受けるか。ここが本質です。
私は、エディブルシティは今後ますます重要になると考えています。ただし、広がるのは「果樹を植えた都市」ではありません。土地、制度、運営、配分、公平性、評価まで持った都市です。
成功例をまねるなら、見える形ではなく、見えない仕組みをまねるべきです。それができれば、エディブルシティは、ネイチャーポジティブを都市で具体化する、かなり有力な方法になります。
日本の自治体や企業にとって、エディブルシティは「環境に良い小さな活動」では終わりません。これは、地域の自然資本、つまり地域の暮らしを支える自然の土台を、日常の公共空間でどう使い直すかという問いです。そして、その答えは、気候対応、生物多様性、地域福祉、教育、食、都市再生を一つの場所でつなぐ可能性を持っています。
さらに、日本では高齢化や担い手不足が進む地域が少なくありません。だからこそ、エディブルシティをボランティアだけに依存させてはいけません。就労支援、福祉、学校、企業ボランティア、地域の専門事業者を組み合わせ、最低限の常設運営を置くことが必要です。アンデルナハが就労支援と結びつき、シアトルやフィラデルフィアが専門組織を持つのは、ここが核心だからです。
要するに、エディブルシティの本質は「収穫物の量」ではなく、「都市が食べられる公共空間をどう運営できるか」です。この問いに答えられない都市では、見た目が似ていても広がりません。逆に、この問いに答えられる都市では、エディブルシティはネイチャーポジティブ、気候適応、福祉、地域経済をつなぐ強い政策になります。
都市の緑を、「見るもの」から「育て、食べ、分け合い、学ぶもの」へ。その変化は、都市そのものの再設計を意味します。そして、その設計図は、すでに世界の先進事例の中に描かれています。

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参考情報源
一次情報として優先度が高いのは、自治体公式サイト・部局資料(条例、年次報告、プログラム申請書)です。アンデルナハの市公式ページや州の事例紹介、ボストン市のFood Forestsページ、サンフランシスコ公共事業の年次報告は、開始年・制度位置付け・運用の骨格が確認できます。
次に、プロジェクト団体の報告書・年次レポートが、収量・参加・財務のKPIに直結します。フィラデルフィアの年次収量集計、シアトルのCity Fruit年次報告、ボルチモアのプログラム概要資料は、比較可能な数字が得られます。
学術論文は、成功の一般化(何が効くか)と安全性(何を測るべきか)に強いです。Edible City Solutionsの枠組み(都市の食の生産・分配・利用を含む)と、ボルチモアのSafe Urban Harvests Study(都市農の金属リスク評価)は、実装の説明責任を支える中核文献です。
日本の法制度確認は、e-Gov法令検索の条文(都市公園法、道路法、国家賠償法)が一次です。これを起点に、各自治体の公園使用・占用申請要領(自治体サイト)に落とすのが最短経路です。
