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アトランティス奇譚 最果ての星の物語 第一話

あらすじ

超古代文明アトランティスを舞台に、シリウスから来た星の民の運命と新たな希望を描いたファンタジー小説です。
高度な科学で守られた楽園・超古代文明アトランティス。平和な日々が永遠に続くと思われていた夏至祭の前日、街の要コアクリスタルの回収及びトトのシリウスへの帰還が決定される。
星の神殿の最高神官・天狼星(てんろうせい)は街を救うべく奮闘する。歴代神官の記憶を「幼生」へ移植し、街を守ろうとする天狼星の計画は、海王星の介入で大きく頓挫する。それでも街を守ろうとする天狼星はどんな結末を迎えるのか。果たしてコアクリスタルは回収され、アトランティスは海へと沈むのか。朱斗と天狼星が残した未来への願いとは。

♢夏至の裁定♢

その街は、青く透明な半球状のドームにおおわれていた。

街の中央には、樹齢数千年を数えるであろう巨大樹が天井近く大きく枝を広げている。

巨木の根元を囲むように丸く設えられた水環から、深く澄んだ水の帯が8本、精密な方位を目指して放射状に延びている。

きらきらと光る水路に楽しそうに泳ぐ数頭のイルカの背が浮きつ沈みつ、柔らかな日差しを浴びてつるりときらめいている。

その街に棲む人々は、常に満ち足りていた。

街を覆うドームの内部は常に安定した気候が保たれている。飲食を必要としない身体には病もなく、平和で安定したこの地で、人々は日々の暮らしを心から楽しんでいた。

しかし、それは一万年という長い時を経て、遥かシリウスよりこの地に降り立った本来の目的を忘却の彼方へと追いやった元神人(しんじん)たちの、終わりなき繰り返しの日々でもあった。



もうすぐ、正午の祈りがはじまる。

巨大樹の根元近くに設えられた白い祭壇に、ドームの天頂から一条の光が差し始めた。

祈りを捧げる巫女たちは、笑いさざめきながら歩いてくる。彼女らは争いを目にしたこともなく、病に冒されることもない。ただ「永遠の今」が続いていくことを、欠片も疑うことはない。

太陽が天頂に差し掛かる。

センターツリーの真上から差し込む強い日差しの中から、きらきらとした光の粒子が立ち上り、それはいつしか人の形を取り始める。

光の中から音もなく姿を現したのは、黄金の鬣(たてがみ)をゆらす獅子である。黄金の鎧を纏った屈強な腕を組み、彼は静かにセンターツリーを見つめていた。

正確には、センターツリーの奥深くに隠された高度に凝縮されたエネルギー体コアクリスタルを。

ライオンは、目の前に聳え立つ巨大な樹を見上げる。

晴れ渡る青い空を映す天井沿いに大きく広がる枝が豊かに生い茂っている。視線を落とせば水路ではしゃぐイルカたちの楽しげな声が響いていた。

正午の祈りが始まった。

高く澄んだ祈りの歌に舞い踊る少女たちは喜びに満ちて輝くばかりに美しい。

この街はこんなにも美しい。ライオンは独りごちた。
汝は何を望むのか。

ライオンは、かつての光景を幻視する。

始まりの刻、アトランティスは歓喜に満ちていた。平和と希望に満ちたこの街で、コアクリスタルはほどなく満たされ『次元上昇』が起こるはずだった。

しかし、長く平和な日々を経ようとも、待ち望まれた次元上昇は起こらなかった。そしていつの間にか、本来の目的は忘れ去られ、形骸化した平和に堕落の影が差し始めた。そして時は流れ、日々は流れ、クリスタルのエネルギーは、ただ減り続けていった。

ライオンは、ふと息をつく。
これ以上エネルギーが失われてしまえば回収すら危うくなる。最悪の事態は避けなければならない。

ライオンがわずかに仰向くと、天頂の太陽が強い光を放っている。

どんなに光に溢れていようとも、この街は最早抜け殻に等しい。

ライオンは静かに告げる。

「裁定は下った。シリウスの核(コア)は明日回収される」

まるでその低い響きを待っていたかのように、センターツリーの奥深くにふわりと青い光が点った。


♢アトランティス崩壊前夜♢

夜明け前、海へと向かう石畳の小道を、足早に進む一つの影がある。

沈みゆく月の光に浮かび上がったのは、白銀の髪をゆらし、白い神官服(ローブ)の裾をはためかせ急ぎゆく星の神殿の主、天狼星(てんろうせい)である。

海に突き出した細い崖の先端に豪奢な細工のされた巨大な青い扉を見つけると、彼はほっと息をつく。息を整えながら扉の前で立ち止まると、それは音もなくゆっくりと開く。

その場に似つかわしくないほど大きな扉を抜けると、ぐにゃりと視界が歪む。

足を踏み入れた先は海王星の棲家へと繋がる異空間であり、それを抜けた先は青く滴るように薄暗い海の底。その更に奥から、くつくつとくぐもった笑い声が響いてくる。

「これは珍しいこともあるものだね。久しいね、朱斗(トト)の分御霊(わけみたま)よ」

暗く青闇に沈む部屋の奥、豪奢なソファにふわりと影が落ち、それはゆらゆらと人の形を表してゆく。

浮かび上がったのは、豊かに波打つ青色の髪。その底知れない海の底のような青い瞳は、楽しくてたまらないというように、薄い唇の端を上げて天狼星を見つめていた。

「あなたがここにくるということは、何か問題があったのだろうね?」

楽しげに問うてくる海王星の青い瞳に、天狼星はきつい一瞥を返す。

「コアクリスタルが回収になるというのは本当なのか」

強い問いかけに海王星は軽く肩を竦めてみせる。

「そうだね、私もそう聞いているよ。昼の一番長い日に、獅子座が降りてくるんだよ」

にこにこと語っていた海王星だったが、さらに眉を険しくする天狼星の様子を見ると、その青い目を一転して冷たく尖らせる。

「あまりここに肩入れしすぎない方がいい。あなたは星に戻るのだから、選ぶ道を違えないことだ」

押し黙ったままの天狼星に向かって、海王星は冷えた瞳のまま小さく呟いた。

「もう時間がない。道を間違えないことだよ」

海王星の言葉の途中で天狼星は立ち上がる。

そして、くるりと背を向けると、扉へと歩みを進める。その頑なな背中に海王星は再び笑みを浮かべた。

「まあ、健闘を祈るよ」

その言葉と共に、彼の姿はきらきらと空気に溶け、その青い扉は閉ると同時にじわりと闇へ消えていった。

天狼星は消えた扉の前に呆然と立ち尽くす。

裁定は下った。夏至の正午、コアクリスタルは回収される。

呆然と佇む天狼星の背に、やがて朝陽が昇りはじめた。

アトランティスは海に浮かぶ小さな島である。
島は青いドームで覆われ、その中はいかなる場合も生物にとって快適な環境を保っている。

はずだった。

異変は少しずつ、確実に進んでいた。守られているはずのドーム内でも、肌に感じる日差しの暑さが日々増している。もはや気のせいでは済ませられないほどに、外気の影響がドームの中にも及んでいた。

巨大な中央樹から放射状に延びる水路にかかる橋の上を、天狼星は足早に進んでいく。

「主上(しゅじょう)」

ふいに呼び掛けられて振り向くと、登りかけた朝日を背にして小さな人影が近づいてきた。

明るい紫の大きな瞳。豊かな栗色の髪を肩で束ね、優しい月の形の眉を気遣わしげにひそめた、小柄な乙女の姿があった。

「菫(すみれ)か」

天狼星は思わず息をつく。

「はい主上、おはようございます」

朝露をたっぷりと含んだ、摘んだばかりの草花を胸の前に抱えて、菫は輝くような笑みを浮かべる。

「その花は?」

「明日の夏至祭りに使う祭壇の花を選びました。今年の星回りですと、少し落ち着いた色味と香りの草花がよいのかなと」

菫は抱えた花束に目を落としながら答える。

「ああ、そうだ。明日は夏至祭だな」

少し固さを帯びた天狼星の言葉に、菫は小さく首をかしげた。

「もう少し華やかな様子にいたしましょうか?」

その無邪気な様子に天狼星は笑みを漏らす。

「いや、その花でよいだろう。星の神殿に相応しい、良い花選びだ」

その言葉に、菫ははにかむような笑顔を返す。

「では、この花にいたします。主上も後で見にいらしてくださいね」

膝を折り、小さくお辞儀をして菫は踵を返す。天狼星はふとその背に声をかけた。

「菫。幼生(ようせい)の生育は順調か?」

振り返った菫は笑顔で答えた。

「はい! お陰さまで、もうすぐコアの乗り換えができるほど大きくなりました」

天狼星が幼生に関して言及することはかつてなく、菫は意外な思いにとらわれた。しかしその疑念はすぐに消え去る。主上の仰せは絶対なのだから。 

「いつでも乗り換えができるよう準備をしてほしい」

「はい、主上。仰せのままに」

再びふわりと膝を折ると輝くような笑みを見せて、菫は星の神殿への道を歩き始めた。

じりじりと太陽が昇っていく。

街の中心を繋ぐ水路を抜け、神殿へ向かう小道を曲がると、ふいに天狼星の視界が歪み、意識がふわりと掬い上げられる。

天狼星の視界がすべて青い光に染まる。 

彼の意識は刹那の間にトトの住まうコアクリスタルの内側『神の在る場」へと移されていた。

コアクリスタルとは、シリウスの神トトの棲み処であり、悠久の青き輝きを放つ、すべてのエネルギーの源泉である。

青の空間でたゆたう天狼星の意識を目指し、ゆらめく金の光が一点に収束を始める。

『我が愛する分御霊(わけみたま)よ。定められたときを迎え、汝はいかに為す』

きいんとした耳鳴りとともに、脳に直響く朝の光のような声。

「定められたとき、と仰いますか」

天狼星が返すと、再び脳裏に声が降る。

『我が青きシリウスの民よ。明日太陽が天頂へ至る時、我は星へ還る。そして汝は如何成す』

トトが星に還る。それは最早この街は終わると告げられたに等しかった。

「民はどうなりましょうか」

小さく問う声に答えはない。

しばしの沈黙の後、天狼星は言葉を返す。

「私はここに残ります。民とともに、この街とともに」

大きな沈黙ののち、トトから静かな響きが戻ってきた。

『汝の思うままに』

その響と共に、天狼星の意識は地上へと戻された。

トトからの問いかけの後、星の神殿へと機械的に歩を進めていた天狼星であったが、いつしか知らぬ間に立ち尽くしていた。

登りゆく太陽の日差しはじわじわと天狼星の体を焼いていく。

何を間違えた。どこを違えてしまったのか。それがわかろうはずもなく、残された時はわずか。この街は、夏至の正午に無に帰す。

背を焼く日差しが、ふいに翳(かげ)る。
肩にかかる薄物の感触と共に、気遣わしげな声が耳に届く。

「星読みさま、いかがなされましたか」

日除けの布を差し掛けながら覗き込むのは、薄い銀の地に裾のみ濃い青に染められた風の神殿の式服を纏った若い神官だった。

アトランティスには、五つの神殿が存在する。それは創生当初から続く大切な儀式を執り行う「街の鎮め」であった。

天狼星は星の神殿の最高神官として、創生当初より最も要(かなめ)たる星の儀式を守ってきた、この街の長である。民は心からの尊敬と親しみを込めて、彼を「星読みさま」と呼んでいる。

「お顔の色が真っ青です」

ふわりとした雲のような細い銀の髪。優しげな銀色の瞳が、気遣わしげに天狼星を見つめている。

「ああ、すまない。日差しに当たりすぎたようだ」

銀の髪の若者は天狼星の返事に頷く。

「今日は日差しが特に強うございます。少し休まれた方がよろしいかと存じます。風の館にお連れいたしましょう」

天狼星が小さくうなずくと、彼は天狼星に日除けの布をかけ直し、力強く肩を支えながら風の神殿へ歩を進めていく。

先程の衝撃が少し抜けた天狼星は、自らを支え歩く若者に目をやると、どこか覚えのある気配がする。おそらく器を変えたばかりなのだろう。見た目は少年のようだが、その目は思慮深く知恵に満ちていた。

「名は?」

短く問うと、若者は目を伏せながら答えた。

「隼(はやぶさ)と申します。一月前に器を変えました。星読みさまにおかれましては、久しくお目通りもいたしませず、大変失礼をいたしました」

「隼」と聞いて、天狼星は思い出す。

彼は風の神殿の高官であり、かなりの長寿を誇っていたが、「蓄え続けた古き知恵を伝え終われば、久しく行わなかった器換えをする」と、春になる頃に聞き及んでいた。

「そうか、隼、久しいな。新しい器は馴染んだか」

天狼星の問いに、隼はわずかに笑顔を浮かべる。

「はい、星読みさま。体は楽になりました。なれどやはり、蓄えた知恵はそのほとんどを失いました。今は転写しておいた情報を、石の神殿にて転写しております」

僅かに寂しげなその口調に気付き、天狼星は自らを支える彼の腕に優しく触れる。

「器換えが無事に済んでよかった。またこの街に戻られて嬉しく思う。愛しき我が民よ」

その言葉に、隼は軽く目を見開き、俯く目の端に小さく涙を光らせた。

隼の涙を見て、天狼星の心に再び火が点る。
まだ時間はある。街を守る術(すべ)を今一度探そう。天狼星は自らを支える隼の手を強く握る。「生きよ」と願いながら。



風の神殿では、夏至祭の準備が進められていた。

神殿の庭を飾るために忙しく立ち動いていた若い神官たちは、隼に支えられ歩いてきた人物が誰であるかを知るや、一斉に駆け寄ってきた。

「星読みさま! どうなされましたか!」

神官たちの慌てように、天狼星は思わず笑い出した。

「暑さで眩暈がしただけだ。隼には手間をかけた。少し休ませてもらえるか」

天狼星の言葉を聞いて、数人が寝所の準備に走っていく。

そして、風の主上にお伝えいたします、と駆け出した若者を止めかけて、天狼星の脳裏にひとつの計画が浮かんだ。

「そうだな。風の主と、少し話をしようか」

隼はこくりとうなずく。
二人は風の神殿の奥へと歩を進めた。

真昼に差し掛かる頃、街外れの森から足早に出てきたのは、花の神殿の主・花依(かより)である。

薄桃色の巻き毛は華やかに背を流れ、同じく薄桃色の羽織の裾は優しい緑。腕の中には色とりどりの花を抱え、軽やかな足取りで帰り道を急いでいた。

夏至祭に相応しいグリッドを作りたい。花は瑞々しく、草は青く。頭の中ではもう、最適な草花の配置を考えている。花のグリッドを配置したら、石の神殿からクリスタルを運ばなければ。

忙しく考えながら、水路を繋ぐ橋を渡ったその時、ふいに彼女の脳裏に直接声が響いた。

『花依(かより)』

優しい呼び掛けは、星読みさまの音だった。

『風の神殿へ参られよ。話しておきたいことがある』

穏やかな呼び掛けではあったものの、花依は背筋が緊張するのを感じ、集中して一言のみ送りかえす。

『御意』

二度ほど器を変えている彼女には、それが限界であった。花依は薄桃色の羽織をはためかせ、風の館へと向かった。



花依が風の神殿に到着すると、既に全ての神殿の主が揃い、彼女の到着を待っていた。花束を抱いたままの花依に、天狼星は笑いかける。

「突然呼んですまない。花を摘みに出ていたのだね。せっかくの美しい花だ、私が預かろう」

花依は小さく頷いて視線を伏せ、静かに歩み寄る。彼女が花を差し出すと、天狼星はふわりと笑う。

「これは美しいな。さすが花の主の摘む花よ」

白い頬が優しく緩む。羽織る白のローブに色とりどりの花が映え、天狼星の澄んだ青い瞳を明るく照らしていた。

星読みさまは本当に美しい。
花依はうっとりその様子に見惚れる。

いつも穏やかで優しく、光輝くようだ。薄く青みがかった銀の髪、瞳は軽く透明な青。透けるような白い頬に、いつも優しい淡い唇。そしてその額には、雫型の青い石が輝いている。

その昔、朱斗(トト)神の手ずからその額に収められ、今もなお変わることなく輝き続けるその石は、コアクリスタルの欠片である。それは永遠のエネルギーを天狼星に与え、一度たりとも器替えの必要を生じさせることはなかった。

花依が手渡した花を愛おしげに抱えながら、天狼星は語り始める。

「皆を集めたのは他でもない。そなたらに頼みがある」

話し始めた途端、光を強める青い瞳に、主たちは表情を引き締めた。

「トトさまの棲まうコアクリスタルが回収されることになった。この島が海に落ちぬうちに、街を守らなければならない」

その言葉は、誰の予想をも超えていた。
静まり返る風の神殿に、庭で祭の準備をする神官たちの明るい声だけが響いていた。

アトランティスはかつて、自由に空を行き渡る浮き島として誕生し、高度な科学テクノロジーを誇っていた。

その後数千年の時を経て、星の動きに沿いながら動いてきた浮き島は徐々に浮力を失い、現在の位置に固定されてからは移動することなく今日に至っていた。

街を移すことは、浮き島のままであれば容易いことであったが、現在のアトランティスの状況ではエネルギーも技術も心許ない。

重い沈黙を破ったのは、風の主だった。

「トト様は、いつ出立されますか」

濃いブルーに一筋の漆黒が印象的な髪。浅黒い肌に黒い瞳はまっすぐに天狼星を見つめている。風の主・青鷲(あおわし)の強い眼差しに、天狼星は答えた。

「明日の正午になる」

その言葉に、青鷲は思わず息を呑む。

「明日、と仰いましたか……?」

いつも冷静な青鷲が、思わず顔色を失うほどの衝撃だった。その顔を見返しながら、天狼星は続ける。

「もはや残された時間は少ない。今できる最大限のことが求められる。どうか皆、力を貸してほしい」

天狼星は静かな眼差しで言葉を続ける。

「雫(しずく)」

呼び掛けられて応えたのは、水の神殿の主である。

「イルカたちに聞いてはくれまいか。この島からもっとも近く、安全な陸地の位置を」

淡い緑青の瞳に、揺らめく同じ色の長い髪。この星の海と同じ色をもつ彼女は、すべての海の生き物と会話をすることが出来た。

雫は小さく「御意」と発する。

「青鷲。そなたは雫と共に鳥となりてイルカを追ってはくれまいか。新しい陸地をその目で確かめてくれ」

青鷲はわずかに迷った。事態はあまりにも差し迫っている。今や風の神殿の高官であっても、その姿を鳥に変えることができる者は限られている。自分が行くべき重要な役目ではあるが、今、神殿から離れてよいものか。

青鷲が答える前に、張りのある声が響く。

「私が参ります」

声の主は隼だった。

「多くの知恵は失いましたが、飛ぶ力は残りました。少し念話も使えます。どうぞ私めにその御用を申し付けください」

低く頭を垂れる隼に、風の主も重ねて言った。

「隼であれば安心して任せましょう、主上。よろしいでしょうか」 

己を見つめる風の神官たちに天狼星は頷いた。

「隼に任せよう」

天狼星の言葉を聞くと、風の主は隼の肩を軽く拳で触れ、「任せた」と唇を動かした。

隼は頷くと風の主に向けて一瞬膝を折り、雫へと歩み寄る。雫は軽く笑顔を浮かべると、二人は急ぎ風の神殿を後にした。

天狼星は走り去る二人を目で追っていたが、やがて視線を戻した。

「花依(かより)」

花の主はまっすぐに天狼星を見つめる。

「今回の夏至祭のグリッドを変更する。すべての神殿のエネルギーをセンターツリーへ向かわせてくれ」

花依が頷くのを見て、天狼星は更に言葉を継ぐ。

「センターツリーを守らなければ」

花依は思わず息を呑み、ぽろりと涙を落とした。あの大きな美しい樹も海に消えてしまうのだろうか。

花依の涙に天狼星は険しい表情を解くと、静かに立ち上がり花依の肩に手を掛ける。

「すまない」

低い一言に、限りない悲しみの響きを感じとり、花依は強く気持ちを建て直す。

「大変失礼いたしました、主上。謹んでお受けいたします」

花依は頭を垂れる。その髪を撫で、天狼星は優しい声音で伝える。

「花を返そう。必要な石は黒曜(こくよう)に伝えてある。あとは任せた」

ふわりと渡された花は、天狼星のエネルギーを得て更にみずみずしく美しかった。色とりどりの花を抱え、小さな一礼とともに、花依もまた風の神殿を後にした。

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ここまで読んでくださり本当にありがとうございます。
「アトランティス奇譚」は2020年にnoteに発表した「アトランティス崩壊前夜」という物語を大幅に加筆・修正したうえで、2026年note創作大賞に応募しております。応援いただけたらとても嬉しいです。

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