まだ世の中に答えがない取り組みを、大企業の中のひとりがどう進めるか ~「責任投融資」に指針を打ち出す、日本生命の宮本泰俊氏に聞く~
「ソート(未来の構想、思い、ビジョン)」をつくり、共感を生み、社会実装を行う「ソートリーダーシップ(Thought Leadership)活動」を体現している企業のキーパーソンの方々へインタビューを行い、「ソートリーダーシップ活動」のヒントを探っていきます。
今回のお相手は、日本生命 財務企画部担当部長 兼 責任投融資推進室長の宮本泰俊氏。経済的な利益だけでなく、ESGを考慮する「責任投融資」を推進するため、日本生命として独自に2つの指針を打ち出し、仲間を集めて社会実装に取り組んでいます。大企業の中で、いかにソートリーダーシップ活動を進めるか。そのためのヒントについてお聞きしました。
状況を理解し、実務に落とし込む考え方を整理し、人を巻き込む。この三段論法で進めてきた
――日本生命の中で、経済的な利益だけでなく、ESGを考慮する「責任投融資」を進めている宮本さん。まずは現在に至るまでのキャリアについてお聞きします。資産運用部門を長く歩まれてきたそうですね。
宮本 その中でも、ローンの世界が長いです。コーポレート融資やプロジェクトファイナンス、航空機ファイナンス、レバレッジド・バイアウト・ローンなど、様々なローンの業務を経験してきました。ベンチャー投資会社の経営管理や財務審査なども経験しています。その延長線上で、「ニッセイ・グリーンローン」のガイドラインを策定したことから、2023年に責任投融資推進室を任されました。

――責任投融資に向けた取り組みが始まった経緯と「思い」について教えてください。
宮本 きっかけは、2024年3月に発表した中期経営計画です。そこで当社はサステナビリティ経営の高度化を進め、「誰もが、ずっと、安心して暮らせる社会」の実現を目指すことを掲げ、「全ての事業をサステナビリティに関連させる」と宣言しました。では、投融資を実行する資産運用部門はどのような方針で進めるべきか。保険の契約者に対する責任と、社会に対する責任を同時に果たしていくために必要なものは何か。それを検討するために、責任投融資推進室が設立されました。

(出所:日本生命「責任投融資レポート2024」 p10)
サステナビリティはなぜ大切なのか。どこまで何をやればいいのか。私はまず、大学や研究機関の方から意見を伺うことから始めました。その中で勧められたのが、スウェーデンのストックホルム・レジリエンス・センター(Stockholm Resilience Centre)が出している「プラネタリー・バウンダリー(Planetary boundaries)」です。人類が生存できる安全な活動領域と、その限界を定義する概念です。この研究の中に、すべてが表れていると言われました。
例えば、気候変動対策はなぜ必要なのか、これを放置すると何が起きるのか。まずはその基本を理解しようと考えました。気候変動の話で言えば、「ティッピング・ポイント(Tipping Point)」です。気候変動において、ある臨界点を超えると自然環境が不可逆的に変化し、二度と元に戻れなくなると科学的には言われています。ティッピング・ポイントに到達するまでに、私たちは対応を急がなければならない。その方向性で、自分自身の軸をしっかりと固めようと努力しました。
――ご自身の軸を固められたあと、どのように実現しようとされましたか?
3つの段階があったと振り返ります。第1に、根源的に必要な状態を理解し、明確化しました。ただそれはあくまで科学的な話で、実務にどう落とし込むことが非常に重要なので、次に第2のステップとして、実務を通してそこに向かうための考え方・方針を整理しました。第3に、施策の遂行に必要な人や支援してくれる人を巻き込んでいきました。この三段論法で、取り組みを進めていきました。
複雑な内容を整理して、事業会社が行動しやすい形にまとめる
――宮本さんが中心となって昨年「日本生命トランジション・ファイナンス実践要領」(TF要領)を、今年「日本生命ネイチャー・ファイナンス・アプローチ」(NFアプローチ)を発表されました。その概要を教えてください。
宮本 TF要領とは、日本生命のトランジション・ファイナンスに関する具体的な評価基準やその根拠、評価プロセスなどをまとめたものです。鉄鋼や火力発電など、温室効果ガスの排出が特に大きい事業セクターが、脱炭素に向けてどのように取り組んでいくべきか。それを考えるのが、トランジション・ファイナンスの重要な使命です。日本政府が提唱して今、世界に広めている考え方ですね。ただし排出量を段階的に減らすとは書いていますが、具体的にどんな時間軸でいかにして減らしていくかは、まだ曖昧な状態です。そこで、私たちが考える適切な枠組みや方針を自分たちなりに整理しました。
そのベースになったのが、先ほど述べたプラネタリー・バウンダリーです。パリ協定が提唱している「2℃目標」「1.5℃目標」を徹底的に追求し、温室効果ガスの排出余地はカーブではなく総量だということなどに注目し、要件を導き出しました。
NFアプローチも、基本的な考えは同じです。プラネタリー・バウンダリーの項目には、「気候変動」以外にも、「生物圏の一体性(生物多様性)」「土地利用の変化(森林伐採や都市化によって、自然の炭素吸収能力や生態系が破壊する)」などがあります。
今回はこの中で、気候変動と並び重要性の高い「生物圏の一体性」について突き詰め、自然の回復に向けて、これを評価する指標を取り上げました。自然については、TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)を含むさまざまな国際的な情報開示の要請や記載がある一方で、温室効果ガスという測定指標がある気候変動の領域に比べると、何をすべきかがわかりづらい領域であるとも認識しています。それを踏まえ、NFアプローチは、企業が理解しやすいように内容を整理することを意識しました。
※TNFDの解説記事はこちら
――大きな指針を発表し、社会を変えていこうとする宮本さんの取り組みは、まさにソートリーダーシップ活動だと思います。伝統的な大企業組織の中で、どのように進めていきましたか。
宮本 世の中でまだ確固とした答えがないものを、大企業の中で打ち出していくことは、簡単では確かにありません。実際、今回出した2つの指針は、社内の関係者との議論を繰り返し、本当に多くの厳しい意見をもらいながら修正を重ね、公表をするに至っています。

当社では、責任投融資の活動全般の方向性や方針等を議論する社内組織として、「責任投融資ワーキンググループ」を設けています。1年に4回開催されるそこでは、資産運用部門とサステナビリティ経営のトップを含む複数名の役員と、関連する組織の部長が集まって議論します。この会議で合意が取れれば、話を前へ進めることができる仕組みです。
NFアプローチなどは、そこで何度も議論をしましたが、公表に向けての慎重な姿勢や、内容自体に対する厳しい意見等、様々な反応を受けました。当社がアクションを起こすことの重要性や社会的意義、そしてその方向性が間違っていない、ということを諦めずに伝えていくことで、最終的には理解を取り付け、発表することができました。
成功のカギは、「科学的合理性」「外部識者の意見」「最初の1歩を大きく出さないこと」
――そうした批判も含めた厳しい議論を乗り越えるために、重要なことは何でしょうか。
宮本 大きな前提として、内容の合理性と確からしさには徹底的にこだわっています。TF要領もNFアプローチも、科学的に正しいと考えられているプラネタリー・バウンダリーを根拠としています。確かなデータを起点に内容を検討し、できたものを外部の有識者に見せて「大丈夫、外れていません」と言ってもらいます。
世の中にまだ正解がなく、さまざまな意見があるテーマです。ネイチャーに関しては特に、まだ世界的な議論が行われている最中で、結論がどちらへ動くか決まっていないテーマが多々あります。有識者の意見を聞く際に、あまり細部まで伺っていくとどこかで意見の相違が出てきてしまうもの。そういう場合は、「世界的な議論がどう進んでいったとしても、この内容はその振れ幅の中に納まっている」というポイントを押さえるようにしました。
加えて、TF要領やNFアプローチを実際に使うのは事業会社です。十数社の事業会社を回り、意見を聞きました。グローバルな話なので、海外の国際機関、例えば「ネイチャー・ポジティブ・イニシアティブ(NPI)」とも議論して、賛同を取り付けました。
こうしたエビデンスを揃えることで、主張の正当性や確からしさを固めていきます。それでも責任投融資ワーキンググループで合意を取ることは容易ではありません。最後は「これはファーストドラフトに過ぎません。大きな間違いはないことは確認できています」と訴えました。「これを起点に、これから様々な人と一緒に研究していくのです」と説明し、発表させてもらいました。
こういう新しいコンセプトを現実化する際は、「科学的合理性」「外部識者の意見」「最初の1歩を大きく出さないこと」。この3つが大切であることを、私は今回の取り組みから学びました。
――厳しい議論を重ねる中で、心は折れませんでしたか。
宮本 何度か折れたと思います(笑)。それでも自分の中に、こだわりはありました。障壁を乗り越えられたのは、プラネタリー・バウンダリーを学び、責任投融資が必要だと確信したからでした。責任投融資を何のためにやるかといえば、地球環境をティッピング・ポイント内に収め、安定的な状況を維持するためだと。であれば、そのために何をすればよいのか。指針を出さなければ、自分たちも誰も何も行動できません。また指針を出せなかったとしても、おそらく後で「何をやっていたんだ」と責められるでしょう。もう、意地ですね。

――経営トップ層のコミットメントが重要だと言われますが、どう思われますか。
宮本 TF要領の方は、当時の社長から直々にまとめろと言われたので、経営トップのコミットメントがありました。その分、楽でしたし、手法も比較的分かりやすかったと思います。
しかしNFアプローチにはそれがなく、自発的に進めたので相当大変だった印象ですね。トップのコミットを得られるに越したことはなく、取り組みの難易度を大きく左右すると思います。
隠さないことが、世の中の人の共通理念と理解を得るために重要
――今回の指針を出して、反響はいかがでしたか。仲間は増えましたか。
宮本 ありがたいことに、複数の分野から大きな反響がありました。反響をくれる人には、それぞれの動機があります。
例えば、同分野を研究する大学発のスタートアップ企業が、私たちの指針を詳細に読み込み、意見をくれました。彼らも責任投融資が浸透していけば、自らの思いを前に進められる。そう考えられたからこそ、真剣に対応していただけたのだと思います。
アセットマネージャーの方々からも、大きな反響がありました。日本生命はアセットオーナーとして80兆円を超える金融資産を持っています。そのお金を預かりたいという人が、指針を熟読して「この指針にはウチの商品が合いますよ」と言ってくれたわけです。
ある国際機関からも、国際会議のコンテンツとして活用したいと言ってきてくれました。サステナビリティは、1社だけでは実現できません。仲間を得ていくことは重要だと思っています。
――仲間を得ていくために、大切にしていることはありますか。
宮本 仲間を集めていくには、共通理念と共通理解を得ることが必要です。世の中にはいろいろなペーパーが出ていますが、抽象的で総論的な内容のものもあります。そうしたものも全体感を共有するために大事ですが、実際に取り組む仲間を作るには、より具体的に、どうしたらよいかについて踏み込んだ内容を示すべきだと考えました。
だからこそ、私たちは隠さないことを大切にしています。本来、利潤を追求する企業としての立場で言えば、何でも明け透けに公開することにはリスクもあるでしょう。しかし、サステナビリティは、他社との協働が前提となる領域です。隠さないことが、世の中の人の共通理念、共通理解を得るために重要になると考えています。
今回出した2つの指針には、核心的な情報も掲載し、読めば真似できるような透明性を持たせています。実際、真似しようと考える人もいるかもしれませんが、結局は一緒にやりましょうという話になります。すべてをオープンにすることで、逆に人や情報が集まってくるのです。

いわゆる「ファーストペンギン」になれば、いろいろな人が共感して集まってくれます。批判を浴びることもある半面、自分たちの知見も磨かれ、ネットワーク面でも得がたい果実が手に入ると感じました。
2つの指針を出したことで、海外の有識者とのネットワークが拡大
――宮本さんも参考にしたいと思うような、注目されているソートリーダーはいますか。
宮本 Climate Bonds Initiative(CBI)の共同創設者でCEO(最高経営責任者)のショーン・キドニー(Sean Kidney)氏は注目したいソートリーダーの1人です。グリーンボンド(※)の国際基準化を推進し、世界中の政府や金融機関と連携しています。コンセプトを明示し、各国政府にアドバイスし、脱炭素のステークホルダーが集まるハブのような存在です。日本政府のGX推進機構のアドバイザーでもあります。
※グリーンボンド…企業や地方自治体等が、国内外のグリーンプロジェクト(環境問題の解決に貢献する事業)に要する資金を調達するために発行する債券を指す。
彼の存在感はとてもすごいですね。時に厳しいことも言う人ですが、彼に認めてもらいたい人が世界中にいるという感じがします。
――宮本さんは今後、どのような取り組みを進めていきますか。
宮本 プラネタリー・バウンダリーには、9つの項目が定義されていますが、まずは先述したビッグ2(気候変動と生物多様性)でよいと思っています。その概念はある程度整理できたので、今後はそれを世の中で動かしていく段階になります。実際に取り組むのは事業会社のみなさんですから、私たちはそこへの投資やエンゲージメントを通じて、着実に前へ進めていくフェーズになると思います。
そして、私たちが今後取り組むべき課題は、ESGの「S(Social)」です。その概念の中心は「プラネタリーヘルス」になると当社は考えています。プラネタリ―ヘルスとは、地球環境と社会環境は相互依存の関係にあるという概念です。地球環境の変化は飢餓や水不足、感染症の拡大など人類の健康に大きな影響を与えるほか、不平等や貧困、紛争問題に発展する要素ともなります。持続可能な地球環境と健康で安心できる社会環境を確保するためにも重要な概念ですが、まだ自分たちで指針を組み立てられるほどの知見がないので、外部の有識者のサポートを得ながら進めていきたいと思います。
2つの指針を出したことで、海外の有識者とのネットワークが拡大しています。グローバルな連携を進め、今後の活動に生かしていきます。当社は国内に軸足を置く企業ですから、海外の知見やネットワークの中で、国内に活用できるものがないか探していきます。また日本には日本特有の課題もありますので、それらをしっかりと把握しながら、他社との共創によって解決を目指し、かつ海外の方にインプットしていくハブのようなこともやっていきたいと思っています。

〈取材を終えて〉
「自分は経営者ではないから、ソートリーダーシップを発揮するのは難しい」「大きな企業だと、考えを打ち出すのはリスクではないか」といった声を聞く中で、大きな組織体の中でソートリーダーシップを発揮されている方のお話をお伺いしたいと、宮本氏に取材をお願いしました。答えのない課題に向き合い新たな取り組みを進められ、IISEが考えるソートリーダーシップ活動の流れを、まさに「経営トップではない立場で」体現されている宮本氏のお話には、たくさんの生きた知見があったと思います。
自分自身の軸(ソート)をしっかりと固める。複雑な内容をかみ砕き、新しい仲間が参加しやすい環境をつくる。外部識者の意見を積極的に取り入れ、内容の合理性と確からしさには徹底的にこだわる。そして、最初の一歩は大きく出さない。どれも実際に試行錯誤を重ねてきた宮本氏の言葉だけに学びがあります。
TF要領には「実践要領」という言葉が入っているように、企業がトランジションを進める上での考え方が示されています。NFアプローチも同様です。その発想の原点にあるのは、宮本氏の「企業が行動しやすいような指針が必要」、という思いでした。ビジョンにとどめるのではなく、事業会社が共に社会を変えていくために行動できるよう考えられている。社会実装までソートリーダーシップ活動をやり切る、そのお手本と言えるでしょう。
また責任投融資に携われてから決して長くはない短期間で、さまざまな困難を乗り越えながら大きな指針を立て続けに発表されたその原動力の根本には、なぜ責任投融資が必要なのかを最初に考え抜かれたことがありました。ご自身のぶれない軸を確立されてきた点が、とても印象的でした。
仲間づくりへのヒントも非常に重要と感じました。すべてをオープンにすることで、人も情報も集まってくる。拡大してきたネットワークを土台に、さらなる共創、社会実装を加速していくであろう今後がとても楽しみです。
インタビュイー:
日本生命 財務企画部担当部長 兼 責任投融資推進室 室長
宮本 泰俊 氏
資産運用の仕事に20年以上関わり、さまざまな顧客やプロジェクトへの投融資に携わってきた。現在は、社会課題の解決へ貢献する「責任投融資」の取り組みを推進する役割を担い、新たな方針の企画や、積極的な情報発信を行う。
https://www.nissay.co.jp/kaisha/csr/sustainability_project/interview/responsible_investment/
インタビュアー:
崎村 奏子
新聞社を経て、IT企業サステナビリティ/ソーシャルインパクト部門にて多様なステークホルダーとの共創による社会価値創造を推進。2023年よりIISEに参画し、環境、国際開発等の分野でソートリーダーシップ活動に取り組む。現在、「適応ファイナンス」テーマのソートリーダーシップ活動においてPMOを務める。
藤平 慶太
一橋大学社会学部卒業、ミシガン大学大学院自然資源環境学院修士課程修了、東京大学大学院新領域創成科学研究科環境学研究系国際協力学専攻博士課程修了。博士(国際協力学)。全国紙記者、環境ベンチャーを経て、2023年IISEに参画。環境ベンチャーでは、環境ビジネスのコンサルティング業務(再生可能エネルギー、リサイクル、LCA、環境技術の海外展開など)、およびバイオマス発電・風力発電の事業開発に従事。
企画・制作・編集:IISEソートリーダーシップHub(藤沢久美、寺田亜紀子、福井衛、崎村奏子、藤平慶太)
