宵闇の魔法使いと薄明の王女46 2章:2話;萌芽のとき(1)
2話:萠芽のとき(1)
+++
「さぁ、それじゃあみんなの手元に行き渡ったかしら?」
翌日、登校して早々目に入ったのは、教室に置かれていた大きな箱だった。
その中から一つ封筒を取るようにと言われ、各々の手にはこのように真っ白い封筒が握られているというわけだ。
中に何が入っているのか全く分からず、マリスディアはこれから何が起こるのだろうと半ば緊張していた。
斜め前方に座っているジルファリアは、封筒の中身がなんとか見えやしないかと光に透かしている。
自分も封筒を外から撫でてみたが、感触もほとんど無く何も入っていないのでは?と感じるほどだった。
「昨日も話したけれど、今日はアカデミーの散策を行ないます」
教壇でミスティが言うと、教室中から生徒たちの囁く声がした。
それはとても色めきたっており、「どこへ行くんだろうね」などといった声が聞こえてくる。
「先生、散策とはどこを見て回るんですか?」
挙手したオルトラクトの声がみんなの疑問を代弁した。
「今日のところは、アカデミーを取り囲む森よ。中でも“迷いの森”を見て回ってもらうわ」
「迷いの森?!」
その魅力的な言葉に生徒たちが歓声を上げる。
それはマリスディアも例外ではなく、一体どういうところなのだろうと思いを馳せた。
子どもたちの反応が期待通りだったのか、ミスティもにっこりと笑い「静かに」と手を叩く。
「意思を持つ不思議な植物で出来ている庭園でね、入るたびに構造が変わる迷路みたいなもので、私たち教師も本気で迷うと数日間は出て来られなくなっちゃうの」
何気なく言い放つミスティの言葉に、一同はさっと青ざめた。
「ああ、でも大丈夫よ。今日は監視の教師が何人もつくから、構造はきちんと把握できるようにしています」
「それでもやっぱりちょっと不安よね」
隣からサリが小さく囁いてきた。
昨日のわだかまりなどまるで無かったような振る舞いに、ほっとしながらマリスディアも頷く。
サリだけではなく教室中に不安げな声が広がったため、ミスティが嗜めるように部屋を見渡した。
「迷いの森はとても広くてなかなか出てこられないと思うけれど、同じ組になった子と力を合わせて攻略してね」
「組って何だ?」
早速ジルファリアの無遠慮な言葉が飛ぶ。その様子にマリスディアはヒヤヒヤとした。
「あいつ、先生に向かって口の利き方がなってないわねぇ」
サリが呆れたようにこっそり耳打ちしてきたのを、マリスディアは引き攣った笑いで返すしかなかった。
「さっき君たちにくじ引きしてもらった封筒があるでしょ?その中には色々なリボンが入っています」
「リボン……」
一同は各自手に持つ封筒に目を落とした。
「まったく同じ色のリボンの相手同士が組になって迷路に挑戦するの」
ミスティの言葉に戸惑いの声が上がった。
それはマリスディアも同じで、途端に心臓が早鐘を打ち出した。
ほとんどが初対面の生徒の中、今朝挨拶するだけでも勇気が要ったのに、そんな相手とどうやって迷路を突破すれば良いのだ。
「ふーん……、じゃあ今これを開ければいいのか?」
そんな中、どうという事はないといった様子でジルファリアが封筒を眺めた。
ミスティは慌てて首を横に振る。
「今は駄目。相手を変えたくてリボンを交換しちゃうかもしれないでしょ。森の入り口のところでみんな一緒に開けましょう」
さぁ、行きましょうか。
教室を見渡しながらミスティは朗らかに言うのだった。
廊下に出るなり、マリスディアはため息を吐く。
この中のものと同じリボンの持ち主が、どうか話しやすい人でありますようにと祈る気持ちで封筒を握りしめた。
「何でそんな浮かない顔してんだよ、マリア」
あっけらかんとした声が後ろから聞こえてくる。
振り返ると、ひらひらと封筒を振りながらジルファリアが近づいてきた。
隣には眠そうな様子のサツキも一緒だ。
「ジルもサツキも、不安なんか感じていないみたい」
そう言うと、二人は顔を見合わせて首を傾げる。
「不安って、何に?」
「その……、あまりよく知らない人たちと一緒に課題をこなすこととか」
マリスディアは口ごもりながら答えると、ジルファリアが怪訝な顔をする。
「知らねーヤツと話するのが緊張するのか?」
「そりゃあ……」
そこまで言ってマリスディアは気がつく。
そうだった。
ジルファリアにとって“初対面”ということなんかは大した問題ではないのだ。
相手が誰であろうと、会話したり気さくに接することがとても巧い。
それはきっと隣のサツキも同じなのだろう。
「二人が羨ましいわ」
そんな本音がぽろりと口から飛び出した。
「おれからしたら、お姫さんの方がよっぽどすごいと思うけどな」
サツキが気怠げに髪を掻きながら首を傾げた。
「え、わたし?」
「王城であんだけ偉そうで威圧感ある大人たちに囲まれてても、ビビったりせーへんやん?」
彼の言葉にはちらりと棘を感じたのだが、マリスディアは聞き流すことにした。
「それは、生まれた時からの環境だし」
「そう。おれらも小さい時からの環境で、いろんな見ず知らずのやつと話す機会が多かったってだけやで」
職人街は子どもも多いからなとサツキが続ける。
「おれは逆にああいう大勢の大人たちが苦手や。やから、そんな中で堂々とできるのはお姫さんのすごいとこなんちゃう?」
「サツキ……」
そんなことを今まで言われたことがなかったので、マリスディアは面食らった。
「ありがとう。でも、わたしも二人みたいに、もっと同じ年頃の人たちとお話ししてみたいわ」
「じゃあさ、お前も職人街に遊びに来いよ、マリア」
ジルファリアが名案だという風に手を叩いた。
「マリアに会わせたいヤツとか、連れて行きたいところがたくさんあるんだぞ。えーと、オレん家だろ、チビっ子ミーナが店番してる花屋だろ、あとは野菜売りの婆ちゃんの屋台とか……」
息せき切りながらジルファリアが指折り数えた。
その様子にマリスディアは嬉しくなる。
「ジルもありがとう。必ず行きたいわ」
そう伝えると、ジルファリアもサツキも嬉しそうに笑顔を返してくれたのだった。
「ほらほら、放課後の約束よりも、今は迷いの森よ」
三人で笑い合っていると、後ろからミスティがマリスディアの背中をぽんと叩く。
「あ、ごめんなさい、先生」
返事しながら背後の彼女を見上げると、ミスティは優しく笑った。
「マリスディアに先生なんて呼ばれるとくすぐったいわね」
煌びやかな彼女が微笑むと、それだけで神殿の壁画に描かれた女神かと思ってしまう。
マリスディアはどぎまぎしながら俯いた。
「貴女がもっと小さな時は一緒に遊んだりしたものだけど、なかなか会う時間も減っちゃったものね。あんなに小さかったマリスディアがこんなに大きくなって、嬉しいわ」
「ミ……先生はあの頃からお変わりありませんね」
「そりゃあ我が一族に伝わる美貌の秘術のおかげですから」
そう言いながら鼻を高くしているミスティは、相変わらず茶目っ気たっぷりでまるで少女のようだ。
マリスディアは懐かしい気持ちになり嬉しくなった。
思わず微笑み返すと、こちらを見つめていたミスティが横に並び歩く。
「本当は貴女が嫌がっているんじゃないかと思っていたのよ」
「え?」
「ウルファスの側近である私が担当教師だなんて、身内贔屓だと思われるかもしれないじゃない?」
「そんなことは……」
ミスティが辺りを見回し声を顰める。
「でもね、あんなことがあったでしょう?」
マリスディアは一瞬動きを止めた。
黒頭巾が王宮に忍び込んだ日のことを言っているのだとすぐに気づいたからだ。
「侵入者の目的が何なのか分からない以上、貴女を守らなければならないことは確かなのよ」
「……」
「今後は私だけでなく、他の側近がアカデミーで教鞭を取ることもあると思うわ」
やはりそうだったのか。
周りと同じように扱って欲しかったが、そうとは言えない雰囲気にマリスディアは複雑な思いで彼女の言葉に耳を傾けた。
「実際に被害者も出ている今、ウルファスも我々も必死になってしまっている。そのせいでマリスディアには窮屈な思いをさせてしまうかもしれない。本当にごめんなさい」
彼女の声色には嘘偽りのない申し訳なさが感じられた。
心底ありがたいと思いながら、マリスディアは首を横に振る。
「いえ。ご心配ありがとうございます。わたし自身、ここで身を守ることや父の役に立つことを学びたいと思っています」
「マリスディア、ありがとう。何か悩んだり、相談したい時はいつでも話してね」
「はい!」
姿勢よく歩く彼女は、歩き方も綺麗だ。
先を行くジルファリアたちの賑やかしい足音とはえらく異なった規則正しい靴音に、マリスディアは背筋が伸びる思いだった。
こんにちは。ここまで読んでくださりありがとうございます。
どんどんと気温も下がり、日も短くなってきましたね。
毎年ここから年末まで一気に時間が過ぎてる気がするので、時間を大切に過ごしていきたいです。
#ファンタジー小説
#創作
#長編連載
#魔法学校
#魔法使い
#王女
