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生成AI時代にこそ価値が高まる「書籍」の力。時代と空間を超えて共感を生む発信とは ~企業出版によるソートリーダーシップ活動の実践~

IISEは「ソート(未来の構想、思い、ビジョン)」をつくり、共感を生み、社会実装を行う一連の流れとして「ソートリーダーシップ活動」を定義しています。この考えをもとに、様々な領域で実践的な活動を推し進めています。
今回は、その活動を加速させる「企業出版」に光を当てます。書籍は、思想やビジョンを分かりやすく伝える力を持つ一方で、企業が出版する際には独自の難しさもあります。
IISEのソートリーダーシップ活動の一環として出版された『未来をつくるパーパス都市経営』(日経BP)、そして今年2026年3月の新刊『未来をつくる医療DX・AI最前線』(プレジデント社)。これらの出版プロジェクトを主導したIISEソートリーダーシップ推進部の芥川愛子氏に、企業出版が持つ意義と、ソートリーダーシップ活動を成功に導く秘訣を聞きました。


ソート「パーパス都市経営」でウェルビーイングな都市の実現を後押し

――IISEでは、ソートリーダーシップ活動を推進するツールとして書籍を活用しています。2023年1月に出版された『未来をつくるパーパス都市経営』(西岡満代著、日経BP刊)について、出版の主な狙いを教えてください。
 
芥川 『未来をつくるパーパス都市経営』は、IISE研究主幹の西岡満代氏が著者を務めました。この書籍の狙いは、「なぜ今スマートシティが必要なのか」「どんな理想を掲げて事業を進めるべきか」という問いへの共感を広げ、ウェルビーイングな都市の社会実装を加速させることでした。

スマートシティのコンセプトを正確かつ広く届けるには、偏りのない視点が不可欠です。想定読者は、行政、市民、企業といった都市の多様なステークホルダーでした。年齢やジェンダーなども様々であるため、著者と約20名の執筆協力者は、あらゆる読者の視点に立って執筆に臨みました。「幸せが続くまち」という目標に向け、スマートシティやデータ活用の意義と効果を、誰にでも分かりやすく伝えることに注力しました。 
本書は、日本経済や国民生活に関する著作物から毎年わずか3冊しか選ばれない、名誉ある『第14回(令和5年度)不動産協会賞』を受賞しました。受賞理由としては、「パーパス経営」と「都市経営」を融合させた「パーパス都市経営」という新しい概念の提唱、経営視点とデータ活用で住民のウェルビーイングを高める方策を豊富な事例で示した点、そして人々が幸せをデータで可視化しまちづくりに活かすアプローチが評価されたと考えています。
書籍出版後は、インタビューや講演のご依頼も多数いただき、『国土交通白書2023』にもインタビューが掲載されました。

行政と現場のリアルを伝え、医療DXの社会的意義への理解を広げる

――その実績を土台に、2026年3月2日に新刊『未来をつくる医療DX・AI最前線』(大島一博編著、プレジデント社刊)を出版されました。この企画の経緯を教えていただけますか。
 
芥川 編著者の大島一博氏は、前厚生労働事務次官で、現在はIISEの理事を務めています。人口減少が進む日本で、いかに医療を持続可能にしていくか。本書は「医療DX」をテーマに、国全体が目指すべき方向性を示しています。

すでに全国で様々な取り組みが始まっています。共通している大きな課題は、「担い手不足」と「医療・介護現場の多忙」の2つ。その解決のカギとなるのが、DX(デジタルトランスフォーメーション)やAI(人工知能)の活用です。データやテクノロジーを組み合わせて医療現場の負担を軽減し、スタッフが患者と向き合える時間をより長く確保するための体制づくりが進められています。 
本書で紹介する25の事例は、大島氏と執筆チームが厳選したものです。全国の病院を取材し、医療DXの実態と効果を具体的に紹介しています。
例えば、「DXによって看護師の負担が減り、離職率が下がった」「救急車の中で過去の診療歴や服薬歴を確認でき、迅速な判断が可能になった」「AIが画像診断を支援し、医療スタッフが患者に向き合える時間を増やした」など、具体的な事例を通じて医療DXの意義を分かりやすく伝えています。医療・介護に携わる方々、そうでない方々、様々な立場の読者に、「医療DXにはこんなメリットがあるのか」「現場と市民の双方に恩恵があるのだな」といった気づきや、日本の医療や福祉を持続可能にするため取り組みに共感していただくことを目指しました。
医療DXを社会に実装するには、まずその意義を広く知ってもらう必要があります。たとえば医療情報の共有では、個人情報というデリケートなテーマを扱います。そのため、いきなり医療DXと言われても、不安を感じる方は少なくありません。
そこで、「子どもたちにどんな医療の未来を残すべきか」という長期的な視点を提示し、人口が減少しても質の高い医療を提供できる仕組みづくりが不可欠であるということを、丁寧に説明しています。

なぜ「書籍」なのか。読者が参加できる「余白」を残す

――数あるメディアの中で、なぜ「書籍」という手法を選ぶのでしょうか。
 
芥川 私たちが扱うのは、社会全体の利益に貢献する、公益性の高いテーマです。様々な立場で社会全体の利益を考え、建設的な具体策を丁寧に説明することで、私たちの「ソート」は説得力を持ち、社会に受け入れられていくと考えています。事例紹介では、現場の思いや工夫をリアルに伝えるために、一つひとつ取材を重ねました。
 企業出版でありながら公益性を追求するメリットは、執筆過程で多様な視点に触れられること、そして出版後には対話の輪が広がり、自社が創造すべき社会価値をより客観的に見つめ直せる点です。
 ソートリーダーシップ活動において書籍が重要なのは、届けたい相手が非常に幅広いからです。『未来をつくる医療DX・AI最前線』であれば、医療従事者だけでなく、地域住民、政策立案者など、医療・介護に関わるすべての人に「自分に何ができるか」を考えるきっかけにしてほしい。公益性の高い書籍は、読者それぞれが関われる「余白」を見つけやすいのです。
 そのため、本書は「こうすべきだ」と示すマニュアルのような作りにはしていません。あえて「余白」を残し、読者が自分の視点で考えるきっかけとなるよう工夫しました。例えば、学生の方が読んで「この分野で貢献したい」と感じてくれたなら、それは大きな成功です。
 
――事例を中心にした構成にも、意図があるのですね。
 
芥川 はい。専門家には当たり前の取り組みも、専門外の方々にはイメージしにくいものです。そこで事例を中心に据えることで、地域住民や患者さん、そのご家族など、より多くの方に具体的なイメージを伝えたいと考えました。「政策の目的は何か」「誰が、どんな課題から解放されるのか」。そうした事実を事例を通して理解してもらうことを重視したのです。

生成AI時代に「紙の書籍」を選ぶ理由

――生成AIが台頭する中で、あえて紙の書籍にこだわる理由は何ですか。

芥川 中心メンバーは5名ほどの小規模なチームでしたが、取材協力者を含めると関わった人は50名以上にのぼります。取材原稿は必ず相手先に確認していただき、「みんなで書き上げる」プロセスを大切にしました。
 今は生成AIが、膨大なWeb情報から出現する確率の高さで抽出した、「もっともらしい」文章を大量に生産する時代です。この連鎖によって、Web上には特定の情報が溢れ、実社会のリアルな考えと乖離していくリスクがあります。だからこそ、実社会を生きる人々の思いや工夫を「形式知」として言語化し、簡単には上書きできない「書籍」という媒体で残す価値は、ますます高まると考えています。
 2000年代に入り、社史を作る企業が減っているそうです。その結果として、企業の歩みや意思決定の経緯、時代背景や文化、思想、地域性、当時の役割といった「原点となる情報」が遺されず忘れられつつあります。失われた30年と揶揄される現代の状況も、次世代への学びとして言語化し、記録しておくことが重要だろうと私は考えます。
 Web上に情報が溢れ、注目されなければすぐに忘れ去られてしまう現代だからこそ、歴史を確かな形で後世に残す紙の書籍の価値は、再評価されるはずです。
 
――企業出版は、どのような流れで進めるのでしょうか。
 
芥川 「こんな書籍をつくりたい」というご相談から始まり、著者や構成などの編集方針を社内に提案します。出版社と協働で企画を固め、取材や執筆の全プロセスに私たちが伴走します。
 
――パートナーとなる出版社は、どのように選ぶのですか。
 
芥川 最も重要なのは、著者・編集チームと、出版社のチームとの相性です。書籍の品質は細部に宿ります。多くの人が関わるからこそ、共創パートナーとして温度感や感性を共有できることが成功の秘訣です。

時代と空間を超える、書籍ならではの持続的な影響力

――ソートを書籍で発信すると、どのような人たちに届き、どう展開されていきますか。
 
芥川 書店でふと手に取っていただくことで、私たちと直接接点のない方にも想いが届き、新たな議論が生まれることがあります。イノベーションには、偶然の出会い(セレンディピティ)と、そこから生まれる新たな価値(創発)が重要だと言われます。書籍は、その特性から予期せぬ出会いや広がりを生み出す力を持っており、私たちはこの力を通じて社会のイノベーションを加速させたいのです。
 また、書店だけでなく図書館や古書店などを通じて、数年、数十年と長く読み継がれていく点も書籍の大きな強みです。
 
――最後に、書籍の出版がソートリーダーシップ活動にもたらす価値を教えてください。
 
芥川 一つは、今述べたように、書籍が生む偶然の出会いが新たな価値創造(創発)につながり、社会のイノベーションを加速させる点です。
 この2冊の書籍は、読了に10時間以上かかるかもしれません。皆様の貴重な時間とお金をいただく以上、特定の視点に偏ることなく、公益性に資する内容となるよう最大限配慮しました。読後に「読んでよかった」「面白いテーマだ」と感じていただけることこそ、私たちの活動を後押しする大きな力になります。
 今後も、私たちの思いや取り組みを確かな形で残し、より多くの方と共有するために、書籍というプラットフォームを活用していきたいです。

<取材を終えて>

一見ハードルが高い「企業出版」ですが、一つひとつのプロセスを丁寧に進めれば、決して不可能な選択肢ではありません。自社の「ソート」を社会に実装するため、その必要性を広く伝える手段として書籍を活用した先には、予測不能な広がりが待っています。
書籍は時間と空間を超え、思いがけない読者のもとへ届くユニークなメディアです。何十人もの知恵と情熱を結集して創り上げる一冊の価値は、生成AIが普及する現代において、ますます高まっています。
重要なのは、完成した書籍という「結果」だけではありません。多くの人を巻き込む制作の「過程」そのものがソートを磨き上げ、関わる人々の暗黙知を、次世代に残る形式知へと昇華させます。企業出版は、時間こそかかりますが、それに見合うだけの持続的な価値を生み出す営みだと感じました。

芥川 愛子
大手通信事業者等を経てNECに入社後、IoT、量子コンピュータ等のマーケットインテリジェンスに従事し戦略立案に貢献。内閣府において、第6期科学技術・イノベーション基本計画の取りまとめに参画。現在はNECグループの独立シンクタンクである株式会社国際社会経済研究所でスマートシティと行政デジタル化のソートリーダーシップ活動を牽引する。

企画・制作・編集:IISEソートリーダーシップHub(藤沢久美、寺田亜紀子、福井衛)