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アトランティス奇譚 最果ての星の物語 第二話


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♢幼生♢

花依(かより)の姿が見えなくなると天狼星(てんろうせい)は立ち上がり、風の主を呼んだ。

「青鷲(あおわし)。そなたに確認してほしいことがある。急ぎセンターツリーに向かってくれ」

青鷲は膝を付き頭を垂れ、天狼星の言葉に耳を澄ます。

「センターツリーに幼生(ようせい)が実っているはずだ。その数を正確に調べてほしい」



「幼生」と呼ばれるのは、アトランティスの中心にそびえる巨大樹・センターツリーの枝々に生る、白い実のことである。

それは、神の分御霊たちの記憶の核を宿すための新たな「器」であり、この白い実が成長し、人間の両掌に収まるほどの大きさに達した時、初めて、コアの乗り換えを行う準備が整う。

そして、この「器換え」は、コアクリスタルのエネルギーを操ることができるトトにのみ可能な、いわゆる「神の技」であった。



天狼星は言葉を続ける。

「どんな小さな実も見逃さぬようにしてほしい。黒曜と共に、石の神殿で待っている」

天狼星の静かな瞳を見上げ、青鷲は頷いて立ち上がる。ひらりとローブを翻すと、銀に裏地の青がふわりと彼の体を包み込む。

瞬きほどののち、そこには銀の嘴に青い羽を持つ大きな鳥が静かな瞳で佇んでいた。

風の神官は、その身を鳥と成し、島の進路を決定する重要な役割を持っている。アトランティスが地上へと降りたのちは、水の神官たちと共に、島外世界に対する斥候となっていた。

しかし、シリウスへの神戻りから早千年の時を経た今、かつての神の御技は地上から急速に失われつつあった。

鳥への変化をまだその身に保持している風の神官は、青鷲に隼(はやぶさ)そして次の器替えを待っている颯(はやて)の三人のみとなっていた。



美しい青い鳥の姿となった青鷲は、一度小さく頭を垂れると、ばさりと翼を広げ、大きく開いた神殿の窓からセンターツリーに向かい飛び立っていった。



いつのまにか太陽は正午を過ぎ、少しずつ西に傾き始めている。

「主上、どうぞ暫し休息を」

静かな声音は、石の神殿の長・黒曜である。漆黒のまっすぐな長い髪、抜けるような白い肌。瞳は濃い紫色に輝いている。そして眉間には小指の先ほどの、これもまた深い紫色の石が埋め込まれていた。

星の神殿に次ぐ重要な役割を持つ石の神殿の主の印として亜奴比須(アヌビス)より授けられたその石は、地球に存在するすべての石のエネルギーを読む能力を持っている。

黒曜は天狼星と同じく一度も器替えを行わず生を続けてきた唯一の神官であり、天狼星の右腕として、また大いなる石の知恵を統べるものとして街の尊敬を集めていた。

黒曜の願いに天狼星は頷き、一度大きく息をつくと寝台に腰掛けた。

窓の外には夏の光、いつもと変わらぬ美しい空が眩しいほどに輝いていた。



少しの休息ののち、天狼星は黒曜とともに風の神殿を後にした。足早に森を抜け、石の神殿へと向かう水路沿いの小道を急ぐ。

アトランティスの五つの神殿は正確な東西南北を指して配置されている。センターツリーへと向かう八方位の水路は、各神殿からのエネルギーを中心部へと流すための回路としても使用されていた。

北に石、南に水、東に風、西に花の神殿が置かれており、それぞれがこの街の要として地上の存在との融和を計っている。

そして、北東に座す星の神殿は、空の星の配置から外宇宙の情報を読み取ることで各神殿に儀式の指示を行い、外宇宙と地上の繋ぎ目としてアトランティスを守り続けてきた。

また、各神殿はセンターツリーを中心として円状に配された通路で繋がっており、風の神殿から石の神殿へ向かうちょうど中間の位置に星の神殿がある。

白い石畳の敷かれた細い道を進むと、木々の切れ間からにぎやかに飾りつけを行う神官たちの姿が見えてくる。

まだ歳若く、この街しか知らない彼らは、この美しい日々が明日も続くことを欠片も疑うことがない。その鮮やかな景色に天狼星の心は強く締め付けられる。

明日になればこの素晴らしい営みの全てが失われてしまうというのか。

知らず俯きがちな天狼星の様子に、黒曜は小さく声をかけた。

「隠し身の石を使いましょう。いまは急ぎますゆえ」

天狼星が頷くと、黒曜は懐から黒い石を取り出すと、その小さな黒石を天狼星の手のひらに握らせる。

石を握り込んだ天狼星の指の上に黒曜は自らの掌をかざす。するとたちまち石から黒い靄が立ち上がり、天狼星と黒曜を包み込んだ。

黒曜が目顔で促すと天狼星は無言で頷き、二人は急ぎ石の神殿へと向かった。



石の神殿に到着すると、黒曜は建物の裏側に天狼星を導いた。

正面入口のちょうど真裏あたりで、黒曜は神殿の石壁に手を触れる。すると低い音を立てて大きな切り出し石が動き、ちょうど人ひとり通れるほどの細い隠し口が現れた。

「こちらへ」

黒曜が促すと、天狼星は静かに細い隙間へ歩み入る。黒曜も後に続くと再び石が動き、何事もなかったようにピタリと閉じた。

沈黙のまま、薄暗い細い回廊を進むと、突き当たりに黒い扉が見えてきた。黒曜が扉に手を触れると、重たげな石の扉がごとりと開く。

窓もなく闇に沈む部屋の壁沿いには、いくつかの発光石が規則正しく並べられている。明かりと言えるのはその石だけであり、部屋は足元もおぼつかぬほどに暗い。

目を凝らすと、部屋の最奥に設えられた棚の上に、整然と並べられた色とりどりの石が見える。そこには、いくつもの石たちが、深い叡知を秘め、静かに佇んでいる。


この部屋は、歴代の神殿主と神官たちが器替えを行う前に記憶を転写した石の保管庫であった。

大きさも彩りもさまざまなその石たちは、地球上のあらゆる場所から選りすぐり集められたものであり、神の分御霊たる高位神官たちの叡智を転写されたアトランティスの重要な記憶と知恵の結晶である。

天狼星は吸い寄せられるように石たちに近づくと、刻まれた記憶を確認し、必要な石を選り分けていく。


選ぶ手を止めぬまま、天狼星は尋ねた。

「風早(かざはや)はいずこに?」

風早とは初代の風の神殿主であり、シリウスへの神戻りの時を超えてアトランティスに残った分御霊の一人であり、自らの分神がシリウスへ帰還した後も天狼星を支え、街に尽くした神官の一人である。

「風早でしたら上の祭壇におります。この星の石ではございませぬゆえ、光が当たれど記憶は保持できます。風早もその方が喜びますので」

天狼星は石に目を落としたまま頷いた。

黒曜は選ばれた石を運ぶ用意を始める。選り分けられた石をひとつひとつ丁寧に柔らかな厚手の黒い天鵞絨(ビロード)で包み、蔓で編んだ籠にそっと詰め込んでゆく。作業が終わると二人は立ち上がり、祭壇へ向かった。


切り出し石を抜け再び外へ出ると、そこは夏の光の世界だった。木々の間を抜け差し込む木漏れ日が、眩しく二人を照らしている。

記憶の石は光に弱い。太陽はもちろん、月の光でさえ、照らされた瞬間から少しずつ書き込まれた記憶が飛散してしまう。

二人は注意深く記憶の石を運ぶ。石の祭壇は室内に設置されているが、明かり取りの窓はある。天鵞絨は厚く光を遮るけれど注意深くするに越したことはない。

石の神殿の、正殿へと続く白い大理石の階段を二人は無言で登っていく。正面から中へ入ると、やや採光の抑えられた広間の奥に祭壇がある。

二人は沈黙のまま白い大理石を踏み、その奥に厚く重ねられた天鵞絨(びろうど)のカーテンを分けいる。

外の光を遮られた、仄暗い石の祭壇には、様々な色の美しい石たちが、黒曜の手により最適に配置されている。

天狼星は、彼が近づくと喜びを示すように輝きを増す石たちの中から、一際明るく輝く青い石を手に取ると呟くように言う。

「風早。久しいな……」

ひとかけらの迷いもなく手にしたその石は、初代の風の神殿主の「記憶の集合体」であった。

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「アトランティス奇譚」は2020年にnoteに発表した「アトランティス崩壊前夜」という物語を大幅に加筆・修正したうえで、2026年note創作大賞に応募しております。
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