【W杯 2026】Group E/F - 敗者達の控え室 #18|怪物だけではなかった国|ノルウェー、敗者の控え室へ
第18章 怪物だけではなかった国
この物語について
『Group EF - 敗者達の控え室』は、FIFAワールドカップ2026のベスト32で大会を去った、Group E、Group Fの国々を擬人化し、敗者たちが控え室から大会の続きを見届ける非公式サッカー擬人化群像劇です。
試合結果、対戦カード、サッカー史、報道などをモチーフにしていますが、登場人物はすべて創作上の擬人化キャラクターです。公式大会・各国協会・実在選手・実在団体とは関係ありません。
初めて読む方へ
この章の時系列
この章は、ワールドカップ2026準々決勝がすべて終了した翌日をモチーフにしています。
準決勝まで、試合のない時間。
しかし。
試合が止まっても、ニュースは止まりませんでした。
判定への怒り。
敗退後に問われる監督の決断。
怪物の意外な素顔。
そして。
イングランドに敗れたノルウェーが、初めて敗者の控え室の扉を開きます。
1.試合のない日の八人
準々決勝が終わった翌日。
世界大会には、試合がなかった。
スタジアムの客席は静かで。
ピッチには、誰もいない。
それでも。
会場の奥にある控え室には、八人が集まっていた。
誰かが呼びかけたわけではない。
集合時間を決めたわけでもない。
日本はホワイトボードの前に立ち。
オランダはソファへ沈み。
スウェーデンは壁際の椅子に座っていた。
チュニジアは飲み物を持ち。
ドイツはモニターを見上げる。
コートジボワールは腕を組み。
エクアドルは静かに画面を見つめ。
キュラソーは、空になったトーナメント表を眺めていた。
キュラソー
「今日、試合ないよね?」
チュニジア
「ないね」
キュラソー
「なのに、みんないるね」
オランダ
「あなたもね」
キュラソーは、自分の座っている椅子を見る。
キュラソー
「本当だ」
チュニジア
「試合のない日に自主出勤する敗者たち」
日本
「出勤ではない」
チュニジア
「じゃあ、残留活動」
ドイツ
「その言い方だと、次の大会への出場権を争っているように聞こえる」
チュニジア
「それなら、もっと必死になる」
チュニジアは笑った。
だが。
その笑いは、少しだけ短かった。
モニターには。
準々決勝を終えた国々のニュースが、次々と流れていた。
試合のない時間ほど。
言葉は増える。
以前、この部屋で覚えた言葉。
ニュースは試合の続き。
その続きを。
八人は、また見ていた。
2.止まった時計の、その後
最初に映ったのは、スイスだった。
アルゼンチン戦。
一人少なくなりながら。
延長112分まで、世界王者を止めた国。
画面には、ヤキン監督の会見が流れている。
エンボロの退場につながったVARの介入は、受け入れられない。
あの判定が、試合を変えた。
その一方で。
十人になった後も戦い続けた選手たちを、誇りに思う。
怒りと誇り。
二つの感情を抱えたまま。
スイスの大会は終わっていた。
オランダ
「時計は止まったのに、ニュースは止まらないね」
日本
「判定への疑問は、試合終了では消えない」
ドイツ
「説明が出ても、納得するとは限らない」
スウェーデン
「怒っていい」
キュラソーが、スウェーデンを見る。
スウェーデン
「誇ってもいい」
キュラソー
「両方でいいんだ」
チュニジア
「敗退後の感情、二本立て」
エクアドル
「判定は、一瞬だった」
エクアドルは、モニターの中のスイスを見る。
エクアドル
「十人で動いた時間は、それより長い」
日本はホワイトボードに残っているキュラソーが書いた時計を見る。
針は、112分で止まっていた。
誰も消さなかった。
3.空に残った一本の線
画面が切り替わる。
次に映ったのは。
ノルウェー対イングランドの映像だった。
イングランドの同点ゴールへつながる直前。
ニーランが蹴り出したボールが、高く上がる。
そして。
不自然なほど、急に落下する。
ソルバッケン監督は。
ボールが、スタジアム上空のカメラケーブルに当たったと確信していると語った。
選手やスタッフも、接触を感じていた。
一方。
大会側は、ボール内部のセンサーに接触や異常な動きは記録されていないと説明した。
監督の目。
選手たちの感覚。
映像。
センサー。
同じ一球について。
違う答えが並んでいた。
キュラソー
「空にも、判定があるの?」
チュニジア
「VAR、ボールのセンサー、空中カメラ」
チュニジア
「サッカーが、だんだん工場みたいになってきた」
ドイツ
「技術は、確認する手段を増やした」
オランダ
「でも、全員が納得するとは限らない」
日本
「監督は接触したと主張している」
日本
「センサーは、接触を記録していない」
キュラソー
「じゃあ、どっちが正しいの?」
誰も、すぐには答えなかった。
エクアドルが、静かに口を開く。
エクアドル
「正しさが決まっても、失点は戻らない」
コートジボワールは、モニターから目をそらさない。
コートジボワール
「だからと言って、疑問を忘れる必要もない」
日本
「ソルバッケン監督も、それだけを敗因にはしていない」
日本は、会見内容を確認する。
日本
「自分たちは、最高水準で戦った」
日本
「小さな差が、今回は相手へ転がった」
日本
「それでも、28年ぶりに戻った大会を、この一球だけで終わらせたくないと」
コートジボワール
「そうでなければ困る」
オランダ
「どうして?」
コートジボワールは、短く答えた。
コートジボワール
「私たちを倒した国だからだ」
控え室が、少しだけ静かになった。
4.二人の守護者と、一人の決断
次のニュースは、ベルギーだった。
スペインとの準々決勝。
ベルギーのゴールを守っていたクルトワは、脚に痛みを抱えていた。
本人は、続行を望んでいた。
だが。
監督は交代を決めた。
代わって入ったラメンス。
その後。
スペインの決勝点が入った。
試合が終わると。
監督の決断へ、批判が集まった。
なぜクルトワを代えたのか。
本人が続けられると言っていたのに。
交代しなければ、止められたのではないか。
敗退後。
一つの決断に、無数の仮定がついていた。
オランダ
「また監督の話になってる」
ドイツ
「敗退すると、責任には顔が必要になる」
チュニジア
「負けた翌日だけ、国民全員が監督になる現象」
日本
「でも、クルトワはラメンスを慰めていた」
モニターには。
試合後。
若いゴールキーパーの肩へ手を置くクルトワの姿が映っている。
エクアドル
「同じ場所を守る者は、失敗の重さを知っている」
キュラソー
「クルトワは、怒ってないの?」
日本
「監督の判断には、思うところがあるかもしれない」
日本
「でも、ラメンスを責めることとは別だから」
オランダは、画面の中のベルギーを見る。
隣国。
1994年には敗れ。
1998年には引き分け。
長い間、近すぎる場所で互いを見てきた国。
オランダ
「ニュースで忙しそうだね」
チュニジア
「本人が来たら言ってあげれば?」
オランダ
「来るの?」
チュニジア
「知らない」
モニターの中で。
赤い悪魔は、まだ自分たちの敗退を整理しきれていなかった。
5.怪物は、まだ帰らない
画面が切り替わった。
今度は。
ハーランドだった。
イングランド戦。
得点はなかった。
延長戦の途中で交代し。
ベンチから、ノルウェーの敗退を見届けた。
試合が終わった後。
ハーランドは、すぐにはスタジアムを去らなかった。
報道によれば。
約二時間。
待っていたファンへ、サインをし。
写真に応じ。
言葉を交わし続けた。
キュラソー
「負けた後に、二時間?」
日本
「負けた後だから、かもしれない」
コートジボワール
「国をここまで連れてきた者には、最後に返すものがある」
スウェーデンは、少しだけ目を細めた。
スウェーデン
「変なところで律儀なんだよ」
オランダが、すぐに振り向く。
オランダ
「詳しいね」
スウェーデン
「隣国だから」
チュニジア
「出た。便利な隣国設定」
スウェーデン
「事実」
次のニュース。
ペルーで。
「ハーランド」と名付けられた子どもが、五百人を超えた。
ハーランド。
エーリング・ハーランド。
遠い南米の国で。
ノルウェーの怪物の名前が増えている。
キュラソー
「ペルー?」
チュニジア
「怪物、南米で増殖中」
ドイツ
「その表現はやめろ」
エクアドル
「名前は、国境を越える」
チュニジア
「今のニュースに対して、言葉が綺麗すぎる」
エクアドル
「そう?」
チュニジア
「そう」
キュラソーは、少し考える。
キュラソー
「大きくなったら、みんなサッカーするのかな?」
日本
「名前と進路は別だと思う」
オランダ
「でも、一人くらい怪物になるかも」
ドイツ
「五百人全員が怪物になったら困る」
チュニジア
「ドイツが真面目に心配し始めた」
画面が、さらに切り替わる。
そこに映ったのは。
今よりずっと若い、ハーランドだった。
十代半ば。
仲間たちと並び。
ぎこちない動きで。
ラップを歌っている。
十年前。
ユース代表の合宿で作られた曲。
『Kygo Jo』。
今大会中に再び注目され。
ノルウェー出身の音楽家、Kygoがリミックスを制作。
国内のSpotifyで1位になったと報じられていた。
控え室が、静かになる。
オランダ
「歌うの?」
スウェーデン
「歌う」
チュニジア
「上手いの?」
スウェーデンは、数秒黙った。
スウェーデン
「サッカーの話に戻して」
キュラソー
「一位なのに?」
スウェーデン
「順位と技術が、必ず一致するとは限らない」
ドイツ
「サッカーにも言える」
スウェーデン
「今は音楽の話」
オランダが、楽しそうに笑う。
オランダ
「姉として、どう思う?」
スウェーデン
「姉さんじゃない」
即答だった。
チュニジア
「曲の評価より早い」
キュラソー
「でも、ちょっとかわいいね」
スウェーデン
「……十代だったから」
オランダ
「今も?」
スウェーデン
「知らない」
チュニジア
「詳しいのか、詳しくないのか、立場を統一して」
モニターには。
ハーランドの名前が並んでいた。
二時間のファンサービス。
ペルーの子どもたち。
十代のラップ曲。
得点できなかった準々決勝が終わっても。
怪物の名前だけは、世界中を走り続けていた。
キュラソー
「ハーランド、負けてもニュースが終わらないね」
チュニジア
「ピッチ、出生届、音楽配信」
チュニジア
「三部門突破」
スウェーデン
「本人は、一部門しか狙ってないと思う」
6.ハーランドだけではない
画面が切り替わった。
今度は。
ノルウェーの大会全体を振り返る記事だった。
見出しには、こう書かれていた。
ノルウェーの躍進は、ハーランドだけによるものではない。
ウーデゴール。
セルロート。
シェルデルップ。
ベルゲ。
ベルク。
ニーラン。
そして。
最後まで走り続けた、ノルウェーの選手たち。
ハーランドが中央に立つことで、別の場所が開いた。
ハーランドへボールが届かなくても。
別の選手が、試合を動かした。
王国を倒した二得点はハーランドだった。
城を最初に崩したのは、シェルデルップだった。
ブラジル戦で国を救ったのは、ニーランの手だった。
イングランド戦。
ハーランドも。
ケインも。
得点しなかった。
それでも。
二人の周囲で、試合は動き続けた。
日本
「やっと、国の話になった」
コートジボワール
「私たちは、最初から知っている」
スウェーデン
「今さら」
扉の向こうから、声がした。
ノルウェー
「今さらでも、言われないよりはいいよ」
八人が振り返った。
7.同じ扉
ドアが、ゆっくりと開いた。
白金の髪。
淡い赤色の目。
以前。
この部屋でハーランドの話をしていた時と、同じ姿。
だが。
あの日とは違うものがあった。
まだ勝ち残っていた国の、尖った余裕はない。
目の奥には。
百二十分の疲れと。
敗退した国だけが持つ、静かな重さが残っていた。
それでも。
ノルウェーは、わずかに笑っていた。
ノルウェー
「本人がいないところで、ずいぶん褒めるね」
チュニジア
「前も、話題にされてから入ってきたよね」
ノルウェー
「この部屋、通路まで聞こえるから」
オランダ
「盗み聞き?」
ノルウェー
「聞こえてきただけ」
スウェーデン
「同じこと」
ノルウェーは、部屋の中へ一歩入る。
そして。
ホワイトボードを見る。
以前。
日本が書いた言葉が、端に残っていた。
怪物たち。
その下。
少し薄くなった文字。
怪物だけでは勝てない。
でも、怪物がいる国は試合を壊せる。
ノルウェーは、その文字をしばらく見つめた。
ノルウェー
「消してなかったんだ」
日本
「消さないと言ったから」
ノルウェー
「真面目だね」
チュニジア
「この部屋で、日本との約束を軽く見ない方がいいよ」
日本
「そこまでではない」
ノルウェーは、もう一度モニターを見る。
そこには。
イングランド戦後のハーランドが映っていた。
ノルウェー
「怪物のニュースばっかり」
キュラソー
「ラップも見たよ!」
ノルウェーの表情が、わずかに止まる。
ノルウェー
「それは見なくてよかった」
スウェーデン
「同意する」
オランダ
「姉妹で意見が一致した」
スウェーデン
「姉妹じゃない」
ノルウェーは、少しだけ笑った。
その笑みは。
昨日より、小さかった。
8.軽くはなかった
最初に立ち上がったのは。
コートジボワールだった。
二人は。
少し離れた場所で、向き合う。
ベスト32。
ノルウェーは、コートジボワールを2-1で倒した。
その後。
コートジボワールは、ノルウェーへ言った。
私たちを倒したなら、軽く負けるな。
ノルウェーは。
ブラジルを倒した。
イングランドの城を、一度崩した。
そして。
延長戦で敗れた。
コートジボワールが、口を開く。
コートジボワール
「軽く負けるなと言った」
ノルウェー
「軽くはなかった」
コートジボワール
「知っている」
短い言葉だった。
それだけで。
二人の間に残っていたものは、十分だった。
ノルウェー
「王国を倒した」
コートジボワール
「見ていた」
ノルウェー
「城も、一度は壊した」
コートジボワール
「それも見ていた」
ノルウェー
「でも、準決勝までは持っていけなかった」
コートジボワールは、首を横へ振る。
コートジボワール
「私の負けを、ノルウェーが終わらせたわけではない」
ノルウェーが、少しだけ目を上げる。
コートジボワール
「王国まで運んだ」
コートジボワール
「城にも、傷を残した」
コートジボワール
「十分に重かった」
ノルウェー
「十分じゃない」
コートジボワール
「そう思えるなら、次がある」
ノルウェーは、少し黙った。
そして。
片手を差し出した。
コートジボワールが、その手を取る。
コートジボワール
「ここへ来たということは」
ノルウェー
「続きを見る」
コートジボワール
「誰の?」
ノルウェーは。
トーナメント表に残ったイングランドを見る。
ノルウェー
「私を倒した城の」
9.王国を倒した国
次に。
日本が、ノルウェーの前へ立った。
日本を倒したブラジル。
そのブラジルを倒したノルウェー。
二つの敗退は。
一本の線でつながっていた。
日本
「ブラジルを倒したところまで、見届けた」
ノルウェー
「その先まで行きたかった」
日本
「うん」
ノルウェー
「王国は、強かったよ」
日本
「知ってる」
ノルウェー
「でも、倒せた」
日本は、少しだけ目を細める。
日本
「それも知ってる」
ノルウェーは。
日本の後ろにあるホワイトボードを見る。
日本からブラジルへ。
ブラジルからノルウェーへ。
ノルウェーからイングランドへ。
線は。
敗退のたびに、先へ伸びていた。
日本
「ブラジルが負けた時」
日本
「私たちの敗退の意味が、そこで切れた気がした」
ノルウェー
「切った?」
日本
「最初は」
日本は、首を横へ振る。
日本
「でも、違った」
日本
「王国を倒した国が、どこまで行くのか」
日本
「今度は、あなたを見ていた」
ノルウェー
「準決勝までは行けなかった」
日本
「それでも」
日本は、イングランドの名前を見る。
日本
「あなたの敗退も、ここで終わらない」
ノルウェーも、その名前を見る。
ノルウェー
「イングランドが持っていく」
日本
「あなたが選ばれた国の重さも」
ノルウェーは、ほんの少しだけ笑った。
ノルウェー
「あの城、重そうだったからね」
10.姉の隣
最後まで。
スウェーデンは立ち上がらなかった。
壁際の椅子に座ったまま。
ノルウェーを見ている。
ノルウェーが、先に声をかけた。
ノルウェー
「姉さん」
スウェーデン
「姉さんじゃない」
以前と同じ。
即答だった。
キュラソーが、小さく笑う。
キュラソー
「戻ってきた」
チュニジア
「何が?」
キュラソー
「いつもの速さ」
ノルウェーは、スウェーデンの前へ立つ。
ノルウェー
「迎えの言葉は?」
スウェーデン
「……28年ぶりに戻って」
スウェーデンは、少しだけ視線を外す。
スウェーデン
「初めて準々決勝まで行った」
ノルウェー
「ほかには?」
スウェーデン
「1958年」
スウェーデンは視線を外したまま続ける。
スウェーデン
「私は、決勝まで行った」
ノルウェー
「それ、自分の話?」
スウェーデン
「自分の国で」
スウェーデンは深いため息をついた。
スウェーデン
「ブラジルに五つ取られて終わった」
1958年。
開催国スウェーデンは決勝まで進んだが。
ブラジルに2-5で敗れた。
母国でトロフィーを掲げるまで。
あと一歩で届かなかった。
ノルウェー
「じゃあ、私がブラジルを倒した時――」
スウェーデン
「……見ていた」
ノルウェー
「姉さん」
スウェーデン
「姉さんじゃない」
スウェーデンはノルウェーの目を見て口を開いた。
スウェーデン
「悪くなかった」
ノルウェー
「それ、褒めてる?」
スウェーデン
「かなり」
ノルウェー
「珍しい」
スウェーデン
「今日だけ」
ノルウェーは、隣の椅子を見る。
そこには。
先ほどまで置かれていたスウェーデンの荷物がなかった。
床へ移されている。
ノルウェー
「そこ、座っていいの?」
スウェーデン
「空いてる」
ノルウェー
「さっきまで荷物あったよね」
スウェーデン
「邪魔だったから、どけた」
オランダ
「妹のために?」
スウェーデン
「違う」
チュニジア
「否定はする。でも席は作る」
スウェーデン
「うるさい」
ノルウェーは、スウェーデンの隣へ座る。
しばらく。
二人とも、モニターを見ていた。
ノルウェー
「私、今大会でフランスに負けて」
ノルウェー
「イングランドに止められた」
スウェーデン
「知ってる」
ノルウェー
「姉さんも、同じだよね」
スウェーデン
「フランスは今大会」
スウェーデン
「イングランドは八年前」
ノルウェー
「でも、準々決勝」
スウェーデン
「そう」
ノルウェー
「やっぱり姉妹だ」
スウェーデン
「違う」
オランダ
「対戦相手まで似てるのに?」
スウェーデン
「年代が違う」
チュニジア
「姉妹否定のために、年代差を持ち出し始めた」
ノルウェーは、少しだけ笑う。
ノルウェー
「姉さんが戦った時より、イングランドは変わってた?」
スウェーデンは。
今度は、すぐには答えなかった。
スウェーデン
「変わった」
ノルウェー
「強くなった?」
スウェーデン
「負け方を覚えて」
スウェーデン
「そのたびに、形を変えた」
ノルウェーは、向き合った城を思い出す。
一度崩れても。
形を変え。
最後には前へ折り畳まれた城。
ノルウェー
「私が戦った城と同じだ」
スウェーデン
「だから」
スウェーデン
「私が戦った時と、同じ相手ではない」
ノルウェー
「でも、同じところで止められた」
スウェーデンは。
少しだけ目を伏せた。
スウェーデン
「……そこは否定しない」
ノルウェーは。
何も言わず、背もたれへ身体を預けた。
二人の肩は、触れていない。
けれど。
椅子の間は、ほとんど空いていなかった。
11.九人目
キュラソー
「この部屋、九人になったね」
チュニジア
「正式な加入制度、あったっけ?」
ドイツ
「ない」
オランダ
「じゃあ、どうやって入るの?」
コートジボワール
「扉を開ければいい」
チュニジア
「急に制度が自由」
ノルウェーは、部屋を見渡す。
大型モニター。
ホワイトボード。
消されかけたトーナメント表。
勝者の名前から伸びる線。
敗者の名前からも伸びる線。
ノルウェー
「ここで、ずっと見てたんだ」
日本
「うん」
ノルウェー
「自分たちを倒した国を?」
日本
「それだけじゃない」
オランダ
「託した国」
スウェーデン
「同じ大陸の国」
コートジボワール
「敗退の意味を持っていった国」
エクアドル
「まだ、自分たちの時間につながっている国」
キュラソー
「あと、面白いニュース!」
チュニジア
「そこも大事」
ノルウェーは、少しだけうなずく。
ノルウェー
「じゃあ、私も残る」
オランダ
「帰らないの?」
ノルウェー
「帰るよ」
ノルウェーは、モニターを見る。
ノルウェー
「でも、その前に」
イングランド。
準決勝へ進んだ城。
ノルウェーが残した傷と。
ハーランドが選んだ国の重さを持つ国。
ノルウェー
「あの城が、どこまで持っていくか見る」
日本は。
ホワイトボードに新しい名前を書いた。
ノルウェー。
Group E/Fの八カ国とは違う。
早期に敗退した国ではない。
ただ準々決勝で負けたから、ここへ来たわけでもない。
コートジボワールから託され。
ブラジルを倒し。
日本の敗退を運び。
イングランドへ傷を残した国。
その線が。
この部屋まで続いていた。
12.四つの名前
日本は。
ホワイトボードの中央に、準決勝へ進んだ四カ国を書いた。
フランス。
スペイン。
イングランド。
アルゼンチン。
キュラソー
「この四人で、あと二試合?」
ドイツ
「準決勝が二試合」
チュニジア
「そのあと、決勝と三位決定戦」
キュラソー
「もう四人しかいないんだ」
エクアドル
「四人まで減った」
オランダ
「でも、後ろにいる国は増えた」
フランスの後ろには。
スウェーデン。
パラグアイ。
モロッコ。
スペインの後ろには。
ポルトガル。
アメリカ。
ベルギー。
イングランドの後ろには。
DRコンゴ。
メキシコ。
ノルウェー。
アルゼンチンの後ろには。
カーボベルデ。
エジプト。
スイス。
勝者は四カ国。
だが。
その四カ国だけで、ここまで来たわけではない。
キュラソー
「ノルウェーは、あの四人のこと知ってる?」
ノルウェー
「フランスと、イングランド」
ノルウェー
「どっちも、今大会で戦った」
スウェーデン
「私も、その二つ」
オランダ
「本当に姉妹じゃない?」
スウェーデン
「違う」
ドイツ
「歴史なら、四カ国すべてを知っている」
オランダ
「私はスペインとアルゼンチン」
日本
「私もスペインとアルゼンチン」
チュニジア
「私はフランス、スペイン、イングランド」
全員が。
一度、チュニジアを見る。
チュニジア
「何、その目」
キュラソー
「三人も?」
チュニジア
「しかもフランスには勝ったことあるけど」
控え室が、静かになる。
オランダ
「フランスに?」
チュニジア
「その反応、失礼じゃない?」
日本
「2022年」
チュニジア
「そう」
チュニジアは、少しだけ笑う。
チュニジア
「勝ったよ」
チュニジア
「それでも、グループは突破できなかった」
笑みが消える。
チュニジア
「だから知ってる」
チュニジア
「一番強い国に勝つことと」
チュニジア
「その大会に残ることは、同じじゃない」
誰も、茶化さなかった。
日本は。
四カ国の名前を、もう一度見る。
日本
「歴史なら、ドイツ」
日本
「今大会のフランスとイングランドなら、ノルウェーとスウェーデン」
日本
「スペインとアルゼンチンなら、オランダも詳しい」
キュラソー
「じゃあ、みんなで全部話せるね」
日本
「かなり」
日本は。
先ほどモニターに映っていた、もう一つの国を思い出す。
アルゼンチンとは2014年。
フランスとイングランドとは2018年。
スペインとは、つい昨日。
近年の世界大会で。
今の四強すべてと向き合った国。
日本
「でも」
日本
「今の四カ国を、一通り知っている国がある」
キュラソー
「誰?」
モニターには。
クルトワ交代を巡るニュースが、もう一度流れていた。
オランダが、画面を見る。
オランダ
「赤い悪魔」
チュニジア
「ニュースで監督が責められてる国」
ドイツ
「そして」
ドイツ
「近年、準決勝まで来たことのある国」
日本は。
四強の横に。
小さく、一つの名前を書いた。
ベルギー。
その国は。
まだ、この部屋にはいなかった。
だが。
次に扉を開ける理由は。
すでに、モニターの中で形になり始めていた。
第18章 怪物だけではなかった国 了
ここまで読んでいただきありがとうございます。
続きが気になった方は、スキやフォローで応援してもらえると励みになります。
次回も、敗者たちの控え室から大会の続きを見届けます。
続き・前回はこちら
前回:#17|八分前で止まった時計|アルゼンチン vs スイス
次回:#19|四強を知る赤い悪魔
