課題を乗り越える、ファッションの民主化へ。ソートで仲間が集まり、業界に革新を起こすまで ~対談・社会起業家 花沢菊香氏×IISE 藤沢理事長
自社の考え(ソート)を社会に広く発信し、共感する仲間を集めて実現を目指す「ソートリーダーシップ(Thought Leadership)活動」。これを体現している企業の経営層やキーパーソンの方々との対談を通じて、「ソートリーダーシップ活動」のヒントを探っています。
第6回のお相手は、世界的ファッションブランドVPLのCEOを務め、現在は社会起業家として活動される花沢菊香氏。VPLでは経営者としてファッションビジネスに新風を吹き込んできました。さらに共同創業者を務める「Yabbey(ヤビー)」では、自社で生産することを止めて型紙をデジタル化し公開するという革新的ビジネスモデルで、地球環境に優しいファッションの民主化の道を切り開いています。社会課題を解決するソートを見つけるポイント、実現に向けた仲間づくりをお聞きしました。
宇野千代の言葉が生き方の根幹に
藤沢 強いメッセージを打ち出し、ハリウッドのセレブたちにも愛用されてきたファッションブランドVPLのCEO、慈善活動家など多彩な顏を持つ花沢さんを、私はソートリーダーだと思っています。花沢さんの原点はどこにあるのでしょうか。
花沢 私の母親はファッションを手掛け、父親は起業し会社を経営していました。ファッションも経営もやりたくないと思って走り続けてきたのですが、結局両方を兼ね備えた仕事をしています。
私が影響を強く受けたのは、宇野千代の存在です。母と伯母は幼い時に両親を亡くし、十代の時から宇野千代に預けられ、育てられました。昔でいう奉公です。後に母は宇野千代の洋服ブランドのデザイナー、叔母は着物ブランドのデザイナーになりました。彼女の著作にある「独立した女性になりなさい」「手に職を持ちなさい」といった言葉は、私の生き方の根幹にあると思います。

藤沢 作家、経営者、編集者、デザイナーと多方面で活躍されてきた、宇野千代さんもソートリーダーですね。著作は年齢を問わず、今でも多くの人に読まれています。発信した「思い(ソート)」は何だと思われますか。
花沢 女性の自立に関する著述は多いです。ただ、最終的には「幸せとは何か」という探求それ自体が、彼女の「思い」だったのかなと思います。
資本主義社会の只中で、ファッションビジネスに新風を
藤沢 1980年代後半にアメリカへ渡った花沢さんは、ファッションの道を歩むとともに早くから経営にも携わっていますね。

花沢 大学の学費を払うのには普通の給料では足りず、アメリカの上場企業に入社しました。事業を新たに立ち上げMBOを行い、最終的に売却しました。ビジネスの成功ではなく、あくまで学費を払うことがモチベーションでした。
藤沢 すごい話ですね。そこでは何をされてきたんでしょうか。
花沢 私が元々キャリアをスタートしたのは、伊藤忠ファッションシステムのニューヨーク事務所でした。最初の仕事が、ファッションブランドJ.Crew(J.クルー)を日本に持ってきて市場を開拓すること。当時、品質にパーフェクトを求めていた日本の消費者は、ベトナムや中国など海外産の製品を買うことへ非常に抵抗感がありました。アメリカの消費者は染め方が少し違っても、「味」として受け入れます。そこで日本の消費者に、世界各国で生産したものを着てもらうための啓蒙活動をしました。
その経験から、アメリカの上場企業でも新しい事業を立ち上げる際に、まずは啓蒙から始めたのです。時間はかかるけれど、そのエリアのエキスパートとなって市場を創造していくことに力を注ぎました。
藤沢 日本の消費者の意識を変えるのは大変ではなかったですか。
花沢 アメリカでは1980年代に株式市場の暴落があって、“Back to Basics”すなわち「無駄を省いてシンプルな暮らしに戻ろう」という消費者の意識変化が起きました。日本では1990年代にバブルが崩壊。これでアメリカと同じ状況になるのではないかと。豊かな生活を送るためには、ファッションにお金をかけず、その分を他の商品の購入にあてなくてはならない時代です。バブル崩壊は事実、ライフスタイルのパラダイムシフトをもたらしました。
藤沢 人々の意識が変わる、激動の時代にあったわけですね。
花沢 2000年代に入ると、ハーバード経営大学院在学中の2001年にエンロンが起こした巨額不正事件、そして9.11の同時多発テロが起きました。私個人にとっても衝撃が大きく、これらをきっかけに「資本主義とは何か」ということを深く考えさせられました。
ソートのつくり方には、大きく2つのタイプがある
藤沢 ファーストリテイリングの柳井正氏や、花沢さんが日本上場を指揮されたファッションランドTheory(セオリー)のアンドリュー・ローゼン氏など、花沢さんは著名なアントレプレナーとの繋がりも多くお持ちです。私から見ると、みなさんソートリーダーだと思うのですが、共通項はありますか。
花沢 柳井さんは、アメリカに店舗を出していない時期から「世界一になりたい」と言っていました。でもそれは単なる「ドリーム」ではなく、世界一になるという「ゴール」から逆算してどうすべきか、バックキャスティング(道筋)を考えていたという印象を持っています。

柳井さんだけでなく、多くのアントレプレナーはバックキャスティングをしていると思います。一方で、1つの企業や1人のリーダーが「ゴール」をつくるというよりも、社会や様々な企業、多種多様な人と一緒に、「みんなでやろう」というマインドを持つアントレプレナーもいます。その傾向は女性に多いと私は感じています。
藤沢 今のお話は面白いですね。ソートリーダーというと、トップダウンで突き進んでいく人をイメージしがちです。いろいろな人を巻き込んで「ゴール」、すなわちソートを実現していくようなソートリーダーも存在します。花沢さんは、両方の能力を兼ね備えていると思いますが、いかがですか。
花沢 2006年にVPLのCEOに就任した頃から、社会的なインパクトを一番に考えていました。事業を通じて、社員、工場、着る人など、社会の役に立つ視点を大切に考えるようになりました。社会性の観点では、VPLは女性に力を与えるエンパワーメントのメッセージや「思い」がデザインに込められています。マドンナやレディーガガなどの有名人がVPLの服を着て有名ファッション雑誌の表紙を飾るのも、デザインだけでなくその洋服のメッセージを自身に重ねて表現したいからだと思います。
藤沢 服に込めた「思い」をどのように浸透させていくのですか。
花沢 一般的にはファッションショーで、今シーズンのテーマやブランドのコンセプトを、何度も説明することが大切です。また、セレブなどインフルエンサーが服を着てくれると、世界中の人がそれを見て、自分も同じようになりたいと思う。これが購入動機となります。
ファッションの民主化で無駄をなくす
藤沢 VPLのサイトでは花沢さんのCEO就任後、社会課題の解決や小規模の裁縫工場の利用など、価値観チェンジが起きたと社員の方が当時を振り返っていました。
花沢 ホールセールビジネスのためにはファッションショーをします。毎シーズン新しい服をデザインするのですが、新しい服がすべて売れるわけではない。在庫として残ると、無駄はどんどん膨らむばかりです。私が当時考えていたのは、歯止めをどうやってかけるのか、ということ。そこでホールセールビジネスをやめて、毎シーズン新製品の乱発ではなく、生地の在庫が出ないようにデザインも意識しました。また小規模のロットで生産できる裁縫工場と取引するようにしました。

藤沢 ファッションで無駄をなくす、サステナビリティに取り組んでいる理由は何でしょうか。
花沢 気候変動を考えると、大量生産を続けることは無理があるのではないかと思います。
現在、VPLは生産もしていません。自社生産ではなく、分散生産で世界中で作られています。つまりVPLは、私が共同創業者である、デザインをシェアするプラットフォーム「Yabbey(ヤビー)」に引き継がれているのです。
私の母の時代、今から30年前まではテーラーメードが主流でした。在庫をつくらないテーラーメードをデジタルの力で復活することで、サステナブルなファッションの実現に近づけます。Yabbeyでは世界中の誰でも型紙をダウンロードし、それをもとにローカルで手に入る生地を使ってVPLデザインの服をつくることができます。動画で縫い方も説明しています。Yabbeyは、2023年の実績で160カ国の人が利用しています。自分のサイズに合う服がなくて探していたところ、Yabbeyに行き着いたという人が多いですね。
▼Yabbeyの型紙を使った服の縫い方を教えるYouTube動画
藤沢 そうしてつくった服を自分で着るだけでなく、売りたいという人も出てくるのではないですか。世界中につくる人がいれば、VPLデザインの服も、これまでとは比較にならないくらい急速に広がっていきますよね。
花沢 Yabbeyとしては、まさにつくった人が直接販売することを応援しています。テストケースとして、簡単に利用できるマーケットプレイスを使って、ミャンマーの女性が作った服を販売してみました。1個のドレスを販売した料金で、4人家族の生活を2週間支えることができます。
ポイントは、消費者のニーズを取り込んだデザインであること。それを型紙にすることで、市場が求める「売れる服」を、つくっている人が直接売ることで大きな利益を得られます。Yabbeyは販売に関与しません。ビジネスモデルは、ミュージシャンがデジタルダウンロードでロイヤリティが入ってくる仕組みと一緒です。
藤沢 ファッションを起点にデジタルロイヤリティのビジネスを行ったというのがイノベーティブですね。
花沢 服を作りたい人と、素敵な服を着たい人というのは、世界中で絶対数存在しています。Yabbeyにアクセスする人は、「これをつくりたい」というのが先にあってネットで検索して見つけてくるわけです。ファッションが持つメッセージ性とは、あまり関係のない世界ですね。私たちは、型紙や縫い方などの情報を提供するライブラリに特化したいと思っています。
藤沢 まさに、ファッションの民主化ですね。一方で、ビジネスの観点でVPLの売上は伸びているのですか。
花沢 ダウンロード数は急速に伸びていますが、多くの人に使ってもらいたいので使用料を安く設定しています。服をつくって売るというホールセール事業とはビジネスモデルが違うのです。デジタルの場合、ダウンロード数が伸びればそれが全て収入になります。
藤沢 Yabbeyのビジネスモデルは、ファッションの多様化に応える究極のアプローチとも言えますね。公開された型紙を使って自分に合う服をつくったり、それを欲しい人に売ることもできる。さらに、その国に合った素材を使えます。デジタルの世界で、1人ひとりのニーズにマッチするファッションの新しいかたちを実現できそうです。売れ残る可能性もないので、エコロジーでもある。つくり手、購入者、社会にとって「三方良し」。この発想はどのように生まれたのですか。
花沢 新型コロナウイルスの感染拡大期に、医療用防護服不足を何とか解決したいと思ったのが出発点です。自分たちだけで使い捨て医療用防護服をつくっても、世界中で必要とされる数を満たすことはできません。型紙を無料で公開し、多くの人につくってもらえれば、スピード、スケールの両面で貢献できると思いました。

私が代表を務める非営利団体「Fashion Girls for Humanity(FGFH=ファッション・ガールズ・フォー・ヒューマニティ)」のサイトで掲載すると、1着の型紙に180カ国30万人からアクセスがありました。デジタルを活用し、さまざまな人を巻き込むことで、世界規模の社会課題を解決できるという経験がYabbeyにつながっています。
FGFHは2011年の東日本大震災と津波災害をきっかけに、人道的支援を目的にファッション業界のリーダーが集まり設立されました。課題解決には、お金がたくさんあればいいということではありません。少ない予算でも、自分たちが得意なことを生かし、社会に役立つインパクトを創出することが重要です。
藤沢 花沢さんはいろいろな人を巻き込む、ソートリーダーだと思います。なぜ、それができるのでしょうか。
花沢 私が人を巻き込むことを大切に考えるようになった原点は、子供時代に遡ります。朝はこの人、昼休みはこの人、授業中はこの人。一緒に楽しむ人を選んで「これをする」といったスケジュールを考えることが大好きでした。この人ならこのシチュエーションに乗ってくれるだろうと、そんなことを考えてプランを立てていましたね。
藤沢 私たちは「ソートリーダーシップでは仲間づくりが大切」と提唱しています。これをやりたいと思った時に、ビジネスでも非営利活動でも、賛同してくれる仲間をいかに見つけるか。そのためには日頃からいろいろな人と出会い、その中で関係性を構築しておくことが必要です。
花沢さんは、日本人を中心とするコミュニティ「Iroha」を立ち上げ、アメリカにおける「ガラスの天井」問題にも取り組んでいますね。
花沢 Irohaには、アメリカを中心に世界で活躍する日本語や日本にルーツを持つ人たちが集まってきています。Irohaの目的は2つ。1つ目は、日本人を取り巻く「ガラスの天井」問題の解決に役立ちたいということ。日本人が組織の中でなかなかトップになれず、No.2の地位にとどまっています。多くの日本人はセルフアピールが苦手です。天井を突き破るためには、ブランディングが大切です。タレントを認知してもらうために、イベントや表彰制度などをつくっていきたいと思います。
2つ目が、必要な時に集まって助け合えるコミュニティの確保です。実は、東日本大震災の時に被災地支援で一緒に活動した人たちがコアメンバーとなっています。
藤沢 花沢さんの考え方や行動には、常に社会的視野がありますね。

花沢 誰かに言われてやるというよりも、じっくり考えて「どうしてもやるべきだ」と決断したらスピード感をもって行動に移しています。
藤沢 やりたいことに対して、いつまでに実現すればいいといった時間軸を設定していますか。
花沢 宇野千代は「100歳まで生きる」と宣言して、97歳まで生きました。長生きの秘訣は、ライフワークとして長い時間軸でやることがあるというのがポイントですね。私自身も本当は、寿命が尽きる先、何百年も続くものに興味を持っています。
藤沢 短期で結果を出しつつも、短期の目標だけ考えていたらモチベーションが続かないですよね。一方で、目の前の社員のことも考えないといけないのではないですか。
花沢 社員といっても、もうファミリーみたいな感じです。みんながゆるくつながっています。非営利も営利も私が「やりたい」と思ったらメンバーを呼んでやっています。
藤沢 仲間との関係性も、とても素敵ですね。ソートリーダーシップを考えるうえでたくさんのヒントがありました。ありがとうございます。

<対談を終えて>
ソートリーダーシップは、トップの強いリーダーシップに加えて、共感する仲間との共創によってインパクトを創出するということを、花沢さんのお話から再認識しました。また、社会の持続可能性の観点で、資本主義社会の中心でビジネスをしてきた経験と震災や米国での日本人を通じて得た思いが、ソートに現実感を持たせていると感じました。ソートリーダーとしての花沢さんの強みの一つが、仲間を「ファミリー」といえる関係性を持てることなのかもしれません。
聞き手:IISE 理事長 藤沢 久美
藤沢久美
大学卒業後、国内外の投資運用会社勤務を経て1995年、日本初の投資信託評価会社を起業。1999年、同社を世界的格付け会社スタンダード&プアーズに売却。2000年、シンクタンク・ソフィアバンクの設立に参画。2013年~2022年3月まで同代表。2022年4月より現職。
https://kumifujisawa.jp/
企画・制作・編集:IISEソートリーダーシップHub(藤沢久美、鈴木章太郎、榛葉幸哉、石垣亜純)
