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【W杯 2026】Group E/F - 敗者達の控え室 #2 |帰らぬ八つの理由

第2章 どうして私たちは帰らなかったのか


この物語について

『Group EF - 敗者達の控え室』は、FIFAワールドカップ2026のベスト32で大会を去った、Group E, Group Fの国々を擬人化し、敗者たちが控え室から大会の続きを見届ける非公式サッカー擬人化群像劇です。

試合結果、対戦カード、サッカー史、報道などをモチーフにしていますが、登場人物はすべて創作上の擬人化キャラクターです。公式大会・各国協会・実在選手・実在団体とは関係ありません。

初めて読む方へ

この章の時系列

この章は、ベスト32、Group E/Fの8カ国が全員敗退した 7/1直後、彼女たちが「なぜ帰らずに控え室へ残るのか」を整理する時点をモチーフにしています。

日本はオーストラリアへAFC最後の火を託し、キュラソーは同じ初出場国のカーボベルデを見届けたいと思い始めます。敗者たちが、自分たちを倒した国・託した国・同じ大陸の国へ線を伸ばしていく回です。


1. 八つの名前

控え室のホワイトボードには、八つの国名が並んでいた。

日本 敗退
オランダ 敗退
スウェーデン 敗退
チュニジア 敗退
ドイツ 敗退
コートジボワール 敗退
エクアドル 敗退
キュラソー 敗退

モニターの向こうでは、まだ大会が続いている。
歓声も、照明も、芝の匂いも、全部そのままだ。

変わったのは、ここにいる八人がもうピッチに立てないということだけ。

キュラソー

「……これ、ずっと書いておくの?」

日本

「消す?」

オランダ

「消したら、なかったことになる気がする」

ドイツ

「敗退は消しても変わらない」

チュニジア

「朝から重い」

ドイツ

「朝ではない」

チュニジア

「気分の話」

コートジボワールがベンチに腰を下ろす。

コートジボワール

「私は帰らない」

全員がそちらを見る。

コートジボワール

「私たちを倒した国が、次で軽く負けるところを見たくない」

オランダ

「わかる」

日本

「私も、ブラジルを見届けたい」

スウェーデン

「フランスも」

ドイツ

「パラグアイもだ」

エクアドル

「メキシコも」

キュラソー

「カーボベルデも」

チュニジアは紙コップを持ち上げた。

チュニジア

「モロッコとエジプトと、あとアフリカ勢全般。
忙しいね、敗者」

オランダ

「推しが減ったのに、見る試合増えてない?」

日本

「増えてる」

ドイツ

「不合理だ」

チュニジア

「でも、帰れない」

少しだけ、控え室が静かになった。

エクアドル

「帰ったら、敗退がただの終わりになる」

日本

「ここにいれば、続きが見える」

キュラソー

「私たちの試合は終わったのに?」

エクアドル

「私たちの試合は終わった。
でも、私たちを倒した国の試合は、まだ続いている」

日本はホワイトボードの下に新しい線を引いた。

敗退した国 → 倒した国 → 次の試合

日本

「たぶん、これを見に残ってる」

チュニジア

「分析名人、さっそく業務開始」

日本

「業務じゃない」

オランダ

「でも、ホワイトボード使ってる時点でかなり業務」


2. ここに来るまでは強かった

日本は、ホワイトボードの右側に新しい見出しを書いた。

ここに来るまで

キュラソー

「なにそれ?」

日本

「私たち、負けたところだけ見ると弱かったみたいに見えるけど」

チュニジア

「見えるね」

日本

「でも、ここに来るまでは、それぞれ強かった」

チュニジアが紙コップを置く。

チュニジア

「それ、言ってくれるの?」

日本

「言う」

オランダ

「こういう時の日本、真面目で困る」

チュニジア

「茶化しにくいんだよね」

日本は書く。

日本:アジア予選を早期突破

日本

「私たちは、かなり早く本大会を決めた。
だから期待も大きかった」

ドイツ

「それでブラジルに挑んだ」

日本

「うん。
20年前よりは近づいた。
でも、届かなかった」

オランダは小さくうなずいた。

日本は次を書いた。

エクアドル:南米予選、18試合5失点

エクアドルが目を上げる。

オランダ

「南米でそれは、かなりすごい」

ドイツ

「堅守の国だ」

エクアドル

「守ることは、後ろに下がることだけじゃない。
相手から未来を奪うこと」

チュニジア

「言い方が詩人」

日本

「でも、今大会はコートジボワールに負けて、キュラソーと引き分けて、ドイツに勝った」

ドイツ

「そこを強調する必要は」

エクアドル

「ある」

ドイツ

「……そうだな」

日本は続ける。

チュニジア:予選首位通過、9勝1分け、無失点

チュニジアが少し顔を背ける。

オランダ

「え、強いじゃん」

スウェーデン

「強い」

チュニジア

「強かったよ。
ここに来るまでは」

日本

「22得点、無失点」

キュラソー

「それで本大会は?」

チュニジアは笑った。
笑ったけれど、目は笑っていなかった。

チュニジア

「スウェーデンに1-5。
日本に0-4。
オランダに1-3」

オランダ

「……ごめん」

チュニジア

「謝らなくていい。
試合だから」

スウェーデン

「でも、壊れたわけじゃない」

チュニジア

「壊れたよ。
ただ、壊れる前の形を覚えてるだけ」

控え室が、少しだけ重くなる。

日本は次を書いた。

コートジボワール:予選無敗、無失点級の圧倒

コートジボワールが静かに腕を組む。

コートジボワール

「私たちは、ここへ勝ちに来た」

ドイツ

「知っている。Group Eで最も強い圧があった」

コートジボワール

「だが、届かなかった」

エクアドル

「私たちには勝った」

コートジボワール

「ドイツには敗れた」

キュラソー

「私たちにも勝った」

コートジボワール

「でも、ノルウェーに敗れた」

コートジボワールはモニターを見る。

コートジボワール

「だから見届ける。
私たちを倒した国が、どこまで行くのか」

日本は最後に、キュラソーの名前を書く。

キュラソー:初出場、予選10試合28得点、最終ラウンド6試合3失点

キュラソー

「……私だけ、長くなった」

オランダ

「さっきまで“初出場”だけだったのに」

日本

「初出場だけじゃない。
キュラソーは、ここに来るまでかなり強かった」

キュラソー

「そうかな」

ドイツ

「予選10試合で28得点。
CONCACAF全体でも最多級の数字だ」

チュニジア

「急に強い数字が出てきた」

エクアドル

「最終ラウンド6試合で失点3。
攻めて、守って、ここに来た」

キュラソー

「でも、本大会ではドイツに1-7で負けた。
エクアドルとは0-0。
コートジボワールには0-2」

コートジボワール

「キュラソーは弱くなかった」

キュラソー

「でも、勝てなかった」

コートジボワール

「それは、弱かったという意味ではない」

日本

「ここに来るまで強かった。
でも、本大会では届かなかった。
それは、私たちも同じ」

キュラソー

「初めてだったから。
全部が初めてで、でも、ちゃんと勝ってここまで来たのに」

スウェーデン

「だから、短い線じゃない」

キュラソー

「短くない?」

エクアドル

「初めての線は、細い。
でも、そこまで来る道は長い」

チュニジア

「今の、かなりいいこと言った」

オランダ

「言いたかった?」

チュニジアは紙コップを持ち直した。

チュニジア

「ここではまだ言わない。
私は学んでいる」


3. 同じ部屋にいる理由

ホワイトボードには、今大会の結果と予選の記録が並んでいた。

ただの敗者の部屋だったはずの場所が、少しずつ別のものになっていく。

日本

「こうして見ると、全員ただ負けたわけじゃない」

ドイツ

「負けは負けだ」

オランダ

「ドイツ、そういうところ」

ドイツ

「だが、負ける前の道は違う」

スウェーデン

「同じ部屋にいるけど、同じ負け方じゃない」

チュニジア

「私はかなり派手に壊れた」

日本

「チュニジア」

チュニジア

「言い方を変えよう。
ドラマチックに崩れた」

オランダ

「よくなってない」

コートジボワール

「私は、負けたことより、軽く扱われることが嫌だ」

エクアドル

「私は、守れなかった試合が残っている」

キュラソー

「私は、もっといたかった」

その一言に、誰も茶化さなかった。

キュラソーは、両手でペットボトルを握っていた。

キュラソー

「初めてだったから。
全部が初めてで、でも、もう終わりって言われて。
帰ったら、本当に終わっちゃう気がして」

オランダが少しだけ表情を緩める。

オランダ

「わかるよ」

キュラソー

「オランダも?」

オランダ

「何回出ても、終わる時は終わる。
慣れない」

チュニジア

「いいこと言うね」

オランダ

「茶化す?」

チュニジア

「茶化さない。
今のは、ちゃんと痛い」

日本はホワイトボードに新しく書いた。

帰れない理由

その下に、一つずつ書いていく。

倒した国を見届けたい
託した国を見届けたい
同じ大陸の火を見たい
初出場の続きを見たい
負けの意味を知りたい

ドイツがそれを見る。

ドイツ

「整理されると、逃げ場がなくなるな」

日本

「ごめん」

ドイツ

「謝る必要はない。
必要な整理だ」


4. 昔の試合が、今に混ざる

オランダが、ホワイトボードの左端を指した。

オランダ

「ねえ。
今大会の話だけじゃないよね」

日本

「過去の対戦?」

オランダ

「そう。
ここにいる国同士、前にも会ってる」

チュニジア

「出た。
敗者の控え室、急に年表を開く」

ドイツ

「年表ではない。
関係の確認だ」

オランダ

「ドイツが言うと、本当に年表っぽい」

日本は、ホワイトボードに新しい見出しを書いた。

昔の試合が、今に混ざる

キュラソー

「昔の試合?」

エクアドル

「終わった試合が、終わらないこともある」

チュニジア

「それ、今日も言われる側がいるやつだ」

日本は最初の線を引いた。

日本 × オランダ

日本

「まず、私とオランダ」

オランダ

「今年は2-2」

日本

「でも、その前がある。
2010年。私はオランダに0-1で負けた」

キュラソー

「一点差?」

日本

「一点差。
強豪に届きそうで、届かなかった」

オランダ

「スナイデルの一発」

日本

「覚えてる。
守って、耐えて、でも一つで沈んだ」

オランダ

「今年は追いつかれた」

日本

「うん。
だから、2026年の2-2はただの引き分けじゃない。
前は届かなかった相手に、今度は追いついた」

オランダ

「でも、追い越されてはいない」

日本

「そこが悔しい」

オランダ

「私も悔しい。
追いつかれた側だから」

スウェーデン

「同じ引き分けでも、見る場所が違うのね」

エクアドル

「一点差の記憶は、何年たっても距離になる」

チュニジア

「詩人が今日も仕事してる」

日本は、その横に短く書いた。

日本 × オランダ:2010年0-1、2026年2-2。届かなかった距離が、近づいた。

次に、日本は少しだけペンを止めた。

日本 × コートジボワール

コートジボワールの目が、わずかに動く。

コートジボワール

「そこも書くのか」

日本

「書く。
避けると、残る」

キュラソー

「何があったの?」

日本

「2014年。
私は先に点を取った。
でも、ひっくり返された」

チュニジア

「ああ……それは痛い」

日本

「痛い。
しかも、ただの逆転じゃなかった」

オランダ

「ドログバ?」

日本はうなずく。

日本

「ドログバが入ってきた。
点を取られたのは、そのあと。
でも、怖かったのはゴールより先に、空気が変わったこと」

キュラソー

「空気が変わる?」

日本

「それまで持っていた一点が、急に軽くなる感じ。
スタジアムの重さが、全部コートジボワールの方へ行く感じ」

コートジボワールは黙って聞いていた。

コートジボワール

「ドログバは、そういう選手だった」

日本

「知ってる。
だから、怖かった」

コートジボワール

「だが、私たちもあの大会では届かなかった」

日本

「勝った側にも、残るんだ」

コートジボワール

「残る。
勝っても、先に進めなければ、別の痛みが残る」

エクアドル

「勝った記憶と、届かなかった記憶は同じ場所に置かれる」

チュニジア

「この部屋、勝った試合まで重くするじゃん」

日本

「でも、重い。
あの試合は、私にとってコートジボワールの名前を変えた」

コートジボワール

「どう変わった」

日本

「怖い国。
でも、それだけじゃない。
ひとりの選手で空気を変えられる国」

コートジボワールは、少しだけ口元を緩めた。

コートジボワール

「それなら、悪くない」

日本は書いた。

日本 × コートジボワール:2014年1-2。先制、逆転、ドログバで空気が変わった記憶。

チュニジア

「日本、意外と古傷多いね」

日本

「多い。
だから整理してる」

ドイツ

「整理しなければ、傷は形を持たない」

オランダ

「あなたが言うと、負けまで資料室に入る」

日本は、次の線を書く。

日本 × チュニジア:2002年2-0、2026年4-0

チュニジアが紙コップを見た。

チュニジア

「出た」

日本

「ここも避けない」

チュニジア

「日本が初めて決勝トーナメントに行った時の相手でしょ。
覚えてるよ、こっちは」

日本

「うん。
あの時の私は、祝った側だった」

チュニジア

「私は、置いていかれた側」

日本

「今回は、私たちが4-0で勝った」

チュニジア

「そこまで丁寧に刺さなくていい」

日本

「でも、今大会だけじゃない。
2002年も、2026年も、私たちの間には線がある」

チュニジア

「覚えてる側と、祝った側。
壊れた側と、勝った側。
同じ部屋にいるの、変だね」

エクアドル

「過去があるなら、今の負けも孤立しない」

チュニジアは口を開きかけて、閉じた。

キュラソー

「今、言いたかった?」

チュニジア

「危ないところだった」

日本は、少し迷ってからもう一本書いた。

日本 × ドイツ:2022年2-1

ドイツが静かに目を上げる。

ドイツ

「そこも書くのだな」

日本

「書く。
私にとっては、強豪に勝った記憶。
ドイツにとっては、近年の傷」

ドイツ

「正確だ」

オランダ

「正確に刺されたね」

ドイツ

「2022年の敗戦は、我々の現在に続いている。
今回エクアドルに敗れたことも、切り離せない」

日本

「私は、強豪に勝った記憶を持ってブラジルに挑んだ。
だから、届かなかったことが余計に悔しい」

ドイツ

「勝てると思ったことがある者ほど、敗退は重くなる」

チュニジア

「今日のドイツ、ちょっと優しい」

ドイツ

「事実を述べている」

オランダ

「優しさの言い方が下手」

日本は書き足した。

日本 × ドイツ:2022年2-1。勝てると思った記憶が、敗退を重くする。

オランダが、日本からペンを受け取る。

オランダ

「じゃあ、私も」

オランダ × スウェーデン

スウェーデン

「1974年」

オランダ

「クライフの時代に、0-0」

キュラソー

「クライフ?」

オランダ

「説明すると長い」

ドイツ

「長いが、説明する価値はある」

チュニジア

「またサッカー老人会が始まる」

オランダ

「うるさい」

スウェーデンは少しだけ誇らしげに言った。

スウェーデン

「あの時、私たちはオランダを止めた」

オランダ

「そして今大会は、私たちが5-1で勝った」

スウェーデン

「だから、あなたに託された時に少し腹が立った」

オランダ

「それは本当にごめん」

スウェーデン

「でも、来てくれてよかった」

オランダは少し黙った。

オランダ

「……そう言われると、困る」

日本が書く。

オランダ × スウェーデン:1974年0-0、2026年5-1、そして託し。

チュニジア

「日本、題名をつけるの上手くなってきた」

日本

「ありがとう?」

オランダは、次の線を引こうとして、少しだけ手を止めた。

日本

「オランダ?」

オランダ

「……これは、書きたくない」

チュニジア

「じゃあ、かなり大事なやつだ」

ドイツ

「私か」

オランダは、答えずに線を引いた。

オランダ × ドイツ

その文字を見て、部屋の空気が少し変わった。

キュラソー

「強そうな線」

エクアドル

「強い線ほど、古い」

オランダ

「1974年」

ドイツ

「決勝」

オランダ

「言わなくてもいい」

ドイツ

「西ドイツ 2-1 オランダ」

オランダ

「だから、言わなくてもいいって」

オランダは、苦笑しようとして失敗した。

オランダ

「私たちは、あの時、世界を変えられると思ってた。
美しくて、速くて、自由で。
Total Footballは、たぶん本当に何かを変えた」

スウェーデン

「でも」

オランダ

「でも、優勝できなかった。
世界を変えたのに、最後の試合でドイツに負けた」

ドイツは黙っていた。

オランダ

「未完って、きれいな言葉に聞こえるけどさ。
当事者からすると、ただ届かなかったってことなんだよ」

日本

「届かなかった記憶」

オランダ

「そう。
しかも、決勝で」

チュニジアが紙コップを見つめる。

チュニジア

「それは、茶化しにくい」

オランダ

「珍しく空気読んだね」

チュニジア

「読めるよ。
読むかどうかは別だけど」

オランダは、さらに書き足した。

オランダ × ドイツ:1974年決勝、西ドイツ2-1。Total Footballの未完。

そこで終わらせようとしたが、ドイツが静かに言った。

ドイツ

「…1990年もある」

オランダの耳が少し伏せる。

オランダ

「あるね」

ドイツ

「Round of 16。
西ドイツ 2-1 オランダ」

オランダ

「また2-1。
本当に嫌な数字」

ドイツ

「こちらにとっても、軽い試合ではなかった」

オランダ

「勝った側がそれ言う?」

ドイツ

「言う。
因縁は、敗者だけのものではない」

オランダはドイツを見る。

ドイツ

「オランダを倒したことは、こちらの歴史にも残る。
だが、オランダを倒したという事実が重いのは、オランダが軽い相手ではなかったからだ」

オランダ

「……そういうところ、ずるい」

ドイツ

「ずるい?」

オランダ

「重いくせに、たまにちゃんと届く」

日本は、ホワイトボードに書き足した。

オランダ × ドイツ:1990年Round of 16、西ドイツ2-1。因縁を重くする一戦。

キュラソー

「2回とも、2-1?」

オランダ

「そう。
だから余計に嫌」

エクアドル

「同じ数字は、違う時代をつなぐ」

チュニジア

「今日のエクアドル、ずっと強い」

オランダ

「でも、合ってる。
1974年も、1990年も、私にとってドイツはただの相手じゃない」

ドイツ

「私にとってもだ」

少し沈黙が落ちる。

オランダ

「勝てないけど、忘れられない」

日本

「それ、オランダの言葉だね」

オランダ

「うん。
たぶん、こういう線のためにある」

オランダは、続けて別の線を引いた。

オランダ × コートジボワール

コートジボワール

「2006年」

オランダ

「コートジボワールの初出場の時期。
同じ組にアルゼンチン、私たち、セルビア・モンテネグロ」

チュニジア

「死の組っぽい響き」

コートジボワール

「死の組だった」

オランダ

「私たちは2-1で勝った。
でも、楽じゃなかった」

コートジボワール

「私たちは負けた。
だが、軽く負けたわけではない」

ドイツ

「その記憶が、コートジボワールの言葉につながっているのか」

キュラソー

「言葉?」

コートジボワール

「負けを軽く扱われることが嫌いだ、ということだ」

オランダ

「わかる。
コートジボワールは、初出場の頃から軽くなかった」

コートジボワール

「なら、書いてくれ」

オランダは少し笑って、ホワイトボードに書いた。

オランダ × コートジボワール:2006年2-1。初出場期の強豪接触。軽くない負け。

チュニジア

「頼まれて素直に書くオランダ、ちょっと珍しい」

オランダ

「今のは書いた方がいいと思ったから」

エクアドル

「次は、私とオランダ」

エクアドルが静かに言った。

オランダが少しだけ姿勢を正す。

オランダ × エクアドル

オランダ

「2022年」

エクアドル

「1-1」

オランダ

「エクアドルは、ただ守ったわけじゃなかった。
ちゃんと奪いに来た」

エクアドル

「守備は、逃げるためだけのものではない」

日本

「出た」

チュニジア

「詩人の守備論」

エクアドル

「奪うために、閉じる。
進むために、止める」

オランダ

「そういうところが嫌だった」

エクアドル

「嫌だった?」

オランダ

「褒めてる」

エクアドル

「なら、受け取る」

日本は書いた。

オランダ × エクアドル:2022年1-1。守るだけではなく、奪うために守った記憶。

スウェーデン

「オランダ、線が多いわね」

オランダ

「ドイツほどじゃない」

全員の視線が、ドイツへ向く。

ドイツ

「こちらを見る必要はない」

チュニジア

「いや、あるでしょ。
ドイツ、過去が多すぎる」

ドイツは静かに息を吐いた。

ドイツ

「否定はできない」

日本が書く。

ドイツ × スウェーデン

スウェーデン

「1958年、私たちが勝った」

ドイツ

「準決勝で、我々は敗れた」

スウェーデン

「古い誇りね」

ドイツ

「その前の1934年も、
その後、1974年、2006年、2018年にも当たっている」

オランダ

「一試合で終わらない関係」

スウェーデン

「勝った記憶も、負けた記憶もある。
だから、ドイツに言われると少し面倒」

ドイツ

「面倒?」

スウェーデン

「歴史が椅子を持って座ってくる感じ」

チュニジア

「いい表現」

ドイツ

「椅子は持ってきていない」

オランダ

「そういうことじゃない」

日本は笑いをこらえながら書いた。

ドイツ × スウェーデン:1934年、1958年、1974年、2006年、2018年。勝ち負けが何度も向きを変える線。

次に、エクアドルがドイツを見た。

エクアドル

「私たちともある」

ドイツ × エクアドル

ドイツ

「2006年、我々が3-0で勝った」

エクアドル

「覚えている」

ドイツ

「そして今大会、エクアドルが2-1で勝った」

エクアドル

「昔の線が、今年逆を向いた」

日本

「反転したんだ」

エクアドル

「反転というより、横に置いた。
負けた記憶は消えない。
でも、別の試合を横に置くことはできる」

ドイツ

「その通りだ。
だから今年の敗戦は、単なる番狂わせではない。
過去への返答でもあった」

日本は書く。

ドイツ × エクアドル:2006年3-0、2026年2-1。負けた記憶の横に置いた勝利。

チュニジアは、紙コップを口元へ運ぼうとして止まった。

キュラソー

「今、言いたかった?」

チュニジア

「危ないところだった」

ドイツ

「チュニジア」

チュニジアが目だけを動かす。

チュニジア

「なに」

ドイツはペンを取った。

ドイツ × チュニジア

チュニジア

「うわ、出た」

ドイツ

「1978年。
西ドイツ 0-0 チュニジア」

オランダ

「引き分け?」

チュニジア

「そう。
当時の西ドイツ相手に、0-0」

日本

「強豪相手に引き分けた記憶」

チュニジア

「そういう言い方されると、ちょっといい話みたいになる」

ドイツ

「いい話ではない。
誇りの話だ」

チュニジアは少しだけ黙った。

チュニジア

「……今大会の私は、かなり壊れた」

ドイツ

「それだけではない」

チュニジア

「でも、壊れた」

ドイツ

「壊れたことは事実だ。
だが、チュニジアには強豪に届いた記憶もある」

チュニジア

「ドイツに励まされる日が来るとは思わなかった」

オランダ

「しかも重いやつ」

チュニジア

「でも、悪くない」

日本は、静かに書いた。

ドイツ × チュニジア:1978年0-0。壊れた今大会だけではない誇り。

少し沈黙が落ちた。

ホワイトボードには、線が増えていた。

日本 × オランダ
日本 × コートジボワール
日本 × チュニジア
日本 × ドイツ
オランダ × スウェーデン
オランダ × ドイツ
オランダ × コートジボワール
オランダ × エクアドル
ドイツ × スウェーデン
ドイツ × エクアドル
ドイツ × チュニジア

キュラソーが、それをじっと見上げる。

キュラソー

「線が多い」

日本

「多い」

キュラソー

「私、こういう線が少ない」

部屋が静かになる。

キュラソー

「初出場だから。
昔の世界大会で、みんなと会った記憶がない」

エクアドル

「少ない線は、空白ではない」

キュラソー

「空白じゃない?」

コートジボワール

「始まりだ」

オランダ

「これから増える線もある」

スウェーデン

「初めての痛みも、初めての誇りも」

チュニジア

「初めての敗退控え室も」

キュラソー

「それは、あまり嬉しくない」

チュニジア

「ごめん。そこは本当にごめん」

キュラソーは少しだけ笑った。

キュラソー

「でも、見たい。
みんなの線が、どこまで続くのか」

日本はホワイトボードを見た。

日本

「今大会の結果だけだと、私たちはただの敗者だった」

ドイツ

「過去を足せば、関係になる」

オランダ

「関係になると、帰りにくくなる」

チュニジア

「最悪じゃん」

エクアドル

「でも、帰らない理由にもなる」

チュニジアは、また言いかけて止まった。

キュラソー

「また言いたかった?」

チュニジア

「今日は取られすぎ」

日本

「じゃあ、ここまでの線は残す」

オランダ

「消したら、なかったことになる気がするしね」

スウェーデン

「消さなくていい。
嫌な線も、残しておけば距離がわかる」

コートジボワール

「距離がわかれば、次に届く場所もわかる」

チュニジア

「今日、みんな急に名言出しすぎじゃない?」

日本

「書く?」

チュニジア

「やめて。
名言がホワイトボードに載ると急に恥ずかしい」

キュラソー

「でも、ちょっと楽しみになってきた」

オランダ

「敗退してるのに?」

キュラソー

「うん。
悲しいけど、まだ見るものがある」

エクアドルが静かにうなずく。

エクアドル

「それが、残る理由になる」

チュニジアは今度こそ、少し悔しそうに笑った。

チュニジア

「……そのセリフ、私が言いたかった」

キュラソー

「また取られた?」

チュニジア

「今回はエクアドル。
でもまあ、いい。今日はきれいに負けた」


5. AFC最後の火

モニターに、次のカードが映る。

オーストラリア

日本の目が止まった。

オランダ

「日本?」

日本

「オーストラリアが残ってる」

ドイツ

「AFCの最後か」

日本

「うん」

キュラソー

「会いに行くの?」

日本は少し考えて、うなずいた。

日本

「行きたい」

チュニジア

「今度は託す側、忙しいね」

日本

「託すって、こんなに重いんだね」

スウェーデン

「やっとわかった?」

日本

「わかった。
スウェーデンに重いものを渡した」

スウェーデン

「かなり重かった」

オランダ

「私も渡した」

スウェーデン

「あなたのは特に重かった」

オランダ

「ごめん」

スウェーデン

「もういい」

日本は、控え室を出た。

通路の先。
別の控え室の前に、オーストラリアがいた。

黄色と緑の競技衣装。
濡れた白金の髪。
真っすぐな目。

日本を見ると、オーストラリアは少しだけ笑った。

オーストラリア

「来ると思ってた」

日本

「わかってた?」

オーストラリア

「同じ大陸の顔してた」

日本は苦笑した。

日本

「私たちは負けた」

オーストラリア

「見てた」

日本

「ブラジルに、届きそうで届かなかった」

オーストラリア

「それも見てた」

日本

「AFCで残ってるの、あなたたちだけ」

オーストラリアは、静かにうなずく。

オーストラリア

「知ってる」

日本

「勝って、とは言わない」

オーストラリアが少し目を細める。

日本

「いや、やっぱり言う。
勝ってほしい」

オーストラリアは笑った。

オーストラリア

「正直でいい」

日本は拳を出した。

日本

「AFCの火を、持って行って」

オーストラリアはその拳に、自分の拳を合わせた。

オーストラリア

「預かる」

日本

「軽くしないで」

オーストラリア

「軽くするつもりはない」

日本は少しだけ安心したように息を吐いた。

オーストラリア

「それに、日本」

日本

「なに?」

オーストラリア

「あなたたちのブラジル戦、軽くなかった」

日本の目が少し揺れる。

オーストラリア

「先に進めなかっただけで、何も残らなかったわけじゃない」

日本は、少し黙った。

それから、もう一度拳を強く合わせた。

日本

「ありがとう」


6. 活動開始

日本が控え室に戻ると、ホワイトボードの右側に新しい矢印が増えていた。

さっきまでの線は、過去の試合だった。
今度の矢印は、これから見届ける相手だった。

オランダが書いたらしい文字。

オランダ → モロッコ

スウェーデンが書いた文字。

スウェーデン → フランス

ドイツの硬い字。

ドイツ → パラグアイ

コートジボワールの太い線。

コートジボワール → ノルウェー

エクアドルの小さな字。

エクアドル → メキシコ

キュラソーの大きな星マーク。

キュラソー → カーボベルデ

そして日本は、自分の線を足した。

日本 → ブラジル
日本 → オーストラリア

チュニジアがそれを見て、口笛を吹く。

チュニジア

「すごい。
完全に敗者の路線図」

オランダ

「乗り換え多すぎ」

日本

「チュニジアは書かないの?」

全員の視線が、チュニジアへ向く。

チュニジアは紙コップを口元に寄せたまま、少しだけ目を逸らした。

チュニジア

「私は内緒」

スウェーデン

「内緒?」

チュニジア

「だって、ひとつに決めたら面倒でしょ。
同じ大陸もいるし、近い国もいるし、勝ってほしい国もいるし」

コートジボワール

「アフリカ勢か」

チュニジア

「言ってない」

エクアドル

「言っている」

チュニジア

「まだ書いてないから、言ってない」

日本はペンを持ったまま少し迷う。

日本

「では、保留、としておく」

ホワイトボードの端に、小さく書き足した。

チュニジア → ?

チュニジア

「疑問符つけると、余計に意味深じゃん」

オランダ

「実際、意味深」

チュニジア

「うるさい。
敗者にも、秘密の応援先くらいある」

改めて、全員がホワイトボードを見つめる。

過去の線。
これから見届ける矢印。
まだ名前を出せない応援先。

オランダ

「本当に、乗り換え多すぎ」

ドイツ

「目的地は不明だ」

エクアドル

「でも、線はある」

キュラソー

「私たち、まだつながってる?」

日本

「つながってると思う」

コートジボワール

「倒した国に。託した国に。同じ大陸に」

スウェーデン

「そして、この部屋に」

チュニジアは紙コップを掲げた。

チュニジア

「じゃあ改めて」

全員が見る。

チュニジア

「敗退の意味を探る亡霊たち、活動開始。第二回」

ドイツ

「第二回なのか」

チュニジア

「第一回は昨日、勢いで始まった。
今日はちゃんと方針会議」

オランダ

「方針会議だったんだ」

日本

「議事録いる?」

チュニジア

「やめて。急に現実になる」

キュラソーが笑った。

キュラソー

「でも、ちょっと楽しみになってきた」

オランダ

「敗退してるのに?」

キュラソー

「うん。
悲しいけど、まだ見るものがある」

エクアドルが静かにうなずく。

エクアドル

「それが、残る理由になる」

チュニジアは今度こそ、少し悔しそうに笑った。

チュニジア

「……そのセリフ、私が言いたかった」

キュラソー

「また取られた?」

チュニジア

「今回はエクアドル。
でもまあ、いい。今日はきれいに負けた」

ドイツ

「そこにも勝敗を持ち込むのか」

チュニジア

「敗者だからね。
勝ち負けには敏感なんだよ」

日本はホワイトボードを見た。

八つの国名。
過去へ伸びる線。
未来へ伸びる矢印。
まだ続く大会。

帰る理由は、いくらでもあった。
でも、残る理由も、もうできていた。

自分たちの敗退が、どこへつながるのか。
誰の勝利で、誰の意味が動くのか。
どの火が消え、どの火が残るのか。

敗者たちは、控え室で大会の続きを見る。

それは観戦ではない。
自分たちの物語の、延長戦だった。


第2章 どうして私たちは帰らなかったのか 了

ここまで読んでいただきありがとうございます。
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次回も、敗者たちの控え室から大会の続きを見届けます。


続き・前回はこちら

前回:#1 |始まりは控え室

次回:#3|怪物たちと、消えない古傷


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