AIが「時間」を生み、人は「対話」を取り戻す — デジタルが拓くネイチャーポジティブへの進化と深化
国際社会経済研究所(IISE)の篠崎です。2025年8月30日に、武蔵大学 江古田キャンパスで開催されたJFBS(企業と社会フォーラム)第14回年次大会
セッション「サステナビリティと投資」を聴講してきて得た、AIが「時間」を生み、人間は「対話」を取り戻す — デジタルが拓くネイチャーポジティブへの進化と深化、という気づきを共有したいと思います。
なぜ今、「サステナビリティと投資」が問われるのか
JFBS第14回年次大会のセッション「サステナビリティと投資」では、国内外の潮流を踏まえ、日本が目指すべき未来像が多角的に議論されました。本レポートでは、まず各登壇者による問題提起を概観し、その後に展開されたパネルディスカッションの核心、そして筆者の考察を報告します。
セッション登壇者
インパクト志向金融宣言事務局長 安間匡明 氏
高崎経済大学 学長 水口剛 氏
りそなアセットマネジメント 責任投資部門担当常務執行役員、チーフ・サステナビリティ・オフィサー 松原稔 氏
東京大学大学院新領域創成科学研究科サステナブル社会デザインセンター 特任研究員/日本学術振興会特別研究員 PD 御代田有希 氏
チェア
立教大学 経営学科 准教授 村嶋美穂 氏

1. 世界の潮流と日本の立ち位置(安間 匡明 氏)
最初に、インパクト志向金融宣言の安間氏が、世界各地域のサステナビリティを巡る動向を俯瞰し、米国等に比べれば社会の分断が比較的少なく安定しているという強みと、社会課題解決に向けた取り組みが既存企業組織への過度な依存と産業における新陳代謝の停滞という課題を併せ持つ、日本のユニークなポジションを提示しました。欧米でサステナビリティ推進に政治的な揺り戻しが見られる一方、アジアやアフリカでは社会課題解決が直接的に投資リターンに結びつくダイナミックな動きが加速しています。日本はメガバンクがよりインパクト志向に取り組むというポジティブな動きはあるものの、運用業界の伝統的な考え方も根強く、課題解決に向けて金融が新たな役割を果たせるかが問われていると指摘しました。
2. 揺らぐ国際秩序とサステナブル・ファイナンス(御代田 有希 氏)
次に、東京大学の御代田氏が、より大きな歴史的・政治的文脈からサステナブル・ファイナンスが直面する課題を論じました。米国の政治情勢に象徴される「リベラル国際秩序」の動揺により、ESGが政治的な攻撃対象となり逆風にさらされている現状を解説。しかし、気候変動や格差といった根本的な問題は未解決であり、手法をしなやかに変えながら取り組みを続けることの重要性を訴えました。
3. 投資理論の革新:「α」追求から「β」創造へ(水口 剛 氏)
高崎経済大学の水口教授は、議論の理論的な支柱として、投資を捉えなおすための重要な視点を提示しました。「市場に勝つ」ための超過リターン(アルファ)追求に偏重してきた従来の投資理論に対し、市場全体の持続可能性(ベータ)そのものを改善していく「βアクティビズム」という考え方を解説。全投資家が短期的なアルファのみを追い求めると、結果的に気候変動などのシステミックリスクが増大し、全員のリターン(ベータ)が悪化してしまうという問題を提起しました。
4. 実務における挑戦:「Future Taker」から「Future Maker」へ(松原 稔 氏)
続いて、りそなアセットマネジメントの松原氏が、水口氏の提示した理論的視点と奇しくも共鳴するような、資産運用実務の最前線での取り組みを紹介した。既存市場から短期的な利益(Value)を得る「Future Taker」に対し、事業を通じて持続可能な未来を創造し、長期的な社会の豊かさ(Values)を生み出す「Future Maker」という概念を提示。パーパスを起点に、長期的な社会価値を生み出す活動の重要性を説明しました。

パネルディスカッションの核心:「Value」と「Values」の対立
以上の問題提起を受け、パネルディスカッションは「短期的な経済的価値『Value(α)』を過度に追求する現在のシステムから、いかにして持続可能な社会を支える多様な価値観『Values(β)』を重視するシステムへと移行できるのか?」という核心的な問いを巡って展開された。
1:日本の現在地 — 強みと構造的課題
日本は欧米に比べ社会の分断が少なくサステナビリティ推進に有利な一方、企業に社会保障を依存しすぎた旧来のモデルが限界に達していると指摘されました。この課題に対し、企業の「新陳代謝」を促し、政府が直接国民に向き合う政策(B2C)への転換が必要であるとの提言がなされました。
2:成長と分断のジレンマ — アメリカモデルへの問い
新陳代謝が激しい米国では社会の分断が進むというジレンマが指摘されました。その米国の分断は、特許・知財などに象徴される、イノベーションを起こした人に報いる反面、勝者に富が集中する仕組みに根差しており、金銭以外の価値をどう分け合うかが重要な論点として提示されました。また、サステナビリティはリベラルな価値観だけでなく、中国など非リベラルな国でも進展している事実から、推進力の真の源泉は何かという根源的な問いが投げかけられました。

左から御代田氏、松松原氏、水口氏、安間氏、(写真提供:JFBS事務局)
3:サステナビリティと「成長」の矛盾
そもそもサステナビリティは「成長の限界」から始まった概念であり、無限の成長を追求する経済システムと地球という有限な資本との間には矛盾が存在します。成長が止まると分断が進むという現在のシステムは、分配の仕組みそのものに課題を抱えていると指摘されました。
4:核心的な対立軸 — 「Value(経済的価値)」から「Values(価値観)」へ
議論は、金融セクター自身の「Financial Return Only」というカルチャーが、社会全体のサステナビリティ(より良いβ)への移行を阻害しているという自己矛盾の指摘へと収斂しました。まさに大会テーマである「サステナビリティの再訪」が、金融セクター自身の役割の再定義という形で求められていることが明確になりました。
考察:デジタルは、「コモンズの壁」を越える力となるか
本セッションで展開された「Value」と「Values」を巡る議論は、現代社会の根源的な課題を浮き彫りにしました。では、私たちはこの構造をどう乗り越えればよいのでしょうか。その鍵は、「時間」という資源をいかにして生み出し、活用するかにかかっているのではないか、という気づきを得ました。
AIとの協働が生み出す「人間が向き合うべき時間」
奇しくも、このセッションの前日にNECが公開したTNFDレポート第3版で、この問いに対する一つの解が提示されました。AIを活用し、自然関連リスクの調査・評価にかかる工数の92%削減、8万時間相当のリスク評価のタスクを自動化することに成功したのです。

これは単なるコスト削減や効率化(Value向上)ではありません。最も重要なのは、AIと人間が協働することで、人間を煩雑な分析作業から解放し、「人間にしかできないタスク」に集中するための時間と余力を創出したことです。そのタスクとは、まさに「現地ステークホルダーとの対話」「リスクと機会を見極める経営判断」「社内関係者の巻き込みと実行」といった、多様な価値観(Values)をすり合わせ、合意形成を導くための活動です。
ソートリーダーシップで挑む「コモンズの壁」
ネイチャーポジティブの領域が直面する構造的な課題は、セッションで語られた「Value」と「Values」の概念で説明できることに気づきました。
自然という共有物(コモンズ)の保全活動は、社会全体の持続可能性や豊かさ(広義のValues)の向上に直接的に貢献します。しかし、その活動コストを負担した一企業が、直接的な経済リターン(Value)として回収することは極めて難しい。このValueとValuesの構造的なギャップこそが、フリーライダー問題の本質であり、多くの企業が自然に対する投資行動を躊躇する最大の要因の一つです。
この根源的な課題に対する一つの解が、私たちIISEのソートリーダーシップ活動です。

私たちの活動は、企業のパーパスや技術を起点とした、ありたい「未来の構想:Thought」から始まります。それを社会に「発信」することで「共感」を呼び、多様なステークホルダーとの「仲間づくり・枠組づくり」へと繋げていきます。これは、短期的なValuesを求める活動ではありません。まさに、対話を通じて信頼という無形資産を築き、社会実装を通じて「社会的共通資本」を共創していく、未来への投資そのものです。
「デジタル×ネイチャー」の真髄は、自然を分析対象としてデジタル技術で解明することに留まりません。デジタルによって人間の能力を拡張し、人間が「コモンズの壁」を越えて、社会や自然と深く向き合うための「時間」と「関係性」を取り戻すことにあります。
私たちのソートリーダーシップ活動は、この新たな価値創造の道筋を示していくことです。今回のセッションは、その使命を改めて深く認識させてくれる貴重な機会となりました。
ウェビナー情報:NECのAI×TNFD取り組みを徹底深堀!
2025年10月6日(月)に、目覚ましい成果を上げた、NECのTNFDプロセスのAIによる効率化・高度化について、環境の実務担当者、事業開発者を交えて、徹底的に深堀りするウェビナーを開催します。関心のある方は、以下から詳細をご参照いただき、申し込みご検討ください。
最後に
今後もIISEは、ネイチャーポジティブ経済に向けたICTの可能性についてnote記事やイベント開催などを通して情報発信・対話を続けてまいります。是非、IISEおよび以下、環境のnoteのマガジンをフォローいただけますと幸いです。
