【ウェビナー開催レポート】AIとデータ連携が拓くサプライチェーンサステナビリティ経営 ─環境情報化で変わる意思決定とサステナブルな調達
2025年12月17日、IISEが主催したウェビナー「AIとデータ連携が拓くサプライチェーンサステナビリティ経営─環境情報化で変わる意思決定とサステナブルな調達」の開催レポートをお届けします。
気候変動や人権問題など、企業を取り巻くサステナビリティ課題は年々複雑化しています。規制対応に追われる「守り」の姿勢から脱却し、いかにデータを活用して企業価値を高める「攻め」へ転じるか。今回は、環境情報化とサプライチェーンサステナビリティをテーマに、PwCコンサルティング合同会社の山崎幸一氏、片桐裕晴氏、NECの町川高明氏をお招きし、国際潮流、実務でのAI活用、そして技術の社会実装について講演いただきました。
環境情報化で環境対応が「コスト」から「成長の源泉」へ(IISE)
IISEからは、鍵となる概念として、「環境情報化」を提示しました。
(参考記事:「環境情報化」が拓くサステナブル経営の未来、「環境情報化」による企業の環境対応の高度化)
環境対応はこれまで「コスト」「制約」と捉えられがちでしたが、これを価値創造・成長の源泉へ転換するには、データの扱い方を変える必要があります。そこで環境情報化の要点として示したのが、次の3つです。
整える:社内に散在するデータを集約し、連携・分析できる形にする
つなぐ:企業間で安全にデータをやり取りし、バリューチェーン全体で共有できるようにする
活かす:AIで分析し、意思決定や新しい価値につなげる
多くの企業では、取引先との情報ギャップが環境対応コストの要因になっています。環境情報化が進めば、これらの作業が自動化・高度化され、企業は戦略的な環境経営に集中できます。環境情報化の本質は、個別企業の効率化にとどまりません。情報を起点に企業・業界・社会がつながり、連鎖的に新しい価値を生み出す仕組みづくりにつながります。
(参考:「環境情報化」が拓くサステナブル経営の未来|国際社会経済研究所(IISE))

「非財務情報」が企業価値を決定づける時代へ(PwC 片桐氏)
PwCコンサルティングの片桐裕晴氏は、欧州を中心に加速する規制強化の流れを整理し、サプライチェーン横断でのデータ整備・連携が国際基準準拠の前提になると解説しました。
気候変動、生物多様性、サーキュラーエコノミー、人権といったサステナビリティ課題が、もはや企業の「努力目標」ではなく、企業価値を高めるうえで「不可欠の経営課題」となっています。
特に、以下の国際的な開示基準の整備が急速に進んでおり、非財務情報の開示は経営の重要課題の一つとなっています。
ISSB[1]:サステナビリティ情報を投資家が国際的に比較可能にするための「グローバルベースライン」になっています。
TNFD[2]: ISSBがTNFDの枠組みを統合する方針を示していることから、今後は「財務」と「自然リスク」を統合して管理することが求められます。地理情報や資源利用データの整備が必要になります。
サーキュラーエコノミーと脱炭素を動かすドライバーも明確になりつつあります。
GCP[3]:COP30で発表された、企業のサーキュラリティを科学的に評価する国際的枠組みです。資源使用量、回収率、再利用率などをサプライチェーン全体で管理することが求められます。
SBT2.0[4]: 自然関連リスク対応とScope3削減が必須と位置づけられ、サプライヤーのGHG排出量や自然資本情報を継続的に収集・連携する体制が必要になります。
EUの規制は企業に、人権を含めたESG領域の開示やバリューチェーン全体のリスク管理を求めています。EU域外にも影響を及ぼすことが特徴です。
EUのCSRD[5]: GHG排出量だけでなく、資源利用、人的資本、ガバナンスに至るまで広範な情報の収集と、ESRS[6]に沿った透明性の高い報告が義務付けられます。
EUのCSDDD[7]:バリューチェーン全体の人権・環境デューデリジェンスを義務付け、サプライヤー管理や是正措置まで実務対応が求められます。開示と実行の両面で高度な対応が求められ、ESGデータ整備が企業価値向上に直結します。
日本では2025年に公表されたSSBJ基準[8]が、今後は法定開示の枠組みとなり、これに対応する体制構築が競争力を左右します。
SSBJ基準:対象企業は、マテリアリティ分析、GHG排出・資源使用データ、ガバナンス情報、業務プロセスの整備が必要となります。
「開示のための開示」を超えて:AI活用の実務(PwC山崎氏)
PwCコンサルティングの山崎幸一氏は、経営層・リスク管理・サプライチェーンそれぞれの目線を示し、社内外データを統合しAIでリアルタイムの評価・意思決定に活用する方向性を説明しました。
「部門最適」の限界とデータ統合の必要性
日本企業のサステナビリティ対応は、多くの場合「開示のための開示」に留まっています。サステナビリティ情報は本来は複数データを組み合わせることで、大きな意思決定にも使えます。しかし、実際には個々の取組別で進んでいて、データを一元管理できていない会社が多いのが現状です。意思決定に活用するためには、データを統合して意思決定に使える形にする必要があります。これには、次のような視点があります。
経営層の視点:現在の活動が将来どういうインパクトを持つかを定量・定性で分析し、アクションとデータを組み合わせて将来インパクトを考えて経営判断していくことが重要です。結果としてポートフォリオ管理や投資判断にもつながります。
リスク管理部門の視点:全社的リスクマネジメント(ERM)において、戦略リスクの一つにサステナビリティがあります。従来の表計算で過去データを取ってレポートするだけでは分析に限界があり、AIなどで社内外データを大量にリアルタイム収集し、リスク評価して経営判断に使うことがポイントです。
サプライチェーン部門の視点:従来のQCD(品質、コスト、納期)にESGを組み合わせることがポイントです。サステナブル調達のため、取引先評価の観点にESGを入れることが重要になります。
AI活用の方向性
現場レベルでの具体的なAI活用例を紹介します。
統合報告書の作成: 評価が高い他社の統合報告書の優れたポイントをAIに学習させ、自社の戦略に合わせた構成案やドラフトを生成させることで、作成業務を効率化・高度化できます。
非財務情報の横展開: 一度作成した開示データをAIが学習し、格付機関などからのアンケートや任意開示資料へ回答内容を自動で転用・最適化できます。
リスクマネジメント: ニュース記事、業界団体、国際機関などの最新情報をAIで素早く収集し、リスク分析し意思決定につなげる使い方ができます。
環境対応はデジタル対応なしには成立しません。AI活用とデータ連携は、規制対応の必須条件であり、経営変革の起点になり得ます。

課題解決に向けた社会実装「Supplier Portal」(NEC 町川氏)
NECの町川高明氏からは、サプライチェーンサステナビリティに関する課題の具体的解決策としての「Supplier Portal」、NEC自身の実践「クライアントゼロ」の取り組みについて説明がありました。
サプライチェーンの構造的課題に挑む
ここ数年でサステナビリティ対応の重心は大きく変わり、自社だけでなくサプライチェーン全体でどう対応しているかが問われています。一方でその対応内容は増え続け、現場負荷は確実に高まっています。このギャップが大きな課題です。
バイヤー企業の課題: 法規制や社会要請が変わるたびに、SAQ(自己評価質問票)の設問を最新化しなければならない負担。また、回答を収集して評価する担当者のスキルにばらつきがあり、データに基づいた改善指導まで手が回らない現状があります。
サプライヤー企業の課題: 多数の顧客(バイヤー)から、それぞれ異なるフォーマットやICTツールで調査依頼が舞い込む。一度回答した内容を他社向けに使い回すことができず、毎回ゼロから社内情報を集め、証跡を探し出すことに工数が割かれています。

NEC自身が直面した課題
NEC自身も、テーマ別にサプライヤー情報が分散しており、目的別にスコアリングしなくてはならず、さらにツールが複数あるなどの課題に直面しており、部分改善では限界があると感じました。そこでNEC自身がソリューションの最初のユーザーとなる「クライアントゼロ」として、課題解決策に現場で取り組むアプローチを取りました。


「Supplier Portal」が目指す世界
この課題解決の中核となるのが「Supplier Portal」です。下図のように真ん中にSupplier Portalを置き、サプライヤーとバイヤーをつなぎます。調査依頼から回答、評価、フィードバック、エンゲージメントまで一気通貫でカバーし、サステナビリティだけでなく、調達やリスク管理とも横断的につながることが狙いです。
(参考:NEC、サプライチェーンのサステナビリティ変革を加速する「Supplier Portal」の実証を開始 (2025年12月16日): プレスリリース | NEC)

「Supplier Portal」は、2026年にサービスを本格リリース予定です。次のような特徴があります。
設問テンプレート:主要法令・国際基準をカバーした設問をプリセットで提供し、バイヤー企業内の部門や領域をまたいだワンストップの情報収集をおこないます。情報分断の課題に対し、共通テンプレートで解決していきます。
AI活用:将来的な機能充実として、AI活用を検討しています。国際基準の改定を検知して設問側の改定をレコメンドし、法令改定対応漏れを回避。また、収集データを活用し、リスクの高いサプライヤー検出や改善施策・代替候補のレコメンドを考えています。
2026年1月から外部の皆様と共同で実証を推進中で、さらなる参加者を募集しています。
Q&Aセッション
Q1:サプライチェーンサステナビリティの実務上の課題として特徴的なものは何ですか?
PwC 山崎氏: 1つは「どこまでの範囲でやるか」。開示のためにシステムを準備する中で、データの範囲に悩む会社が多いです。もう1つは「デューデリジェンスの負荷」。人権・環境対応のボリュームが増え、人手では限界が来るため、どのようにシステムを使うかという課題感です。
NEC 町川氏:Supplier Portalの文脈では、サプライヤー・バイヤーがそれぞれ複数社という「N対M」の関係において、一社が楽になるだけでは問題が解決しないという点です。一社視点ではなく、サプライチェーン全体で解決していく経験が必要です。
Q2:調達業務において、ICTに期待することは?
PwC 片桐氏:規制のアップデートへの「自動追従」です。規制が変わるたびに影響する設問を抽出し、評価基準に反映するのはマンパワーがかかりすぎます。AIがそこを自動化してくれることが望ましいです。
NEC 町川氏:従来の取引関係の上にサステナビリティという尺度を加える手段としてデジタル/AI技術を活用していきます。オペレーションがAgenticになることで加速することを期待します。
Q3:「環境情報化」の実現に向けて、今取り組むべき最も重要なことは?
NEC 町川:サプライチェーンは個社の視点で解けない課題です。サプライヤー/バイヤー双方の不を解消する視点で全体最適することが重要と考えます。
PwC 山崎:部署別最適ではなく横断で見て、データも統合していく。事業貢献できる形で標準化・効率化を図るべきで、その時にデジタル・AIを使っていくことは必ず必要になります。
<Editor’s Opinion>
本ウェビナーを通じて、「環境情報化」について、サプライチェーンサステナビリティに関わる現場の視点から、その具体像がより明確に見えてきました。議論の中で感じたのは、環境情報化の本質は単なる「見える化」ではなく、データを介して関係者の判断や行動そのものを変えていく力にあるという点です。その実現に向けては、共通のデータ基盤や信頼を担保する仕組みを整えたうえで、デジタルやAIを活用し、実際の価値創出につなげていく視点が欠かせません。
環境情報化は、対応コストとして捉えるものではなく、次の競争力を生み出すための経営基盤になり得ます。今回のウェビナーは、その転換点が確実に近づいていることを実感させる機会でした。
(IISE 藤平慶太)
<動画アーカイブ>
<関連ウェビナーのお知らせ>
2026年1月30日に、サプライチェーンサステナビリティに関するウェビナーを開催します。
<注釈>
[1] ISSB(International Sustainability Standards Board/国際サステナビリティ基準審議会):投資家向けのサステナビリティ情報開示基準を国際的に統一するために、IFRS財団の下で設立された組織。
[2] TNFD(Taskforce on Nature-related Financial Disclosures/自然関連財務情報開示タスクフォース):企業が自然資本(生物多様性・生態系)に関するリスクと機会を開示するための国際的な枠組み。
[3] GCP(Global Circularity Protocol for Business/グローバル循環プロトコル):企業がサーキュラーエコノミーへの取り組み(資源循環・価値保持)を一貫した定義と指標で測定・管理・開示するための国際的プロトコル。
[4] SBT 2.0(Science Based Targets initiative Corporate Net-Zero Standard Version 2.0):企業の温室効果ガス削減目標を、1.5℃目標に整合した形でより厳格かつ実効的に設定・検証するための、SBTiの次世代ルール・枠組み。2026年改訂予定。
[5] CSRD(Corporate Sustainability Reporting Directive/企業サステナビリティ報告指令):EUが企業に対してサステナビリティ情報の開示を義務づける法制度。
[6] ESRS(European Sustainability Reporting Standards/欧州サステナビリティ報告基準):CSRDの下でEUが定めた、企業に環境・社会・ガバナンス(ESG)のサステナビリティ情報を統一的・詳細に開示させるための報告基準。
[7] CSDDD(Corporate Sustainability Due Diligence Directive):EUが企業に対して、サプライチェーン全体における人権・環境への悪影響を特定・防止・是正する「サステナビリティ・デューデリジェンス」を法的義務として課す指令。
[8] SSBJ(Sustainability Standards Board of Japan/サステナビリティ基準委員会):日本におけるサステナビリティ情報開示の会計基準を策定する公的専門機関。
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