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【W杯 2026】Group E/F - 敗者達の控え室 #23|メッシとケインの外側で|イングランド vs アルゼンチン

第23章 メッシとケインの外側で


この物語について

『Group EF - 敗者達の控え室』は、FIFAワールドカップ2026のベスト32で大会を去った、Group E、Group Fの国々を擬人化し、敗者たちが控え室から大会の続きを見届ける非公式サッカー擬人化群像劇です。

試合結果、対戦カード、サッカー史、報道などをモチーフにしていますが、登場人物はすべて創作上の擬人化キャラクターです。公式大会・各国協会・実在選手・実在団体とは関係ありません。

初めて読む方へ

この章の時系列

この章は、ワールドカップ2026準決勝

スペインがフランスを2-0で破り、最初の決勝進出国となった翌日をモチーフにしています。

残る準決勝は。

イングランド対アルゼンチン。

ケインとメッシ。

城と神話。

世界中の視線は、二人の主将へ集まります。

けれど。

ノルウェー戦で、ケインは得点しませんでした。

スイス戦で、メッシも得点しませんでした。

それでも。

二つの国は、準決勝まで残りました。

敗者の控え室にいる十カ国は。

二人を止める方法ではなく。

二人を止めたあとにも。

動き続ける国を探します。


1.残った線

翌日。

敗者の控え室には。

いつもの十人がいた。

扉は。

一度も開かなかった。

誰も。

それを不思議には思わなかった。

大型モニターには。

昨夜の試合の最後が、音を落として流れている。

フランス、0。

スペイン、2。

スペインが。

決勝へ続く通路を歩いていく。

フランスは。

その背中を追わない。

日本は。

ホワイトボードの前に立った。

そこには。

スウェーデンからフランスへ伸びる線がある。

Group F最後の国を。

怪物が止めた線。

日本は。

その先を指でなぞった。

フランスから。

スペインへ。

日本

「フランスがスウェーデンを止めた日」

日本

「Group Fの四人が、ここに揃った」

オランダ。

日本。

チュニジア。

スウェーデン。

四人が。

同じ線を見た。

チュニジア

「そのフランスも、止まった」

スウェーデン

「だからといって」

スウェーデン

「私たちの結果は変わらない」

日本

「うん」

フランスが敗れたからといって。

スウェーデンに失った三点が戻るわけではない。

Group Fの四カ国が。

大会へ戻れるわけでもない。

スウェーデン

「でも」

スウェーデンは。

スペインへ続く線を見る。

スウェーデン

「私たちを終わらせた国が」

スウェーデン

「どこで止まったかは、見届けた」

それ以上。

誰も、フランスについて話さなかった。

日本は。

フランスの名前から離れ。

その下にある二つの名前を囲む。

イングランド。

アルゼンチン。

ノルウェー

「次は」

ノルウェーが。

イングランドの名前を見る。

ノルウェー

「私を止めた国」

オランダ

「そして」

オランダは。

アルゼンチンの名前を見る。

オランダ

「私を、何度も止めた国」

大型モニターが切り替わる。

決勝へ続く。

最後の準決勝が映った。


2.星と時計

ホワイトボードの隅に。

二つの印が残っていた。

一つは。

黄色い星。

もう一つは。

小さな時計。

どちらも。

キュラソーが描いたものだった。

星は。

カーボベルデのために描いた。

初めての世界大会。

初出場の小さな国は。

アルゼンチンから二点を奪った。

あと一点。

あと一点で。

神話へ届くところまで進んだ。

けれど。

最後の笛が鳴った。

星の下には。

キュラソーの文字が残っている。

初出場の星は消えた。

でも。

アルゼンチンに二点届いた。

その隣。

時計の針は。

百十二分の場所で止まっている。

一人少なくなっても。

アルゼンチンを止め続けたスイス。

PK戦まで。

あと八分。

その場所で。

時計は止まった。

キュラソーは。

二つの印を交互に見る。

キュラソー

「星は」

キュラソー

「アルゼンチンに二点届いた」

誰も何も言わない。

キュラソー

「時計は」

キュラソー

「百十二分まで止めた」

星。

時計。

どちらも。

アルゼンチンを倒せなかった。

けれど。

どちらも。

アルゼンチンを傷つけた。

キュラソー

「じゃあ」

キュラソーは。

アルゼンチンの名前を見る。

キュラソー

「アルゼンチンは」

キュラソー

「止まらない国じゃない?」

日本

「止まる」

答えは。

すぐに返ってきた。

キュラソー

「止まるの?」

日本

「カーボベルデに二点取られた」

日本

「エジプトには、二点先に取られた」

日本

「スイスには、百十二分まで止められた」

日本は。

アルゼンチンの横に描かれた河を見る。

途中で。

流れが反対を向いている。

日本

「何度も止まってる」

エクアドル

「でも」

エクアドルは。

止まった時計を見る。

エクアドル

「止まった後に残った時間を使う」

カーボベルデに追いつかれたあと。

もう一度、突き放した。

エジプトに二点を奪われたあと。

残った時間で、三点を返した。

スイスに追いつかれ。

一人多くなっても決め切れず。

それでも。

百十二分に、流れを戻した。

ドイツ

「止まらない神話ではない」

ドイツは。

星と時計の間にある。

アルゼンチンの名前を見る。

ドイツ

「止めたままにしておくことが」

ドイツ

「難しい神話だ」

キュラソー

「止めても」

キュラソー

「戻ってくる?」

オランダ

「戻ってくる」

オランダの声は。

誰よりも早かった。

オランダ

「何度も見た」

一度。

試合の流れを奪う。

メッシへ入る道を閉じる。

前線を孤立させる。

ボールを持たせない。

あるいは。

持たせたまま、前へ行かせない。

それでも。

アルゼンチンは。

別の場所から流れを戻す。

オランダ

「同じ場所から」

オランダ

「戻ってくるとは限らない」

エクアドル

「河は」

エクアドル

「同じ場所を流れ直さない」

日本は。

アルゼンチンの横に残る河を。

もう一度、濃くなぞった。


3.主役を消したあと

大型モニターには。

二人の顔が並んでいる。

リオネル・メッシ。

ハリー・ケイン。

メッシ、8得点。

ケイン、6得点。

大会の得点王争いを続ける二人。

画面の下には。

大きな見出しが表示されている。

メッシ対ケイン。

神話対主将。

世界王者対古豪。

キュラソー

「また」

キュラソー

「二人の試合って書かれてる」

チュニジア

「見出しは、その方が作りやすいからね」

キュラソー

「でも」

キュラソーは。

昨夜のフランスを思い出す。

エムバペ。

デンベレ。

オリーセ。

バルコラ。

最強の個が揃っていると呼ばれた国。

その全員を。

スペインは。

一人ずつ倒したのではなかった。

一人と一人をつなぐ。

線を消した。

キュラソー

「フランスは」

キュラソー

「一番強い人たちを」

キュラソー

「つなげてもらえなかった」

日本

「うん」

キュラソー

「じゃあ」

キュラソーは。

メッシの名前を指す。

キュラソー

「メッシを止めたら」

キュラソー

「アルゼンチンは止まる?」

次に。

ケインの名前。

キュラソー

「ケインを止めたら」

キュラソー

「イングランドは止まる?」

しばらく。

誰も答えなかった。

ベルギーが立ち上がる。

ホワイトボードの中央へ。

二つの大きな丸を描いた。

メッシ。

ケイン。

そして。

その二つの丸から。

外側へ向かって。

何本もの線を伸ばす。

ベルギー

「見るべきなのは」

ベルギー

「二人だけじゃない」

日本

「二人が、何を動かすか」

エクアドル

「二人が止まった時に」

エクアドル

「誰が動き続けるか」

チュニジア

「メッシとケインを消す話じゃなくて」

チュニジアは。

二人の外側へ伸びる線を見る。

チュニジア

「消したあとに、何が残るか」


4.ケインの外側にある城

ノルウェーは。

イングランドの名前の前へ立った。

日本からペンを借りる。

中央に。

ケイン。

その少し後ろに。

ベリンガム。

さらに。

ライス。

外側へ。

何人かの名前を書く。

キュラソー

「ノルウェーは」

キュラソー

「ケインを止めた?」

ノルウェー

「得点はさせなかった」

キュラソー

「じゃあ」

キュラソー

「ケインは止まった?」

ノルウェーは。

少し考える。

ノルウェー

「半分だけ」

キュラソー

「半分?」

ノルウェー

「ゴールは取られなかった」

ノルウェー

「でも」

ケインは。

前線へ立ち続けなかった。

中盤へ下がる。

ボールを受ける。

ノルウェーの守備者を。

一人、前へ引き出す。

空いた場所へ。

別の選手が走る。

ノルウェー

「ケインを見ていたら」

ノルウェーは。

ケインの後ろに書いた名前を指す。

ノルウェー

「ベリンガムが、二度来た」

キュラソー

「ケインじゃなくて?」

ノルウェー

「うん」

キュラソー

「でも」

キュラソー

「ケインがいたから?」

ノルウェー

「それもある」

ノルウェーは。

自分が描いた線を見る。

ノルウェー

「ケインが下がれば」

ノルウェー

「私たちの中央も、少し前へ出る」

ノルウェー

「その後ろへ」

ノルウェー

「別の誰かが入ってくる」

ベルギー

「ケインは」

ベルギーが。

ノルウェーの描いた城を見る。

ベルギー

「城の一番高い塔じゃない」

キュラソー

「得点王なのに?」

ベルギー

「塔にもなれる」

ベルギー

「でも」

ベルギーは。

ケインから周囲へ伸びた線を指でなぞる。

ベルギー

「城門の上にある要石にもなる」

キュラソー

「要石?」

ドイツ

「抜けば」

ドイツ

「周囲が崩れる場所だ」

ケインは。

自分で最後の一撃を放つ。

それだけではない。

味方が前へ出る場所を作る。

相手の守備者を動かす。

試合が荒れた時。

味方を中央へ戻す。

監督の言葉と。

選手の感情が。

別々の方向へ向きかけた時。

その間にも立つ。

モニターには。

試合後の言葉を巡るニュースが流れていた。

監督は。

ノルウェー戦の内容を厳しく評価した。

ベリンガムは。

百二十分を戦った選手たちの側から答えた。

外から見れば。

二つの言葉は。

ぶつかっているように見えた。

だが。

ケインは。

分裂ではないと否定した。

選手も。

監督も。

スタッフも。

全員が一つだから。

ここまで来たのだと語った。

ベルギー

「主将は」

ベルギー

「全員より前に立つだけじゃない」

ベルギー

「離れそうな壁を」

ベルギー

「内側からつなぐ時もある」

日本は。

ホワイトボードの隅に。

小さく書く。

ライス、出場可能。

日本

「中央も戻る」

ノルウェー

「ライス?」

日本

「うん」

日本

「体調を崩していたけど」

日本

「先発できる状態まで戻った」

完全な城ではない。

欠けている者もいる。

疲労もある。

ノルウェーと。

百二十分を戦った。

けれど。

中央の一つは。

もう一度、使える。

チュニジア

「ところで」

チュニジアが。

イングランドの映像を見る。

チュニジア

「喉は治ったらしいね」

ノルウェー

「治ったって」

スウェーデン

「歌うのは、試合のあと」

それだけだった。

誰も。

曲名までは言わなかった。


5.メッシの外側にある河

オランダが。

アルゼンチンの前へ立つ。

表情は。

あまり明るくない。

オランダ

「メッシを止めればいいなら」

オランダは。

一度、息を吐く。

オランダ

「もっと簡単だった」

ベルギーが。

その横へ並ぶ。

ベルギー

「2014年」

ベルギー

「私たちも、メッシを見ていた」

キュラソー

「止めた?」

ベルギー

「得点はさせなかった」

キュラソー

「でも負けた?」

ベルギー

「負けた」

一点。

それだけだった。

アルゼンチンは。

大きく崩れなかった。

メッシが。

一人ですべてを決めたわけではない。

けれど。

メッシがいることで。

ベルギーの守備は。

常に少しだけ。

彼の側へ引かれていた。

ベルギー

「一人を見ている間に」

ベルギー

「国全体に試合を運ばれた」

ドイツは。

アルゼンチンの横に描かれた河を見る。

ドイツ

「中心は一人でも」

ドイツ

「流れは一人では作れない」

メッシが。

少し低い場所へ下がる。

ボールを受ける。

相手の中盤が寄る。

その背後へ。

アルバレスが走る。

ラウタロが入る。

マクアリスターやエンソが。

別の場所から前へ出る。

デ・パウルが。

空いた距離を埋める。

守備陣が。

後ろからラインを押す。

一度切れたはずの流れが。

別の場所からつながる。

日本

「アルゼンチンは」

日本

「逆流する河」

キュラソー

「負ける方に流れても」

キュラソー

「戻ってくる」

エクアドル

「ただし」

エクアドル

「同じ水は、戻ってこない」

カーボベルデ戦。

エジプト戦。

スイス戦。

流れを戻した選手は。

毎回同じではなかった。

メッシの一撃。

メッシのパス。

ロメロの前進。

エンソの侵入。

アルバレスのシュート。

ラウタロの動き。

一人の神話を中心にしながら。

河を逆向きへ動かすのは。

その周囲にいる全員だった。

モニターには。

アルゼンチンの練習風景が映っている。

メッシが。

仲間と笑っている。

表情は穏やかだった。

デ・パウルは。

メッシが今大会を楽しんでいると話していた。

長い時間。

代表の衣装を着て。

期待を背負い。

批判を受け。

何度も届かず。

ようやく頂点へ立った者が。

六度目の大会で。

静かに、楽しんでいる。

オランダ

「楽しんでる神話は」

オランダは。

少しだけ眉をひそめる。

オランダ

「困る」

チュニジア

「怒ってるより?」

オランダ

「どっちも困る」

ドイツは。

モニターに映るスカローニ監督を見る。

監督は。

過去の功績だけで。

選手を選ぶつもりはないと語っていた。

明日の先発は。

かつて何をしたかではなく。

今、何をしているかで決める。

日本

「神話の国でも」

日本

「過去の名前だけでは、ピッチに立てない」

ベルギー

「神話なのに?」

日本

「だから」

日本は。

逆流する河を見る。

日本

「神話が続く」

コートジボワール

「メッシの外側にいる者も」

コートジボワール

「自分の場所を、勝ち取っている」


6.歩く神と、下がる主将

キュラソーは。

ホワイトボードに書かれた二人を見る。

メッシ。

ケイン。

キュラソー

「二人とも」

キュラソー

「ずっと前で走る人じゃないんだね」

日本

「うん」

キュラソー

「得点を取る人なのに?」

日本

「得点を取ることと」

日本

「ずっと走ることは、同じじゃない」

メッシは。

ボールのない時間に。

歩くことがある。

全力で守備へ戻らない時間もある。

アルゼンチンは。

その時間を知っている。

他の選手が距離を埋める。

メッシが。

前を向く力を残せるように。

一度のパス。

一度のドリブル。

一度の左足。

その瞬間に。

試合を変えられるように。

日本

「メッシは」

日本

「動かない時間で」

日本

「次に動く力を残す」

ノルウェーは。

ケインの名前を見る。

ノルウェー

「ケインは」

ノルウェー

「下がる」

キュラソー

「ゴールから離れる?」

ノルウェー

「うん」

ノルウェー

「でも」

ノルウェー

「ケインが下がるから」

ノルウェーは。

ケインの前へ伸びる線を描く。

ノルウェー

「別の選手が」

ノルウェー

「ゴールへ近づける」

歩く神。

下がる主将。

一見すれば。

二人とも。

最も危険な場所から離れている。

だが。

その動きが。

周囲の選手を動かす。

エクアドル

「止まっているように見える者の外側で」

エクアドルは。

メッシとケインから伸びる線を見る。

エクアドル

「国が動いている」

キュラソー

「じゃあ」

キュラソー

「二人を追いかけすぎても駄目?」

ベルギー

「駄目」

キュラソー

「追いかけなくても?」

オランダ

「もっと駄目な時がある」

チュニジア

「また、準決勝らしい答え」


7.歴史を着る国

大型モニターに。

両国が試合で着る衣装が映る。

イングランドは。

白。

アルゼンチンは。

いつもの水色と白ではない。

濃い紺。

夜のような色だった。

キュラソー

「アルゼンチン」

キュラソー

「いつもの色じゃない」

ドイツは。

その色を知っていた。

ドイツ

「1986年」

ベルギーも。

続ける。

ベルギー

「1998年」

どちらも。

イングランドを倒した試合。

マラドーナの神話が生まれた夜。

ベッカムの退場と。

PK戦が残った夜。

キュラソー

「歴史を着てくるの?」

ドイツ

「着ることと」

ドイツ

「歴史で戦うことは違う」

アルゼンチンの監督は。

自分が濃紺を選んだわけではないと話していた。

伝統なのかもしれない。

それ以上の意味を。

自分から加えようとはしなかった。

イングランドの監督も。

過去の試合を。

新しい選手たちへの燃料にはしないと話していた。

歴史は大きい。

試合も大きい。

だからこそ。

余計なものを足さない。

日本

「五度の試合は消えない」

ホワイトボードに。

五つの年が残っている。

1962。

1966。

1986。

1998。

2002。

日本

「でも」

日本は。

メッシの名前の横に。

小さく、ゼロを書く。

キュラソー

「ゼロ?」

日本

「メッシが」

日本

「イングランド代表と戦った回数」

キュラソー

「五回も国同士で戦ってるのに?」

日本

「メッシにとっては、初めて」

五つの古い試合。

一つの新しい対戦。

歴史の中心にいるように見える選手が。

その歴史へ。

初めて入る。

ベルギー

「歴史の中に」

ベルギー

「初めての人がいる」

オランダ

「だから」

オランダ

「昔と同じ試合にはならない」

トゥヘル監督は。

舞台が大きくなるほど。

選手へ伝える言葉を単純にしたいと語っていた。

歴史を説明するのではなく。

今、動かせるものだけを伝える。

スカローニ監督も。

これはフットボールの試合であり。

それ以外を混ぜれば間違えると語っていた。

日本

「歴史は」

日本は。

濃紺の衣装を見る。

日本

「着て入ることはできる」

日本

「でも」

日本

「最初のパスにはならない」


8.感情を形に戻す国

イングランドは。

静かな国ではない。

アルゼンチンも。

静かな国ではない。

どちらも。

感情を大きく動かす。

イングランドは。

メキシコを倒したあと。

勝利を喜び。

歌い。

声を枯らした。

ノルウェー戦では。

先制され。

押し込まれ。

内容を厳しく評価され。

選手の側からも。

すぐに言葉が返った。

アルゼンチンは。

カーボベルデに追いつかれた。

エジプトには。

二点を先に奪われた。

スイス戦では。

追いつかれ。

延長へ入った。

感情が。

何度も、試合へあふれた。

ノルウェー

「イングランドは」

ノルウェーは。

折り畳まれた城を描く。

ノルウェー

「崩れたあと」

ノルウェー

「城を折り畳んだ」

高く守れないなら。

少し下がる。

中央で持てないなら。

外側を使う。

ケインが封じられるなら。

ベリンガムが入る。

前半の形で勝てないなら。

後半に別の形を出す。

オランダ

「アルゼンチンは」

オランダは。

流れが反対を向いた河を見る。

オランダ

「取られた流れを」

オランダ

「逆向きにした」

ドイツ

「どちらも」

ドイツ

「平静な国ではない」

ドイツは。

城と河の間に立つ。

ドイツ

「感情を」

ドイツ

「次の形へ戻せる国だ」

怒り。

悔しさ。

焦り。

喜び。

そのままでは。

試合を壊すもの。

だが。

走る場所へ戻す。

守る距離へ戻す。

次のパスへ戻す。

味方を助ける動きへ戻す。

感情を消すのではない。

感情に。

試合の形を与える。

エクアドル

「強い感情は」

エクアドル

「火にもなる」

エクアドル

「煙にもなる」

キュラソー

「今日は?」

エクアドル

「どちらが」

エクアドル

「前を見えなくしないか」


9.弱点を見せた二つの国

モニターには。

両国の今大会が流れている。

イングランド。

DRコンゴ戦。

メキシコ戦。

ノルウェー戦。

どの試合も。

簡単には終わっていない。

ミスがあった。

失点があった。

形が崩れた時間があった。

監督自身が。

まだ最高の内容ではないと認めている。

キュラソー

「イングランド」

キュラソー

「ずっと苦しんでる?」

ノルウェー

「うん」

キュラソー

「弱い?」

ノルウェー

「違う」

ノルウェーは。

迷わなかった。

ノルウェー

「弱い時間がある」

ノルウェー

「でも」

ノルウェー

「弱い時間だけで、試合を終わらせない」

アルゼンチンも。

同じだった。

カーボベルデに二失点。

エジプトに二点先行され。

スイスには。

延長まで持ち込まれた。

圧倒し続けた王者ではない。

何度も。

負ける側へ立った。

キュラソー

「アルゼンチンも」

キュラソー

「弱い時間がある?」

オランダ

「ある」

キュラソー

「神話なのに?」

オランダ

「神話だからって」

オランダ

「九十分ずっと強いわけじゃない」

マクアリスターは。

今大会のイングランドが。

普段のプレミアリーグで見せるほどの強度を。

まだ出していないように見えると話していた。

疲労か。

暑さか。

別の理由か。

断定はしない。

けれど。

イングランドの身体的な強さへの警戒は。

一度も解いていなかった。

ノルウェー

「疲れてると思う」

スウェーデン

「あなたと百二十分戦ったから?」

ノルウェー

「それもある」

スウェーデン

「でも」

スウェーデン

「疲れていることと」

スウェーデン

「弱いことは違う」

ノルウェー

「うん」

ノルウェー

「疲れたまま」

ノルウェー

「私たちを倒した」

アルゼンチン側も。

自分たちが。

想像以上に苦しんできたことを認めていた。

それでも。

戦い方を変えるつもりはない。

エクアドル

「弱点がない国は」

エクアドル

「もう残っていない」

日本は。

その言葉を聞きながら。

城と河を見る。

日本

「弱点を見せたあと」

日本

「別の答えを出した国が」

日本

「残っている」


10.二人の外側

日本は。

ホワイトボードを二つに分けた。

左。

イングランド。

右。

アルゼンチン。

イングランド側。

中央に、ケイン。

ケインから。

後ろへ一本。

横へ二本。

前へ三本。

ケインが下がる。

ベリンガムが入る。

ライスが中央を整える。

外側の選手が。

幅を作る。

最終ラインが。

押し上げる。

アルゼンチン側。

中央に、メッシ。

メッシから。

後ろへ一本。

横へ二本。

前へ三本。

メッシが下がる。

アルバレスやラウタロが走る。

マクアリスターやエンソが。

流れをつなぎ直す。

デ・パウルが。

空いた強度を補う。

守備陣が。

後ろから河を押す。

キュラソー

「似てる?」

日本

「違う」

キュラソー

「でも」

キュラソーは。

二つの図を見る。

キュラソー

「どっちも」

キュラソー

「真ん中の人が動いたら」

キュラソー

「周りが動く」

日本

「うん」

キュラソー

「じゃあ」

キュラソーは。

最初にした質問へ戻る。

キュラソー

「メッシとケインを止めたら?」

日本

「二人は止まるかもしれない」

キュラソー

「国も?」

ベルギーは。

二人の外側へ伸びた線を見る。

ベルギー

「それを見る」

オランダ

「二人の外側で」

ドイツ

「どちらの国が」

ドイツ

「動き続けるか」


11.十人の予想

キュラソー

「それで」

キュラソーは。

全員を見る。

キュラソー

「どっちが勝つの?」

少しの間。

誰も答えなかった。

前の準決勝。

予想は割れた。

接戦になると思っていた。

延長へ行く可能性もあると思っていた。

だが。

スペインは。

九十分でフランスを静かにした。

チュニジア

「予想の信頼度」

チュニジア

「昨夜かなり落ちたよ」

ドイツ

「予想をやめる理由にはならない」

チュニジア

「反省を次へ生かすタイプ」

最初に答えたのは。

ノルウェーだった。

ノルウェー

「イングランド」

キュラソー

「やっぱり?」

ノルウェー

「私を倒したから」

ノルウェーは。

そこで言葉を止める。

ノルウェー

「勝ってほしいんじゃない」

キュラソー

「違うの?」

ノルウェー

「私を倒して」

ノルウェー

「持っていったものを」

ノルウェー

「軽く終わらせてほしくない」

コートジボワールが。

ノルウェーを見る。

かつて。

自分がノルウェーへ渡した言葉。

倒したなら。

軽く負けるな。

それが。

ノルウェーから。

次の国へ渡ろうとしていた。

ノルウェー

「私を倒したなら」

ノルウェーは。

イングランドの名前を見る。

ノルウェー

「軽く負けないで」

コートジボワールは。

静かにうなずいた。

コートジボワール

「私は」

コートジボワール

「イングランド」

キュラソー

「コートジボワールも?」

コートジボワール

「私が渡した言葉が」

コートジボワール

「ノルウェーを通って」

コートジボワール

「あの城まで届いた」

スウェーデンは。

少し考える。

スウェーデン

「イングランド」

ノルウェー

「姉さんも?」

スウェーデン

「姉さんじゃない」

ノルウェー

「でも同じ」

スウェーデン

「理由が違う」

スウェーデンは。

八年前の城と。

今大会の城を重ねる。

スウェーデン

「八年前より」

スウェーデン

「崩れた後の形が増えた」

スウェーデン

「それが」

スウェーデン

「どこまで通じるか見たい」

チュニジアも。

イングランドを選んだ。

チュニジア

「二回戦って」

チュニジア

「二回とも負けた」

キュラソー

「だから?」

チュニジア

「だから知ってる」

チュニジア

「綺麗じゃなくても」

チュニジア

「最後に一点を持っていく国」

オランダは。

腕を組んだ。

キュラソー

「オランダは?」

オランダ

「聞かないで」

キュラソー

「聞く」

オランダ

「アルゼンチン」

答えは。

小さかった。

キュラソー

「どうして?」

オランダ

「嫌になるくらい」

オランダは。

星と時計を見る。

オランダ

「もう一つの答えを残すから」

ドイツも。

アルゼンチンを選んだ。

ドイツ

「大会終盤で」

ドイツ

「試合が予定から外れた時」

ドイツ

「生き残る方法を知っている」

三度の決勝。

勝った記憶。

負けた記憶。

どちらも持つ国の言葉だった。

ベルギーも。

同じ名前を選ぶ。

ベルギー

「アルゼンチン」

キュラソー

「2014年?」

ベルギー

「そう」

ベルギー

「一人の名前を見ていたら」

ベルギー

「国全体に、試合を閉じられた」

日本も。

アルゼンチンの名前を見る。

日本

「アルゼンチン」

キュラソー

「最初に戦ったから?」

日本

「それもある」

初めての世界大会。

初めての相手。

一つの名前では説明できない壁。

日本

「でも、今は」

日本は。

星。

河。

時計を見る。

日本

「傷ついた後の答えが」

日本

「イングランドより、一つ多いと思う」

最後に。

全員がエクアドルを見る。

エクアドル

「私は」

エクアドルは。

二つの国の間を見る。

エクアドル

「二人を止めたあと」

エクアドル

「二つ目のボールを持てる方」

チュニジア

「国名は?」

エクアドル

「試合が教える」

チュニジア

「やっぱり詩人は便利」

キュラソーは。

自分の描いた星と時計を見る。

日本

「キュラソーは?」

キュラソー

「選ばない」

チュニジア

「逃げた?」

キュラソー

「違う」

キュラソーは。

星からアルゼンチンへ。

時計からアルゼンチンへ。

ノルウェーからイングランドへ。

伸びた線を見る。

キュラソー

「星の続きも」

キュラソー

「時計の先も」

キュラソー

「ノルウェーが渡したものも」

キュラソー

「全部見たい」

チュニジアは。

何も茶化さなかった。


12.メッシとケインの外側で

大型モニターが。

選手通路へ切り替わる。

白いイングランド。

濃紺のアルゼンチン。

先頭には。

二人の主将。

ハリー・ケイン。

リオネル・メッシ。

世界中の視線が。

その二人へ集まっている。

得点王争い。

主将同士。

古豪と王者。

城と神話。

けれど。

ホワイトボードには。

二人以外のものが残っていた。

カーボベルデの星。

スイスの時計。

途中で向きを変えた河。

一度崩れて。

形を変えた城。

コートジボワールから。

ノルウェーを通り。

イングランドへ届いた線。

そして。

五つの古い試合の年。

キュラソー

「二人の試合じゃないんだね」

日本

「二人がいる試合」

ベルギー

「でも」

ベルギー

「勝つのは、一人じゃない」

審判が。

歩き始める。

イングランドが続く。

アルゼンチンが続く。

メッシが。

静かに前を見る。

ケインが。

城の先頭を歩く。

エクアドル

「星の外側で」

誰も、何も言わない。

エクアドル

「時計の先で」

星は。

神話へ二点届いた。

時計は。

神話を百十二分止めた。

それでも。

アルゼンチンはここにいる。

ノルウェーは。

城を一度崩した。

ケインは決めなかった。

それでも。

イングランドはここにいる。

エクアドル

「国が動く」

試合開始の光が。

通路の先から差し込む。

ケインとメッシ。

二人の名前が。

世界中の視線を集めている。

けれど。

決勝へ進む国を決めるものは。

その視線の外側で。

すでに。

動き始めていた。


第23章 メッシとケインの外側で 了

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次回も、敗者たちの控え室から大会の続きを見届けます。


続き・前回はこちら

前回:#22|怪物の咆哮が消えた夜|スペイン vs フランス

次回:#24|城を飲み込んだ神話|イングランド vs アルゼンチン


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