ベテラン設計者と衝突した話③|衝突から僕が学んだこと
ここまで、ベテラン設計者と衝突した二つのエピソードを書いてきました。
その方は、入社から一年足らずで退職されました。
たった一年でしたが、
「ああ、こういう生き方をすると苦労するんだな」
と、いろいろな意味で学ぶことの多い一年でした。
今回は最終回として、ベテラン設計者との関わりから得た学びを、自分の備忘録も兼ねて書いていきます。
僕にも似たような失敗がある
実は僕も、ベテラン設計者と似たような経験をしたことがあります。
大学、大学院の六年間、僕はかなり厳しく育てられました。
教授には某自動車メーカーのOBが多く、ものづくりに対する考え方や仕事の進め方を徹底的に叩き込まれました。
そのイズムを胸に、新卒で大手食品メーカーへ入社しました。
そこで見たのは、自動車業界とはまったく違う世界でした。
保守的な考え方が根強く、昔からのやり方が当たり前のように残っている。
当時の僕には、それが旧態依然とした文化にしか見えませんでした。
仕事は退屈に感じました。
学生時代に学んだことは何だったのだろうと、疑問を持つ日々でした。
この会社のやり方に馴染むことは、自分が六年間かけて学んできたことを否定することだ。
当時の僕は、そんなふうに考えていました。
そして僕は、せっかく入社した会社を一年足らずで辞めました。
今になって思えば、その会社には、その会社が長年生き残る中で作ってきた正解がありました。
僕が大学で学んだやり方だけが、ものづくりの正解ではありませんでした。
もちろん、長年続いている文化が、この先もずっと正しいとは限りません。
変えるべきものもあると思います。
ただ、今ある文化を理解せず、すべて間違っていると切り捨てても、組織は変わりません。
なぜそのやり方が残っているのか。
どんな失敗を経て、そのルールが作られたのか。
誰が、どんな事情を抱えているのか。
そこを理解した上で改善しなければ、次の文化は作れないのだと思います。
そんな経験をしているからこそ、ベテラン設計者の気持ちも、まったく理解できないわけではありません。
機械設計歴は40年以上。
長い時間をかけて培ってきた知識や成功体験があったはずです。
新しく入った会社で、それまでのやり方が通用しない。
自分より経験の浅い人間から、会社のルールに従ってほしいと言われる。
僕が新卒の頃に感じたものより、ずっと強いジレンマがあったのかもしれません。
今の会社のやり方にも理由があることには、本人も少しずつ気づいていたのではないかと思います。
ただ、それを認めることが、これまでの自分を否定するように感じられたのかもしれません。
だから意見を否定されるたびに感情的になる。
感情的になるから、周囲は距離を置く。
距離を置かれるから、さらに自分の話を聞いてもらえなくなる。
そんな悪循環に入っていたように見えました。
過去の経験を捨てる必要はない
新しい環境に入ったからといって、それまでの経験を捨てる必要はありません。
ただ、その経験をそのまま押し通せばいいわけでもありません。
まず、今いる場所のやり方を知る。
その文化が作られた理由を知る。
その上で、自分の経験をどこに使えるのかを考える。
過去の正解を、新しい場所で使える形に変換する必要があります。
ベテラン設計者の知見が素晴らしかったのは事実です。
僕が知らない構造や部品、考え方を数多く知っていました。
決して、その人を設計者として下に見ていたわけではありません。
ただ、その知識を周囲に伝え、今いる会社で使える形に変えることが苦手でした。
会社を下に見た態度を取る。
優れた知識を持っていたからこそ、それを生かせないまま会社を去ったことは、会社にとっても本人にとっても、本当にもったいないことだったと思います。
ベテラン設計者から得た学び
そして、このベテラン設計者との関わりから、僕が学んだことが三つあります。
郷に入っては郷に従え
どんな立場で入ったとしても。
どれだけ経験を積んできた人でも。
新しい組織に入る以上、まずはその組織のやり方を知るべきなのだと思います。
いきなり変えようとするのではなく、まずは従ってみる。
その会社がなぜそのやり方をしているのか。
そのルールがなぜ残っているのか。
誰がどんな事情を抱えているのか。
そこを知らずに、外から持ってきた正しさだけをぶつけても、組織は動きません。
多勢に無勢
本当に会社を変えたいのであれば、個人の力だけではどうにもならない壁があります。
まさに、多勢に無勢です。
どれだけ正しいことを言っていても、一人で叫んでいるだけでは変わりません。
だから、まずは多勢になる必要があります。
一緒に会社を変えていこうと思ってくれる仲間を作る。
敵を作るのではなく、仲間を作る。
自分の正しさを振りかざすよりも、周囲に少しずつ理解してもらう。
それができなければ、改革はただの孤立になります。
大海を知る魚、井を知らず
「井の中の蛙、大海を知らず」という言葉があります。
狭い世界しか知らない者は、広い世界を知らない。
そういう意味で使われることが多い言葉です。
ただ、僕は逆もあると思っています。
大海を知る魚は、井の中を知らない。
大海には、大海の生き方があります。
広い世界があり、豊富な資源があり、激しい競争があります。
一方で、井の中には井の中の生き方があります。
限られた資源。
限られた人間関係。
独自に作られてきたルールや文化。
その中で、何とか生き残ってきた歴史があります。
大海での正解を知っている魚が、井の中に入ったからといって、そのまま生きていけるとは限りません。
むしろ、井の中の狭さを馬鹿にし、そこにあるルールを軽視すれば、真っ先に浮いてしまいます。
ベテラン設計者は、まさに大海を知る魚だったのだと思います。
大きな会社での設計。
商社を通した加工手配。
豊富な選択肢。
長年の経験。
それらは間違いなく価値のあるものでした。
ただ、うちの会社という井の中で生きるには、その経験をそのまま持ち込むだけでは足りませんでした。
井の中の水の流れを知る必要があった。
そこにいる人たちの事情を知る必要があった。
その上で、自分の経験をどう使うかを考える必要があった。
それができなかったから、知識はあっても、周囲と噛み合わなかったのだと思います。
またこの記事に戻ってくる
僕からすると、まだまだ先が長い社会人人生です。
将来、僕もきっとこのベテラン設計者のように、自分の経験に基づく正しさを振りかざす側の人間になってしまうかもしれません。
そうなったときに、この記事に戻ってきたい。
郷に入っては郷に従う。
多勢に無勢。
大海を知る魚も、井を知る。
人は弱いです。
分かっていても、ついつい忘れてしまう。
だからこそ、思い出せるものがほしい。
この記事は僕の備忘録です。
そのついでに、誰かの備忘録にもなったのなら嬉しいです。
